自由行動
宿屋の食堂では六人の生徒が騒いでいる。今日の日程の件で盛り上げっているようだ。
昨日は資料館、図書館を巡り、修学旅行一日目の日程を終えた。今日は一日、自由行動である。
とは言っても、広い王都の中で勝手に動かす訳にはいかないので、二つのグループに分けて、俺とグロウスで引率をする。
今、生徒たちの間で話し合われているのは、正にグループ分けとお目当ての場所決めである。
時間的に回れる場所は限られている。更に、場所が離れれば離れる程、回ることのできる場所は限られる。
広い王都内を子供たちの足で、どこをどう回るかを協議中だ。
「先生~、競馬場に行っていい?」
「ダメ! あそこは大人の遊び場!」
エイミが唇を尖らせた。不満に思うのは仕方がないが、ダメなものはダメだ。
「先生、雑貨屋……見ても良いですか?」
「うん。村では見れないしね。色々と見れて楽しいと思うよ」
問いかけたハンナに笑みを浮かべて了承する。目的は学習であるが、多少は脱線しても良いだろう。
柔和な笑みを見せてハンナは頷いた。その横でエイミが手を上げている。
「先生、バー、バー!」
「ダメ! 何で、いちいちおっさん臭い趣味なんだ?」
「え~。木樽ジョッキで乾杯した~い!」
「……大人になってからな」
どこまでも親爺臭い要望を押し付けてくるエイミを放って、アインが気にしている場所を見る。
そこは魔法使い養成学校であった。
「あれ? アイン、学校が良いの?」
「うん、みんなに見てもらいたくて。学校なら魔法を見せても良いし」
なんと優しい子だろう。俺とジーンの教育に間違いはなかったのだ。
基本的に魔法の使用は学校内と定められている。昔、掟を破りまくっていたアインだが、今は見せないように我慢していた。
魔法を見たがっていた友人に、心置きなく披露したいと思ったのだろう。
「良い考えかもね。ついでに昼食も学食で食べるってのはどうかな?」
「うん! そうする。みんな~、僕は魔法学校にする~」
明るい顔で地図に印をつけた。息子の思いを汲み取るようにルートを決めないと。
「先生! いやらしいお姉さんがいる、お店ってどこ!?」
エイミの言葉には耳を傾けない。
・ ・ ・
検討した結果、全員で動くこととなった。
魔法を見たいという思いが強く、学校を中心にして色々と見て回るコースになったのだ。
そのため、グロウスには魔法学校への入講許可証を取りに行ってもらった。
今は学校の門の前でグロウスが出て来るのを待っている。
生徒たちと、これからの楽しみを話していると校舎から見知った人が現れた。ルシーヌだ。
「あら? やっぱりアインじゃない。おじ様、こんにちは」
お行儀よく挨拶をされたので、慌てて頭を下げて挨拶をする。
前に会った時のつんつんした感じはしない。これが素なのだろうか。
ルシーヌとの突然の出会いに、生徒たちがざわめいた。
「アイン、こいつ、誰?」
ぶっきらぼうな聞き方をエイミはした。普段より、口調が厳しい気がする。
「ルシーヌちゃんだよ。ボクと同い年で、一緒のクラスなんだぁ」
「ふ~ん……」
アインの答えに対して、エイミの反応はルシーヌをまじまじと見るものだった。
「何? じろじろ人を見て?」
「別に。……さっさとグロウスのおっさん帰って来ないかなぁ」
おっさん呼ばわりされたグロウスが可哀想になる。まあ、グロウスは置いておこう。
エイミの普段、はきはきとした話し方とは違う事に違和感を覚えた。
「グロウスさんも来られているの?」
「うん。今、入講許可証を取りに行ってもらってるんだ。今日はみんなの前で魔法を見せるんだよ」
「へぇ~……面白そう。私も手伝おうか? 二人で見せた方が迫力あるわよ?」
面白い提案をルシーヌはした。二人は共にBクラスの生徒だから、魔法も派手なものが増えている。前の世界の遊園地のアトラクションより、余程楽しいだろう。
そう思っていると、漂う雰囲気が違う者たちがいた。
「あんたはいいよ。アインだけで十分。な、アイン?」
「あの……ルシーヌ? さんは忙しいでしょ? アインくんだけで大丈夫だよ」
ハンナとエイミが言うと、ルシーヌにとげとげしい視線を送る。
その目を見せられたルシーヌは呆れた顔をした。
「そっ。みんなが嫌なら良いけど。アイン、どうする?」
「え? やろうよ。ルシーヌちゃんの魔法、すごいんだよ。こぉ~、どわ~って感じでさ」
「それじゃ伝わらないでしょ? ま、見てもらうのが早いわね」
ふふんと鼻を鳴らした。アインとルシーヌの関係が微笑ましいものになっていたことに驚いた。
何があったのか分からないので、帰ったらジーンに聞いてみよう。
「あ、お昼は学食でみんなで食べるんだけど」
「アイン、グロウスのおっさんが来たから、その話はここまで」
エイミが遮った。おや、やはりおかしいぞ。なんだろう、このむずむずする感じは。
そうこうしていると、酷い扱いを受けたグロウスがこちらに来た。
「遅くなりました。おや? 誰かと思えばルシーヌ嬢でしたか。お久しぶりです」
グロウスは折り目正しく挨拶をした。それを受けて、ルシーヌも同じように返した。
「お父様、お昼が近づいてきましたが、混む前にランチにしませんか? そうだ、ルシーヌ嬢もいかが」
「おっさん!」
またエイミが声を上げた。おっさんと呼ばれたグロウスが目を見開いている。
おっさん呼ばわりに驚いたのか、声に驚いたのか、どちらか分からないが可哀想だと思う。
ルシーヌが首を傾げて、俺を見つめた。
「おじ様、ランチにされるのですか?」
「うん、そうしようかな。あ、ルシーヌちゃんもどう?」
「よろしいのですか?」
「いいよ。あ、みんなに魔法を見せてくれるんだよね? ランチ、ご馳走するよ」
「嬉しいです。では、ご一緒いたしますね。みなさん、よろしく」
輝かしい笑みを浮かべたルシーヌは生徒たちに顔を向けた。
魔法をぶつけられそうになった事が遠い昔に感じてしまう程、綺麗なものだ。殺されかけたことを忘れていた自分に気付く。
感慨深く思っていると、冷たい何かを感じた。
エイミとハンナが俺のことを見つめている。が、その目は優しいものではない。
光がない。暗いを通り越して、まるで漆黒の更に先にある深淵のようだ。
何故、俺がそんな目で見られないといけないのだ。
「ど、どうしたの二人とも?」
言葉に詰まった。向けられる視線によって、俺の口が何かに縛られたのだ。
「別にぃ~」
「……何でもありません」
そっけない態度で答えると、二人はさっさと校舎に向かった。俺が何をしたというのだろう。
・ ・ ・
二日目の日程を終えて、宿屋の一室のベッドに寝転がる。
一日中、子供たちに付いて回ったことで、疲労困憊だ。疲れた体をベッドに委ねる。
アインがもう一つのベッドに腰掛けた。
「パパ、そんなに疲れたの? じいさとの稽古の方が疲れるんじゃないの?」
疲れを微塵も感じさせない顔を見せている。魔法を使用しまくったのに、まったく衰えが見えない。
グロウスの話では魔法を使用すれば、徐々に疲労すると言っていたが。
「俺はアインみたいにタフじゃないんだよ? 今日は楽しかった?」
「うん! すっごい楽しかった。パパも楽しかったでしょ?」
「あ、ああ。楽しかったよ、うん」
アインの言葉で恐怖の視線を思い出した。あの視線を学校で延々と浴びせられたことによる、疲労なのかもしれない。
ふと、頭を過ぎったことがあった。ベッドから体を上げて、アインと向き合う。
「昨日、魔王とかモンスターの話を聞いたよね? どう思った?」
「ん~、怖いかなぁ……。よく分かんないや」
「そっか……。そうだよな」
「でもね」
真面目な口調に変わった。目も真剣なものになっている。
「パパとママ、村のみんなが危なくなったら、前みたいに戦うよ。怖いけど……みんながいなくなることの方が怖いよ」
「そうか……。みんなのためなら戦えるのか」
「うん! でも、戦うのはやっぱり嫌かなぁ。みんな仲良くできたら良いのにね」
「そうだな。仲良くしたいよな」
真っ直ぐな目から視線を逸らした。心優しい子に育ったことは喜ぶべきだ。
だが、それが故に戦いに身を投じる事になることも分かった。今は近しい人しか守る者はいないが、その先はどうなるのか分からない。
嫌でも現在は過去となり、未来が訪れる。アインが勇者として旅立つ刻限が迫っているのかもしれない。
俺たち夫婦は、それを受け入れる必要がある。それならば、今はアインに愛を注ごう。いずれは与えられなくなるのなら、今を目一杯楽しませてあげたい。




