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本格的なモンスター

 森の中を暗闇が覆い、漆黒の重さに支配されそうな力を、ランタンの火がかろうじて防いでくれている。

 木々が風にあおられてざわめく中、足元を確認してゆっくりと歩く。


「お父様、リンゴの木があるのはどのへんでしょうか?」


 鎧に身を包んだグロウスが振り返り、俺に言った。

 薄気味悪い森の中を進んでいるのに、まったく恐怖を感じていないのか落ち着き払った顔をしている。


「もうちょっと進んだ所にあったはず。……悪いな、こんなことに付き合せちゃってさ」

「いえいえ、お気になさらず。お父様のお優しい心からの願いに応えねば、男が廃るというものです」

「お、おう。よろしく頼む」


 そこまで仰々しくとられるような頼み方はしていないが、そのように解釈をしてくれたのなら助かる。

 護衛を頼んだだけだが、今では主体的に動いてくれている。こういう所は好感の持てる人物だ。

 ただ、変態というマイナス要素がデカすぎるので、やはり変態のレッテルは剥がせない。


 森の闇の中をじわじわと進んで行くと、寂しい泣き声のようなものが聞こえてきた。


「おい、グロウス。何だと思う、この声」

「ふむ……、ゴーストではないでしょうか?」

「落ち着いてるな、おい! おっと……ゴーストってモンスターだよな?」

「ええ、まあ。ご安心ください。ゴーストなど私の手に掛かれば、ただの白い浮遊体です」


 右手の親指を立てて、爽やかな笑顔を見せられた。

 白い浮遊体ならば、ゴーストのままではないかと言いたい気持ちは飲みこんだ。


 まあ、グロウスの腕前から考えれば恐れることは少ないだろう。

 そうは思っているが次第に泣き声が近くなってくると、やはり身構える。


「お父様? 腰が引けてますが大丈夫ですか? 手を握りましょうか?」

「ありがた迷惑! おっと…ドンドン近くなっているからな」

「ですね。迂回されますか?」

「いや、このまま進もう。何かあったらよろしく頼む」


 俺の言葉に、また爽やかな笑みを見せた。暑苦しい顔から発せられるギラギラとした光のせいか目を背ける。


「ふぉうっ!?」


 変な声を上げてしまった。視線の先にある草むらに白いものが見えたのだ。

 だが、それに動きはない。俺の声は聞こえたと思うが。

 グロウスに無言で指をさす。俺の指を見て視線を移すとすぐに歩き始めた。


「ちょっ!」


 待てよ! 制止しようとしたが、お構いなしに進んで行く背中には届きそうもなく、口を閉ざす。

 グロウスの背中を見ていると、振り返って手招きをするのが見えたので近づく。


 そこには真っ白なオオカミが横たわっていた。よく見ると、足の太ももから血が滲んでおり、痛々しい傷口が見える。

 先ほどまで聞こえていた泣き声は、このオオカミのものであったのだろう。


「これは『灰白かいはくオオカミ』ですね。珍しいですね。もっと山深くの森にいるのですが」


 グロウスは舐めるように灰白オオカミを見ている。

 その間もか細い泣き声を上げているオオカミを見て、憐みの心が湧いた。

 リュックから薬草を練り込んだクリームの瓶を取り出す。


「痛いかもしれないけど我慢してね」

「キュー……。キャン、キャイン」

「もう少しだからね。あとは包帯を巻いて……はい、おしまい」


 オオカミに簡単な治療を施した。一安心しているとグロウスが声を掛けてきた。


「お父様はお優しいですね。普通であれば見捨てるのが当然ですが」


 その通りである。だが、こういう性分だ。誰かに助けて生きてきたから、俺も誰かを助けたいのかもしれない。


「まあ、そういう気になっただけだ。さっさと行こうぜ」


 グロウスとの会話を早々に切り上げて、森の奥に足を進める。

 その時、後ろから軽やかな音が聞こえた。

 振り返ると、灰白オオカミが三本足で不器用に歩いている。

 俺達の傍に来ると足を止めて、俺の顔をじっと見てきた。


 とにかくリンゴの木にいかなければと思い、足を進めるとまた後ろから音がする。

 振り向くと、やはりオオカミが後ろから付いて来ていた。


「もう…ゆっくり休まないとダメだろう? 俺達は行く所があるんだから」


 すぐに顔を前に向けると歩き出したが、また後ろから足音が聞こえる。

 もう気の済むまで歩かせようと諦めて更に足を進めると、森の切れ間が見えた。


 空を見上げれば無数の星が見える。それぞれが自身の存在を強調している光を放っている。

 夜の空を彩る星々から目を離すと、視界の中にリンゴの木がいくつもある光景が見えた。


「よし、もうすぐだ。さっさと持って帰ろう」


 軽快な足取りで向かおうとした俺の前にグロウスが立ち塞がった。


「グロウス、どうかしたか?」

「静かに、何かいます」


 何か分からないグロウスの言葉を聞いて、目を細めてリンゴの木を見る。

 そこにはリンゴの木以外のものが存在していた。

 首が長く、顔が鋭くて長い。手が翼となっており、二つの足で立っているその姿は恐竜と似ていた。

 遠目から見た感じではさほど大きくはなさそうだが、三体もうろついている。


「おいおい、あんなやつら初めて見たぞ。モンスターか? 何か怖いんだけど」

「あれは飛び跳ね竜ですね。竜といっても人並みの大きさですし、たいして強いやつではありません」

「よし、グロウス頼む」


 こんな時のためにグロウスを呼んだのだ。活躍してもらう絶好の機会である。

 俺の言葉を聞くと、グロウスが胸を張って自身の胸を強く叩いた。


「お任せください! あの程度の輩、このグロウスが切り捨てて参りましょう!」

「おい、バカ。うるさいぞ。勘付かれたらど…めっちゃ見てるんですけど!」


 俺の声に呼応したかのように三体の竜がこちらに駆けてきた。


「キシャー! シャー!」

「怖っ! グロウス、頼んだ」


 言うが早く、一体の竜の首が飛んだ。グロウスの口から吹き出されたウィンドスライスによるものだ。

 首が飛んだ竜が地面に転がるのを見てか、二体の竜は同時にばらけて移動した。

 次には飛び跳ねて行動するようになり、距離を縮めながら、その不規則さによって攻撃の的を絞らせない。


 だが、その程度で苦戦をするグロウスではなかった。


「フリージングブレス!」


 魔法の名を叫ぶと、息を大きく吸い込み吐き出した。

 グロウスから吹き出される白い息吹が地面の草に霜をつけ、木々を凍結させる。

 息を放った先は銀世界が広がっており、その中に彫刻のように凍りついている竜がいた。


「よし! 次!」


 そう言って最後の一体に目を向ける。その瞬間、グロウスの後ろから迫る大きな影に気付いた。


「グロウス! 後ろだ!」

「なっ!? ぬぅん!」


 電光の如き反応で、グロウスは迫り来る一回り大きな竜に向けて斬撃を繰り出した。


「ギャッ!?」


 グロウスの剣が一閃。だが、その剣は竜の鱗に阻まれたのか、首の浅い所で止まっている。

 それを確認したのか、グロウスは瞬時に剣を引き抜き、後ろに飛び退いた。

 その飛び退いた時を狙ったものが迫ろうとしている。


「なっ!?」


 回りこんでいた竜がグロウスに向けて飛び掛かる。

 その姿がスローモーションに見えた時、俺の木剣が空を断ち、竜の頭に鈍く重い痛みを与えた。

 側面からの強襲によって跳躍はグロウスまで届かず、竜は地面に倒れ込んだ。


「お父様!?」

「グロウス、デカいのは任せる。俺がこいつを引きつけておくから」


 竜が首を振るい、こちらに威嚇の高い鳴き声を上げた。

 その声に身震いしてしまう。狩りで出くわしたことのないモンスターと俺は対峙しているのだ。

 不安と恐怖によって体が支配されようとするのを堪えるために、歯を強く噛みしめた。

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