己を磨け
抜けるような青空の下、額から頬を伝って汗が落ちて地面を湿らせる。
肌を焦がす陽の光を受けて体中から汗が噴き出ており、不快指数がMAXだ。
「ふっ! はっ! たぁ! やぁあ!」
掛け声とともに木剣を振るい、空を裂く音が響く。目の前にウォルフがいるイメージをし、己の剣技の全てをぶつける。
剣の稽古を始めてから一年が過ぎた。あれから時間があれば剣技の習得に努めている。
ジーンに報告した時は大変だった。数日、ご機嫌斜めな日々が続いて頭を下げ続けることになったのだ。
俺に非があるのは間違いないので謝りに徹したが、怒らせると怖い女性であることが分かった。
ジーンの許しを得てから剣の稽古を始めたが、最初は本当に片手間で泣きたくなった。
だが、最近は対面して剣の振るい方、力の入れ方、足さばきなど、ちょこちょこ教えてくれる。
基本的にはアインとの遊びが一段落した時だが。
「じいさー!」
「良し来い!」
素振りを止めず声のする方角に目を向けると、アインとウォルフが楽しそうに戯れている。
ただ突撃するアインをウォルフがかわしては、小突いて挑発するといった感じだ。
相撲のようだが、ぶつかることはなく、いなされてれては地面に転がる事が多々ある。それなのに挑み続けるのは子供ゆえの力なのだろうか。
「あぅっ!?」
「また転んだな。どうした、アイン。もういっちょ来い」
「お~! じいさー!」
転がされては立ち上がる。アインの不屈の精神を見ていると、横から荒い鼻息が聞こえた。
「アインちゃんは相変わらずたくましいですね、お父様」
上半身裸のグロウスが木剣を肩に乗せて、吹き出した汗をタオルで拭っている。
俺も素振りを止めて荒くなった息を整えて、汗を拭う。
「ああ、本当にそう思うよ。成長が楽しみだ」
「ええ、実に楽しみです。どのような男児に育つのでしょうね」
もうお父様にツッコむ事はなくなった。というか諦めた。
だが、こいつの思うような男には育てたくない。
「で、グロウス。しょっちゅうこの村に来ているけど、本当に大丈夫なのか? お城の警備兵なのにさ」
「ご心配いただき、ありがとうございます。剣技の向上のためと言えば止める者はおりません。品行方正、清廉潔白の私は皆の信頼も厚いので」
まさか自分を褒めまくるとは。いつもの事ながら相手をすると疲れる。
「まあ、お前が良いならな。村に来まくっているせいか、馴染んじゃってるしな」
「いえいえ。お父様が私を受け入れてくださった、お陰でしょう。でなければ、なかなか信用されませんよ」
受け入れてはいない。面倒になったので敬語を止めただけだが、それがこいつには受け入れたと思っているようだ。
目をアインに向けると、転がる姿が見えた。ウォルフは遊びを通して、アインに力の入れ方を教えているらしい。
正直、ただ遊んでいるようにしか見えないが。
「そう言えば最近、アインちゃんはあらぶってはいないんですよね?」
「ああ、ありがたいことにな。多分、ウォルフさんが叱るからじゃないかな。遊びとはいえ、アインの怪力をそのまま使えば怪我じゃ済まないしな」
「私ならそのまま受け止めることができるのですが。遊んでくれないとは寂しい限りです」
思わず顔を歪めてグロウスを見た。アインもこの男の脅威さを理解しているのか、不用意には近寄らない。
「諦めろ。アインはウォルフさんに夢中なんだからな」
「今は……ですね。いずれは私の番が回ってきます。そのためにここにいるのですから!」
やはり、それが目的だったか。こいつの執着心の恐ろしさを改めて知った。
ただ、グロウスも変態なだけではない。息吹の剣士の名に恥じぬ剣技を披露してくれた。
実際、グロウスに稽古をしてもらうことも多い。認めたくはないが、その力を身を持って思い知らされた。
だとしても、変態という汚名を返上するものではない。
「そういえば、お父様の剣も上達しておりますね。一年前から想像ができない程にお上手になられています」
「ああ、その言葉は嬉しいな。……アインは剣を学ぶかな?」
「どうでしょうか。あまり気が乗りませんね。腕が立てば厄介事に巻き込まれますからね」
グロウスが言いたい事が分かった。名が上がれば、いやがおうにも人から注目されてしまう。
そうなってしまえば、モンスターの討伐や戦争に駆りだされることになりかねないのだ。
「そうだな。やっぱり危険だよな」
「はい。アインちゃんは非凡な子だと思います。容姿もですが、その身から発せられる力もそこらの大人以上です。まだ四歳に満たないのにですよ?」
「分かってる。ただ、本気で何かをしたくなったら止める事はしないつもりだ。アインの人生だからな」
「そうですね。アインちゃんに危険が及ぶ前に私が何とかします。大船に乗った気持ちでいてください」
胸を張って大きな笑い声をグロウスは上げた。こいつは悪いヤツではないことは確かだ。アインに何かがあれば助けてくれるだろう。
できれば、そんな日が来ない事を祈っている。ウォルフと戯れ、輝く笑みを浮かべているアインを見て切実に願った。
・ ・ ・
汗にまみれて汚れた体をお湯で洗い流すと、食事をとるために居間に向かう。
居間ではアインが積み木で遊んでいる。ということは、ジーンは調理場にいるのだろう。
床を踏みしめた音がすると、アインが首を回した。
「パパ~、つみきしよ~」
「お、良いよ。何つくろっか?」
父と子の触れ合いをしていると、ドアが強く打ち鳴らされた。
「先生! 開けてください! お父さんが!」
学校の女生徒であるマリーの声が聞こえた。慌てている様子にすぐにドアを開ける。
マリーは顔が青く、目を潤ませており、息を荒げていた。何があったのか分からないが話を聞くしかない。
「マリー、お父さんがどうかしたのかい?」
「おと、お父さんが倒れちゃったの! 先生の奥さん、魔法が使えるんだよね!? 治してほしいの、お願い!」
口早にマリーは言うと頭を下げた。普段のクールなマリーからは想像もできない慌てぶりである。
その事から厄介な話である事だけは、容易に察することができた。話しを聞いたのか、足音が背後から聞こえた。
「あなたぁ、どうしたのん?」
「ジーン、大変なことになってるみたいなんだ。ちょっとマリーの家まで一緒に行けないかな?」
「良いわん。早く行きましょ」
この事態に呆けているアインを抱き上げて、マリーの家へと向かう。
家に着くとマリーに連れられて寝室まで進む。寝室のベッドの上では呼吸を荒くし、顔が真っ赤な父親の姿があった。
「これって……。あなた、アインと一緒に少し離れていて」
顔を険しくさせたジーンの言葉に何とか頷くと、部屋から出て居間で帰りを待つ。
少し経つとジーンが顔を曇らせて戻ってきた。その表情からは芳しくないことが手に取るように分かる。
「多分、おたふく風邪ねぇ。治すにはゆっくり休むしかないんだけど……。あの様子だと合併症も引き起こすかも。鎮痛剤や解熱剤を使って休めるようにしてあげないと」
「魔法じゃ無理ってことなの? お父さんのこと治せないの?」
「ごめんなさい。私の魔法では無理なの……。早くお医者さんを呼んで薬をもらうのが一番よ」
マリーが悔しそうに歯を食いしばって顔を背けた。その表情を見てかジーンも少し目を伏せている。
ただ黙って、このままでいるのは不味いだろう。とにかく打てる手を打つのが先決だ。
「マリー、先ずはお医者さんの手配をして。遅くなればその分だけお父さんは苦しい思いをするから。ジーン、お薬ってあるかな?」
努めて冷静に話をする。ここで慌ててしまえば、余計に不安にさせるだけだ。
「う~ん、あるのはあるけど。高いものじゃないから効果は薄いかも」
「そっか。とりあえずはそれでも良いから持って来てくれる? この村にお医者さんがいないから、こっちに来るまで症状を抑えるだけで良い」
「分かったわん。じゃあ、持ってくるから待ってて」
ジーンが去っていく姿を目で追い背中が見えなくなると、マリーに目を向ける。
顔面蒼白だ。父親の症状を聞いて不安が更に増したのだろう。
「マリー、大丈夫。お薬はジーンが持ってくるからね。あとはお医者さんを呼んで、来るのを待とう」
「…そんなこと言ったって、お医者さんが来るまでに何かあったら」
言いたい事は分かる。この村に医者はいない。移動できれば医者のいる村まで運ぶこともできるが、父親の病状を見るとそれもできそうにない。
医者が来るまでに何日かかるか分からないのだ。だが、今の俺達にできることは、これぐらいしかない。
震えているマリーを見ていると、アインが手を伸ばした。
「おねぇちゃん、だいじょうぶ?」
アインが問いかけた。学校で面倒を見てくれていたから、マリーに懐いている。
そのマリーの顔を見て心配になったのだ。それは俺も同じであり、辛そうな顔を見ていたくはない。
医者が来るまでに何かあってしまえば、この顔が更に暗くなってしまうだろう。そう考えると、このまま手をこまねいてはいられない。
俺にできる事はあるだろうか。そういえば。
「リンゴを獲ってくる。解熱効果があるって聞いたことがあるから。マリーはお医者さんを呼んだら、アインの世話をお願い」
矢継ぎ早に言うと家を飛び出した。ここ等辺でリンゴがあるのは近くの森の深い場所しかない。
夜が深くなってくる時間に行くのは危険だが、生徒のことを考えれば四の五の言ってはいられない。
森に向かう前に、叩き起こす男の下へ向かう。




