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父として

 家に帰ると、食卓を囲んで家族で食事をとる。


「じいさ! じいさ!」


 アインのテンションは上がりっぱなしである。力が出せたせいなのか、興奮冷めやらぬといった感じだ。

 食事を終えると入浴し、ジーンがアインを寝かしつける。俺はいやいや言われるのでしない。


 アインが寝息を立て始めると部屋の空気も少し張りつめていく。

 俺もジーンも考えていることは一緒だからだろう。ジーンが俺の横に寝たのを確認し、この難題を話しあうとしよう。


「あなたはどう思うのぉ? 今回の話は~」


 先に切り出されてしまった。少し悔しいがありのままに話そう。


「習い事くらいなら考えるけど、おそらくはその程度じゃ済まなくなると思う。勇者となるアインの力だと、教えてくれる力の全てを吸収していくと思うんだ」

「そうよね~……。じゃあ、断る方向ぉ?」

「分からない。普通の子に育てたいって思いが俺達にはある。けど、アインが勇者としての自覚を持ってしまった場合、いくら力が強くても技がないとモンスターと戦うのはちょっと……」


 俺の言葉を聞いてか、ジーンは黙ってしまった。

 俺も考えてなかった訳じゃない。勇者として旅立つ時が嫌でも来る可能性があるのだ。

 神からの定めに抗えるのか分からない。あの神は地上には関われないと言った。それが正しければ今回の出会いは偶然であり、またとない機会ではある。


 だがもし、今回の事で力がつくことが勇者への覚醒に繋がるのならば、剣を教えたくない思いが強い。


「ごめん、答えが出そうにないや」

「今日のところはそうしましょ。ゆっくり考えていきましょうねぇ~」


 悩ましい思いを抱いたまま、今日が終わった。


   ・   ・   ・


 晴天の下、アインの引く手に連れられて散歩に出かけていた。

 アインは昨日のテンションを引きずっており、ご機嫌がすこぶる良い。


 お陰でパパイヤなどと言われる事がなかったので、心へのダメージがないことは喜べた。

 だが、アインが手を引っ張る先はエルドラン家である。これには悩まされた。


 エルドラン家が近づいたところで、先客がいることが分かった。

 軍人が玄関先に立っているのだ。これが意味することは一つしかない。

 アインの手に引かれて嫌々進んで行くと、うな垂れたグロウスがすごすごと家から出てきたのが見えた。


 グロウスの目がこちらに向いた。


「アインちゃん!? と、お父様!」

「何かついでっぽくない!?」


 べたな言葉だがツッコんでしまった。無駄に体力を消費させられては困る。

 アインを抱きかかえてでも、ここから去るのが一番だ。パパイヤを連呼されるかと思うと気が滅入るが。


「お父様も、エルドラン様に御用がおありなのですか?」

「いや、お父様じゃないし。アインに連れられて来ただけですよ」

「そうでしたか。相変わらず私たちは縁が深いですね。神の導きでしょうか」


 ただでさえ嫌いな神が、更に嫌いになりそうな言葉をグロウスは口にした。


「たまたまなので、変な勘違いをしないでください」

「偶然にこそ、運命が隠れているのですよ。では、少し抱っこさせて」

「良い訳ないだろう! この変態剣士が!」

「変態とは心外です。美しき華を愛でることは当たり前のことでは?」

「うるせぇ! 幼児を狙うとか変態以外の何者でもないだろうが!」


 ツッコミしすぎて頭が痛くなってきた。

 グロウスと不毛な会話をしていると、ウォルフが玄関から顔を覗かせた。


「人の家の前で騒ぐんじゃない。ん、君は……マサヨシだったな。アインも一緒か」

「ウォルフさん、こんにちは。アイン、こんにちはをしなさい」


 俺にならってアインは挨拶をすると、ウォルフも挨拶を返した。

 その光景を見てグロウスが不思議そうに見ている。


「お父様、エルドラン様とお知り合いなのですか?」

「……知り合い」

「左様でしたか。できれば、お父様からもお話をしていただけませんか? エルドラン様に剣を教わりたいのですが、話を聞いてもらえないのです」

「ああ、断られたって話でしたね。アインは良くて、グロウスさんはダメなんですか?」

「何と!?」


 話しをウォルフに振ると、大きく頷いた。多分、変態剣士だからだと思う。


「くっ! さすがはアインちゃん。エルドラン様に認められるとは……」

「お前のような暑苦しいヤツに教えるのは疲れるのでな。特に変態なら尚更だ」

「聞いていたのですか!?」


 グロウスは驚愕している。鋼のハートを持っていたと思ったが、脆い部分もあるようだ。


「それで、マサヨシがここに来たのは? アインの稽古をつけに来たのかな?」


 思わず唾を飲んだ。ここに来た理由はアインに連れられて来ただけであり、アインの思いは分かっていない。

 悩んでいるとアインが手を離し、ウォルフの所に駆け出した。


「じいさ、あそぼ! じいさ!」

「そうかそうか。話しが終わってからな」


 アインと喋る時のウォルフは好々爺といった感じになる。

 これもハーレム能力が発揮しているからかもしれない。


 今の会話で思いつくことがあった。ジーンがどう思うかは分からないが、アインの意思を尊重する方法になる。


「ウォルフさん、稽古のことなんですが……。俺につけてくれませんか?」

「ん? それはどういうことだ?」

「言ったままです。アインはまだ幼い。自分の意思で決めるには早すぎます」

「それは分かる。しかし、君に稽古をする理由が見出せんのだが?」


 ウォルフの言葉はもっともな事だ。だが、今の事、未来の事を考えるととれる選択肢はこれしか思いつかない。


「父親だからです!」


 力強く言った。俺の声が響いた後、水を打ったような静けさが訪れる。

 頬を撫でる優しい風が抜けていくと、ウォルフが口を開いた。


「父か……。それで? 父親だからといって、稽古をする理由が明白ではないのだが?」

「アインは剣を知らない。それが危険な事なのか、良い事なのか、悪い事なのか、何も知りません。それを俺が身を持って見せてあげたいんです。そして判断してほしいんです。自分で道を選択させたいんです」

「なるほど。確かに理屈は通っているが……」


 そう言うとウォルフは目を閉じて腕組みをした。無理な要求をしていることぐらい分かっている。

 だが、アインにはできるだけ自身で判断させたいのだ。親の身勝手なお願いかもしれない。ただ、納得だけはしてもらいたい。

 自分の中で消化できないものを持ったままでいてほしくはない。

 前に行くも、立ち止まるも、後ろに下がるも、自分の心で下した決断であってほしいのだ。


「あの、これもお願いになるんですが……。アインと遊んでもらえませんか? ウォルフさんのことを慕っているんです。その時に稽古をつけてもらえませんか? アインも俺の姿を見れるので」


 言える限りの事は言った。あとはどう判断されるか。


「じいさ、あそぼ~」


 アインが寂しそうな目をして言う。この目は卑怯だと思った。

 懇願した視線の先であるウォルフは大きくため息を吐き、目を開けた。


「片手間だ。アインと戯れている間に片手間で教えてやろう」

「あ、ありがとうございます。ご迷惑を掛けます、よろしくお願いいたします」


 姿勢を正して、深々と頭を下げる。


「あっ。ほら、アインも頭を下げて。ありがとう、てね」

「う? じいさ、ありあと~」


 アインのキュートな声と仕草を受けて、ウォルフは顔をほころばせた。

 やはりアインはすごい。いかんなく、その力を発揮している。

 和やかなムードになった時、熱い男が鼻息を荒くしていた。


「さすがはお父様ですね。アインちゃんのためのお手本になろうとするとは。子供への愛の深さには感服いたしました」

「お、おお。ありがとう」


 もう言葉がまともに出てこない。グロウスに何を言っても効かない気がするし、無害ではないが若干有害な程度であるので適当に対応しよう。


「して、エルドラン様。私にも稽古を」

「せんぞ。とっとと帰れ」

「うっ!」


 冷たくあしらわれたグロウスはまたうな垂れ始めた。

 どうやら鋼と豆腐のメンタルを持っているようだ。俺の声が豆腐メンタルの方に刺されば良いのに。

 肩を落としているグロウスは無視しよう。


「ウォルフさん、改めて俺たち家族のこと、よろしくお願いいたします」


 大きく頭を下げると、アインもならって頭を下げた。

 ウォルフが吹き出し、口を開けて大きく笑うと、アインに向けて手を差し出した。


「じいさ~!」

「よし、来い! ぬぅっ!」


 アインがウォルフの指を掴むと二人の動きが停止する。動かぬグロウスと合せると、時が止まった世界に見えた。


「くううぅ……」


 グロウスがうめいたが無視しよう。

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