強く、たくましく
空が傾いた太陽によって赤く焦がされている。
俺は我が家の傍の切株の上に薪を置き、斧で割っていく。
薪が割れる子気味良い音が周りに広がる。
適当に割り終えた所で汗をタオルで拭って、太陽に目を向けた。
山々の峰から少しだけ顔を覗かせているが、それもすぐに沈んでしまうだろう。
空が闇に染まる前に家へと帰る。
ジーンと結婚して半年が過ぎていた。
それまでの日々は本当に甘くとろけるようなものであった。
美しく優しい妻に、明朗快活な息子の三人暮らし。
素敵な家族に囲まれて過ごすことができるなんて、俺は本当に幸せ者だ。親不孝者ではあるが。
そんな幸せが続くと思っていた、思ってはいたが。
「ただいま~。ジーン、アイン、帰ったよぉ」
「あなた~、お帰りなさ~い」
エプロン姿のジーンがアインを抱きかかえて俺の元にいそいそと近づいてきた。
近づいてきたジーンの口にお帰りのキスを軽くすると、アインに目を向けて手を差し出す。
「ほ~ら、アイン、パパの所においでぇ」
「パパ、いや!」
パパイヤ? 相変わらず現実から目を背けてしまいそうになるが、パパ、いや、なのだ。
顔すらも背けて俺を見ない。家族でいることの幸せはもちろん感じているが、アインの反抗期到来には流石に頭を悩ませた。
「どうしたの~? アインは行きたくないのぉ?」
「うん」
ジーンの問いかけに一瞬で回答した。心が砕けそうになるのを何とか堪えて、食卓に向かう。
反抗期なのは仕方がないが、全力で拒否されるのはキツイ。
ただ、反抗されるのは俺だけでなくジーンも同じであった。
俺よりは少ないようだが、それでも少なくとも傷つくはずだ。それを問いかけると、首を横に振った。
一過性の問題であり、成長の過程で必要なことと。
何でそんなに落ち着けるのかと聞いたら、エステの中で親と子供が接するのを見てきたからだと言った。
実際に体験するのとはで大きく違ったが、今まで多くの人の悩みを聞いてきたから、それを体験できることが嬉しいとも言った。
そう言えばジーンの男時代の写真のような物を見たことがある。
写光板と言われるガラスのような物に、映し出したものを保存するものだ。
めっちゃ美形で困惑したが、納得もいった。薬の力で若返って性転換しても、元のベースは変わらないのだから美形なおっさんでも間違いない。
へこみながら食事を終えて、お風呂に入り、床に着く。
ジーンがアインを寝かしつけたところで大きくため息を吐いた。
「あらん? またへこんでるの~?」
「まぁね。そりゃへこむよ。子供から全力で拒否られてるんだからさ」
「そうねぇ~。でもぉ、我がままを聞ける内は幸せだと思うわよぉ? だって、その先はどうなるか分からないんですもの」
ジーンの言葉で眠気が吹き飛んだ。ジーンにはアインが神によって作り出された勇者だということは伝えている。
その言葉を信じてくれている。その上で、覚悟もしてくれているんだ。
つくづく自分には勿体ないと思える女性……元男性を妻に持てたものだ。
「ジーンはさぁ、やっぱりその時期が来ると思う?」
「分からないわん。でもぉ……、来てほしくはないわねぇ」
ジーンがろうそくを消して、俺の横に寝た。手が触れ合ったので手を握る。
「俺も来てほしくないよ。もしも……、もしもの時があれば、止められるように頑張るから」
暗い部屋でおやすみのキスを交わした。
・ ・ ・
見上げれば青々とした木々の葉から太陽の光が覗いている。
森の木陰で息を殺して、時が来るのを待っていた。
茂みを揺する音が聞こえる。
動きたくなるがまだだ。まだ堪えろ。
「マサヨシー!」
合図があった。両手で強く握った棍棒を振りかぶる。
目の前には自身を収縮しながら逃げようとするスライムの姿があった。
「逃がすっかよぉ!」
スライムに向けて渾身の一撃をお見舞いする。
土にまでめり込んだ棍棒を抜くと、へしゃげたスライムがそこにはいた。
相変わらずキモい。
「お~、バッチリじゃないか。たくましくなってきたなぁ。逃げ回っていた時が懐かしいぜ」
顔をニヤつかせたイーサンが言う。あの時の恐怖は忘れないし、みんなの悪い顔も忘れてはいない。
つぶれたスライムを指で摘み上げる。強く叩き過ぎたのか、少し体液を漏らしていた。
「力入れ過ぎだな。このままだと痛むから、ここであらかた取り出しておくか」
「おえっ!」
「まだ何もしていないのに、何をえづいているんだよ。早く慣れろ、ほれ」
イーサンがナイフの柄を俺に向けて差し出した。
その先の光景が分かる俺は、恐る恐るナイフを握る。
「分かるよな?」
二度、頷いた。分かったけど、嫌ですとは言えなかった。
アインと違って反抗期ではなく、単純な逃げなので気を引き締め踏ん張る。
ナイフをスライムに当てて、ゆっくりと切る。
半分程、切ったら逆さに持って内容物を出し尽くす。
中が空っぽになったら、皮を引っ張り、裏表をひっくり返す。
あとは家に戻ってから水で綺麗に洗えば大丈夫だ。
「うぉぉえっ!」
「よく頑張ったなぁ。最初は一工程ごとに吐きそうになっていたのに」
事実ではあるが思い出したくない事をイーサンは口にしたので、冷たい視線を送る。
不毛なことをしていると周りから声が掛かった。今日の狩りは終了のようだ。
今日の収穫の配分は村に帰ってから行う。またエグイ現場をみることになると思うと、やや億劫である。
・ ・ ・
ジーンとアインを連れだって、宿屋へ向かう。
アインは一人で歩いているので、その歩みに合せるようにゆっくりと歩く。
これもアインが選んだことであった。ジーンが抱きかかえようとした時に嫌がったのだ。
俺はそもそも嫌がられるから、何もしていない。
しばらく歩いたらぐずりだすだろう。それまでは自分でやると決めたことをやらせよう。
そう思い、アインから目を離して前を見据えると、馬にまたがった軍人が見えた。
一つの家の前に四騎の軍人がおり、誰も乗っていない一頭の白馬がいる。
「あらん? 珍しいわねぇ~。あの紋章、国王直轄の軍人よん」
「えっ? 何で国王直轄の軍人なんかがこの村に?」
「何でかしら~? あ、でも、あそこの家って最近引っ越してきた人のじゃないのぉ?」
ジーンの問いかけで思い出した。
一か月前にここに引っ越してきた夫婦の家だ。家を新築したので、お金持っているんだなぁ、という風にしか覚えていない。
ぼーっと見ていると、一人の男が家から現れた。
その男は家に向かって一礼すると、白馬にまたがりこちらに向かってくる。
「もし、そこの御仁。この村の宿屋を教えてはもらえぬでしょうか?」
近づき声を掛けてきた軍人は俺に問うてきた。すごく爽やかな声だ。
それに反して顔は彫が深く、武骨である。偉丈夫なこともあり、本来であればもっと低い声になるはずだが爽やかだった。
歳は俺と同じくらいか? 顔が濃いせいで年齢が不詳な気がする。
「あ、この道をまっすぐに進まれたら、右手にあります」
「そうでしたか、助かりました。それでは……?」
白馬に乗った軍人が俺達を見ている。いや、俺ではない。
となるとジーンを見ているのか。俺の妻をいやらしい目で見るなどと。
湧いた怒りで視線を辿るとジーンでもない。となると。
「何と可憐な!」
軍人はアインに向けて変な言葉を口にした。