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結婚式

 拝啓、日本にいる、お父様、お母様、お元気でしょうか。

 私、マサヨシは二十二歳にして妻をめとることになりました。

 息子の晴れ姿を見ていただきたかったとぅっ!?


「アイン、苦しいっ! ネクタイ引っ張らないで! 止めってっ!」

「うぅ~、パ~パ、ママ~は?」

「ママに会う前にっ、パパが死ぬっ!」


 怪力のアインの手をネクタイから引っぺがし、崩れた形を整える。

 結婚式当日を迎え、領主から借りたスーツを着て、今一度自分の格好を確認する。


 言っては何だが、薄い顔の俺に華美な刺繍を施したジャケットは本当に似合わない。

 とはいえ、せっかく領主が貸してくれた服なのだ。大事な大事な結婚式を華やかなものとしたいので、恥ずかしかろうが我慢をする。


「マ~マ~」

「はいはい、ちょっと待ってねぇ。じゃあ、学校に行ってみようか」


 アインを連れて宿屋を出る。

 俺たちの新居は修復が終わり、必要な家財道具はすでに入れ終えている。だが、新居で過ごすのは結婚した後からとクレアが何度も言ったので、まだ一晩も過ごしたことがない。


 学校に行く道すがら、色々な人からお祝いの言葉をもらった。

 その言葉がただただ嬉しかった。自分が周りから信頼され、認められている気がしたから。


 そう言えば、領主からもお祝いの手紙が届いた。中にはありきたりな言葉と、前の事件は領民を惑わせかねないので、他言無用であると書かれていた。

 あの手紙を読んだことで、一生領主にたかることができるのではと思った。


 学校に着くと楽しそうな声がいくつも響いてきた。

 教室の鎧戸が開いているので、木の格子から中の様子を伺う。


「マサヨシくん! ダメよ、覗いちゃ」


 背後から突如掛けられた声に肩が跳ねた。

 振り返るとクレアが頬を少し膨らませている。


「お披露目は結婚式のときって言ったでしょ。まだ見ちゃダメ」

「いやぁ、すみません。アインがジーンさんを探していたもので」

「あら、そうなの? じゃあ、私が連れて行くから、マサヨシくんはどこかで時間を潰してて」


 そう言うと、アインを抱きかかえて学校の中に消えた。

 今、教室では花嫁であるジーンのドレスの着付けが行われている。このドレスも領主から借りたものである。

 話しに聞けば衣装の貸し出しはしていたようだが、今回のはかなり豪華な物らしい。領主の恩恵を受けまくっている。


 学校を追い払われたので適当にぶらつく。

 何気なく小高い丘の上まで足を進め、村を眺めた。

 どうということはない。見知った村が広がっているだけだ。

 ただ、その光景を見て不思議な気持ちになった。


 少し離れた森へ目を向ける。

 全ての始まりの地だ。あそこからアインと共に生きてきた。

 つらい時、苦しい時、逃げ出そうとした時、立ち向かう決意をした時。

 色々なことがあったことを今一度思い出す。


「お~い、マサヨシ。ボーっと突っ立てて、どうかしたのか」


 イーサンがこちらに向かいながら声を掛けてきた。

 周りには何もないので所在なさ気だった俺を見てか、こっちに来てくれたのかもしれない。


「いえ、ちょっと昔を思い出してまして……。イーサンさん、あの時はありがとうございました。もし会えなかったら。もしあの時、俺を村に連れて行ってくれなかったら、今の俺はいませんでした。本当にありがとうございました」


 イーサンに向けて、深々と頭を下げる。

 頭を上げると少し照れているのか、イーサンは頬を軽くかいていた。


「おいおい今更、礼は不要だって。今までも散々してきたんだからよ。それに、お前が来てくれたお陰で、この村にとって良い事がいくつもあったんだからよ」


 言って、顔を俺から背けた。

 二人で始まりの森を見る。全てはあそこから始まり、今へと繋がっているのだ。それをイーサンも考えているのかもしれない。

 

「良い式にしような」

 

 イーサンの一言に頷く。

 

「はい、良い式にしてみせますよ。絶対に」


   ・   ・   ・


 学校の校庭に続々と人が集まってくる。

 結婚式用の壇はすでに出来上がっており、村人も集まっていた。あとは始まりを待つだけとなっている。

 かなり緊張してきたせいか、掌に汗が滲んでいる。この緊張感から早く解放してほしい。切に願っていると、村長が壇上に向かった。


「これより、結婚式を執り行う! 花婿はここへ」

「はっ、はいぃ!」

 

 しまった、完全に声がうわずってしまった。

 込み上げる恥ずかしさを何とか堪えて、壇上に向かう。


 壇上から村人を見下ろすと、不思議と気持ちが落ち着いた。みんなが優しい目をして、見てくれているからだろう。

 それはそれで照れくさくなってきた時、歓声が上がった。


 みんなの目が向いた先を見る。えもいわれぬ程の美しい人が学校の玄関から姿を現した。

 眩しい程に輝く純白のドレスに身を包まれたジーンが、少し目を伏せてこちらに歩いてくる。


 ゆっくりと歩く後ろでクレアがドレスの裾を持っていた。

 思わず見惚れていると、村長が咳払いをした。おそらく村長も見惚れていたに違いない。


「花嫁もここに」

「はい」


 普段の甘い言葉づかいではなく、凛とした声色で言った。

 村人の輪が二つに分かれ、その間をジーンはゆっくりと歩く。

 そこかしこから拍手と祝いの声が上がる中を進み、壇を上ると俺と向かい合った所で足を止めた。

 

「それでは、始めよう」


 村長の言葉に固唾を飲んだ。


「マサヨシ、汝はここにいるジーンを病めるときも健やかなる時も、富める時も貧しき時も妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓えるかな?」

「はいっ、誓います!」


 力強い思いを込めて言った。全ての言葉に誓おう、どんな時でも愛してみせる。


「ではジーン、汝はここにいるマサヨシを病めるときも健やかなる時も、富める時も貧しき時も妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓えるかな?」

「はい……。誓います」

「それでは、ここで誓いのキスを!」

 

 ぬぅっ!? そうだ、これが残っていたのだ。

 完全に気を抜いていた。みんなの視線が俺とジーンに向いている。

 また固唾を飲んだ。キスをする。あの夜以来のことだ。あの時はジーンからだった、それなら今度は。

 

 ジーンに体を寄せて、じっと目を見る。優しい瞳が美しかったが、目を閉じたので見れなくなった。

 じっくりと目を見たい、言葉以上に思いを告げてくれる瞳が。

 だが、まぶたの裏側でもきっと俺に思いを告げてくれているのだろう。俺の瞳もそうだと信じたい。

 

 今できることは閉ざされた瞳を解放するためのキスだ。そっとジーンの唇に自分の唇を合わせる。

 少しだけ長く、もう少しだけ長く、もっと長く、と優しい口づけで深い思いを告げた。


   ・   ・   ・


 結婚式が終わると、お祭りのように食事会が開催された。

 村の人々と大いに語らい、思い出話に花を咲かせた。

 それも陽が沈むころには終わり、俺たちは結婚式用の衣装から着替えて新居に向かっている。

 アインはクレアに預けているため、二人で並んで歩く。


「良い結婚式でしたね。みんなから祝福されて、本当に幸せでした」


 思ったままの事を言った。昔、逃げようとした時、逃げずに向い合ったからこそ、手に入った幸せだと思う。


「そうねぇ~。まさか結婚式を挙げられるとは思ってなかったから、本当に幸せねぇ~」


 いつの間にかいつもの口調に戻っていることに笑ってしまった。

 その俺を不満そうにジーンが見つめる。


「何で笑うのぉ?」

「いえ、いつもの喋り方に戻っていたのでつい。あ、でも、今の方が好きですよ。真面目な口調も良いですけどね」


 少しからかうと、ジーンも小さく笑い出した。本人も少しは自覚があったのだろう。

 二人で笑っていると、ジーンが急に足を止めた。

 

「ジーンさん、どうかしました?」


 当たり前のことを聞いた。何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。

 慌てて頭の中を整理していると、ジーンの人差し指が俺の唇に触れた。


「これからは敬語禁止よん。夫婦なんだからねぇ」


 また思わず笑ってしまった。だが、これも当たり前のことである。

 どこか余所余所しく感じてしまうのだろう。もし、自分がそうであれば、少なからず思ってしまう事だ。


「じゃあ、ジーン……で良いよね? ジーン、これからもよろしくね」


 言ってみて、少しむず痒いが意外に落ち着いて言えた。


「こちらこそ、よろしくねぇ。あ、そうそう今夜なんだけどねぇ」


 ぬぅおぅっ!? そうだ、今日は結婚初夜だ。アインはクレアに預けているので、本当に二人きりの夜になるのだ。


「う、うん! 今夜は……何?」

「マサヨシの話を聞かせて……。あなたの世界のこと、どんな人生だったのかを……ね。もちろん私のことも話すわよん。男時代の事もねぇ」


 言われて気付かされた。今までの過去を話してはいない。夫婦なのだ。ジーンも自分の事を明かそうとしている。

 それなら俺も全てを語る時ではないか。今日、新居で、結婚式を挙げた日に、愛を誓った日に。


「そうだね。……でも、参ったなぁ。一晩で終わるか心配だよ」

「一晩で終わらせないわよん。もっともっと、時間がどれだけ掛かっても良いから、あなたの事を教えてね……」


 優しい笑みと瞳を俺に向けたジーンに体を寄せる。

 何か分かったかのように、俺の目を見つめ返してきた。


 お互いが黙って口づけを交わす。今夜、最初の語らいはキスを通して、お互いの気持ちを送るものだった。

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