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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
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4-4-4.黒の驚異

 人影。確かに人の形はしている。だが、歪だ。

 黒い粘性をもつ密な繊維が自立で二足歩行を成し、それを筋張った白濁色の骨のような外殻でその形状を保っている。この腐食した樹海に棲む粘菌が、かつてここを漁りに来た冒険者にんげんの真似事でもしているかのようだ。しかし顔までは真似をしていないようで、頭部は黒いツタが束になって丸まっているようにも見える。目もなければ口もない。


 このラミンのオアシスの菌の一種か、それとも失踪者のなれの果てか。

 少なくとも、探していた生存者ではないことは確かだと、ふたりは悟った。身構えるように立ち上がったメルストは初めてみる生物に戸惑いつつもルミアに小声で呼びかける。

「やべぇよあれ。絶対関わっちゃいけないやつだよあれ」

「ごめん、あたし目ぇ合っちゃった」

「嘘つけあいつ目玉ないだろ。ってマジかよコッチ来るぞ」


 グチ、グチ……と、苔地を味わうように踏みしめ、ゆっくり歩み寄ってくる黒い生物。何を考えているのかわからないことがここまで不気味で、不安を煽らせるとは。

 今すぐにでも逃げた方が賢明だろう。しかし隙は見せられない。警戒していたメルストの前に、ルミアが何の危機感もなく出てきた。


「まぁまぁヘルメス氏。ここはルミアおねえちゃんに任せて、少し下がってなさいな」

「い、いいのか? いくらコミュ力全振りのおまえでもあれはかなりレベルが高いぞ」

「だいじょぶだいじょぶー、話せばわかるよ。見た目で判断しちゃいけないぜ少年☆」

「限度ってもんがある」

 まるで友達と会うかのような素振で、すたすたと白外殻を装う黒い生物に近づいた。その異形は体高2mほどあるようで、140cm台のいたいけなルミアがそこに並べばまるで親と子だ。


「はいどーもぉ! おはこんばんにちわー、え、ちょ、おひさじゃないあたしら? やだーっ、尊みー! まぢ元気してたー? ぶっちゃけ4年ぶりじゃーん、いままでなにしてた感じー? ……ってあれ、聞いてる? ねぇちょっとーもしもーし、アタシノコトバワカリマスカー?」

(……コミュ力ってこんなのだっけ? メンタル強いのは分かったけど)

 普通の人でも一歩下がりそうなアプローチだが、それは微動だにしない。通じていないと思えば自然だろう。それでもルミアはよくわからないテンションで接し続ける。

「あんたってそんな冴えないコじゃなかったじゃん? まぁパッと見ー、ガチのガングロになってるしぃ、まったコアコアなファッションに目覚めちゃってるしぃ? 超ウケるんですけど。なんかいろいろあって変わった的な?」


 話している途中で、距離を取っていたメルストは気付く。具体的に何が、というわけではない。あくまで予感、しかし最もあり得る想定だ。一向に動かない故に、いつ何が起きるか予測できない、ただ本当に何もしないで済むのも虫のいい話だ。

 白骨をまとう猛禽類のような鋭い爪がぴくりと動いた、気がした。

「それわかるーっ、わかりみすぎて森生え――」

「ルミア! やっぱそいつ駄目だ!」


 離れろ、と言った時には遅かった。

 微動だにしなかった黒い生物の片腕が音沙汰もなく何かを薙いだ。風、音が一瞬遅れて五感に辿り着く。その黒い腕は白い外骨格をせん断し、膨張しゴムのように伸び――数十メートルにも及んだ。菌糸の大樹にめり込んだ白骨を鎧のように装う肥大化した手は、何を潰したのか。

 なにより、驚いたのはその豹変ぶりでも、優れた反射神経でさえも反応できなかったほどの一撃の速度でもない。

「そうそうそう、あたしもいろいろあって変わったのよ。上京してさ、いろいろ芸覚えたって感じー。手品って知ってる?」


 それを越えた人間の存在をこの目で再確認されたことだ。

 どう動いたのかさえ確認できなかったが、背中を合わせるよう背後に回っていたルミアが指を鳴らすと、黒い生物の節々や胴体が爆炎に覆われた。

 白い外殻は壊れ、黒い粘性物と絡み合った繊維もぼろぼろと燃えていく。左腕がもげ、胴がえぐられ、脚も折れてまともに立てないはずだが、怒りという感情でも生まれたのか、背を向けたルミアの首へと右手を伸ばした。


「あとはね――」

 ストン、と音でも聞こえそうな。ルミアの膝が糸が切れたように抜け、一瞬の落下が掴もうとする黒い生物の手を回避した。柔軟な筋肉を駆使し、落下しながら振り向く。真上にピンと伸ばした右腕は、黒い生物の腕を掴み、そして。頭部めがけて蹴り上げた。かかとにでも不安定な爆薬を仕込んでいたのか、蹴った足から爆炎が生じた。

 当然ながら黒い生き物の頭部は吹き飛び、炭になるのを受け入れたようにゆっくりと倒れた。

 爆発の勢いで猛回転し、苔地に足を埋めんばかりに着地したルミアの手には黒い粘液の付いたダガーがあった。蹴った後の回転時に抜いたそれで掴んだ黒い腕を斬ったのだろうか。黒い生物の右腕を見ると、半分以上すっぱり切れていたことにメルストは気付く。

「護身術っていうの。都は物騒だからねー、あんたも気を付けな」

(護身術の意義ってなんだっけ)

 逃げる目的のためにある術だが、どう見てもルミアのは必殺技以外どう例えていいのか。そう思うメルストの方へ、彼女は黒い生物に触れた手袋とダガーを捨てながら戻ってくる。手袋は二重のようで、素手を表すことはなかった。


「……よく反応できたな。まったく見えなかったぞあいつの攻撃」

「最初から殺すと分かっている猛獣に心許すわけないない。筋とかモロ見えだし、何来るかくらい予測できるにゃ」

「そんで」と燃えている黒い生物を見下ろす。「あれなんだったんだろーね」

「菌糸の塊にも見えたけど、どう見てもここの環境から浮いてたよな。明らか動物みたいに動いてた」

「加えてあの攻撃性ね。こんな無味平凡な場所で、あんなフォルムは必要ないし」

 異常。それを感じたメルストはもしかしてと気付き、改めて燃え続けている黒い生物の亡骸に目を向けた時。

「まぁどんな怪物でも燃やせばみんな灰よ」

 既に終わったことだと言わんばかりにルミアは笑う。「爆発は正義! なんだぜ」とまで言い出す始末。反してメルストは渇いた笑い。一点を見つめたまま一歩引きさがり、

「……その灰も意志があるとしたら、逃げた方がよさそうだけどな」

「どゆこと」とメルストの見ている先、パチパチと焚けている黒い生物に視線を移したとき。


 驚きのあまり、声すらも出なかった。それもそのはず、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 炎の色は怨念渦巻く紫黒。それはオーラでも何でもない、炎のように揺らぎ、動く黒い生物の菌糸にくたいの一部。増殖する粘性物と分化成長を繰り返す筋。ドグンドグンと全身で脈打ち、焚火のような音は亡骸から脱皮している音だと気づく。何が起きるのかと目を細めるふたりの視界を、

「――ッ!?」


 黒が覆う。

 膨大な空気を内側へ送り込むように。爆発的な勢いで肥大化する内臓のようなそれは、意思でもあるかのようにメルストとルミアへと、黒く歪な粘液状の触腕を伸ばした。

「あー……納得のなっちゃん、いただきました」

 逃げろ、とは言う間もなく。

 同時、地を蹴った。黒い肉塊と化した生物はその後を追う。

 黒い粘液に混じる繊維は雪崩のように勢いを増していき、見境なくキノコの樹をなぎ倒し、飲みこんでいく。粘菌の絨毯も一部として溶け、飲みこまれていく。


「やばいやばいやばいやばいやばいぞこれェ! 巻き込みヤバし! めっちゃ侵蝕しとるがな!」

 ヴィスペル大陸での遺跡崩壊より生きた心地がしない。後ろを振り返る暇もなく、一歩でも前へ前へと全速力で駆けた。

「あーもぉーっ! しつこい! 風呂場で取れないカビ汚れ並にしつこい!」

「ごもっともだ!」


 そのとき、メルストの足が何かに躓く。「おっふぇい!?」と間抜けな声が漏れ、地面に手をつけた――が、転んでもただでは起きない。

(物質創成――ありったけの鉄を!)

 転びざまについた両手からプラズマを発し、生み出した巨大な鉄壁は、この洞穴のような森のはるか上から壁まで、空間を埋めんばかりに黒い生物の侵攻を防いだ。前転して再び走り始める。


「やったか!?」

「メル君それ言っちゃいけない台詞ベスト10に入るやつ!」

 だが、厚さ2mにも及ぶ城壁のような鉄壁が腐食し始め、ダムのように決壊する。瞬く間に黒い菌糸のようなものに取り込まれていった。

「ほらーっ!」

「なんっちゅう分解力だよ!」

「とにかく走って! あれ触れた時点でゲームオーバー確定だとあたしの勘が言ってる!」

 質量も大きくなったようで、とうとう侵攻に地鳴りが伴った。しかし、先程よりも速度が遅くなったようで、走り付かれてきたメルストとルミアになかなか追いつかない。それでも、走り続けなければ呑みこまれてしまう。バキャバキャと後ろからなぎ倒す音が迫ってくることにぞっとし、肺が張り裂けそうになろうとも脚を必死に動かし続けた。

「さっきよりでっかくなってないか!?」

「しつこい野郎はね! 嫌われるんだよ!」

「それ経験談っすか先輩!」

「うっさい! 違うわバカ!」


 図星なのか怒った拍子にルミアは一瞬だけ跳んで振り返り、爆薬が詰まった銃弾を二発撃ちこんだ。本来ならめり込むのだろうが、銃弾はカンッ、と軽快な金属音を立ててあっちの方へと逸れていった。

「うっそん!? 弾くとか、えっ、うざっ、笑えないんですけど!」

(カビっぽい肉質のくせしてセルロースの硬度じゃねぇな。フェノール架橋、いや、含水量の操作か? だとしたらクチクラだろうとは思うけど……銃弾を弾くなんて聞いたことないぞ!)

 生物的だが、見た目を裏切って硬度は相当のようだ。にも関わらず、液体のように流動する様子に疑問しか抱かない。

「これならどうよ!」

 今度は手前の地面と壁、天上に撃ちこみ、巨大な黒い流動生物を爆炎で覆った。一瞬だけ足止めは出来たかもしれない。だが、炎に菌糸を乗せ、成長の勢いを増した。とうとう流動体から引火する炎のように再度浸蝕を留めることはなかった。


「にゃーっ、もう! くたばんないとかどんだけ!」

「たぶんその爆発逆効果だ!」

「なんでそんなことわかるのよさ!」

 手持ちにしていたギルド支給品の発炎剣を投げつけ、黒い肉塊に突き刺さる。発火し、燃え上がる仕込み魔法剣。途端に、それを飲み込んだと思うと、そこから一本の大樹が芽生え、天井を崩さんばかりに貫いた。とうとう天上からも侵蝕を始めるのを、ふたりは見上げ、顔を合わせる。

「これでわかっただろ! たぶん熱で成長するんだこいつら!」

「こいつぁ大発見だにゃ! ウチとの相性最悪って知れただけ大収穫だよ!」

 走れば走るほど、樹海の奥へと進んでしまう。出口の砂漠を探そうにも、そんな余裕はなさそうだ。

(どうする。あれが熱を餌として好むタイプだとしたら相当厄介だ。……そういや、最初は爆発に怯んでいたな。もしかして――)

「メル君!」

 叫んだルミアも、どうするといった声色。前方は底が見えない絶壁。行き止まりだった。

「おまっ、映画みてーな展開すぎねぇか」

 独り言を放ち、とっさに振り返る。迫りくる黒い濁流を前に、悩む時間はない。

(後ろは奈落、前からは死亡確定の不死身みたいな化け物。一か八か、爆発じゃなく衝撃波だったらなんとかなるか……!?)

 右腕からプラズマを飛ばし、迫りくる黒雪崩の前に立ちはだかる。地形どころではない、空間までも黒で覆っていく生物に対して拳を作った。左手には創成した1平方メートルの厚さ10mm金属板。


「ね、ねぇ、まさか」

 メルストの行動が読めたのか、ルミアの「嘘でしょ」といわんばかりの表情を露骨に出した。

(40テラジュール……大体10キロトン分のTNTなら――)

「ルミア! 飛び込め!」

 金属板を前に投げ、白い熱光に包まれる拳を、そこにめがけて撃ち放った。1平方メートルから拡大・伝播する衝撃波は巨大な流動生物の勢いを押しのけ、刹那炸裂する金属板はマッハを優に突破し、ソニックブームを引き起こす。小さな戦闘機が突っ込むように、生物の肉塊に風穴が穿たれた光景が目に入った時。目の前の真っ黒な景色が一気に晴れ渡り、拝めなかったはずの太陽が目に差し込む。その反動が足下の地盤を大きく崩壊させた。

「グッジョブだけどこれはやりすぎ――きゃあああああっ」

「うぉっ、うぉああああぁああぁっ!!」


 生じた爆風はメルストとルミアを木の葉のようにいとも簡単に吹き飛ばし、そのまま奈落の底へと落としていった。

 遠ざかっていく光。闇に呑まれているようだ。背中から感じる吹き上げるような冷たい風は、自分らが落下しているとより強く実感させる。

「メルくーん!! つかまって!」

「お、おう!」

 左肩をひねると、服の中からガシュン、と金属と蒸気が混じった駆動音が唸る。腕を伸ばし、袖から飛び出してきたのは鉄杭とワイヤー。ルミアより下に落ちていたメルストは奈落へと向かっていくワイヤーの付いた鉄杭を掴んだ。

「このままおしゃかになるのはマジで! 勘弁だから!」

 右肩をひねっては解除し、右腕から同じように蒸気まとう鉄杭を射出する。展開され、鉤爪となったそれは菌糸でできた壁面に深く突き刺さるが、ピンとワイヤーが張った時、脆かったのか鉤爪ごと剥がれおちてしまう。

「あ」

「へ?」

 落下速度と絶叫が止まったのもつかの間、絶句の表情を最後に、ふたりは重力に従うまま再び樹海の口へと呑みこまれていった。

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