4-4-3.任務完遂 ~アルケミストの抽出作業~
※よくわからない化学描写に注意
予想以上に探索は難航を極め、一晩を越すことになる。失踪者の捜索も兼ねて、ギルドから与えられた緊急任務を遂行するのに数日を要した。
担子器樹、いわばカビの塊木の隙間から見える星空を3度眺めた次の日。はたして失踪者は見つからなかった。洞穴の迷宮のような場所だが、危険な魔物もおらず、ギルドから支給されている指標ポールがあれば、よほどの方向音痴でない限り迷うことは考えにくい。やはりこのカビに毒され、死体を菌床代わりにされたのだろうとメルストは思う。
竹のようなキノコに、赤く熱された炭のようなキノコ、麻袋に詰め込まれた麦色の粒状のキノコ……目の前には積まれた複数種のキノコが並べられ、そのそばには瓶詰のスライム体と透明な液体が置かれていた。
そして今、ルミアが大きめの紙と手記にインクの染みた羽ペンと設計道具で再調査指定エリアの簡単な地図と特記事項を記している。手記の随所に景色のスケッチが描かれていた。
並べた採集物と依頼された物リストを確認し終えたところで、
「これで必要量はそろったな」
「日帰りのつもりだったのに4日もかかるなんてね。これ絶対マスクが顔の一部になってるにゃ」
「防護魔法展開具があっただろ」
「あたしとエリちゃん先生の作ったものしか信じない質なの」
「あー、そりゃあ、いい心がけだ」
人のポリシーについては何も言う必要はない。軽く流し、防護魔法展開具を発動させ、胞子が入らない空間をつくる。風が凪いでいることを再確認した彼は、荷物からガラス器具を取り出す。
「それで、今から何かするの?」
「仕上げをちょっとな」
手に持ったのは、7万立法センチ大はあるであろう土の塊、ではなく土色の菌塊。岩石にも見るそれは、強く押せばすぐに割れるようなもろさだが、内部はそれこそキノコのように濃密な繊維が張り巡らされている。
そして、無色透明の液が入った褐色瓶。壁面につく液体の質から水系だとわかる。
「このままじゃ荷物も多いし、あっちが素材から目的物を精製するの大変だろうから」
「え、やさしー」
「休憩がてらここで精製しようかなって」
「ちょっと前までは失踪者出るからって怖がってたのにー」
からかうルミアに乗ることはなく、
「ここ3日、いろいろ探したけど人もいないし失踪した原因もろくにわかってないんだ。たぶん、ここから出るときに何かが起きるパターンだと見た」
「読むねー。どっかの本でそういうストーリーあった感じ?」
まぁな、とメルストは流し、作業に移った。
「まずはアズライトの涙。これはキノコが作る無機塩類でできている」と取り出したのは、二日目で採取した微量の青色液体が入ったサンプル管瓶。名前の通り、藍銅鉱の色を帯びている。
「へー液状なんだね。どうやって石にするの?」
「まぁとにかく、5カラット分は結構えげつない量だけど、これだけあれば目的量取れるはず」
「こりゃまた時間がかかりそうな作業だにゃ」と小言を言うルミアに、
「普通ならざっと丸一日はかかるだろうな」
「ええーっ、これだから錬金術は」
「ルミアの協力が要る。いつもそのリュックにいろいろ入れてるだろ、貸してくれ」
「30分あたり1万Cね」
「そこは譲れよ」
「ちなみにどういうことをするんだにゃ?」
敷物を広げ、白い陶器の上で土色の菌塊をルミアのハンマーを借りて割いては砕く。数センチの大まかな角にしつつ、淡々と答えた。
「これを携帯炉で一時間ほど焼成する。更にボールミルで粉末化させて、創成したアルカリ溶媒に溶解させて、キノコ成分を分解・分離する反応を仕掛ける。懸濁液になるから不純物をろ過で除去して、静置してたら沈殿作って分離するだろうから、上澄みを取ってクエン酸処理と純水洗浄しようかなと。で、溶媒でpH上げて、濃縮はロータバップがないから能力で代用るとして、ヘキサンでもっかい溶かしたらたぶん錯体を作るのかな、可視領域の吸収スペクトルのピークが変化して……いや、つまりアズライト色の液体ができて沈殿物も生じる。で、上澄みを抽出すれば、アズライトの涙が採れる」
素人相手に容赦ない容量と早口で述べるメルスト。これでも彼なりにかみ砕いたのだろう。
「ふーん、まぁがんばって。しらんけど」と言いつつぺたんと座る。
「絶対途中で飽きたろお前」
*
抽出作業は実に数時間。退屈していたルミアは支給された火薬と、持参の火薬と鉄くずで武器やら爆薬を調合していた。
ガラス器具を置き、メルストが深く息を吐いた。終わりの合図だ。「メル君おつおつー」とルミアが寄り、メルストはサンプル管瓶にたっぷり入った藍色の煌めく液体を波々と揺らした。
「ぎりぎり足りた……あっぶねぇ」と冷や汗をかいていたが、その表情は安堵に満ちている。
「見ててつくづく思うけど、こんなにめんどくさいことせずに自分たちで人工的に作れたらいいのにね」
「けど、トップダウン方式じゃ再現は難しいだろうな。これだけの分子デバイスを規則正しく集合させてより複雑な超分子ポリマーを組み立てる、まぁボトムアップ方式を生物は厭わずやってのけてるから、バイオミネラルを抽出するよりも、この超微細加工技術を常温常圧で行う媒介タンパク質を抽出して、そのタンパク質のもつ自己組織化プロセスを模倣した方がいいと俺は――」
「面白くなりそうなとこごめんだけどその話また今度ねー」と早口気味のメルストをルミアはあしらう。
「興味ないの間違いだろ……」
かなしそうにため息をつくメルストは、抽出物が入ったサンプル管瓶を収納鞄に入れ、休むことなく次の作業に移った。
「で、次は厄介なクラック精の霊媒。これ精製法が分からないし、文献も調べてないから今はまぁ、その他の気体を取り除けばいいと思う。光が当たっていると空気より軽くなるってのがまた変わった性質だよな」
そういいつつ、服の内から出してきたのは何かの白い粉末が入った瓶。興味深そうにルミアは見る。
「おっ、出ました! メル君の秘密道具」
「秘密でもなんでもないけどな」と笑う。「この粉は多孔性で、構造内部に数ナノメートルの細孔が無数にあるんだ。この細孔が水蒸気や有機分子……まぁ有機成分を取り込んで、分離させることができる。ちなみにこれ俺作った」
若干嬉しそうに語るメルストは、瓶から粉末を匙でかき出し、霊媒の入った褐色瓶の中に速やかに入れる。
「これはただ入れるだけでいいの?」
そうルミアは首をかしげる。
「今のところはな。ギルド側の抽出作業の手間を減らす程度だし、扱い方は向こうの方が知ってるだろうから、仕上げはあっちに任せるよ」
ふたを閉じ、軽く振る。
「結局だけどさ、その粉って何?」とルミア。
「PCP――多孔質金属錯体っていうんだけど、ガスの貯蔵や分離で知られてるかな。これって、使い方次第でガスを資源やエネルギーとして取り込めたり、汚染物質を吸着できる浄化剤になったりと、いろいろ活用できるし作り方も結構カンタンでさ」
「へー便利そうだね、うちのボンベにもそれ入れたら長持ちしそう」とマスク越しで関心の目を向ける。
「金属イオン……まぁ金属を構成する超微細粒子に電荷を帯びた状態のものと架橋配位子っていう成分が入った有機溶液を、比重の高い溶液から順にゆっくりいれて混ぜるだけでできるぞ。架橋有機分子と金属イオンの組み合わせによって粒子の形態や機能、あと色も変わってくるから、おもしろいんだよね。まさに機能性の宝庫というか」
ただ、と繋ぎ、間を挟む。「一般的な多孔質錯体は水に対してだと構造の崩壊が起きやすい。水蒸気も同じく」
「え、その瓶の中って液体だよね? 意味なくない?」
「だから、壊れないように撥水性にした。けど細孔は親水性だから、水分子もちゃんと吸着するよ」
結晶の表面にベンゼン環を配列制御し周期的に並ばせることで、水と有機架橋配位子との配位交換が起きず、構造崩壊を防ぐことが出来る。日常的に錬金工房で試行錯誤した甲斐があったと、日陰で地道にやってきたメルストはしみじみする。
「クラック精の霊媒は水と油の混合した茸分泌排液が発酵したやつだ。それを好む妖精霊が寄ってきたんだろうな」
とりあえず、今はこんなもんで済ませればいいだろ。メルストは一通り使った道具を物質創成・構築・分解能力を駆使して器具を洗浄し、手際よく片づける。終わったことを察したルミアは、背をうんと伸ばした。
「はーやった~っ! 目的物の採集成功ナリよ~」
「こんなコンタミ不可避の環境で抽出とか吸着とかやれるとは思わなかったな。っはー、なんか食べたいな」
「はいこれ。おつかれさんにゃ」と、ルミアは焼き菓子のようなブロックを渡す。もらうも、あまり口に運ぼうとはしない。
「携帯保存食はもう飽きてきた。新鮮な料理が食べたい。……ここのキノコって食べられない?」
「ここじゃ食料の現地調達なんて人類にはまだ早いさね。暮れた頃に引き上げよっか。あたしもフェミルんのご飯が恋しくなってきちゃった」
共感したのか、ルミアも防護魔法範囲内に入り、少しだけマスクを外しては持参のデーツを瓶から取り出して食べる。もさもさとレンバスをほおばるメルストは、見上げんばかりのカビ樹海を改めて一望する。
「まだ日は高いし、もう少し探してみないか?」
「4日も探索して人影どころか気配の一つも感じられなかったんだから、もうお陀仏だと思うけどな。それか隠れ家があって、そこに閉じ込められてるとか」
「隠れ家って、ここに住んでる人が――」
「いたらいたでおもしろそうじゃない?」
と、にやりと笑みを浮かべる。ルミアの感性はいまいち共感できないときがあり、メルストはあきらめたような溜息をそっぽに吐いた。
「おもしろいとかそういう話じゃないんだけどな。けどまぁ、もう一度砂漠の方まで戻ってみるのもいいかもしれない。暮れるまで探してみようよ」
「まったく、メル君はやさしいんだね。育ちが良いですこと」
「そりゃどうも」
軽く食事を済ませた二人は、拠点キットを片づける。ケサランのような胞子や寝ている時に体を這うおこぼれ目当ての粘菌にも悩まされずに済む。終わると思うと、使命感よりも早く帰りたくなる気持ちが前に出そうになった。
しかし、警戒はまだ解いてない。
(ここまでは何事もなく事が済んだ。偶然か、それとも帰りを待ち伏せしているか。けど、どうやって失踪したんだ。捕まったのは手練ればかりだというのに――)
「ねぇ、メル君」
「んーどうした?」
考え事と作業の手を止め、メルストはルミアの方へと向く。そこから自然と奥へと視線を移したのは、この数日間探していた人の姿があったからだろう。
だが、メルストの目からは歓喜が感じられない。疑惑と、そして警戒が彼を襲った。戸惑いから生じた一言が零れる。
「なんだあれ……」
明日投稿予定




