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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
85/214

4-2-3.町娘リーアの災難

多少の変態的描写に注意。お好きな方はご覧ください。


 今日も一日の仕事が終わり、家に帰っていく町の人々。そんな中、一仕事してきたような顔でジェイクが十字団の家に戻ってきた。三日ぶりに顔を見れたが、そこにひさしぶりという感覚はない。


「うぐぁあああくそったれぇぇぇ」

 ふらふらとダイニング、リビングを通り、ソファにボスンと身を倒しては顔をクッションに突っ込む。


「ジェイクがまた嘆いてるぞ」

「どーせまた賭けに敗けたんでしょ。昨日も調子よくなかったみたいだし」


 今日一日の機械油と煤を風呂で洗い流したルミアは、いつものポニーテールとは一変、まだ乾いていない金髪を背中と肩におろし、首に長めのタオルをかけて牛乳代わりのハチミツの入った瓶をそのまま飲んでいる。


 もう見慣れたものだが、風呂上がりの彼女はメルストやジェイクがいようが大抵下着姿だ。白い下着パンツ一枚だけでよく体が冷えないものだと目を逸らしながらメルストは毎度同じことを考えるようにしている。人の習慣は言ってもなかなか治らない。


「あの、ジェイク、大丈夫ですか?」

 うなだれるジェイクに心配の声をかけるエリシア。クッションに顔を埋めたまま、

「同情するなら金をくれ」

「ダメです」

「チッ、くそったれ……バカ畜生が」


 金に関してはネチネチと面倒くさい。このあとの展開は見えていたので、フェミルは無言で二階へと上がっていった。

「おい語彙力下がってるぞ」

「いつもだにゃ」

「ああ!? おまえもういっぺん――」


 ダンダンダン! と荒っぽいドアのノック。だが気配察知に長けたフェミルからの警告がないので襲撃の類ではなさそうだ。

 町の人の緊急事態の知らせか。「俺行くよ」とメルストは急いでエントランスドアを開ける。


「メルストぉおおお!!」

 案の定、緊急事態だったようだ。飛びついてきたミノを受け止め、「ぐふっ」と空気が抜けたような声が出てしまう。万引き犯を捕まえるタックルの練習成果が現れている。


「びっくりした、町人Dか」

「ミノだよ! なんだよ町人Dって!」

「メル君なにごと?」とまともに服を着ていないルミアがひょっこり顔を出した。これにはミノも目玉を飛び出させた。


「って、ぼはァーッ! ルミアちゃんのあられもない姿だフォーッ!」

「今生の見納めは済んだか」


 相手の返答する間髪すら入れずにミノの目の前までふわっと飛び、遠心をかけた空中回転蹴りを頭部に打ち込んだ。ムチめいた柔軟な生脚からは軽快な打撃音が響き、一回転したミノはそのまま床に倒れた。鼻血が出ていたのは蹴りによるものなのか、その直前に見収めた光景によるものなのか。だが鼻の下は伸びたままなので、幸せだったことに変わりはないはずだ。


「急所は外したさね。しばらく眠りな」

「他人には見られたくない気持ちはあったんだな……」

(というか今のはハッキリ言って理不尽じゃないか?)

 しかし何用だったのか。気絶してしまってはわからない。


「お、おにぃ!? 大丈夫!? ってルミアちゃん服着ようよ!」

 ミノの背後にいたのだろう、夕闇を浴びるリーアは咄嗟の出来事に戸惑っていた。

「あ、リーア~っ! 一日ぶりだねー!」と抱きしめる。メルストの横を通り過ぎた後には、金木犀の香りがふわりと漂う。


「どしたのどしたの、兄妹そろっておじゃましにくるなんて」

 明るいルミアに反し、リーアは浮かない顔。これにはさすがのルミアも気づいたようで、「なんかあったの?」とやさしく尋ねた。それに甘えるように、リーアは口をきゅっと結んだ後に、唇を震わした。

「じ、実はね……」


     *


 気絶したミノをソファに寝かし、メルストらはダイニングテーブルに腰を下ろしてリーアの話を聞いた。落ち着いた印象でありつつも爽やかで明るい彼女は、なにやら不安げにぽつぽつと話した。数日前、雑貨屋でみせた表情と同じものだった。


「リーアの後を付けている人がいるって本当かよ」

 メルストの驚きに、リーアは小さくうなずく。


「出かけている時も、その帰り道もなんだかついてきているような気がするし、家の中にいても見られているような気がして……怖くなって」

(まぁここまで外見いい人なら、そういうことがあってもおかしくは……いや普通に異常だな)

 この世界でもそういう類の人間はいる。それが拉致の可能性となれば、時間の問題だ。

「けど、それだけで終わらなかったの。段々エスカレートしていって、毎日変な手紙や贈り物が置かれてるし」


「それってどんなの?」とルミア。さすがに半裸姿ではなくなり、動きやすそうなノースリーブシャツとショートパンツを履いている。


「すごく……熱烈な告白。贈り物は決まって私が欲しいと思ってた髪飾りや服ばかりで」

(嫌がらせの類じゃないな。マジで好きになって人格こじらせてしまった奴か)

 そう思い、メルストは腕を組む。リーアはうつむいたままだ。


「あと、部屋の中の物の位置が変わっているような気がして、服や下着も最近よく失くすの」

「それはこいつなんじゃ……?」とミノを見るが、実の妹は首を横に振った。

「おにぃはちょっと変だけど、私の部屋に勝手に入るような人じゃないよ」


「そーいうやつに限って、見てないとこでいろいろやっちまってるもんだよ」とジェイク。長い足で対面して寝ているミノの身体をぐりぐり蹴りながら、つまらなさそうに答える。「ジェイク! ミノさんを足蹴にしちゃダメです」とエリシア。

 これは本格的にヤバいやつか、とメルストまでもゾッとする。そしてあることを思いだし、ハッとした。


「もしかして、あの指輪が壊れていたのも――」

「たぶん……」とリーアは怖さで締め付けられた胸に手を置く。声もか細く震え、潤んだ目には涙が溢れそうになっていた。

「もう私、どうしたらいいか……っ!」

「あっ、あわてないでください! まずは落ち着きましょう!」


 なだめようにもどう声をかければいいのか。あたふたしたエリシアは急いでそばのキッチンであたたかい飲み物を淹れる。


「どうぞ、ホットココアです」

「先生それカプチーノです」

「おまえが落ち着け」


 立て続けにメルストとジェイクに言われてしまったエリシアは「あれっ」とさらに慌てた一方。ルミアは隣に座っていたリーアをやさしく抱擁した。震えをゆっくりと止めるように、ぎゅっと温もりを与える。


「ごめんね、あたしがいながら気づいてあげられなくて。けど、もう大丈夫。安心して」

「ルミアちゃん……」

 それはリーアを安心させるには十分すぎた。緊張が解けたように、涙腺はさらに緩み、涙が頬を伝う。


(……間に挟まりたい)

「今、テメェの中からエロスを感じた」

 いつの間にかメルストの傍の壁に背を預けていたジェイクがぽつり呟く。


「心を読むな! なんのキモいセンサーを搭載してんだおまえは!」

「め、メルストさん……!? こんなときに一体どんなハレンチなお考えを」

「ち、違う! 違います! こんなときにそんなこと考えるわけありませんから!」

 苦し紛れの弁解である。

 幸いにも、ガタンとイスを倒してまで勢いよく立ち上がったことで、その話題は途切れた。機工師の眼光は爆炎の如く怒りに燃えていた。


「正攻法でアタックできないチキン犯罪予備軍め、あたしのリーアに追姦ストーキングしたことを後悔するといいわ!」

「なんだか話の流れが嫌な方向になってません?」

 雲行きが怪しくなった予感は、さすがの鈍感なエリシアも察したのだろう。あらー、と苦笑しつつも不安な表情を覗かせる。


 両肩をがしっと掴み、ルミアは問い詰めた。

「リーア! それどんな人? 特徴とか分かる?」

「えっと……振り返っても見当たらなかったから何とも言えないけど、ときどきちらりとローブ姿の人をよく見るよ。背の高い人だから、男の人だと思う」


「ふーん……」

 メルストはちらりと横にいる該当者に目を向ける。


「おい、なんで俺を見た」

(ジェイクだったらストーキングみたいな消極的思考は皆無に等しいだろうな。ゲスだけど。ローブなんて自分を隠すもの着る訳もないし。ナルシストだし。それ以前にジェイクとリーアは話せる程度には知り合いの仲みたいだしな。ゲスだけど)

「答えろ童貞。シカトすんな。聞いてんのかおい」


 それでも目を逸らし続けるメルスト。頬をつねり始めたところでソファから唸り声が聞こえた。ぼさぼさの茶髪頭がソファから姿を現す。


「あ、あれ……僕は一体なにを」

「おー、起きたか町人D」

「ミノだよ。なんか頭が痛いんだけど」

「そ、それはー……」とリーアは苦笑する。代わりにルミアが答えた。

「慌ててウチにお邪魔してきたもんだから、転んで頭ぶつけて気を失ってたさね。その間にリーアの事情は聴いておいたから」

(おい記憶を捏造させんな)


「そ、そうか……なんとかなりそうか」

 ぼーっとしているも、事は把握したようだ。ばつが悪そうな顔をしつつも、助けてほしいという意思を前に、断る理由はない。


「とーぜん! あたしらは十字団。おつかいから世界の救済までなんでもやってのけるんだから!」

 頼もしい一言に、リーアは目を潤める。兄は首を垂らし、感謝を述べた。


「決まりだな」とジェイクも珍しくやる気を見せる。女関係となればジェイクも黙ってはいられない。「で、まずはどぉするよ」


「風呂場と窓、リーアの部屋の前に起爆装置マインを設置して――」

「よし、それ以外の方法で考えようか」



 目的はストーカーの捕縛。フェミルも加わり、作戦会議はほんの数分。いくつかの案が出てきたが、半ばルミアの強引さに押されていたのは確かだ。


「それじゃあ、()を使って犯人()びき出して()打しよう作戦! 題してタクティクス・トリプルオー!」

「なんかカッコいい名前にしやがったけど殴る程のことじゃないと思うよ」

「――いいや! 殴って当然だぜ、兄ちゃん!」


 こんな野太い声、一体どこから――振り向けば、窓に酒場でよく会う男たちが身を乗り出さんばかりに顔を出していた。

「むしろ殴り足りねぇ! 社会的な恥もかかせてやる!」

「俺らのリーアちゃんを下賤な目で追いかけるストーカー野郎なんて万死に値するぜ! そうだろおまえら!」


「「「おうともよ!!」」」


「あんたらがストーカーだろうが!」

 ツッコんだルミアは火炎放射器でいい歳の男たちを追い払い、再び静寂にさせる。

「一体なんだったんでしょうか」とエリシア。もう誰が犯人なのかわからなくなってくる。


「なぁ、その囮ってまさかリーアがやるわけじゃないよな」

「それはノンノン。町人Dも冗談が過ぎてるにゃ」

「ミノだよ! さっきからなんだよその脇役みたいなあだ名」

「では、一体だれが囮役になるのですか?」

「んー」と考えたそぶりを見せるも、すぐに口を開いた。

「てことで、囮役としてメル君は女の子になってもらいまーす」


 バサァッ、と手品のようにどこからともなく出してきたのは女性の服。冒険者ギルドで見かける動きやすそうな服だが、そこに防具はなく、パッと見だけでもきわどさが漂う。


「『てことで』のくだりからなんで俺が女装することになるんすか」

 さすがにそれは考え着かなかったといわんばかりにメルストは不意を突かれる。


「だって、女の子を囮にするなんてご法度だし、メル君よくよく見れば女の子っぽいきれいな顔つきでないこともない」

(うぐぅ、何気に自覚してる分言い返せねぇ)

 とは口が裂けても言えない。キモいの一言で斬られそうだ。


「んなこと言ったってせいぜいカツラ程度だろ。なんでそんな、大人の女性でも躊躇ためらうようなモンを着せようとする! 露出度高すぎだろうがよ」

「あたしらの業界ではこれが普通です」

 衝撃の一言だ。


(そうだったー! ここ異世界だったー! 感覚や価値観がいろいろ違ってるんだった! いや、だとしても――)

「絶対ウソだろ!」


 まじまじとテーブルの上に置かれた服をチェックしているジェイク。ファッションとしては悪くないといわんばかりに小さくうなずいた彼は、メルストと見比べてコメント。

「女の真似するならよぉ、毛もって玉も抜いたほうがいいんじゃねぇの?」

「何こういうときだけ乗り気なんだよおまえは。おい知らん顔すんなドゲス!」

「そうだね。やるなら本格的に、だね!」と胸の前でガッツポーズ。輝くほどに楽しそうな笑顔に殺意を感じる。

「気は確かか! いやもう手遅れだったなお前ら!」


「でも、メルは意外に……筋肉、あるよ」とフェミル。

「意外にってなんだよ」

「あーそれはまぁ、エリちゃん補正で」

「こういう時だけ魔法なんでもありだな畜生!」

 頭を抱えたい。というかもう逃げ出したいという一心だろう。


「メル君、あがいても無駄だよ。せめて見た目だけでも女の子になって、リーアちゃんの為に身体売ってくるんだにゃ」

 右手には大きめの圧着ペンチ。左手には携帯用溶接機のトーチ。

 俺の息子を機械かなんかとでも思ってんのかと言いたい気分だったが、そんな悠長なことを考える程、彼の現状は甘くはない。


「おかしいおかしい表現おかしい! 最終決定権保持者エリシアさん、頼む、なんとかして! 俺このままじゃお婿に行けなくなっちゃう」


 ルミアやジェイクの冗談だと思えることはほぼ本気でやろうとしていることだ。それを知っているエリシアは凛とした、しっかりした顔つきになり、ここは大賢者としての権威を発言として乗せてくれるとメルストは信じた。


「そうですね、メルストさんはご立派な男の子です。男性としてあるべき姿は必要……だと……」


 顔。首筋。胸部。腰。脚。

 話しながら見定めるように上から下へと視線を移し、なにを想像したのか、エリシアは目覚めた(ときめいた)ような顔で、


「――でも私は似合うと思います!」

「マジかッ! この裏切者!」


 その両手ガッツは欲しくなかったメルストはあっけなく、ジェイクに抑えられてはルミアに服を脱がされる。ああ、追いはぎってこんな感じなんだなと、新しい体験を学んだのであった。


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