4-1-2.恋の決闘
半ば納得いっていないようなルミアをなだめつつ、コーヒーを一杯淹れる。落ち着かせたところで、事情を聴いてみた。
「あのね、今日ね、竜王殺したらしい英雄っぽい冒険者に告白されたの。しかも結婚前提」
「へーすげぇじゃん。おめでとう」
「……うわあああああん!!」
平手打ちならかわいいもんだが、渾身の力を振り絞った握りこぶしで顔面を殴られてしまう。どこにそんな力があるのか、再びメルストはダイニングの椅子から転げ落ちた。その上、顔面から床に激突する。二度打ちとは不運なものだ。
「痛゛っだ! え、なぜに!?」
「ちっがーう! この会話把握能力皆無野郎! つまりバーカぁ!」
「え、何、嫌なのその人のこと。イケメンじゃないの?」
「あたしが面食い尻軽女だとでもいいたいのかメル君は!?」
「それっぽい見た目とキャラはしてるよね」とはさすがに言えないメルストは軽く否定する。イスに座り直したところで、
「違うし、自分を責めんなよ……一応イケメンだけどルミア的に好きじゃない人間ってことか」
「そうだよぉぉぉ、結婚前提でお付き合いしてくださいってマジで言うヤツ初めて見たけどそれがあたしに向けられた言葉なんて笑えないよぉぉぉ、ずっとここでいつも通りみんなと一緒にいたいし好きなことやっていたいよぉぉぉ。あれ絶対そこらの女が憧れそうな豪邸に住まわせる気だよぉぉぉ」
テーブルに突っ伏してぐりぐりと額を擦りつけはじめる。不憫に思い始めたメルストは席を立ち、自分用に作っておいたレモネードを用意した。
「そこまで結婚したくないんだな。まぁ会って間もないのに突然すぎるよなそれは」
「やっと分かってくれた。メル君の鈍感。テンプレ唐変木」
「はいはい。というかなんだよテンプレ唐変木って」
ずずず、とお茶をすするようにレモネードを飲む。すっきりしたのだろうか、落ち込んだ様子はなくなり、だが機嫌が悪そうな表情に切り替わった。飲ませなきゃよかったなとメルストは後悔する。
「もーう、あたし質の悪い意味でまっすぐすぎる人苦手なのー、しかも口は謙虚なくせして自信に満ちあふれた雰囲気があるって、どっちかにしなさいよ!」
「いや俺に言われてもそれはちょっと」
「ぜったい内心チョーシに乗ってる! 俺様すごいんだぜ超ツエーんだぜモテモテなんだぜって心の底で思ってる!」
「偏見はやめようぜ」
ガチャリ、とやさしくドアの開く音。足音で誰が帰ってきたのかわかるほどまでに過ごし続けているメルストは、ほっとした。
「ただいま帰りましたー」
こちらの空気を和ませんばかりに、のほほんとした雰囲気でエリシアが外出から戻ってきた。彼女は十字団でいちばんルミアと長くいる理解者。女性同士の恋事情ならば、なんとかしてくれるだろう。
「おかえりー、ギルドに行ってたんだっけ」
「はい、いろいろとお話してきて、未解決未達成のお仕事をもらってきました。あと、とてもすごい方がこの町に来られたらしくて、あちこち大騒ぎになってましたよ」
「それって"竜王殺し"でしょ」
ルミアは嫌そうな目付きでぽつりと答えた。しかし好きでもない男に好かれた機工師の事情をつゆ知らず、エリシアはぱぁっと花が咲いたように表情と返事が明るくなった。
「はいっ! アレックス・ポーラー様という御方です。昨日ご挨拶しに一度お話しましたが、お噂の通り、とてもたくましくてお優しい方でした」
「あたしその人に酒場で会って告られたんですけど。結婚前提で」
「えっ、そうなんですか!? すごいです! おめでとうございます!!」
「……うわあぁぁぁあああん二人そろってバカ畜生めぇ!」
涙をボロボロ流し、堪忍袋の緒が切れたように叫んだ。これには大賢者も戸惑う。
「へっ、えっ? どうなされたんですか?」
「いや俺にもさっぱり」と他人事。
「あたしにしたらアンタらの方がわけわかんないよ! あたしの意見が第一でしょそこ!」
突如、空いていた窓からフェミルがスタイリッシュに飛び込んできた。緑髪が弧を描き、メルストたちの前に現れる。鍛錬中だったのだろうかその姿は軽い鎧をまとい、既に臨戦態勢。視線を向けた先はエントランスだ。ただならぬ事態かもしれない。
「フェミルどした?」
「先生、誰か来る。強い気を……感じる」
「えー……あえてツッコまないけど、騎士団の人かな」
フェミルは人一倍気配に敏感だ。それはハイエルフならではの体質か、それとも彼女の極度な人見知り故の身に着けた術か。
すると、ノックの音がエントランスドアから聞こえた。はーい、とエリシアがドアを開けると同時、フェミルは瞬足で部屋から消え去った。あの人見知りばかりはどうにかならないかなとメルストが呆れた一方で、エリシアと来客者の声が耳に入る。
「あら、ポーラー様。わざわざここまでお越しになられてどうなさいました?」
噂をすれば影が差す。数十秒前に聞いた名前が耳に入ってきた。
「先日は大変お世話になりました。大賢者様、事前に何のお伝えもなく訪れてしまった無礼をお許しください。突然で恐縮ではございます、こちらに住まわれているルミアさんにお目にかかりたいのですが……」
「おい、ご指名入ったぞ」
「さっそく住所特定しやがったかあの野郎! メル君、裁判所行くよ!」
「おまえもさっそくだな」
しかしルミアの意志も虚しく、エリシアはすんなりとアレックスを中に入れた。さっそく赤髪の好青年と目が合い、声をかけられてしまう。
おお、と嬉しそうになった顔。なんとも分かりやすい男だ。
「ルミアさん、また会えたね。突然ながら来てしまったが、ご迷惑じゃなかっただろうか」
「いやフツーに迷惑だよストーカー野郎」と言ってしまいそうな表情が、取り繕った笑顔から滲み出ていた。「ううん、全然そんなことないよ♪」と言いながらも笑みが引きつっている。
(ああいう気遣いはできるんだな。いや、今できる最大限の嫌味か)
「それにしても良い御在宅に住まわれている。そちらはご友人で?」
「あたしのメル君。同居中」
「ちょっ!?」
誤解を招くような言い方を。
しかしアレックスは早まった考えをすることはなく、寛容に受け取った。
「えーと、ああそうか、十字団の方なのだな。ルミアさんも十字団のひとりだと酒場のマスターに聞き――」
「あたしたち、結婚前提で付き合ってるのだ☆」
何言っちゃってんのこの娘!?
腕にぎゅっと抱き着いたにとどまらず、背伸びして頬ずりするルミアに驚愕の表情を両者は隠せない。
(彼氏カッコ仮にされたことは嬉しいけども、これ完全に俺に敵意向けられるパターンじゃん! 後が怖い嘘を吐くのやめ――ほらーっ、なんでか知らないけど早速エリシアさんが信じちゃってるじゃん、どうすんだよこれ、用意した紅茶こぼしたらもう言い逃れ成功率が格段に落ちたもんだよもぉーっ!)
アレックスは紅い目をより一層燃え上がらせ、しかし冷たい視線を向けられる。完全にお怒りだ。
「君、名前は?」
「メルスト・ヘルメスですけど……」
「酒場の奴らが口にしていたな……だが聞いたことない名だ。職業は?」
「一応、錬金術師やってます。まだ新人で十字団に所属してもらってるというか……」
「クエストや戦闘経験は?」
「えーと、ギルドには入ってないですけど何度か戦ったことはあります」
次々と質問がされ、メルストは慎重に、正直に答える。
「……納得いかない」
呟き、アレックスは拳を強く握った。なんとも悔しそうな顔に、メルストは悪い予感がしてならない。
「何故、おまえのような戦闘経験が浅く甲斐性ない男がルミアさんと"結婚前提で!"お付き合いしている。ルミアさんは君みたいな人とでは吊り合わない。いや、吊り合うはずがない」
返す言葉すら見つからない。ピシッ、と表情が苦笑のまま固まる。
(ロイヤルストレートめんどくせー奴だこれ! その肥大化レベルの据わった肝を物理的な意味で引きずり出してーよ!)
「ちょっと、あたしのメル君にそんなひどいこと言わないでくれる?」
(おまえはこれ以上しゃべらんといて!)
「ルミアさん、目を覚ましてくれ。この男は――」
「あんたが目を覚ますんだね。会って一日も経ってない男が共に過ごしてる男にどうこう言う資格はないってーの」
そう辛辣な言い方をしても、バカデカい肝を備えた男の前では無意味。ふむ、と考え出す。
「確かに、日数で考えるなら、私は負けている。しかし、そんなものは関係あるまい。名前は私の方が前から、それも遥か広く知れ渡っているからね」
「今日初めて知ったし」
「それならそれで構わない。私の方がルミアさんに相応しい男だということを、お見せしてあげようではないか」
話全然分からない男だな、というルミアの小声を聴き流したアレックスはビシィ! と効果音が響かんばかりにメルストを強く指さし、高らかに声を上げた。
「勝負だ、メルスト・ヘルメス!」
「はい?」
「明日の夕刻、ギルド広場で決闘だ。この俺が勝てばルミアさんと"結婚前提で!"お付き合いさせていただく。君が勝てば、言う事を一つ聞こう」
突然の展開にエリシアは戸惑う一方で、ルミアはなんともいえない顔を露骨に出していた。
(いや勝手すぎるし俺ら知能ある人間だぞ。強くて別のオスに勝てるだけでメスがコロコロと恋愛対象が変わるとでも思ってんのか)
だが、現にそのような生涯をこの竜王殺しは過ごしてきていた。強い者こそ異性の的になる摂理は人の世界であれ、あながち間違ってはいない。
「それってある意味、公開処刑というか、見せしめですよね」
「否。判定はなるべく多い方がいいからな」
「ええと、ポーラー様? この町で争い事は――」
「いえ、ご心配なく」
注意しかけたエリシアの言葉を遮る。とうとう人の話まで聞かなくなった肝デカ男に、誰も言い返す気にはならなかった。
「明日、特別訓練講義として戦闘に秀でたギルドの方々と手合わせをする予定がある。そのプログラムのひとつとして行うよう、ケンカの類ではなく特別公演という形で勝負をする。訓練と模擬試合で疲弊した私は、万全な状態の君と一騎打ちをする。それなら君にも勝算はあるはずだ。その分、準備の時間も設けられるだろうしな」
「あの、俺はあなたと勝負をする気は――」
「経験値に差があるのはともかく、流石に冒険者と錬金術師では格が違うからな。決闘だろうと、それ相応のハンデが必要だろうと思ったまで」
(完全に舐めてるなコイツ……)
本来の錬金術師という役職は、あまり戦闘向きではなく、学者や研究者としての立場が多い。個人によるが、錬金術師自身が素材採収の為に魔法生物を狩り取ることもあって、それなりの戦闘経験はある場合もある。
しかし、民間防衛・狩猟採集・環境調査開拓業こと冒険者ギルド会員ほどの戦力にはなり得ないのは、この時代では確かな話だった。工房ギルドに錬金術師はいるも、冒険者ギルドに所属するのはメジャーではなく、仮にそうだとしてもサポートに徹しているのが定石である。
そのようなイメージで固められている錬金術師と、一国の軍以上の武力に匹敵する、ひとりの冒険者ギルド最高クラスの現英雄が勝負をする。ゲーム形式で換算してもレベル10とレベル100の差として認識されている。舐められても仕方のない話だった。
「しかし、君がフラスコの中身をちまちま見つめるだけの錬金術師だったならば、私もこの決闘は申し出ない。大賢者様がおられるアーシャ十字団の一員である以上、他の錬金術師と違うことはこの目で見抜いている」
(それでもたかがしれているって顔はしてるがな)
その後も先程と似たような内容をつらつらと言い渡し、自己解決したアレックス。エリシアに礼儀正しく挨拶をし「では、明日が楽しみだな」といわんばかりの表情で立ち去っていった。嵐が去ったあとは、凄惨な心境と静寂が残る。
「な、なんだか大変なことになっちゃいましたね」
「そうだなぁ」と言いながらソファに座る。何かと疲れる相手だった、と呟く。
「あ、あの、その、メルストさん、えと、る、ルミアと、けっ、けけ結婚前提でお付き合いしているというのは」
「ちがうから!」
おっかなびっくり尋ねてきたことをばっさり切り捨てる。一方で凄まじい殺気を地鳴りが起きるレベルで背後で感じた。地雷を口走ってしまったかと自らの発言を呪ったとき。
「メル君……あの野郎の性根と背骨を叩き折ってやって。冒険者としての選手生命に終止符討たせてやって。なんなら生命線絶たせてもいいよ」
「表現怖いよ」
「それで、引き受けるのですか?」
「まぁ、あっちで勝手に話進められたし、ルミアのこともあるし、けじめの線引きはちゃんとしておかないとアレックスさんも納得しないでしょ……問題は相手が人間だってこと」
バルクの酒場の盗賊も然り、紅魔竜も然り、島鮫も然り。
その手で人どころか山すら簡単に吹き飛ばせる等、人並み外れた能力。そのままパワーへと完全に変換できるかは別として、エネルギーだけなら数多の銀河を破壊できる規模だ。それのみならず、物質分解の能力もヘタすれば人体も、大気中の成分の一つへと消し飛ばせる危険極まりない代物。
相手が竜王殺しの称号を持つ英雄――いわば戦闘の達人を越えた超人である以上、油断すればこちらがやられてもおかしくはない。しかし、ムキになって卑怯ともいえる能力を使ってしまえば……。恐ろしく感じたメルストは片手で頭を抱え、万一の事態も考慮していた。
「あれでも竜を軽くひとりで捻り潰せる実力はあるんだし、思い切ってやっていいでしょ」
「そりゃ全力で相手するよ。戦闘や剣の腕はあっちが勝ってるんだし」
はぁ、とため息。準備も何も、作戦など思いつかないメルストはやはり武器職人のダグラスからもらった鉄剣ぐらいしか用意することはなく――
「応急薬ぐらいは持っていくか」
という始末。その日は薬剤の調合を行ったはいいが、絶対勝ってもらいたいルミアに深夜まで剣と爆撃の訓練をさせられた。ついでにジェイクやフェミルも巻き込まれて3対1の戦いになり、ぼろぼろのまま朝を迎えた。エリシアの手厚い手当てと優しさで疲労困憊した心身は回復したが、この一夜漬けはなんだったんだろうと彼は思うのであった。




