4-1-1.竜王殺しのアレックス
アレックス・ポーラーはピケットを飲み、舌の上で絡めとるように味わった。薄いアルコールと水っぽいブドウ酒の味は、とてもじゃないが美味しいとは言えない。だが、質の良いワインを飲み続けてきた彼にとって、よりひどくその不味さが染み込んだと同時、懐かしくも感じた。
前やら後ろやらでセルヴォワーズをがぶ飲みし、馬鹿騒ぎする屈強な男たち。かつてを思い出すようで、思わず頬がほころぶ。
アレックスは冒険者のひとりだ。しかし、今はただの冒険者ではない。
素材を採り、魔物を狩り、それを売り払う冒険者とは異なり、彼は竜を殺して経済を繋げていた。竜を討伐すれば、幾百幾千もの職人や観衆が集うと云われる。それは一種の経済効果を引き起こし、同時に英雄としても讃えられるのは童話の如き常識と化した話。だが、一頭の龍を狩る話は、どれもこれもひとりの代表戦士を筆頭に、他の大勢の戦士や支援が大行列となって立ち向かうのが現実。
自身もそういう時代があった。そう過去を語る老人のように思い浸れるのもそのはず、彼はその境地を超え、たったひとりで竜を狩れるようになった。
強くなり過ぎたのだ。齢30を超えない若さにして、アコード王国が誇る最強を手にしたのだ。
「おい聞いたぜ。十字団が魔国から来た魔物の群を殲滅して"ベリアルトの境界"を救ったんだってな!」
アレックスよりも歳のいった冒険者の声が耳に入る。カウンターから聞こえる情報に、目を向けた。
「ランクAの大群だったんだろ? やっぱおまえらバケモンだぜ」
「にゃっはははー! すごいでしょすごいでしょ! だてに便利屋やってないさね!」
「ただ、都市を半壊させたのも事実だがな」
「もー、水を差さないでよバルクてんちょー」
むさくるしい男たちの中で、より甲高く響く少女の声。従業員でもない。カウンターで他の客や大柄な獣人店長と楽しげに話している金髪の華奢な少女が、酔いで顔を紅潮させ、やんちゃに笑っている。
服装も一風変わった作業服なのだろうが、肌を晒した腹部や肩、脚部からは涼しさを感じさせる。ひときわ目立った存在に、思わず見つめ続けていたアレックスはピケットを再び口につけ、後ろの席の男に声をかけた。
「なぁ、あの金髪の娘は誰なんだ?」
カウンターを指さすと、男の目は覚めたように大きくなった。
「お、兄ちゃんタイプか!」
「いや、この酒場じゃひときわ目立つ容姿というか……まぁ、きれいな人だとは思うが」
「ん、誰のこと言ってんだ? ああ、ルミアのことかい。やめておきな、あいつぁ強すぎる」
隣のテーブルの席に座っていた髭面の男が割り込む。男の言葉に引っかかる。
「強い?」
「魔物狩りを生業としてるそこらの戦士とは、次元が違うって意味さ」
「ほう……」と、興味深く金髪の少女――ルミアの楽し気な様子を見つめた。
「それに、ああ見えて気が狂ってるぞ。見た目だけで判断すると痛い目見るぜ」
「だーれがキチガイって?」
男の声に耳を貸していた一瞬で、カウンターに座っていた少女の姿が忽然と消えた。
同時、アレックス等の目の前に、彼女の睨んでいるような、企み笑うような表情をしたルミアの姿があった。
「噂をすればだ。相変わらずの地獄耳で安心するよ」
「それはどーも。あたしの可愛いとこでも話してた?」
「可愛げねーなホントに。セレナちゃんとか、ここのメイドでも見習ったらどうだ?」
「興味ない男に見せる媚びも色気もないね。それで、見ない顔だけど君は旅の人かい?」
ずいっと顔を寄せるが、ルミアにしたらいつもどおりのアプローチの仕方。距離という概念を酔いとともにどこかへ吐いたのかもしれない。
しかし、一切の動揺を見せないどころか、アレックスはじっとルミアの瞳を見つめ続けていた。否、自分の意志で見てはいなかったような。あまりにも反応がない。
「あり? どしたの?」
「いや、なんでも」
「あ、もしかしてぇ~一目惚れだったり? やっだぁもーっ、照れるな~!」
きゃーきゃーと媚びた声で、体をくねらせる。悪酔いのノリなのかいつも通りの調子なのかわからない様子に、馴染み深い冒険者たちは呆れる。
「媚びも色気も見せないんじゃなかったのかよ」
ただ、アレックスだけは真剣な表情だった。
「……ああ、正直なところ、君に惚れてしまった」
「いやぁ君もノリがいいねー、どこかの真面目な錬金術師とは大違……い……。……へ?」
演技っぽい照れ方のまま、ルミアは固まる。予想外の反応にポカンとして、
「え……本気?」
と素の声で呟いた。途端、アレックスは席を立ち、ルミアに一歩近づく。
「ああ。容姿も声も、その紫の瞳にも惚れた。それに、私は強い乙女が好きなもので」
「……あ、マジな目だこれ」
後ずさりしそうな体勢に、アレックスは赤髪の頭を垂れ、紳士の如き深く一礼をした。
「黄金色に輝く可憐な花よ。私はアレックス・ポーラー。この国で育った冒険者だ」
途端、ふたりに注目していた酒場の誰もが動揺と驚愕の声を上げる。
「その名前……!? まさか、あの"竜王殺し"のアレックスか!」
「え、本物?」
「嘘だろ、なんでギルド最強がこんな辺鄙な町に来てるんだ!」
次々と騒ぎ出すギルド会員である冒険者や戦士たち。どよめきの中、ルミアは腰に手を当てつつ、ぽりぽりと頬を人差し指でかいていた。
「あー……なんか前に郵便屋が話してたな、そんなこと。ご本人でしたか」
「ルミアさん!」
「うわっ!」
ガシッとアレックスに両手を力強く掴まれる。真摯な紅の瞳を眼前に、釘を打ち込まれたように目を逸らすことができない。
「いきなりとは言わない。出会って間もないが、私と結婚前提でお付き合いさせてくれないか」
「う゛ぇぇぇ!? け、けっこ……!? え、え、えーと……ええと」
ここまでド直球なプロポーズがあっただろうか。酔いも一層回って頓狂な声を出したルミアはどう受け止めようか、どう回避しようか考えが回らない。
本能的に、何言っても通じない気がする。ストレートな想いほど厄介なものはない。
「う、うわぁああああああああああっ!」
そう感じたルミアは掴まれた手を振り払い、全速力で酒場から飛び出していった。
「あっ、待ってくれ!」
「おいルミアー! 金払ってねぇぞ!」
バルク店長の怒号も虚しく。店の前に落とした薄鉄の榴弾は煙幕代わりに爆炎を巻き起こした。その爆風が店の中の男たちを吹き飛ばす。
「テメッ、店の前で爆弾使うなァ!」
それに臆することなく、同様に店を出たアレックスは竜を屠った魔剣を抜いて爆炎を瞬く間に払拭させる。ルミアの名を呼び、周囲を見回すも、彼女の姿はない。音沙汰もなく消えた少女に、「どこにいった……?」とアレックスは呟く。
酒場の隣の路地裏、いつも飲み過ぎて吐いている馴染み深い場所に、ルミアは身を隠すように背もたれていた。酔いもすっかり醒め、肩を動かして息を吸い、大きく吐いた。
「あーやっば……とんでもないのと関わっちゃったなこりゃ」
*
メルスト・ヘルメスは、見上げた天井と自身の右手を見つめていた。ダイニングテーブルの椅子に寄りかかり、何を呟くこともなく、手をただ見つめ続けていた。
手のひらからバチン、と小さなプラズマを発し、そして白く発熱し始めた。その超高エネルギー状態は、発する熱波だけで周囲の家具が発火し、溶けかねない勢いだ。
だが、それは瞬く間に銀白色に染まり、金属光沢を放ち始める。さきほどのエネルギーを質量に変え、単体アメリシウム金属塊になったものだ。これ以上に陽子の数を増やし、0.001秒以下しか安定しない元素を無理矢理保たせて金属として存在させることも実証できるはずだろう。だが、リスクの方が高いので、放射性元素で構築した金属を分解し、その手を銀白色から黒色――炭素に変える。それは黒鉛からグラフェン、ダイヤモンド構造へとイメージと共に自在に変える。
重い元素を創っている際、ベータ崩壊を起こしているだろう。放射線を発しているだろう。しかし、それが本当か否か、今まで能力を使ってきたにもかかわらずそのようなデメリットは周囲で起きたようには見えない。
なんとも、デタラメな力だ。
「やっぱり、加速器付属の原子炉人間っぽいな俺……」
この世に存在しているのか否か、神様らしき超存在がある囚人に手を加え、神工人間として魔改造ならぬ神改造した人体。運良くも悪くも、自分の魂がその肉体に入り込んでしまった。
原理でいえば原子炉のそれだが、体内に宿る力は、メルストの知る原子炉の仕組みとは根本的に異なるだろう。人類が作り上げた技術よりも遥かに効率的で、生物的だ。
構築した5立法センチスケールのダイヤモンドキューブをテーブルに置く。
大まかに言えば原子操作。化学反応や物理反応を司り、かつ無理にでも元素を創造したり分子を組み替えたりできるのは、原子核や電子の集合体を操っているが故に為せる業である。
それらを扱うには宇宙規模のエネルギーを体内で発生させている。自身の肉体の活動がアデノシン三リン酸ではなく原子力だと考えると、身体がゾッとした。
(いまいち実感ないけど、やっぱりここまで高エネルギー使ってたら放射線の危険もあるし、これから控えた方がいいかな)
安易すぎるとは彼自身思う。これからは自分自身の身体についても研究する必要があるな、と思ったときだ。
ズドバァン! とドアが開いたとは到底思えない、寧ろ壊れたのではないかというほどの音が響き、猛ダッシュでルミアが飛び入ってきた。
「おう、おかえりー」
「メルくぅぅぅんっ! 今すぐあたしと愛を誓ってぇぇぇぇぇえッ!!」
全速力からの全体重を駆けての飛びつきに、さすがのメルストもイスを倒し、リビングのソファまで吹っ飛んだ。正面から思い切り抱きしめられ、両足もがっしりとメルストの身体に固定されている。
「何があったんだよ……」
涙目だが嘘泣きだろうかと疑っている間に、馬乗りになったルミアは上から脱ぎ始める。
「お願いだから結婚して! 子どもも! 今すぐ!」
「はい脱ぐのやめて、とりあえず落ち着こうか。一時の感情に任せるのは良くないよ」
「これだけやっておいて全然動じないのも悲しいんだけど……」
「ルミアだから仕方ない」
ここで一爆発来るなと想定していたが、ガーン、とショックを受けて硬直している。意外だ、とは思うが、いつもの反応をしないルミアに、相当なことが起きたんだなとメルストは心配しつつ、嫌な予感を前に懸念した。




