3-11-6.ある村に伝わる話 ―誇り高き精神の救済―
「呪われた村」回、最終話です。
ザイツェフ執行隊がスペルディアに来ることはなく、およそ二週間の時が流れた。
やっと研究室から出てきたメルストは、確かに疲れを逸してた顔をしていたが、その表情は沈んだものではなかった。
そもそも自分でエネルギーを創製できる能力を持っていた故に、人間としての生活を保てなくても平気ではある。しかし久しぶりに摂取したまともな食事に、どれだけ感動したことか。
少しゆっくりして、頭の整理をする。十字団を仮拠点の簡易実験室に集めさせ、メルストは結論から話した。
「寄生虫が原因……!?」
エリシアのみならず、フェミルも辛うじて目を丸くする様子がうかがえた。
人の身体に宿る魔法生物は存在する。それを発見し、取り除く手法もエリシアは熟知しているにもかかわらず、その存在はひとつも確認できなかった。
「ですけど、体内にそのようなものは」
「いたんだよ。それもたくさんな」
薄黄色の培地が入ったシャーレを実験台の上に置き、みんなの前に見せた。最初は反応がなかったものの、凝視してやっと何がいるのか理解したようだ。
「なっ、なんですかこれ……!」
「こんなのが体中にいたの?」
「うげぇ、冗談じゃねーぞ」
「気持ち、悪い……」
培地に埋め込まれたように、無数の短い紐のようなものがうじゃうじゃと絡まっている。血の色に染まっているそれは、一向に動く気配を見せない。
「透明で小さいから気づくはずもないだろうな。これでも、染色水をたっぷり含ませて、肥大化させたものだ。本来なら、顕微鏡で見なきゃわからないほど小さいよ」
「虫、なの? これが?」
この世界では、虫という概念は昆虫のような、少なくとも目に見える存在を総称して指している。見えない存在を虫として扱うのには、少し違和感があったのだろう。
ルミアはメルストに勧められるまま、顕微鏡を覗かせてもらい、小さな世界をまじまじと見続けていた。
「俺の記憶が正しかったら、これはジストマ――住血吸虫の一種だ。宿主の血を餌にして、血管の中に棲みついてる」
「メルストさん……これが、肝臓や血管の中にいたのですか?」
「肝門脈は栄養が一番豊富に含んだ血液が集まる所だから、そこに集中して棲みついてるんだ。肝臓を切ったときはびっくりしたよ、細長いのがこれでもかってぐらいでろでろ流れてき――」
「これ以上言うな気色悪ィ! ぶった斬るぞ!」
見た目の割に虫が苦手なジェイクは剣をメルストの首元に掠らせる。「ま、まぁまぁ」とエリシアはなだめる。
「それで、どうやって村の人はこれに寄生されたの? やっぱ農作物食べたとか?」
質問しながらも、未だ顕微鏡から目を離さないルミア。自分の作った光学顕微鏡の精度にも感心しているのだろう。
そろそろ変わって、とフェミルが催促しても身体だけは微動だにしない。
ジェイクにかかされた冷や汗を拭ったメルストは、
「感染経路は経口だけじゃない。土や水に触れた時点で、皮膚から入り込むんだ」
「皮膚からって……口や怪我から入り込まない限り、体内に入るのは不可能なはず――」
「ちゃんと皮膚から感染するって実証はできてる。そのために何匹か山の動物を犠牲にしたけど」
「それであたしらに動物を捕まえさせてたのか」と納得するルミア。
「そんな……っ、か、かわいそうですよ……」
口元を両手で抑えるエリシアに、「いや、あの、村の人たち助けなきゃいけないし」と弁解しつつ、結局メルストは謝った。
「最初から遺体を調べれば、もっと早く正体はつかめたけど……まぁこの村のしきたりもあるし、あんな不衛生なところで山のように積まれてたら、寄生虫以外の微生物が繁殖してただろうし。どのみちこの寄生虫って同定するまで大変だったけど」
「ただ……」とメルストは腑に落ちない表情で神妙に話す。
「人に寄生したこれらは、血中に卵を産んで大量に繁殖するんだけど、外に出ることは一切なかったんだ。だから、体液や糞便や、あと老廃物を調べても何も出なかったんだと思う」
「それって、どういう……?」
「わからない。外に出ようとしないで、ただ宿主の中を死んでも食い続けて、栄養分がなくなったら動かなくなる」
「牛じゃん」
「ただ動かなくなるわけじゃなくて、ミイラ化するんだよ。ほらこれ」
別のシャーレを皆の前に見せる。そこには枯れ樹を削って取れた屑のような、粉と微粒が雑じった物が、ほんのわずかに透明なガラスの中に入っていた。
「乾眠だとは思ってた。また栄養や水分を取り入れられる環境になったら復活すると考えてたんだけど、そうでもなかったみたいで」
一通り試したのだろう。こればかりはメルストでも解明できなかった。
("組成鑑定"で見ても頭がパンクするだけの構造式が詰まっているからな……これも頑張って調べる気力も時間もなかったし。もうちょっと能力の精度が磨かれたら、ひとつひとつの物質を解析できるのに)
そう思っている一方で、頭を傾げたエリシアは、
「寿命でしょうか?」
「まぁ生き物なんて何考えてるかわからないからね。あたしらの理解できないことを平然とやってのけるのよさ。そこに痺れも憧れもしないけど」
何の恨みがあるのか、寄生先の動物を殺すために生まれたような生物だとメルストは思う。フェミルが沈黙を貫いているが、おそらくあまりわかっていない。ジェイクも同様だろうと思いきや。
「つーかよ、そこで死んでんなら川辺にいるやつはどーやって生まれてくんだよ。人に棲みつく前に卵産んでいるやつらもいるってことか?」
「ジェイク……あんた、そこまで考えられる頭はあったんだね」
「うるせぇよ!」
心の底から意外だと驚きを隠せないルミアにツッコミを入れる。
「そう。宿主から出ずに引き籠っているってことは、当然土壌や水辺でも活動して産卵しているってことだ。生活環がひとつだけじゃなく、寄生するタイプと寄生せずに生活を送るタイプに分かれる」
「寄生は必須ではない、と」
エリシアの思慮に暮れた一言にメルストはゆっくりと頷く。
「本来、寄生虫は寄生しないとこの類の生物は生きていけないことがほとんどだ。でも、それを選択できる種類がいるという事実も、これで否定できなくなった」
「でもさ、採集したもの全部調べても何も問題はなかったんじゃなかったの? そう言ってた気がするけど」とルミアの鋭い一言。
「いや、それはっすね……他の微生物に紛れるぐらい小さかったし、ふつうの虫もいたし、病気の正体がどれがどれだかわからなかったんです……"組成鑑定"でも微生物だとデカいし情報量多すぎて判別できなかったんです……」
肩を縮めたメルストは、今になって情けないなと反省する。特定の抗原や蛍光物質、そして高性能な顕微鏡があれば、と現実的だがこの世界では非現実的な考えを巡らせる。
「じゃ、正体わかったところでとっととそのキモイ虫をぶっ潰そうぜ。どうせ熱には弱いだろ。キチ猫、出番だ」
「あんたに指示される筋合いは更地ほどまっさらないけど、熱処理ならあたしほどの適役は他にいないさね! 土を燃やし尽くし、水を枯渇させるほど爆破してやんよ!」
そう言い、ガチャガチャと火炎放射器や爆撃装置を素早く身に着けていく。完全にやる気だ。
「ちょ待てェ! それをしないために今まで苦労してきたんだろーが!」
「なにか方法があるのですか?」
ジェイクとルミアを拘束魔法で動けなくしつつ、エリシアは訊く。「おいなんで俺まで縛ってんだ馬鹿賢者ァ!」と怒鳴るジェイクにビビったエリシアは、余計に魔法を解こうとはしなかった。
「実はな、こいつは成虫になるまで感染や寄生する能力を持たずに、土壌や川で自由に活動する無害な矮小型魔法生物なんだ。けど、この――中間宿主で媒介すれば、奇病の原因へと豹変する」
話しながらコトリ、と置いたのは石灰色の石ころ。そこらに転がっていてもなんらおかしくはないただの石だ。
「石?」
「ちょっと珍しい石でな。そこらでは見かけない鉱物で……あぁ、いろんな物質が混合してるものを岩っていうんだけど、これは純物質、いわばひとつの物質だけで作られた鉱物のひとつなんだ」
「これに特徴的なものがあったのですか?」
「組成はちょっと複雑だけど、高い活性部位を持つ多孔質なんだ。この無数にわたる細かい孔の中に、寄生生物が棲みついてるのを発見した」
割ったところで目に見えないので、寄生虫の活動様子は解らない。だが、この多孔質の石の中で悪魔へと生まれ変わっているのは確かだ。
石の中のどのような環境が成虫へと繋げているのか、それとも鉱物に含まれる何かを取り込んで変化しているのか。そこまではわからないがここまで判明すれば大きな収穫だろう。
「この多孔質の石をすべて取り除けば、寄生生物は成体にならずに、幼体のまま生涯を終える。時間はかかったけど、検証済みだ」
「そ、それは大発見ですね……!」
「メル君すごすぎっしょ。よくわかったねそんなこと」
「運が良かったんだ。この鉱石を調べるまでは、こいつの生活史はわからないままだったよ」
あの少女に感謝しないとな、とメルストは心の中で呟きつつ、
「では、その石を取り除けばその虫は寄生しなくなるのですか?」
「村といっても規模は大きいし、虫を殲滅するのもキリがないだろ。だとすれば、こっちの方が早く済むはずだ。聞いたとこ、この石は肥料石や浄化石として使われてたみたいだから、川辺や田畑以外の場所にはほとんどないだろうね。幸い、この石は強い磁性がある。ルミア、出番だ」
「あたし爆発専門」
「まぁタダでとは言わないさ」
ルミアの手に小切手を渡し、それを読ませる。途端、ルミアはニヤリとし、メルストと握手を交わす。
「この依頼、承った」
(メルストさんは一体何を……)
悪いことではないと信じたいエリシアであった。
「でもさ」と疑問が浮かんだのか、ルミアは訊く。
「原因と排除の仕方がわかったのはいいけど、いま発症している人たちはどうなるのよさ。もう手遅れだって、エリちゃん先生も言ってたし」
「大丈夫。治療法はある」
ニッと笑ったメルスト。一同が驚愕する。
「ッ!? それは本当ですか!?」
「メル君マジか!」
うなずく代わりに、棚から大きなガラス瓶と土の入ったシャーレを持ち、さらに台の上に置く。瓶の中には、黄土色のごぼうに似た作物が入っていた。
「前に村の人から根菜類の作物をもらったんだけど、この作物が育っていた土壌にだけ寄生虫はいなかったんだ。試しにこの土を採取して育ててみたら、育たないどころか衰弱してそのまま動かなくなった。たぶん死んだんじゃないかと思ってる」
「これって、スペルディアの特産品ですよね。滋養効果があって、村の万能薬だと言われていたようですが……まさか寄生虫に効くものが入っていたのですか? それが土に漏れ出てたとか……?」
「いや、違うんだこれが。これの根やそこに付着した土を調べてみると、ここにしか住んでいない"菌"がいたんだ」
「"キン"って? 寄生虫とは違う奴?」とルミア。
「そうだね。果物か野菜かってぐらい全然違うけど、まぁ目に見えない微生物ってことに変わりはないな」
よくわからない例えを言ったところで、メルストは記録資料の束の一枚を見せる。
そこには複雑な化学構造式が複数描かれており、その内の一つの図に赤く大きな丸がされていた。そこに指をメルストはトントン、と指す。
その物質の名前は"プラジカンテル"。消化器系によく吸収される、住血吸虫症に大きな効果をもたらしてくれる成分だ。副作用は比較的少なく、吸虫による臓器障害の治癒力も高い。
メルストの前世でも知る物質だが、元々は人の手によって開発された薬剤だ。菌が生成するケースを見たのは初めてのことだった。
「この菌の作り出す物質が、寄生虫の生体活動に支障を来してくれるってことまでわかったんだ。化学的な構造も決定した。あとは――この物質を能力で量産して、薬にすればいいだけだ」
*
それからの行動は早かった。
目に移ったプラジカンテルの構造式を覚えれば、"物質創成"と"物質構築"の能力で大量に生成できる。その一方で、寄生虫を駆除する成分を持つ菌を繁殖させ、人の手でも製造できるように、その全合成を編み出そうとしていた。
ルマーノの町でお世話になっている元宮廷薬師のメディ・スクラピアにも創薬や副作用の鎮静の薬の作製などの協力を依頼した。
大賢者は国王ラザードに一件の一部始終を伝えた。スペルディアの存在と、その悲劇、そしてまだ救済の余地はある事実。それを第九区をはじめ、エリシアの繋がりによって集結した病理や医薬、地理学などの「秘学博士」十数名にも伝えられた。そのおかげもあってか、プラジカンテルの全合成を完成させるのにそこまでの時間を要することはなかった。
また、古代から続く村の歴史や伝承、山の中や地下にある遺跡の価値に目を向けた学者はそれを守るために、様々な措置を施した。それを良しとするかどうかは、スペルディアの人々次第だが、話し合いで解決するだろうと、メルストはその一件については介入しなかった。
ともあれ――これは、数十人もの研究者や秘学博士が集っても困難を極める問題だった。時間も何年、何十年もかかるかもしれない。しかし、たったの3カ月ほどで、たったひとりで、この災厄を祓い除けたのだ。
今回の一件を機に、学者や研究者の間で、寄生虫の存在やそれを駆除する細菌に注目が集まったという。当然、悲劇を救ったメルスト・ヘルメスという錬金術師の存在も。彼が「名誉秘学博士」として錬金術学会と国王より特別認定されるのはまた別の話。
「大賢者様、十字団の皆さま……この度は本当に感謝致します。やっと……やっと、苦しみから解放されたのですね……!」
深く頭を下げたのは、スペルディアの長老を務める老婆だった。その高い地位であるがゆえに、容態も危篤状態とまではいかなかったが、寝たきりでまともに話せる状態ではなかった。生き続けた気力と、その回復力に、全盛期はどういう人間だったのだろうかと気になる所だ。
抗寄生虫薬を村人に投与してから一カ月ほどしか経過してはいないが、人種的な要因だろうか、スペルディアの人々の回復力は早く、早速3人ほど完治した人も出てきた。半年もすればほとんどが治り、村の機能も回復に向かうことだろう。
村の入り口。仮拠点も解体し終え、村を去ろうとする十字団の前に、身体を動かせる村人の全員が集まっていた。
代表として、エリシアが長老の言葉に応える。
「ええ、もう今までの病気にかかる人はいません。誰も疫病でお亡くなりになることはありませんでしょう。ですが、亡くなられた方々は……」
心の底から残念そうに思うエリシアの手に、女長老は首を横に振ってはやさしく触れる。
「いえ、みなさまのおかげで村が救われて……無かったはずの未来が戻ってきたのです。亡くなられた人々の死にも意味があります。大賢者様方に供養してもらえたことは、彼らもよろこんでいると思います。本当に、お救いくださりありがとうございます」
後ろの村人からも数々のお礼が言い渡される。「本当にありがとう」「よかったらまた来てくれ」……みんな元気になってよかったと、メルストは思わず笑みがほころぶ。長老は、そんな彼に一度だけ、目を向けた。
それでは、と十字団は村を背に、立ち去る。ルミアはブンブンと明るく手を振り、フェミルも気になっているのかちらちら村を見ていた。ジェイクはやっと終わったと言わんばかりの顔だ。気だるそうに猫背になる。
「にしてもまさか団長が来てたなんてねー、顔出せばいいのに」
「クソが……あのジジイが出しゃばるせいで無駄骨だったじゃねぇか」
「いや、それはマジで爆笑」
「……わたしも、ちょっと……戦って、みたかった……」
「マジかフェミルん」
「でも、執行隊のことは平和に解決してよかったです。ぶつかってたらお互い無事じゃ済みませんでしたよ」
微笑みつつ、半ば胸をなでおろすエリシア。だがジェイクは舌打ちし、
「俺ぁ暴れたかったんだクソッタレが」
「帰ったら団長と勝負すればいいじゃん」
「当然だクソ。でもそんだけじゃ足んねェ。なぁフェミルちゃん、今夜飯とかどぉよ」
「……ごはん?」
「おう、好きなもんいくらでも食わせてやる」
「ジェイク、フェミルの健啖さを侮ってはなりません。破産しますよ」
「先生、もとからこいつ破産してる」
「……おなかすいた」
「フェミルん餌につられちゃだめだよ。こいつの性格知ってるでしょ、そのあとフェミルんが食べられちゃうにゃ」
「……じゃあ、やめる」
「私もその選択が賢明かと」
「テメェらいい加減にしろや!」
みんなの会話を聞きながら、メルストも軽く笑う。
本当に解決してよかった。そう頭の片隅で思ったとき。
「おにいちゃん!」
聞いたことのある声に、思わずメルストは足を止める。あとに続き、エリシア達も振り返った。
踵を返すと、メルストに石を渡してくれた栗色髪の幼い少女が、村人の誰よりも前に立っていた。症状もすっかり治まり、やせ細っていた手足も、腫れていた身体もない。元気そうな女の子が、メルストの前に駆けつけていた。
少女はいっぱいに息を大きく吸い込み、精一杯の声で――
「――ありがとう!!」
村に、そして晴れ渡った空に響く。びっくりして呆気にとられたメルストに対し、にぱっと笑った。
「……っ、おう! 元気でな!」
メルストも笑顔で返す。少女は笑いちぎれんばかりに手を振り、歓声は上がった。
再び前へと進む十字団は、その姿が見えなくなるまで、村人の歓声を浴び続けた。
「よかったじゃーん、かわいらしい女の子にお礼言われて」
このこの、とルミアに肘をつつかれる。
「茶化すなよ。まぁ良かったけど」
「ほらほら~、ニヤニヤ隠せてないぞぉ~」とからかいは続く。
「メルの顔、おもしろい……」
「わっかりやすいなおまえ」
「おまえらも大概だからな!」
寄る三人を声で押し退ける。
「――メルストさん、ありがとうございます」
真剣な声に、4人とも動きを止め、エリシアを見た。
「あのとき、メルストさんの声がなかったら、私たちは間違った道へ歩んでいました。私としても不甲斐ないばかりで……なんてお詫びをすれば」
申し訳なさそうな表情。心の底から反省している彼女に、苛立ちを覚えたジェイクは追い打ちをかける。
「ホントだぜ。マジで偽善者だろ。バカの上に偽善とか、ハッハハ、あんときはぼろぼろ泣いてたのによ、結局見離そうとしてボハァッ!?」
腰から取り出された爆撃銃によって、ジェイクは燃えながら吹き飛ぶ。ルミアが撃ち放ったのは誰もが予想できた。
「苦渋の決断だったのよ駄犬。……でも、そうだね。あたしら一度、見離そうとしてたもんね」
カチャリ、とフルハーネスに付属する腰部に武器を戻す。ばつが悪そうに、メルストから目を逸らした。
「それでも、戻ってきてくれた。みんな居続けてくれて、あの状況を何とかしようとしてくれた。それだけでも……いや、それがすごい嬉しかった」
しん、としんみりした空気になり、急に気まずくなったメルストは「いや、その、みんないなかったら俺何もできなかったし、今になって気にすることじゃないっていうか」と言い訳するように付け足した。
「村を救ってくれたのは、紛れもなくメルストさんのおかげです。本当に、感謝しております……!」
「ま、童貞こじらせてるくせに、よくやったもんだぜ。さすがは俺様の舎弟だ」
いつの間にか目の前に現れたジェイク。「おまえ復活早いよ」とメルストはつぶやく。「というかいつからお前の舎弟になったんだよ」
その様子をじっと見つめるフェミルは、メル、とだけぽつりと呼んだ。聞き逃さなかった彼は振り返る。
「メルは……いつも、どうやって……正しい先に、導いてるの……?」
ふと気になったことなのだろう、突如そう問いてくる。
失敗続きもあったが、最後はいつも解決している。それは資質なのか、皆が知る以上の本質をメルストは持っているのか。
フェミルの質問に、メルストは悩まなかった。その顔に浮かべる素直な笑み。難しい質問だが、答えはすぐに出てきた。
「正解を選ぶのって、難しいだろ。選んだ先を正解にするんだ」
すると、上からのしかかるように、長身のジェイクが肩を組んできた。
「ハン、テメェもちったぁいいこと言うじゃねーか」
その力強さに、痛く感じるも、少しうれしく思った。喜怒哀楽が激しいが、この男の感情は正直だ。
やめろよ、と笑いながら言う。
「よっしゃ! 今日は酒場で飲むぞーッ!」
嬉々としてルミアが飛び上がる。突然の提案だが、「えっ」と青ざめるフェミルを除き、メルストとジェイクは腕を上げる。その様子に、エリシアは微笑んだ。
「それでは、帰りましょうか」
大杖の先端を地面にトンと叩き、魔法陣が展開される。燃え上がる蒼炎に包まれ、青光の粒子と化したアーシャ十字団は、久しいルマーノの町へと帰還した。
蒼く燃え上がる炎、きらきらと煌めく天の川のような光が昇り、そして空へと消えていく様子は、スペルディアの人々に見届けられていた。
「思い出した……! 黒い双眸と純黒の髪をもつ男」
女長老――オシリアは青い光を見上げながら、曲がった背中を僅かに伸ばした。
「あのおにいちゃんのこと? おばあちゃん」
少女――アイジーは長老に訊く。そうか、そうかとひとり納得した老婆は目元のシワを深め、古き友を思うかのように話した。
「"双黒の者"。もう人々の歴史から忘れ去られつつあるけれど、遥か昔から言い伝えられていることがある」
今となっては一部のみしか知らない、"双黒の胤裔"を継ぐ者の存在。その血は既に滅んだものかと思われたが、未だ生き延びている。それは複雑なものであったが、現にこの村を救ってくれた事実は変わらない。時代は変わりつつあることを長老は身に染みるほど感じ取れた。
長老は少女の肩に手を添える。その歴史を語り継ぐように、言葉を置いた。
「双黒の者は――闇夜の深淵と奈落の果てを纏う神。その双つの黒き世界は無限と無を示し、我等人類と世界に万物を創り与えた――"終焉を破壊せし者"」
これは、不条理な災厄に襲われた悲劇の物語。
恐怖に立ち向かった、戦いの物語。
そして、とある神によって救済された、奇跡の物語。
この出来事は、後にアコードの歴史に刻まれ、スペルディアの奇蹟として、永久に語り継がれることになる。
次回 一部三章「エピローグ」
ルミア「メル君ってちょいちょい自分を実験台にするよね」
メルスト「まぁ科学者はときに自己犠牲も必要だからな」
ルミア「カッコよく言っていそうで軽くドМ発言だにゃ」
メルスト「あー、言えてるなそれ」
ルミア「そこ認めちゃうんだ……メル君、そんなツラいことをしなくても、そういうのはジェイクがやってくれるから!」
ジェイク「なんでだよ! さすがの俺でも死ぬときゃ死ぬぞ!」
ルミア「ジェイク。誰かのためになるのなら、あんたがどうなってもかまわない」
ジェイク「いい顔つきでエグイこと言ってんじゃねぇ」
※第11話補足※
《魔法生物一覧》
・アインストンの樹
テツモドキ目ワヒ科の被子植物として定義されている広葉樹。
メタルウッドとも呼ばれ、ドリルや溶接どころか、大砲でさえもびくともしない頑丈な組織を表皮に持つ。金属が含まれているようだが、特殊な組成で構築されており、また魔力も豊富であるため、形状維持力、再生力は植物のそれとは思えないほど。ある部分を愛でるようにほぐし、撫で続けると、グステン蜜という稀少な樹液を分泌する。蒸散など、僅かに出る水気を栄養として吸い続けた或はその樹の葉を食べ続けた生物は驚異的な硬質を誇る身体へと変質する。
要塞の城壁や決して壊れない無敵の武器として応用されたこともあるが、加工するのは至難の技であった。
・ミムス蜂の蜜
ある魔法薬に使われる栄養豊富な稀少材料。魔力が多く含まれ、魔導士の間では有名だが、持っている人はなかなかいない。
ミムス蜂は水気の多い洞窟に鉱物でできた巨大な巣をつくり、外へ出て花の蜜を集めるのではなく種やそれが入っている果実を集めて巣の中に花園をつくるといわれている。そこから蜜を取るのだが、何分ミムス蜂は巣を襲うものに対してだけは容赦なく、神経系の毒を持つ。故に、巣の中の植物を採取することは極めて困難である。
・グステン蜜
一応食べれるのだが、工業材料として用いられることが多い。塗膜や接着剤がメイン。乾燥には時間がかかるが、皮膚に触れてそのままにしておくと硬質化するために皮膚が収縮するので、その際激痛を伴うという。すぐに洗い流し、特定の溶剤を希釈して塗ってから水で流すのが良い。
・ガングロ虫
アインストンの樹の樹液を吸うサッカーボール大の巨大なダンゴムシのような虫型魔物。
腹部は柔らかいが、外皮はアインストンの樹に近い硬度を誇り、また強靭性も高い。そこそこ重さもあり、ルミアの頭上に落下した個体は約6キロである。よく首が折れなかったものだ。外皮は武器や防具など、道具として剥ぎ取られることが多い。そのまま投げつけるのも有効。動物の胃酸などの酸性液を希釈して煮沸させると美味しくいただけるというが真意はどうなのか。
・大黄蒡
スペルディアで育てられている特産品、というよりはその村の土地でしか育てられていなかった根菜類。
栄養豊富で滋養効果も高い故に、村の万能薬として長年重宝されてきた。後に漢方薬として使われるが、村の人にとっては主食である穀物に次ぐ食材であったという。
この作物が育つ土には、新種の菌(後に細菌と判明する)が棲みついている。作物あっての菌なのか、菌あっての作物なのかは不明。漢方薬としては珍しく、そのままでも意外といける。スパイシーな風味があるが、後味で好みがわかれそうだ。
・べセルトリストマ・スペルディア
スペルディアを襲った病の正体。
住血吸虫という寄生虫の一種であるが、とある多孔質の石を中間宿主として媒介するまでは寄生能力を持たず、自由活動生物として水辺や土壌を活発に移動する。中間宿主を経て、生物の血を食い荒らす寄生虫へと成長する。栄養豊富な血液の集まる門脈や肝臓に集中しやすい。
・コラル鉱
上記の寄生虫の中間宿主として機能する多孔質の鉱石。
しかし厳密には鉱物ではなく硬い骨格を持つ、いわば珊瑚のような鉱物型魔物であるわずかに成長し、少しずつだが増える。しかし胞子のようにポリプを飛ばすわけではなく、パッカーンと割れて小さくなってから成長する繰り返しである。
・ヘルメスタマイシス
寄生虫、特に住血吸虫に非常に有効なプラジカンテルを生成する、スペルディアにしか生息しなかった細菌。
べセルトリストマと同様、この二種の発見によって、微生物の存在は鮮明に知られるようになった。発見者としてメルスト・ヘルメスの名前が引用されているが、後にその名前を知った本人は微妙な顔をした。




