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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
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3-12-1.知らされざる前兆

 砂漠しかないこの無人の大陸は、かつて"万国"と呼ばれていた。あらゆる人種がそろい、森も水も、すべてが栄えていたが、ある時を境にその大国は滅んだ。

 しかし不思議なことに、死体ひとつも、瓦礫のひとつも残っていなかったという。あるのはすべてを失った砂漠のみ。万国は一晩にして死者の国と化したのだ。


 その原因は、天災でも凶悪な竜の群でもない。"美しの国"と"万国"にしかいなかった種族――否、"双黒"と呼ばれた一族によるものだと、古代の壁画によりそう記されている。


 大陸の名はヴィスペル。黒き死の砂漠として、今はそう恐れられている最重要危険区域だ。


 そのような過去があるのもつゆ知らず、その上に世界最大の監獄"インセル収容所"がまるで国のように建てられていた。しかし、今ではそれも昔の話。既に崩壊した跡地が残るだけだった。


 風すらもぎ、一切の生命を感じさせない。

 まるで別世界のような見渡す限りの不毛地帯――焦げたような褐色の砂漠に、轟音と共に砂が巻き起こる。


 それは、空の彼方から訪れてきた。


 死の砂漠の上を一機の飛空艇が遊弋ゆうよくしている。厳密には飛空艇というべきなのだろうか、それは気球やプロペラで空に浮かんでいるわけではない。哨戒しょうかい機、と表現しても嘘になる。


 全高実に10メートル、全長30メートル。大国の要塞に匹敵する巨躯を、堅固極まる漆黒の装甲が鎧の如く纏う。その戦艦染みた偉容は凶悪な形状を成し、竜の頭部とも、あるい地球外生命体の頭部とも形容できる。それの底部から放たれる重力波を補助とし、推進剤による爆発的な機動力によって、黒鋼くろがねの機体を悠々と浮遊させている。


 砂漠に近づき、正面の口がゆっくりと開く。スロープが地面に達し、降り立つのは肌身を一切見せない神官衣と黒いローブを羽織る細身の女性、そして精巧な装飾美と機動性を兼ねる貴服に近しい装甲鎧をまとう、銀髪の壮年男性。


 男性に至っては軍人だろうか、鍛え上げられた肉体美は鎧越しでも圧巻を誇るが、その表情は紳士のように落ち着き、真紅の瞳を細める。その肌の色は人間のそれではなく、灰色が混じるも生気がないようには見えない。


 機体を置いていくように離れた途端、異形ともいえる禍々しい飛空艇はその形状を成していなかった。

 人間にとっては雑音にしか聞こえない、複雑にして重低感を煽る信号音と金属の擦れ合う軽快な悲鳴を奏で始める……と共に、それは構造を組み換え、大胆に、そして精密に変形していく。

 鈍重な機械と鋼の黒い塊とは到底思えず、まるで一頭の巨大な生物のようだ。


 内部から光る眼球レンズが覗き出、構築しなおされた長い首が渇いた空へ伸びる。脚があり、腕があり、頭がある。体をほぐすように翼を広げ、刺し殺すような長く鋭い尾を最後に、その機体は巨大な飛竜へと変貌した。


『はーッ、相変わらずの汚染と灼熱っぷりだなァおい』

 並べた言語信号を合成音声へ変えられた機竜の鳴声ボイスは、重低の電子音が混じり、とても人間味のある声ではない。

 その不快な音を鬱陶しそうに、壮年の男は竜を見上げる。


「ひさしぶりの棲み処に戻ってきた気分はどうだ、A-427」

『その記号で呼ぶんじゃねぇ。ここに投獄されてたことを思い出すだろうが』

 その機龍――A-427(スレイバル)は尾を薙ぎ、背後の廃監獄を一気に崩した。


『しっかしよぉ、死の聖域だからっつって、たかが調査程度で俺らみてぇな豪華メンツ駆り出すかよ普通』

「貴様は知らんだろうが、"アルステラ陛下"があそこまで深刻そうな顔をされたのは見たことがなかった」

 銀の薄い髭をさすり、己らの王にして主の、本来見せないはずの懸念した表情を思い返す。

 国の王をあまり良く思っていない機龍は、いい気味だと不気味に笑ったかのように金属の音を軋ませ、

『へぇ、そりゃ拝んでみたかったぜ』

「ただ事ではない。これだけは確かだ」


 ふたりと一頭は、汚染地帯にして魔力過剰区域という危険極まりない灼熱の聖域――大監獄の廃墟を歩く。探し物をするように、あたりを見回った。


『クソが、大昔に滅んでもこの空気の悪さは異常だろ。本当になにもねぇのかこの大陸にはよォ』

「それを今から確かめるんだろう。クラロ大賢者、何か感じるものはあるか」

 ローブを羽織り、フードを深くかぶった女性――"煌月こうげつの大賢者"クラロ・ルナイトは、わずかに見える黄金色の髪を揺らし、壮年の高貴な軍人へと身体を向ける。しかし、その目元は黒い布で覆い隠されている。まるで己の内を明かさぬように、そして映る世界を拒絶するように。


「……アルステラ陛下のおっしゃっていた通り、膨大極まりないエネルギーがここ最近で急激に発生していたのが確認されました。それも、原因は現象ではなく、生命体の可能性が高いかと」

「ッ、生きているものだと……?」


 真紅の瞳が見開く。"魔法現象"ならまだあり得る話ではあった。ここでは"魔力引火"などの恐れもあることから、何が起きてもおかしくはないと想定されていた。だが、それはあくまで、現象での場合のみだ。


 機龍スレイバルは砂漠を揺るがさんばかりに、豪快に笑った。

『ウハハハハ! 大賢者流のジョークかそりゃ。強烈な魔法現象でもねぇっておまえ、生き物の代謝でここまで時空が乱れるかァ!?』


 それでも、冷静にクラロは対応する。淡々と機械的に応えているあたり、スレイバルの方が人間味はありそうだ。


「発生回数は大きいもので一度。あとは連続的に小刻みに発生しており、周期的に呼吸しているようにも見られます。ですが、エネルギーは今も尚、消えることも分散することもなく、ここに高濃度で残留しています」

『おいおい、普通そんな数日も数週間も同じ状態で残るもんじゃねぇだろ』

「そのエネルギーというのは何だ。何の魔力だ」


 魔力ならば手を取るように感知できる。ここにいる以上、高濃度の魔力で充満しきっているので、そのエネルギーを感知できないだけかもしれないが、魔力以上の膨大な"力"を感じないはずがなかった。


「いえ、魔力でも熱的資源でもなく、より根本的な"力"のようなものかと示唆されます。私自身、この感じたこともないエネルギーそのものと立ち会うのは初めてですので」

「それがインセル収容所全域に溜まっている、というわけか」

『なぁるほどォ。型破りなエネルギーを莫大に生み出し続ける怪物が、地獄の入口から這い出てきたってわけか! おもしれぇ発見だぜこりゃ』


 何をどうすればそうなるのか。皆目見当がつかない上に、そのような生物が存在するなど、人間以上の年月を生き続ける男にとっては信じがたい話であった。すべての智を知り得たはずの大賢者も、聞いたことがない話だっただろう。

 モーター音のような駆動が唸る。面白がっている様子の機龍に、男は睨む。


「口を慎め、スレイバル。残留の存在だけで帝都におられる陛下が危機感をもって感知するレベルだ。最悪、"オルク帝国"が危機にさらされる可能性もある」

『ま、それは俺もナットク。"蒼炎の大賢者"のニオイもあるからなァ』


 高熱の青い炎を吐き出し、スレイバルはキシキシと笑うように、巨躯を構成する金属部位や柔軟に動く翼を成した部品を擦りつける。

 竜の吐いた事実に、確認を取るように男はエリシア・クレイシスの別称を口にする。


「ッ、アコードの大賢者が……?」

「確かに、あの大賢者特有の"蒼炎"の形跡が確認されました」とクラロの一言で、確信に変わった。

『オレらより一足先に来たんだろうよ。怪物を回収しちまったかもなァ』

 それでも面白がるスレイバルを、今度は無視した。


「勇者の国の手に渡ってしまったとしたら、野放しにするよりリスクが高いと見込めます。ベネスス元帥、如何なさいますか?」


 その壮年の男――ベネスス・ハンガリは一切の表情を変えず、しかし残念そうに、僅か視線を落とした。

 堂々とした偉容を誇る体躯のまま、後ろに手を組む。


「……"計画"が早まってしまったか。これだけのエネルギーを生み出す存在を我々の国で利用できないのは残念な限りだが、得体のしれない芽は摘み取るべきだろう。アコードの件も、引き延ばすだけメリットはない。いい加減……決断し、実行するべきだ。私から陛下に言っておこう」


『お、ついにアレやんのか!』

 スレイバルは意気揚々と振舞う。宴の前のような気分に浸っているも、その無骨な竜の頭部からは狂気じみた残虐性しか感じられない。

「クラロ大賢者、"大結界"の準備を」

「御意」と、深く首を垂れる。


 再び真紅の眼を開く。

 オルク帝國――魔王軍元帥は、地獄の入り口(死の聖域)にて、静かに宣誓を上げた。


「――ラザード王の暗殺と、アコード王国の制圧を決行する」


第一部第三章、完結。

読んでくださり、ありがとうございました!


次回、第一部 第四章(最終章)へと入ります。

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