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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部三章 錬金術師のクラフトライフ ルマーノの町の日常編
48/214

幕間後編 カプサイシン狂騒曲

激辛ロシアンルーレットの後編。気楽に書いたものです。

 最初は味を感じなかった。だが、シュークリームを食べたときの、甘い風味や頬が落ちるようなとろける甘味かんみが感じられなかった以上、嫌な予感は的中した。


「ぶごぁ!? かっら! カラァ!」

 後からくる辛味――からの痛み。舌をあぶりながら電極で電気を流すかの如く、ビリビリくる激痛。クリームがやけにねばっこく、激辛がより一層舌に絡みつき、液でとろうにもすぐには取れない。

 赤黒く光る、熱した鉄の溶融ようゆう液を食べてるような。今にも口が炭化し、火を吹き出しそうだ。否、それどころではない。口腔こうくうが溶け、のどやあごがそのまま全部溶け落ちていきそうな痛みだ。


(よりにもよって俺がハズレかよ! ……ヘッ、俺らしいや)

「って思ってる場合じゃねぇ! シャレになってねぇぞコレぇ!」

「すごいよ今のメル君! ヘッドバンキング激しすぎてトンカチよりも強そうだよ!」

「意味わかんねぇ!」


 ルミアの嬉しそうな興奮に対してそう流し、舌を2枚の鉄板で挟まれ焼かれるような感覚を一秒でも早く冷ましたい一心だった。首を絞められた鶏の可哀想な声を体現したような、デスボイスのシャウトが悶絶のあまり喉から出される。

「おお、いてるねぇ」とジェイクはドSさながらの黒い笑みをし、エリシアとフェミルは震えながら表情と姿勢が固まっている。予想以上の被害者の反応に、声にも出ないようだ。


「み、水っ!」

「はい」

 仕事が早い。すぐにグラスに入ったいっぱいの冷たそうな水を手渡す。しかし冷水では逆効果だとわかっていても、人は辛いものに対して冷たいものを求めてしまうのがさがである。


「あがっ、ああ、ありがとう――って騙されねぇぞ俺は! 水に激辛入ってるパターンだろ!」

 ツッコミの勢いがあった割には、グラスを叩き割ることなく、カンッ、とテーブルの上に置いた。手についた水の水滴が"組成鑑定"され、案の定水に溶けていないカプサイシンが微量ながら含まれていた。

「えっ、よくわかったね。それも能力?」

「相場じゃお決まりなんだよってか普通の水プリズッ! いやおまえ怖いし自分で行くわ!」


 食料棚に駆け込み、真っ先に今朝ユウからもらった牛乳を飲む。その場で飲まずに残しておいてよかった。

 口では水と言っていたが、パニックだった本人は牛乳を水と言い間違えていたことに気づいていない。それだけ余裕がなかったのだろう。

 牛乳でそれなりに辛味は取れたが、まだ消え去ったわけではない。肺も蒸せかえり、もはや麻痺している。


「……っ!? ごほっ」

 メルストを心配しつつも、ハズレはないとわかったためか、何の警戒もなく食べたエリシア――だが、唐突にき込みはじめ、青ざめてはどこかへ走っていく。

(大賢者がトイレに駆け込みやがった! もう分かりやすいかどうか以前の問題だろこれ!)

 辛いものが得意とは一体何だったのか。否、激辛好きでもあの有様である以上、激辛ではなく劇物を食べさせられたのではないか? と思い始める。

 だが、ここでひとつの疑問がメルストに浮かび上がった。


「いや、ちょっと待て……ぅごほっ、エリシアさんもって……どういうことだよ」

 ふふふ、と大人の女性のような艶めかしい笑い声。声色を変え、腕を組んだルミアは壁に背中を預けている。

「やっと気づいたようね。あなたたちがとんだ勘違いをしていることに」

「何……だと……!?」


「――逆に訊こう。一体いつから、ハズレがひとつだけだと錯覚していた?」

 稲妻が走る。察したメルストは熱い顔を青ざめていった。

「っ!? ば、バカな……がはっ、そんなタブーが赦されるはずが――ッ! てことはまさか!」


 咄嗟にフェミルを見た。

「……ぁ」

 表面だけかじったが、小声を漏らし、ナチュラルに口から出してゴミ箱に捨てたハイエルフ。数歩、そして風に吹かれた棒のようにパタリと転倒。


「フェミルゥゥゥ――――ッ!」

(万一を考えて表面のシューだけ食べることで最低限の被害で済もうと思ったけどみっちりクリーム詰まってたから結局食べちゃった系か今の! でも俺らよりかは賢明な……いや懸命な判断だったか。おまえの死は忘れねぇぞ、フェミル……!)


     *


 なんとかピークを過ぎ、だが燃え尽きたようにぐったりしている一同。否、ルミアとジェイクだけは普通だ。

「やべぇ、これマジでやべぇ……ぅげほっ、息できねぇ」

 口内が灼熱地帯と化し、身体が危険を察して麻痺状態になっているにもかかわらず、全身が燃えるように熱い。噴き出すアドレナリンをもってしても、この口や胃の中の激痛を誤魔化すことはできないようだ。

 辛い以上に痛いという感覚すらも越えた何かを味わった瞬間だった。鼻がもげそうだ。目まで痛くなってきている。涙が出る上にじんじんする。

 やっぱり辛いものは適度な辛さで食べるのが一番いいと痛に思うメルストであった。


(てかフェミル、冷静な顔して咀嚼そしゃくする前に吐き出したのになんでソファで死んでるの。どこのハツカネズミだよ。精霊族ってそこまで繊細な生き物なの?)

 声をかけようとしたが、しかばねのように返事はないだろう。そっとしておいた。


「ちなみに全部に激辛入ってるにゃ」

「運もクソもねぇ!」

「ウンなだけに?」

「やかましいわ! てことはジェイク平気だったってことかよ。言えよ」

「言うほどの辛さじゃねぇだろ。おまえら弱すぎっぞ」

 そう言いつつニヤニヤしている。ダマしていたにしても、あの辛さを前に顔に出さなかったのはなかなかの実力者であることをメルストは呆れながら感心する。


(さすが人間を辞めた人間。舌までぶっ壊れてたか)

「くそ、はかったなテメェ。てかルミアも平気な人か」

 町の人の風評通り、このふたりは人を越えている。他の人とは違う何かの片鱗を見た気がした、と思っていたときだ。


「ふっ、実はですね……じゃん! すり替えておいたのさ!」

 手のひらに出された、辛いであろうシュークリームがころんと乗っている。

 ニッヒヒと得意げに笑った彼女に、メルストとジェイクは真顔でそれを見つめた。少しばかり会話が止まったのは、ルミアの中では気のせいにされた。

 ここで意外にも、ジェイクの感心した声が出てくる。


「……へぇ、手品みたいですげーな。全く気付かなかったぜ」

「ふっ、あたりきしゃりきのこんこんちきよ。あたしを誰だと思って?」

(あ、あたりき、えっ? 何て言ったのこの娘。いまの何語?)

「まぁそれはいいんだけどよ、歯になんか挟まってるぞ」

 そう自分の口元に指を当てる動作をして教えた。

「え、やだ、シュー挟まってた?」

 と、ルミアは口を開けて指でとろうとしたときだ。


 それが嘘だと気づいたときにはもう遅い。目にもとまらぬ速さで、手に乗っていたシュークリームをジェイクは奪う。それをルミアの半ば開いた口の中へ指ごと無理矢理入れた。

 口の中でシューを潰し、人差し指と中指でルミアの舌や頬の裏に激辛クリームを塗りたくる。

「ぎゃああああ! なんで!? ジェイクなんで!?」

「テメェだけ逃げてるの腹立った」

(なんか……いやらしいな)


 ぬちゃ、と艶めかしい音と共に唾液とクリーム塗れの指を抜く。悶絶し続けるルミアに、ジェイクは清々したようだ。ざまぁねぇぜ、とゲスい笑みを浮かべて。

 床に屈んで喉を震わすルミアの悲鳴は、その喉が裂けるまでどこまでも衰えることはない。

 ――はずだった。


「ほばぁああああああ――ふふっ、なぁーんちゃって」

「何!?」

 まるで効果がない。どういうことだとふたりは汗を滲ませる。含み笑ったルミアは、手首で濡れた口元を拭い、またもポーズを取りながら説明を始めた。


「知らざあ言って聞かせやしょう! なんだかんだ空気の流れ的にとか無理矢理にだとかの想定を考えて、あらかじめ牛乳を胃腸に充填フィーリング、次いでお酢を口内に塗っておいて舌と喉のコーティング完了コンプリート! そして先程食べたシュークリームの、甘ったるいクリーミーなクリームによって二重の構え! 猛竜の群(鬼に金棒と同義)たぁ、あ、まさにこのことよぉ!」

 カカン! と背後で硬質な大鼓おおつづみ打音だおんが甲高く鳴り、歌舞伎よろしく見得(ポーズだけ)を切った。


「なんてつまんねぇぐらい用意周到な女だ」

(くっ、さすが首謀者。酢と乳成分で辛さ対策してやがった)

 さらに食した後のアフターケアまで考慮している。己のケツの穴まで気をまわした、抜かりの無い女だ。


「というかお酢を塗ったって、どうやってだよ」

「錬金工房からコーティング剤の原料お借りして加工した。イェイ☆」

「だーから俺の試作棚とこから勝手に盗むなって」


 前世の知識を忘れないため、そしてチート能力の発揮練習のため。常日頃から化合物の生成に勤しんでいるメルストは、創成した目的物のほとんどを錬金術用の薬品保管庫にしまっている。

 当然、鍵も閉めているのだが、ルミアに薬品を半永久的に拝借されることが多々あるのが最近の悩み。構築能力で自分以外開けれないように密閉する試みがあるも、彼女の神業ともいえる溶接・切削テクで簡単にこじ開けられたこともある。

 さらにはコーティング剤を作り上げる知識と技量を持ち合わせる。彼女の多才っぷりはある意味怪物だ。


「なにを戯言たわごとを。盗まれる方が悪いのよ!」

(盗っ人至上主義発言ーー!)

「ああ、それは俺も同意見だ」

「おまえら最悪か!」

「ただ存在するだけの価値しかなかったものをあたしの手で活かされるんだから、むしろ感謝してほしいくらいさね」

「こ、このっ、自己中心性エゴセントリズムの塊め……っ!」


 込み上がるツッコミ意欲といきどおりをしずめ、代わりに熱い息を吐く。わった目。白衣のポケットに手を入れ、無気力そうな目になるその姿勢は、まるでライトノベルの主人公だ。

「ふぅ……やれやれだな。そこまで言うならこっちにも考えがある。なぁ、機工師ルミア……こんな劇物を取り扱ってるのに、保護眼鏡はしなくてよかったのか?」

「……っ?」


 分子量は約305――まずは"バニリルアミン"と"脂肪酸"を設計イメージ

 プラズマ飛び散る左手に"炭素カーボン"を創成。大気中の"水素ヒドロゲン"と結合させる。

 同じく右手に"酸素オキシゲン"を創成。大気中の"窒素ニトロゲン"と結合させる。

 そして両手を合わせ、ふたつの化合物を一つへと無理矢理組み換える。合成過程の複法則は無限に産生できるエネルギーにより無視した。


「"化学師ケミカルの全書録(・アブストラクト)――404-86-4"カプサイシン"を構築化インカーネーション"!」

 本人もノリは良いようだ。言わなくても問題ないが、あえて技をつぶやくように詠唱している。

 後ろへと回した手にまとい浮き出てきた無色の結晶。だが、それを油状の液体(バルサム)に近い流動体へと変化させ、そのままルミアのふところへと踏み込んだ。フェミルの瞬速には遠く及ばないが、相手が不意を突かれるほどの移動速度。一瞬の隙を作るには十分な速さだ。

(収率75%に調製……っ)


「――"辛辛カプシカム・暗黒斬サミングキル"!!」


 剣のように手刀を払い、真空波ならぬカプサイシンの混合液体は斬撃のように空を横に斬られた。パシャッ、とルミアの両目にそれはかかった。

 風が波紋を描く。必殺の一刀両断を繰り出し、ルミアの背後に立つメルスト。空にきらめくしずくは床へと音を立てて落ちる。

 静まり返る一瞬の間。そして、膝をつき、断末魔を上げたのはルミアだった。


「んぎゃああぁああぁあぁあああぁああっぁああああああ!!! 目っ、目がァアアアアアッ!!!」

 両眼を両手で押さえ、吼えるように天井へと悲鳴をぶつけたが、女性の叫び声ではない。それどころか人の悲鳴なのかも定かではない、言うなれば奈落から甲高い雄たけびを上げる魔物のようだ。

「さすがに角膜まではフィルタリングをしていなかったようだな! 危険予知訓練(KYT)が足りないんじゃないか?」

「よし、グッジョブだ」

 爽やかにグッドサインを突き出すジェイクの向かいで「デュグヴォオオォオォオオオオオォ!!」と炎をまき散らす邪竜のように咆哮を上げ、床をゴロゴロとのたうち回っている。


「思い出せればカプサイシンぐらいの構造物は創成つくれるんだよ。これに懲りて、少しは反省してくれよ」

「目がッ! 目がガブザイ゛ジン゛ン゛ン゛ン゛!!!」

 メルストの声が届いているはずもなく、彼女は周囲の音や状況も把握できないままだろう。眼球に流し込まれた灼熱は相当のものだ。熱して溶かした鉛でも……否、経験していない限り、誰にも想像もつかない痛さであった。

 しかし、なんだかんだ悪気はあったのか、メルストはコットンと種油でルミアの目の痛みを辛うじて引かせる。本で読んだ程度の知識だが、この世界の薬草を調合させて目に効く薬を布に染み込ませ、それなりの応急処置を施した。


 それから10分後。さきほどからルミアがずっと「メル君に(目を)犯された。さすがに乱暴だよさすがに」と誤解を招くような言葉をぐちぐち言いながら、フェミルの向かいのソファに寝そべっている。そんなときに、トイレのドアがゆっくりと開いた。

「エリシアさん、大丈夫?」

 げっそり、とはいわずとも元気がなさそうな表情。顔が赤いのは羞恥によるものか、それとも辛さで火照っているのか。定かではないが若干涙目だ。


「いえ……これは喉に詰まって蒸せただけであって決して辛いあまり吐いたわけでは」

「もう認めろよ」とジェイク。

「先生、紛らわす程度でもとりあえず甘いもの……あ、ハチミツ食べるかい?」

「それニスだろ殺す気か」


 薬布をバンダナのように巻いては目に当てつつ、取り出してきたのは塗装臭漂う丸い缶。そんな小さな体のどこから出てくるんだ、とここのところ疑問に感じているメルストはツッコミを入れる。

「知らないよ、あたしメル君に目を犯されたんだし、今持ってるもの何なのかわからないもん」

「グロさ際立つマニアックなプレイを感じさせる言い方はやめてくれないかな」

「でもね、これでひとつ確信したことがあるの。……あたし、今もちゃんと生きてるんだなって」

「そうっすか」


「ま、ひさしぶりにコイツのおもしれぇ姿を見れてよかったぜ。テメェもなかなかやるじゃねぇか」

 日頃いたずらの的にされ続けているジェイクにすれば、ざまあねぇぜと気分が良いようだ。フレンドリーに肩を組んでくるが、メルストは気乗りしない。

「まぁ、やりすぎた気はするけど……」

「なんでこんなの作ったの?」

 ジッとフェミルがソファ越しで睨んでいるようにも見える。ルミアではなく、メルストに。どうやら悪の組織の行動ではなく、組織が悪用する物を作り上げた悪の科学者を恨む派のようだ。

 しかしこの中で最も摂取量が少ないのはフェミルだ。一番被害が少ないはずだが、とメルストは内心「あれー」と疑問に思いつつも答える。


「そもそも頼まれたから抽出したようなもんだけど……まぁ本来は料理のスパイスに使われるよな。エリシアさんみたいな辛いもの好きにはなくてはならない成分だけど」

「いえ、あれはさすがにすさまじいです、メルストさんの」

「まぁ、料理の辛味もここまでくれば危険物だからね。というか俺は作ってないからね」

「なんであれ、これが肌や目にかかってしまったらただでは済みませんね」とルミアの方をちらりと見つめる。


 辛味はいわば痛み。毒をたしなんでいるようなものとみれば酒と違わない。どちらかというと甘党であるメルストにとっては、理解しようにも理解しがたいことだが、まぁ味においても刺激は必要かと自分の中で納得していた。


 エリシアのその一言で、はたと何かをひらめいたメルスト。なにも辛味だけではないことを思い出した彼は、あえてみんなに問いかけた。

「……催涙さいるいスプレーって知ってる?」


 そんなわけで、メルストのカプサイシンとルミアのスプレー缶を用いた催涙銃が後日開発された。

 種類は霧状フォッガータイプと泡状フォームタイプ、水鉄砲ストレートタイプの3つ。盗賊用や魔物の鎮圧用としてまずはミノの雑貨店に並べられた。治安悪いこの時代には重宝されるだろうが、メルストの中ではルミアのいたずらの幅が広がったことが印象強く残っている。


 また、ネズミなど畑を喰らう小動物や虫よけの散布剤としても使われ、薬師のメディには痛みを軽減する薬の材料として持ち掛けては、薬用クリームや温湿布を共同して開発した。

 最近では身体の芯から温まる入浴剤として利用しようと研究する取り組みが行われているが、それはまた後の話。


「……ん? なにやら荒事が済んだ後みたいだな。ルミアも元気がないようにみえるのは珍しい」

 時は戻り、カプサイシンを使った催涙スプレーを提案していたメルストのところに、帰宅したロダンが顔を出す。

「お、おかえりなさいませ……」

 辛味の痛みはまだ続いている。今日一晩ずっと口や胃腸が痛み続けることだろう。


「クソッタレ、呑気な顔しやがって……」ジェイクは不満そうに舌打ちをした。

「ああ、団長、それはっすね――」

「団長! あたしみんなのためにシュークリーム作ったんだよ! あと一個しかないけど食べてみて!」

(ちっとも懲りてねぇぇぇ!)

 薬布を取ったルミアはぬけぬけとなにごともなかったようなポーカーフェイスで、元気いっぱいにロダンの前に激辛シュークリームを振舞う。とんだ役者だ。

 何も知らないロダンは、強面を緩め、優しい表情になる。


「お、ルミアが作ったのか。ありがとう、いただくよ」

「ちょっ、待って! 団長ダメだやべぇ!」

「ああ~っ、食べちゃいました……」

「クソ団長の苦しむ様か、こいつぁ見物だぜ」

「……どうなるんだろ」

 誰もがロダンの反応を伺う。対してロダンは、みんなしてどうしたのだろうかといわんばかりの表情だ。

 だが、その理由も、全員が気になる結果も、すぐにわかる。

 悶え苦しむ声もなければ、絶叫もない。ただ静かに、ロダンは口にした劇物を喉に通した。


「…………ルミア」

「あ、はい」

 本人も怒られると思ったのか、ぴんと背すじを伸ばし、気をつけの姿勢を取った。次は何が来るか。否、怒号以外思いつかない。誰もがそう思った。

 ルミアの前に、ロダンの大きな手がのびる。なるほど鉄拳制裁か、と思いきや、拳を作ることなく金髪の小さな頭をやさしく撫でたのだ。


「美味かったぞ。はは、機械どころかお菓子作りも得意とは、やっぱり才能あるなぁ」

「……え?」

 ルミア自身も想定外の事態に思考が回らなかった。何が起きたのかわからない顔のまま小動物のように撫でられ続ける。

「また今度作ってくれるとうれしいものだ。さぁて、湯を浴びてくるか」

 上機嫌な顔でその場を去る。パタン、とリビング沿いの湯浴み場のドアがやさしげに閉じられた。全員が「?」を浮かべ、ドア越しにいるロダンを見たのだった。


「ど、どういうこと?」

「ロダンさん……私以上に辛いもの好きだったのですね」

「いや違うと思うぞ」

「一個だけアタリ、とか……?」

「けど全部激辛だったはず」

「チッ、つまんねぇな」

「団長が、いちばんわかりにくい……」

 それから数秒もしないうちに慌ただしい物音が聞こえた。よかった、ちゃんと団長も人間だ、とメルストはそこで安堵したのだった。

 全員の舌とルミアの目が治った頃、この激辛ロシアンルーレットがバルクの酒場でしばらく流行ったようで、宴を盛り上がるにはちょうどいい小道具だったという。言わずもがなその間、メルストは一度も酒場に足を運ばなかった。


次回

エリシア「生き物の目にはガラスが入ってるんですよね。虫メガネと同じレンズが目の中にあると聞いたことがあります」

メルスト「ああ、硝子体と水晶体ね。なんか一緒くたになってるけど、どれもタンパク質からできてるよ。硝子体はⅡ型コラーゲン、水晶体はαからγクリスタリンで大体できてる」

エリシア「ガラスではないのですか?」

メルスト「ガラスっぽい組織だね。エリシアさんが見てきているコップや窓のガラスは二酸化ケイ素とかの無機材料からできてる」

エリシア「なるほど、そうだったんですね。よかったぁ、目を叩いたら目が割れるとルミアから聞いてゾッとしたのですが、それを聞いて安心しました!」

メルスト「まず目を叩かれるなんてことあるのかな」

エリシア「さきほどそう言われて瞼の上からコンコンと叩かれました」

メルスト「どっちにしろ防ごうよ!」


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