幕間前編 激辛ロシアンルーレット
第二回番外編。ただの茶番回です。
エリシア・クレイシスが馬鹿正直で単純で、おまけに隠し事ができないことは、十字団の誰もがわかっていることだった。それどころか、ルマーノの町の人でもわかり切ったこと。
故に、彼女は大賢者であることを除いてでも信頼できるのだそうだが、本人はそこまで凄まじいことだとは自覚していないようであり、これには少し困った……ことでもないのだが、秘密裏を守る面で見れば、少々問題でもあったようだ。あまりにも顏や態度に出てしまうのだ。
メルストが見てきたことからまとめるに、誰かが流したような明らかデマな噂をすぐに信じ込んだり、ルミアに秘密だと言われたことを貫き通せなかったり、メルストが暇つぶしに作ってたクッキーベーグルをつまみ食いしてしまったこともすぐにバレたりと、エピソードは絶えない。自己啓発本一冊書けるほどだ。
「~♪ あっ、メルストさん! すごいですよ、錬金術師のマル・スプリング氏が若返りの薬を開発したそうです! ほら、このメルストさん向けの記事!」
駅逓局(郵便屋)所属のユウから毎朝届けられている朝刊を、機嫌よさそうに読書用メガネで目を通していたかと思えば、唐突なことを言い出した。
一方でメルストはダイニングテーブルの向かいで、エリシア著の魔導書の読解に苦戦している。ぐったりしているあたり、さっぱりわからないようだ。
「俺向けって言われてもな」
いかにも胡散臭いな、と読む前から疑っていた彼だが、まぁここは異世界だしありえないわけでもないと考え、とりあえず記事に目を通してみる。
「……んん?」
(子犬の"種液"と植物の種子油を使った……静脈内注射っておまえ……)
老人であれ若者と同じ精力を取り戻せる、生命の霊薬をついに実現……という記事。種液、いわば精液を用いた薬である。
ははぁ、錬金術らしいよ、とメルストは死んだ目で内心苦笑する。
「ご存知でしょうか、生き物の"種液"って様々な効力があるんですよ。命を生み出す種にして生命の源ですから、"若き力"が宿っていると古来から云われているんです。滋養だったり、活力を与えたり、美容にも効果があったり! 私も魔法薬の材料として活用してますけど、やっと若返り薬としての効果が証明されたんですね!」
拝むように両手を握り、美しく輝いた表情で下心なく精子を語る王女の姿は、見ていてなんともいえない気持ちになる。とはいえ、前世の歴史と同じように扱われているのは関心が持てたメルスト。だが、やはり間違っていることは否めない。
「ああ……うん、そうだね。栄養素だけ見ればいろいろ健康的だもんね。まぁ摂取すれば肌に良いとか、鬱病改善とか、女性ホルモン増えるとか(聞いたこと)あるもんね……その体液のおかげとは断言できないけど」
ぶつぶつと目を逸らして誤魔化すように肯定する。なんとなく恥じらいで顔が赤い。
(蒸留とかで濾したとはいえ血液に直接って……まぁ死にはしないけど、よくやろうと思ったな)
狂気の沙汰であるが、それが科学の礎の本当の顔なんだよな、と彼は思う。
そして実際に病気が治り、筋力も毛髪も数年前の状態へ戻ったというスプリング氏本人談。実際会ってみないと何とも言えないが、この事実にうれしく思うエリシアに、メルストはばつが悪そうな顔をする。これが魔法作用でないとすれば、メルストの中で考えられることは一つ。
「あの、エリシアさん……こんなこと言って申し訳ないんだけど、これ、たぶんあれだよ。プラシーボ効果」
「ぷらしーぼ……?」
知らないようだ。きょとんとしている。
「プラス思考の思い込みが体に影響する心理的効果。こうしたからこうなるに違いない! って思ったらマジでその通りになるやつ」
何の効力もない薬を万能薬と偽って病人に飲ませたら、本当に病気が治る事例がその効果の一つ。逆に良薬なのに聞くわけがないと思ったら本当に効かないこともある。そのことを教えると、エリシアは目を丸くした。
「この世界の医学や占いも本で読んでた限り、半分近くはその思い込みによるものだったよ。まぁ魔法学で多少リカバリーされてるけど」
「…………ぇ」
ひとりの偉業と、ひとりの感動をぶち壊した瞬間である。エリシアの頓狂な目に無念さが込み上げてきたが、ここは歯を食いしばって堪えた。
占星術、錬金術、魔法など、現代医療を知るメルストにしてみればいい加減な医学だと思っていたが、規準は過去の地球ではなく未知の物理則や物質やが蔓延る異世界。
魔法学など、理解していないものや法則性を把握しきれていない以上、まだこちらの知識を共有させるのは早いと彼は考えていた。特に医薬系はデリケートであることもその理由の一つだ。
「その点、エリシアさんのやっていることは、おおかた理にかなってるし、やっぱりちゃんと考えてんだなーって感心してたけど……」
根本的には分かっていなかったようだ。冷や汗を流し、潤いのある柔肌が強張っている。
(これ知らなかった顏だ!)
「そ、そうですね。こここここは大賢者として、その、正しき知識と教養を身に着けるべきでしゅ、こほん、で、ですので」
妙に見栄っ張りである。メルストにはいいところを見せようとしているようだが、もはやバレバレな彼女に、指摘することさえ可哀想だと同情の目を向けてしまう。
「エリシアさんってあまりにもわかりやすいよね」
「――ッ!? ……そんなことないですよ?」
その顔がすでに分かりやすかった。蒼い髪をいじるように、サイド三つ編みしながら醸し出す図星の表情は、否定していても肯定と見受けられる。
エリシアの好みで淹れた、苦すぎるコーヒーを嫌な顔ひとつせず(我慢して)ちびちび飲んでいたメルストは、苦い笑みを向けた。コーヒーの苦さもあったためか、その苦笑はいつになく苦そうだった。
「いや、だって、この間のババ抜きもダウトもシャレにならないぐらい分かりやすかったし。みんなでやって最下位じゃなかったことなかったでしょ」
「うぐ、それは……そうですね、勝ったことないです」
やっと本人も認める。しゅんとした様子に申し訳なさが募ったが、そもそも分かりやすい以前に勝負事に弱い。女神に選ばれた大賢者だというのに、天に恵まれてないのは皮肉を越えて矛盾している。
「エリシアさんって騙すの苦手だもんね。正直っていうか素直っていうか」
そういうところもまた、かわいいというか。一番言いたかった言葉をメルストは飲みこんだ。
むぅ、と頬を膨らませたエリシアも対抗する。
「そういうメルストさんだってわかりやすいですよ。大体のことは顔に出ますし。とルミアが言ってました」
「……エリシアさん自身は俺のこと分かりやすいかどうかは分からなかったのか」
「言われるまで気が付きませんでした」
ちょっとした間が空く。ずず、と黒いコーヒーを一口。
「うん、まぁ、俺がわかりやすいってなら、ジェイクも相当分かりやすい方だぞ」
と、ちょうどキッチンで赤茶毛のツーブロック・ネープレスの頭だけを出した――食料棚を漁っているジェイクを呼びかけるようにメルストは言う。
酒瓶とつまみを持ち出しながら、ジェイクは「あ?」と立ち上がっては眉をひそめた。
「俺は関係ねぇだろ。テメェら愚直天然記念物コンビといっしょにすんじゃねェ」
「ひでぇ言われようだ」
「え、天然記念物って賞賛された言葉――」
「じゃないから!」
(もう手が付けられないレベルだよ今の発言!)
「やっぱり馬鹿賢者だな」とジェイクもあきれ顔。
ぐぬぬと泣きそうで悔しそうなエリシアの顔がジェイクに向けられている隙に、メルストはつまんだ指の間から砂糖を創成し、サラサラと入れた。やはり苦いものは苦いようだ。
「メル、私はわかりやすい……?」
いつの間にか横に座っていたフェミルがそう問いかける。若干コーヒーを拭きこぼしそうになったが、冷静を取り繕った。
一瞬だけ話の主旨を読めていなかった彼だが、すぐに理解した。
「え? ああ、分かりやすい方が勝ちとか、そういう勝負じゃないから」
「バカか、何においてもフェミルちゃんは一番だろ」とジェイクは当然と言わんばかりの顔。むしろ睨んでいる。
「話をややこしくしないでくれ」
「おお……なるほど」
「はいそこで納得しない」
「……(ふんす)」と、妙に勝ち誇ったような雰囲気を漂わせた。心なしか上から目線だ。
「いやなんでゲスに言われただけでそんな嬉しそうなの!? 一番って言葉に惑わされんなよ!」
「だって、いちばん……」と言いながら黄と緑の交えたさらさらした髪をつまみ、顔の前に持っていっては口元を隠した。そしてふい、と視線を下へと逸らす。
「あの、その謎のしぐさは嬉しい感情の現れ?」
「まずは褒め方だぜ童貞。その女が一番喜びそうなことを言ってやることから始まるんだよ」
そう言いながら、メルストのコーヒーを横取りし、飲み干すジェイク。激苦とはいえせっかくのエリシアがブレンドしてくれたコーヒー。だがこれ以上飲むのはつらかったので、飲んでくれて半分ありがたい、半分なにしてくれてんだと思っている。どう反応すればいいか迷っていた。
「うぇ、にっが……」とさすがのジェイクもマズそうな顔をしたのだった。
「では、誰が一番分かりやすいのか話し合いましょう! レッツ討議です!」
突然にエリシアは眼鏡をかけ直し、ぐぉぉっと立ち上がる。
「したところで何の得があるんすか」
「けど……どうやって準位、つけるの?」
「フェミルちゃんの言う通りだ。ただ話すだけじゃわかんねぇし、ゲームをするにしてもめんどくせェ。どうすりゃいいんだか」と腕を組んで悩む仕草。
「今日のジェイクがなんかノリいいんだけど何かあったの? 賭けでも勝った?」
「――そこの諸君、お困りのようね」
どこからか聞こえる、大人の女性めいた声色と息遣い。全員があたりを見回す。
「そ、その声は!」
バァァァン! と効果音が文字として出てきそうなほどの大きな音と共に、裏庭への出入り口ドアが勢いよく開かれる。
そこにスタイリッシュなポーズを決めたルミアが入ってきていた。金髪のポニーテールが揺らぎ、覆い被せた手の指の隙間から紫の瞳が見開かれる。
「話は――聞かせてもらったわ!」
(余計に困らせそうな人がカッコつけながら出てきたんだけどー!!)
バックオープン・ホルダータートルネックの黒い下地のシャツからさらけ出た細い腕を組み、しゃなりしゃなりとリビングへ歩み出した。
「――人は一度、気になりだしたら止まらない生き物」
「なんか語り出したぞ」
「特に物事の順位を決めるとすればさらにその衝動は止まらない。例えば、誰が最も足が速いのか、誰が一番早く結婚するのか、お金持ちになるとすれば誰が一番似合ってるか!」
(例えの発想が小学生レベル! クラスの文集でそういうランキングコーナー作ってたわ!)
「これが人間の好奇心たるもの! 嗚呼なんと恐ろしや!」
「おそろしや」と棒読みで復唱するフェミル。
悲劇のヒロインにでもなったかのように自身を抱き、くねらせるルミアの姿はさながらミュージカル劇場の登場人物のようだ。屈めた体をンバッ、と開き、両腕をみんなの前に大きく広げる。希望満ち溢れた顔だ。
「さてっ! これを実証したいにしても準備が要るし、そもそもこんなしょうもないことに時間を割きたくない!」
(一応しょうもないとは自覚してんのね)
「こういうこと、みなさんにもありますよね」
「現にいま、直撃してる」とフェミル。「いやないよ。というかどこ見て言ってんの」とメルストは壁の方へ話しかけているルミアへと返す。
にやり、と笑みを浮かべ――そこでルミアはあるものを出し、高々と天へ掲げた。切れの良いポーズと共に。
「ハイ! そこであたしに良いものが! パッパカパッパッパーッパッパー♪ ロシアンルーレット~!」
「で、出たー、いたずらの為に命かける奴ー!」
出してきたのはルミア自作の黒塗りされた拳銃。弾は一発しか入っていない。
(しかもひみつ道具出すノリで――確かああいうひみつ道具あった気がしないでもないけど、なにガチの方用意してきてんのこいつ!)
「それって、あれですよね……酒場でも時々見られる壮絶な運勝負」
「……わかりやすい話は?」とフェミルが正論を言う。それな、と言いたげなメルストであった。
「おまえってホント人が嫌がることするの好きだよな」
どの口が言うか。誰もがそれを思ったことだろう。ジェイクの言葉をとどめに、ルミアは一度ふてくされた顔をした。
「――と、クレームを受けましたので、今回はこんな命懸けなことはやめて、こっちの方のロシアンルーレットを開催しまーす」
(おいこのままじゃ的が外れたまま話進むぞ。誰かなんとかしろよ)
と願っても、思うだけでは伝わらない。ルミアのペースのまま、話は続く。
「みんな一度はこのお菓子、見たことはあるよね」
取り出したのは一つの金属製の箱。ふたを開け、包装紙を剥がし、堂々と中身を突き出すように見せつけた。
「そっ、それは!?」
「まさか――ッ」
「チャッチャラー! ライト版ロシアンルーレット~!(裏声)」
(バラエティで見たことある奴ーッ!)
6つ詰められた、いい焼き色のシュークリーム。見るからにふわふわで、香ばしいにおいが漂い始める。
はわ~、と何も知らずに目を輝かせているエリシアに、ため息を吐くジェイク。メルストは前世での経験もあってか、思わず息をのんだ。
「おまえ好きだよなぁ、こんなくだらねぇことすんの。ったく、めんどくせェ」とジェイク。
「ふふふー、誰がわかりやすいかって話題を出したからだよ、こんなめんどくさいことになったのは」
「いやめんどくさいのはお前の思考回路だ」
「さて」
(無視しやがった)
メルストのツッコミを見事なまでにスルーしたルミアは、ハイテンションで大ぶりにゲームの説明を始める。
「今回の為に高額はたいて用意しました、この甘くてクリーミーな貴族大人気のシュークリームの中には、なんとなんと、確率的にあの"舌殺し"の異名で有名な赤い実"レッド・ハバネックス"と同じ成分が濃縮された、特製クリームが入ってるものがありまーす」
「つまり激辛……!」
「珍しくフェミルが反応したな。いや待て、その辛いやつってまさか……!」
ザッツライト。そういわんばかりに指を軽やかに鳴らした。
「そう! メル君がこの間抽出してくれた液体激辛成分、その名も! メル君命名"カプサイシン"! ――に加え、バルク店長から借りたマスタードや香辛料を大量に調合したのだーっ!」
(この人どこまで本気だー!)
しかもカプサイシンどころかマスタード成分の"アリルイソチオシアネート"やスパイス成分の"ピペリン"までぶっこみやがったよ! とメルストは言葉にならない絶句を遂げている。
「なに共犯してんだよゲス野郎」
「ゲスの極みにだけは言われたかねぇ! 違うんだって、俺はエリシアさんに頼まれたから、てっきり魔法薬の材料に使うのかと――エリシアさん、まさか」
ギギギ、と油が切れた機械のように首をエリシアの方へ動かす。気まずそうな彼女は視線を定めずに瞬きを4度行った。
「あの、ルミアに必要なものだからと頼まれましたので」
「なにこの回りくどい感じに手のひらの上で転がされた感。てか疑えよ少しは! あのルミアだぞ!」
「すっ、すみません!」
「いやぁそれほどでもないさーにゃははは」
「褒めてねぇ! あとフェミルの視線が痛い。悪かったって、俺が悪かったって」
「私なにもいってない」
「オーラが物語ってる」
警戒なのか、いつの間にか風魔法を展開しているフェミル。まさに臨戦態勢である。
「フェミルちゃん、こんなジャンキー女に付き合うことはないぜ? 嫌なら断っても――目がマジで嫌そうじゃねーか。大丈夫か」
「余計な……お世話。みんなやるのに……仲間外れには、なりたくない」
戦意溢れる鋭い金の瞳に、今までにない重々しい声。そこには貫徹した意志が含まれていた。
(あれだ、赤信号みんなで渡ってたら這いずってでもいっしょに渡るタイプだこの娘)
「それに、どれだけすごいか……気になる、かも、しれない、たぶん、きっと」
「後で絶対後悔するパターンが見え見えなんですが」
「女に無茶は禁物だぜ、フェミルちゃん」
おいおい、と心配の声をかける。だが、それを断ち切るように、槍を手の内で回転させながら召喚させ、ダンッ、と床についた。出現したヘルムをくいっ、と深くかぶる。
無意識的に静粛を悟らせ、ハイエルフ騎士ならではの威厳を風格で語った。
「――私は誇り高きハイエルフの騎士。辛さに屈することは……ない」
「わざとフラグ立てにいってるよね? 狙ってるよねそれ」
転生者の目から見れば完全なる死亡フラグである。フラグを回収されるのはもはや時間の問題だ。
「つーか」と言いながら、シュークリームをひとつもって、調べるようにジェイクは見る。
「……どうせならよ、小さいマフィンとかに入れりゃあ中身とか臭いとか分かりづらいんじゃねぇの?」
「急にどうしたジェイク。ゲス同士で意気投合してんじゃねぇぞ」
ふふふ、とルミアの声色が変わる。何の真似をしているのか地球転生者ぐらいしか心当たりはないが、なんとも力が抜けるような、ゆっくりとしたダミ声だった。
「ジェイ太くん、君は実にバカだなぁ(ダミ声)」
「誰だよ」
(というかなんでご存知なんだよ)
「シューじゃないとたくさん入らないんだよ(ダミ声)」
「あ、そっか」
「軽く納得したぞこいつ! マジでどうしたジェイ太くん!」
*
話も落ち着き、全員がルールを把握したところで、ルミアから話を切り出した。
「ではね、じゃんけんで取る順番決めて、一斉にみんなで食べる感じで」
「これ食うわ」
「一斉に食べるって言ったよね!?」
構わずジェイクは適当に一個のシュークリームをひょいと食べる。なんの躊躇もなく行動する様は男らしい以外の何物でもない。
「……」
しかし何も反応がない。動じていないのか、固まっているのか。全員ジェイクの顔を覗き込む。
「ジェイク? 大丈夫ですか?」
「何がだよ。普通だろ」
平然とした顔にルミアは拍子抜け。肩を落とし、「あーまさか外れだったか」となぜか残念そうな顔をする。
「あれま」とフェミル。
「なんてこった、希望の光がひとつ絶たれてしまった。ジェイクのせいで」
「うるせぇな。俺ぁ運はある方だぜ? 賭博キャリアなめんじゃねェぞ」
「なんだよ賭博キャリアって。ただの通だろうが」
フェミルはじーっとシュークリームの箱を見つめている。まるで強大な敵でも対峙しているかのような雰囲気だ。
「あと5つ……なんで6つも作ったの?」
「ロダン団長の分も兼ねて」
「ご老体は労わってやれよ」
「いや、定年までまだ数年あるし」
「そういう問題じゃねぇ」
「突然ですが!」といきなりズビシッ、と挙手するエリシア。
「こう見えても私、辛いのは大の得意なんです。だからどれだけすごく辛くてもへっちゃらなんです!」
「って自慢げに言ったところ悪いけど、それを考慮した上で激辛に激辛を極めたものだから、エリちゃん先生も肝に銘じて食べてね。そのメル君の作ったカプサイシンって奴、改良を重ねてもはや兵器に匹敵するから。想像以上にすごいから」
「一応自分で試してるのか……」
夜な夜な工房で、一人悶絶しながら激辛物質を口にしているルミアの図が思い浮かばれる。いたずらっ娘の愛称も伊達ではない。
「プロだからね。あと客観的に効果あるか実証するために、怠け者のミノ君にもお菓子と偽って食べさせてみた結果、絶叫しながら奔走したあと、灰みたいに肌白くなって倒れちゃったよ」
――悪ぃなルミアちゃん……俺ぁ燃えたよ……まっ白に……燃えつきちまった……。
――あ、兄貴ィ―――――ッ!!!
「いや『兄貴ィーッ!』じゃねぇよ! なに他人巻き込んでんだよ!」
「まぁ与太話はここまでにしといて。もう順番とかいいし、みんな適当に取って食べてみて」
そういわれ、テーブル上のシュークリームに全員が手を伸ばす。もちろん、ルミアもだ。
見た限りでは何の変哲もない洋菓子。メルストの"組成鑑定"を駆使すれば一目瞭然なんだろうが、もう手に取ってしまった以上、食べないという選択肢は許されない。
「い、いただきます……」
誰もがためらっている中、まずメルストが口に運んだ。
後半へ続く。(明日投稿予定)
【補足】※本編を読むにあたってあまり関係ないことです。
レッド・ハバネックス
異世界原産(アコードでも栽培可)の唐辛子の仲間。表面が沸騰したようにボコボコした大きなハバネロのような形状をしている。身は詰まっており、フルーティかつフレッシュな味だが、それを味わえるのは一瞬だけだろう。
カプサイシンの辛味物質含有割合を示すスコヴィル値(あくまで目安)は、定番の唐辛子が4000~5000SHUに対し、最高値1,000,000SHU――ハバネロのおよそ3倍ある。
唇に触れるだけでも悶絶もの。素手で触るのは厳禁。液等が目に入った場合、失明の恐れがあるので、直ちに食用油を染み込ませたコットンかティッシュで拭き取ろう。水は逆効果だよ。
余談だが、これよりも遥かに辛い唐辛子や食材がある(現実でもトリニダード・スコーピオンやキャロライナ・リーパーがそれに該当)。しかしルミアの財布と流通の都合で仕入れが不可だったため、この唐辛子をロシアンルーレットに使うことになった。




