3-6-5.団長ロダンの帰還/双黒の胤裔
一件は無事に終え、シャロルも元気になっていつも通りの生活を送るようになった。
あのあと、ホルムはちゃんと自分から、両親やシャロルの家族に謝り、からかっていた子どもたちとも今では仲良くいっしょに遊べる関係になったという。ある依頼帰りに、その楽しげな様子を、メルストはちらりと目にしていたのだ。そこにシャロルも混ざっており、特にホルムと仲が良い様子だった。
ギルドの方ではダンジョン法に改革がなされたようで、ケイビス・ダンジョンにあった子どもたちの秘密の入り口は直ちに塞がれたとかなんとか。
ジェイクの持ってきた大量の魔石と価値の高い魔物の素材は相当売れたようだが、ダンジョンの不法侵入や管理兵に暴行を加えたなどの罰により、何割か金額を免除された。しかし本人がそれに気づくのはまだまだ先のことであった。
それから数日後、十字団のポストにメルスト宛の手紙が届けられる。ホルムとシャロルからだった。ダンジョンの件のお礼が稚拙ながらも紙いっぱいに書かれており、そのお詫びと感謝の気持ちに、付属品がついていた。
ふたりで集めたのだろう、中には色別の金属貨幣がジャラリと入っており、合わせれば5000Cほど。そして、魔除けの鉱石が入ったお守り。じんときたメルストは、今度遊びに行こうと決意したのだった。
その反面、ひとりだけ納得がいっていない人がいた。ジェイクだ。
「なんでだよ! なんで俺じゃなくてテメェに来るんだよバッカじゃねぇの!?」
「あはははは! どーせ子ども相手に脅してたんでしょ。でも助けた本人にお礼来ないって、アンタ相当仁徳ないねー。ぷっぷぷー、ジェイク君ドンマイでーす!」
直接的にシャロルを救ったとはいえ、普段の評判を考えればお礼を言おうにも言えないだろう。それに、散々ホルムにひどいことをしている。笑いが収まりそうにないルミアは堪えることなく、ジェイクをいじり続ける。
「でも意外だよな。おまえなら、はした金だとかガラクタだとか言い放って投げ捨てそうなのに」
「あ? 一回殴られてぇか」
キッ、とメルストを睨みつける。ジェイクの様子に、エリシアは無意識ながらに察した。
「言われてみれば確かにそうですね。ちょっと欲しい気持ちはあったのですか?」
「馬鹿賢者まで抜かしてんじゃねぇよ。報酬は報酬だろうが。……はぁ、まぁよかったな、それで酒と飯一杯分は賄えるんじゃねーの?」
俺寝るわ。ソファから立ち上がり、部屋を後にしたジェイクの声はさびしそうにも聞こえた。
階段をあがり、上からパタン、とやさしく閉じるドアの音。全員が意外そうな目を天井へ向けていたところで、メルストが口を開く。
「あいつってなんだかんだ……」
「……ツンデレ」
フェミルがみんなの思っていたであろうことを言ってくれた。
「子どもにお礼貰えなくてスネてるとかおもしろすぎなんだけど! これからめっちゃいじってやろうっと」
ルミアは腹を抱え笑っているが、エリシアは両手で口を隠す動作をし、感無量という様子で涙目だ。
「エリシアさん、あの問題児そこまで人間捨ててないっすよ」
……いや、そうでもないか。と心の中で前言撤回したとき、エントランスのドアが開く。真っ先に反応したのがフェミルに対し、なんかフェミルんって犬みたいだね、とルミアは呟く。
「久しぶりだな、ここに戻ってきたのは」
ゆったりとしたローブを羽織る、銀混じる褪せた金色の口髭と顎鬚をたくわえた老人。しかし老境の域でありながらたくましささえ感じる強面に、一度会ったことがあるメルストは「あ」と声を出した。
「「「ロダン団長!!」」」
「おう、ただいま」
フェミル以外、彼の名前を呼び、ロダン・ハイルディンはシワを深めた笑顔で答える。筋骨隆々の肉体は、誰よりも風格が大きく見える。
「ロダンさん、遠路から遥々(はるばる)お疲れ様です」
「団長~っ! 帰ってくるのおそすぎだってー!」
「はは、ルミア君も相変わらずだな。エリシアも済まないな、俺のわがままに付き合わせてしまって」
「いえ、私の勝手な配慮でしたし、ロダンさんはお気になさらず」
ふたりの会話に「……なんの、こと?」とフェミルは首をかしげる。
「おお、フェミル君! あれから少しは"人間族"に慣れたか?」
「そ、そこそこ……」
まだ不慣れのようだが、前進はしている。そう読んだロダンは気さくに笑った。
「はっはっは、そりゃあ良かった。メルスト君も元気そうで何よりだ」
「ええ、まぁ。もしかして馬車とかで来たんですか?」
「エリシアの大転移魔法も便利なものだが、せっかくだから兵の騎竜に乗って来たんだ。空の旅に道中の寄り道は良いぞ~。若いころを思い出す」
(もう歳なのにバイタリティー溢れてんなぁ……)
感心半分、苦笑半分と表情を示したメルスト。懐かしそうな目でロダンは家の中を見眺める。
「ん? ジェイクはどうした?」
「こどもに嫌われて落ち込んでるなう」
そしてぶっ、と吹き出す。思い出し笑いをしたようだが、ルミアの一言に、ぽかんとしたロダンもまた大きく笑った。
「ぶわっはっはっはっは! そりゃあ落ち込むだろうな! 子どもたちに好かれないのは俺も苦しいよ」
「テメェ話を盛るんじゃねぇぞ!!」
天井から突き破って一階に落ちてきたジェイク。ドガン、と床までも凹ませ、木片をあたりに散らばせる。
「うわっ、出てきた!」
「えええちょっと! 家を壊さないでください!」
「……地獄耳」
誰もが普通に出てこいよ、と思っていた矢先、ルミアはさらに企みの笑みを浮かべる。
「あれれぇ~? 盛ってるってことは、根本的には間違ってないってことかにゃ~?」
ハッとしたジェイクは、歯をぎりぎり鳴らした。今にも地響きが起こり、燃え上がりそうな勢いだ。
「……っ、その減らず口ィ……下の口ごと塞いでやらぁ!」
「おおっとっとぉ、淫獣の言う事は恐ろしいですねぇ、Fuuu!」
いつになくテンションが高いルミアである。
「テメッ、今日こそ覚悟しろや!」
「おっといっけね、逃っげろー☆」
両手剣を豪快に振り回し、舌をペロッと出しているルミアを全力で追いかける。昨日修復したばかりの家具や壁も、簡単に壊されていく。
「あああっ、また家が壊れる……」とエリシアも涙目。そんな彼女を、真顔のフェミルはポンポンと肩を叩く。いつもどおりだから仕方がないと言わんばかりに。
「はっはっはっは! いつもどおりで安心したよ! はっはっはっは!」
またも大笑いするロダンに、楽観的すぎるよ、とメルストもため息をついた。ドタバタしている一階から逃げるように、手紙と金袋をもって二階の自室へと戻る。
あの子たちのところに遊びに行くとき、この貰ったお金で何かプレゼントを買っていこう。そう思っていた彼は、壁に掛けている鉄剣を見た。それは、小さな英雄が救うために手にした、勇敢なる象徴。そばの窓から吹く風が、カーテンを揺らす。
「勇気、ね」と呟いて、彼はふと微笑んだ。
*
アコード王国、王都。
民の誰もがその最大中枢都市を"王都"と呼ぶが、"アルファス"という正式なる名称がある。だが、この名を名付けたのは、数代も前にさかのぼる独裁暴君が制定した名である。支配の神、という意味だ。
ゆえに、戒めとしてこの名を呼ぶものはそういない。口にしてしまうものは、大方国外の者である。
「――ですが、アコードは敵意がなければ国外の者の入国も許しております。"彼"の入国も許容して良いのでは?」
大地に居座り、天高くそびえる樹のような王城の、ある一室。バルコニーにて晴れ渡った王都を一望する、元勇者にして現国王のラザード・クレイシス。近侍のカーターは彼の背後からそう言い、眼鏡に手を沿える。
「私の目で見た限り、とても彼には敵意があるとは思えません。それどころか、争いを拒み、血も苦痛も嫌がる臆病者にも見えます」
相変わらずの毒舌。それにひっかかることなく、ラザードは振り返り、重い声で述べた。
「だが、"あの大陸"から来たのだぞ。話してみれば気の優しい少年だが、どうも腑に落ちん。……あの瞳を見たか」
ラザードにしか、否、ロダンも感じ取っていた、あの少年――メルスト・ヘルメス――の内に宿る得体のしれない力。
だが、決して邪悪でもなければ、負の力でもない。それどころか、正の力でもない。火、水、風、土等、魔法特有の"属性"のいずれも微塵に感じられなかったのだ。
ただ純粋な"力"。それを全細胞で受容し、ラザードの中で共鳴していたと同時、その力は強欲にもラザードを飲み込もうとしていた。あまりのエネルギーに、自身のもつエネルギーが一体と化すところだった。
それはまるで無限に続く無。果てのない真の闇に吸い込まれそうな畏怖を、感じてしまったのだ。
このことをまず"軍王"ロダンに告げた。偶然か、ロダンも同じことを言い、互いに息をのんだ。最悪、王国の最高戦力である"聖騎士団"や"三雄"を凌ぎ、現勇者のリゼル・クレイシスと対等に渡れる存在だと。
そのときから数日経った頃か。三雄の一人にしてラザードの親しい盟友、"王国神殿府"の"教皇"シーザー・ベルトルトから、訪れてきたひとりの神官を通じて報告があった。
"時代が変わる"。教皇が最初に放った一言だ。
また、それに続き、死の大陸から命が芽吹くという言葉から、メルストのことを想像できたのは容易だった。
だが、耳を疑ったのは、そのあとの言葉だ。
※
「――この国が亡ぶだと!?」
「ええ、教祖様は確かに、このことを強く申されておりました……!」
メルスト・ヘルメスが王城に訪れてから数日後。教皇シーザーから遣われてきた神官が、重々しい表情で、確かにアコード王国が近い内、滅亡する可能性があると口にしたのだ。
「貴様、王に何て戯言を!」
「よせ、ハインライン」
衛兵軍軍隊長のハインラインは「しかし……」といいつつ、髭の濃い口を閉じた。玉座に腰を下ろす王は、深い息を吐く。
「あの死の大陸から何者かが復活する……その予言からだいぶ話の段階が飛んだが、その者がこの国を手にかける。そう……シーザーは言ったのか」
「教祖様ご自身も確証はないと申しておりましたが……この王都が戦火覆う不毛地帯と化し、そこに双黒者が佇んでいた未来を視たとしか、私には……」
聞いておりません。その言葉が噤まれる。
「……」
嫌な汗をにじませ、歯を食いしばる。数日前、メルストと直面した際の違和感は、そういうことだったのかと少し後悔した時。
「なにか対策は言っていなかったのか? シーザーのやつは」
その場にいたロダンは、口を挟む。教皇をそう呼べるのはこの場にいるラザードとロダンぐらいだ。他の者には恐れ多すぎる。
ないわけではない。しかし、神官自身、納得がいっていない表情だった。
「……この国がどう動くかで、その未来は免れられます。もう一度、己を見直すべきだ、と……」
「……どういうことだ?」
「申し訳ありません。私にもよく……」
ロダンは首をかしげる。ラザードは黙ったままだ。
国内にヒントがあるのか、それとも双黒の者が滅ぼしてしまう原因があるのか。ロダンは考えを巡らせるが、心当たりはまるでない。王国の危機と聴いて浮かべることは、帝國オルクの存在ぐらいだ。
ですが、と沈黙の中、神官は重い口を開いた。
「"双黒の胤裔"が運命を変える――この世界に革命を起こすことは確実だと、最後にお告げなされました」
「――ッ!」
その場の誰もが息をのんだ。あの少年が、世界を動かすのかと。
お気楽なロダンでさえも深刻な表情。ラザード王を一瞥したところで、王は気難しそうに喉を鳴らした。
「……なんにせよ、未来は定められた、というわけか」
※
つまりは近い将来、"双黒者"を中心に世界は大きく動くと、そう告げたのだ。その引き金が、アコード王国の崩壊。ますます、ラザードの懸念は溝を深めていくばかりである。
奴隷解放の件にて、素手で竜を屠った時点で、片鱗は見せている。想定外の実力と決定された未来を潜めていることに畏れた王は、最初、国外追放を考えていた。
まず懸念していた原因のひとつとして挙げられるのは、曰く彼の失っていた記憶。それが覚醒した時、彼の本性――最悪の仮説では、彼の正体がインセル収容所の重罪人であり、その血が目覚めるのではないかと考えた。娘のエリシアを救ってくれたとはいえ、そうなってしまっては元も子もない。
だが、ロダンは責任をもって引き受けると申した。外に出したとして、敵国である"魔族"――帝國オルクの手に渡ったらどうなるか。やはり放っておくわけにはいかない人間であることを悟った。
「なにか、見覚えでも?」
だが、それ以上にラザードの頭の片隅を掠めていた何か。それが、どうも腑に落ちなかった。まるで、前世にでも巡り会って、何かしらの強い因縁を深めていたかのような。
「漆黒の双眸……"双黒の血"を継ぐ種族は、ふたつしかいない」
話を外すように、ラザードは言う。それは、煩わしい頭の霞を振り払う行為ともいえる。
「山海大国の"リーベルト共和国"、それと、既に滅んでしまった"ヴィスペル大陸"の"万国"に住む二種の人族、ですか。時の流れを考えるならば、リーベルトの者であることが妥当でしょうが……あの大陸で生き延びたことも考えられます」
二種の人族。ひとつは、ある"鬼"の種族。
六大賢者のひとり"靇雨の大賢者"もこれと同じ血を継いでおり、純粋な力もさることながら、"双黒の胤裔"たる古代の力をその細胞の深奥に有している。
もうひとつの種族。こればかりは確固たる証拠も資料もない神話に等しい存在だが、かつて"万国"とも云われたヴィスペルだからこその、複混血種が大昔に存在していた。
あらゆる種族や人種が何不自由なく、平等に、秩序保って暮らしていた理想郷。そう云われた文明は、血の混沌も拒まなかったという。
『混じり合った穢れ血は、世を継げば混じりに雑じって幾重に積もり、やがて純粋ともいえる漆黒となる』
という説が今でも有力なこの時代、それに該当される者は得体のしれない、それこそ神の如き万象の力をもつ――
「"万国の一族"か」
その存在は一部の宗教者の間で信じられている。だが、すでに滅んだ大陸と共に、その種族も血を絶ってしまった。……はずだ。
「それだけの力は秘めているかと」とカーターは冷静沈着だ。
「……何千年も、あの大陸でか」
「ええ、決してありえない話ではないでしょう」
それで、結論としてあの少年をいかがなさいますか、と話を進める。
「今はロダンとエリシアに……十字団に任せる。だが、アコードの行動次第で、あの少年の将来と、この国の未来が左右されるだろう。国が亡ぶ危険もあるが、逆に言えば、魔族を打倒できる可能性もあるということだ。さて……儂らは儂らで、やるべきことを遂げよう。まだまだ抱えている問題は山ほどある」
地平線を眺望するラザードは固唾を飲む。御意、とカーターは静かに首を垂れた。
ルミア「小さい男の子におねえちゃんって甘えられたーい」
ロダン「子ども達に怖れられることなく懐かれたーい」
ルミア「頼りがいのあるおねえちゃんにみられたーい」
ロダン「ただのやさしいおじいちゃんにみられたーい」
ルミア「どうしたら大人なおねえちゃんぽくなれるかな」
ロダン「どうすれば王女やメルスト君のように子どもたちに好かれる存在になれるのか」
ルミア「はぁ・・・ちょっとみんなにいたずらしてこよー」
ロダン「こどもに戻ってないか?」
次回「番外編:激辛ロシアンルーレット」




