2-3-6.新たな仲間
フェミル・ネフィアが看護されてから数日が経過した。
最初はいろいろと警戒し、心も病んではいたが、メルストやルミア、そしてエリシアとのかかわりを主に徐々に閉じていた心が開きつつあった。
自分の欲を叶えるだけの物として心身共に犯してきた下賤な男たちとは違う。まだ冷たく、ほどけない一部があれど、彼らのことをフェミルは受け入れようとしていた。
ジェイクの襲撃を阻止しつつ療養に勤しんだ十字団と、薬師メディによって無事に完治。環境条件もあるが、人間より回復は早いようである。都市部より人が少ない自然豊かな町である上に、そこから少し離れている十字団の家ですごしたのがよかったようだ。
「フェミル、本気で旅立つんだな……」
寂しそうなメルストに対し、軽く会釈する。
「えっと……お世話に、なりました。助けてくれた上に、その、ここまで……療養、してくださった恩は……わすれません」
夕焼けが映え始める頃、旅支度を調えたフェミルは目深に三角帽子をかぶり、クロマーで口元を隠しては玄関の前でメルストら一同に頭を深々と下げた。
「いえいえ、こちらこそ楽しいひと時をありがとうございました。勝手ながらエルフクイーンには、あなたのご無事を伝信魔法経由の形で報告しておきました。驚きつつも、感涙されておりました」
エリシアの安心させる微笑に、フェミル一瞬だけまなこを見開いては、再び深い礼をする。ローブのこすれる音が耳に心地よく届く。
「……っ、ありがとう、ございます。この御恩は……いつか、お返し、します」
「いま返してよ」
「ルミアはちょっと黙っててね」
ルミアの柔らかい頬を引っ張りながら、メルストは訊く。
「フェミルはこのあと妖精界に帰るの?」
「うん……そのつもり。いつまでも、ここに……いさせてもらうわけには、いかないから」
一瞥し、逸らすように視線を落としては、クロマー越しでつぶやき落とす。
「ですが、妖精界は……"穢れ"がある者は入れないんですよね」
エリシアの心配した様子に、フェミルは俯く。
"穢れ"は、呪いや罪、精神的な汚染を指す。悪事を働いていた人や精神を病んでいる人、悲惨な経験をした者は常人より"穢れ"が濃い。
当然、生まれながらにして"穢れ"を持っている人間は何かしらの施しがなければ入れない。人種的のみならず、環境的にも人間界とはだいぶ違うらしい。
しかし、それは微弱。先天的な"穢れ"よりも、後天的な"穢れ"の方が遥かに多く、溜まりやすい。肉体的のみならず、精神的にも"穢れ"が侵食してしまった場合、完治するまでに相当の時間がかかる。
こればかりは大賢者でもそう簡単に浄化できるものではない。特に、高潔な精霊族ならなおさらだ。ある程度の浄化はできるが、フェミルの場合はあまりにも穢れてしまっていた。
「はい……だから、"穢れ"をなくす、ために……旅をして、聖水や白萃晶などを……集めていきたいと、思います。それと……時間の、流れに任せれば……浄化は、できると、思うので」
すると、ずっと黙っていたジェイクがつまらなさそうに口を開く。
「それならよぉ、俺らといっしょにいた方が集めやすいんじゃねーか? そぉだろ、先生」
「ええ、まぁ、あてもなく探し回るよりは効率的にも良いかと」
見上げたエリシアは曖昧ながらも彼にそう答えた。聞いたハイエルフはほんの少しだけうつむいた。
「……それだと、さらに迷惑をかけて……お礼もできてないのに」
「礼とか迷惑とか考えなくていいよ。ひとつひとつ借り覚えておくのも大変だろ」
そうメルストは言う。その言葉に続き、ニッと笑んだジェイク。
「ああそうだぜ。礼だなんていらねぇ、ここに住んでくれれば俺ァ十分だ」
「アンタが言うとどうも危ないのよねぇ」とジト目を向けるルミア。
「どうせそれ以上求めるくせになぁ」とメルストも同じ表情。
「「ねー」」と顔を合わせる。
「ンだとテメェらふたりして!」
「けど、今回だけはこいつと同意見かも。正直なところあたしもフェミルんともっといっしょにいたいって思ってるし、というかお礼がそれ! ここに住んで!」
フェミルの手を握り、顔を近づける。相変わらずアプローチが大袈裟だと思うメルストだが、この積極性もあってフェミルの心が少し回復したんだなと改めて感心させられる。
「……いいの? わたし、みんなと種族ちがうし、奴隷だったし、うまく話せないし……ここに住んでたら、迷惑……じゃ――」
「そんなわけないだろ。少なくとも、このまともじゃないふたりよりは全然迷惑じゃない」
「そうそう、遠慮しなさんな。こっちからお願いしてるんだし」
あとメル君、さっき言ったこと覚えておいてね、と軽く脅したところで、ジェイクもルミアと同様に近づく。自身を親指で指しながら、
「それでも行くってんなら、この俺様が護衛するぜ。女ひとりで旅するのは危ねぇからな」
「ああ、ジェイクは躊躇なく性的に襲ってくるけど根はゲスい奴だから、危なかったら殺す気でやり返していいにゃ」
「テメェ余計なこと言ってんじゃねぇぞ! 最初から最悪なレッテル貼るんじゃねェ!」
「自覚はあったんだな」とメルストは呟く。
「フェミル自身はどうしたいと思っていますか?」
主張的なルミアたちとは別に、エリシアはフェミルの意見を聞く。たじろぐも、エリシアはせかすことなく言葉をいつまでも待っている。アーバンクイーンの瞳が、十字団らを移す。
そこに映るはやさしい笑顔。まともでなくともまっすぐな人たち。一度視線を落とし、瞳を閉じる。
間が空いたが、再び瞳を開く。とうとうゆっくりと言葉を並べた。
「わたしは……もっと、みんなといっしょに……過ごしてみたいと、思い、ます」
勇気を振り絞ったような声に、「わかりました」とやさしく声をかけた。嬉しさに満ち溢れたルミアはにへらと笑い、
「じゃ、けってーい! 新しいメンバー加入したってことでさっそく歓迎会だー!」
「今日の酒は一段と美味くなりそうだな!」
ジェイクも満面の笑みでフェミルを迎える。そうと決まればと彼らは家の中に入り、パーティの準備を始めた。
ふたりの後についていこうにも、その足を止める。立ち尽くしているフェミルに、振り返ったメルストは、やさしい目を向ける。
「大丈夫」
「……?」
「心配しなくても、必ず故郷に帰れるようにする。だから、今は重たいこと考えずに楽しいことをやっていけばいいと思う。あの人たち、言う事やることめちゃくちゃだけど、退屈することはないよ。不安も嫌なことも、昔のことだと感じてしまうぐらい」
「ほら二人ともー! はやくご飯作るよー!」
ルミアの大きい声がふたりを呼ぶ。それでも遠慮してしまっているフェミルは一歩前へ踏み込めずにいた。
「……でも」
「ま、気にすんなってことだ。行こうぜ、フェミル」
手を差し出す。突然の挙動に少しびくりとした彼女だが、おそるおそると、彼の手に自分の手をそっと添える。その手は温かく、やさしく、そして緊張の汗で湿っていたことに、こわばっていた繊細な手はほんの少しだけ、小さな力できゅっと手を握り返した。
薄い無表情の中に垣間見えたほっとしたような笑みをそっと表す。その笑みに気づいたのか否か、警戒を少しだけ解き、反応してくれた彼女にメルストは笑顔で迎える。
「テメェ何フェミルちゃんと手ェ繋いでんじゃゴラァ!」と鬼の形相で殴りかかってきたジェイクに「ちょ、待て、誤解だって」とすぐさま手を離し夕日の先へ逃げ惑うメルスト。彼らの慌ただしい姿に、一度ポカンとしたフェミルはまたも嬉しそうな表情をするのであった。
ルミア「新メンバーだぁーっ! フェミルんキターッ!」
エリシア「これからがにぎやかになりそうですね」
ルミア「メル君に続いてるからどんどん増えていくかもねー、108人ぐらいいきそう」
エリシア「そんなに増えたらお世話できませんよ!」
ルミア「養う前提!?」
エリシア「そういえば最近、メルストさんがよく出かけているのですが、おひとりでどこに行っているのでしょうか」
ルミア「ほほぉ、気になりますな。さては恋人候補と出会ってたり?」
エリシア「えっ!? そそ、それは、ダメ・・・でもないですけど、えっと、どうしましょう!」
ルミア「落ち着こうぜエリちゃん」
次回:錬金術師の力試し
これにて2章「錬金術師と十字団」は完結です!
ありがとうございました!




