インターフェースと係長
「さて、私の遺言書を読んでいない理由を聞こうか。」
祖父は語りだす。
「ついうっかり。」
「ついうっかりで私の最後の言葉を読んでいないとか半端ねえな。」
「というかおじいちゃんって死んでいなくない?」
「いやいや、死んでいるって。」
「死んでいないでしょ。おじいちゃんって生前葬でしょ。」
「生前葬ってなんだよ。葬式は何時だって死者のために行われるべきだよ。」
「ああ、はいはい。」
「祖父を大切に扱え!」
「大切パーンチ。」
「祖父を殴るな!」
「実態があるのに死者づらするな!」
「じゃあ生きている。」
「認めるのかよ・・・。」
「というわけで、とりあえず、私の遺言書を読んでくれないか。」
僕は祖父の指示にしたがって、僕の机の引き出しに入っていた遺言書を取り出した。その遺言書は葬式直後に見たときよりも、ひどく古びているような、本来よりも時間が長く経ったような、見て分かるように劣化しているような気がした。
それは本当に劣化していたのか、それとも暗い部屋の中で見たために劣化しているように見えたのか、それとも昔、遺言書にかかってしまった涙のせいで劣化が早くなったのかは分からない。
ただ事実として、その遺言書は初めて見たときよりも劣っていたのだ。
その遺言書の内容を見た。
遺言書
拝啓で書き始めようか迷ったが、ここで拝啓と書いてしまうと遺言書の感じがでないので、拝啓と書くのを控えるべきだろう。
いやはや、早い話が、私が死んでしまうとは思わなかった。
人間と言うものは、いつしか死ぬものであるが、こと私に至っては、死なないだろうと。自分は他とは違うだろうと思っていた。
しかし、所詮は自分というのは特別な何かではなく、ただの人であり、ただの一般人であり、物語の主人公には決してなれないのである。
さて、私の資産は果たしてあるのだろうか。そう思案した結果、私の資産といえるものは、たった1つの人脈であることに気づいた。
私には家がある。車がある。家具がある。だが、それらは私にとって資産と言えるようなものではない。ただの古ぼけた思い出の数々である。あれらの思い出は適当に売ってしまって、慈善団体にでも全額寄付してほしい。
さて、私の唯一の資産である、人脈はどうするべきか。
誰に贈与すればいいのか。
どうやって贈与すればいいのか。
贈与の方法は何か。
そもそも私の人脈を欲しい人はいるのだろうか。
と私は考えた。
そして私は決めたのだ。
私が今まで会って来た人の中で、私の孫が会って欲しい、会うべきである人をリストアップした。この人にだけは絶対に会って欲しい。
この遺言書と別に入っているUSBに、会って欲しい人の情報や住所などをリストアップしてある。その人に連絡を取って、私の名前を出せばきっと分かってもらえるだろう。孫が何をすればいいのかも、私が何を思って孫をその人に会わせようと考えたのかも。
孫は、ただ会いに行くだけで構わない。そうすれば自分が何をすればいいのかが嫌でも分かるだろう。
さて、まあ、この話は置いておいて、今まで気になっていた話をしよう。
それは時間の進み方の話である。
たしかにエントロピーの増加云々の話をしてしまえば、とうに話が片付きそうな、解決はしないが、ある程度見当をつけて、話を終わらせることが、納得させることができるだろう。
だが、それは私が話すことではない。
私は仮に時間の進み方を、ある1つの数値直線で考えてみたときの話である。
時間の進み方を光速+Aとする。
そして、時間は+の方向に一次元的に進んでいるとする。
いわばX軸上を増加するように進んでいる訳である。
そして、この世の中を一点の場所であると考える。
すると、人間はある一点で静止しているのに対し、時間は増加するように、X軸方向に進んでいるため、結果として人間は時間が進んでいる。と考えることが出来るのではないだろうか。
つまり、人間が光速の速さで進むとすると、本来よりも±Aの数値だけ進むことになるので、結果として未来にタイムスリップすることが可能になるのではないだろうか。
また、同様に負の方向に人間が進むことが可能ならば、人間は過去にタイムスリップすることが可能になるのではないか。
と私は考えるのである。
まあ、どちらにしても、時間のX軸を人間が見つけることが出来ない限り、人間は無残に死ぬしかないのだが。
敬具
って拝啓書くのを辞めておこう。とか最初に書いたのに、結局敬具使っちゃった。(笑)
祖父江 大徳
「ねえ、おじいちゃん。」
僕は遺言書を読み終わって、おじいちゃんに話しかけた。
「どうしたの」
「これ最後の時間の話絶対にいらないよね。」
「いらないね。」
「そしてUSBあるって書いたよね。」
「書いたね。」
「USBないけど・・・。」
「え」
「え」
「マジかよ。」
「年寄りがマジとか使わないでくれ。」
「あれ?USBも一緒に入れてなかったっけ。」
「そもそもなぜUSBにしたんだよ。遺言書でUSBが入っているとか、たぶん日本で初めてだと思うよ。」
「あんまり手書きは得意じゃないんだよ。」
「ほんと戦後すぐに生まれた人とは思えない発言。」
「とりあえず、私の部屋に戻ってUSBさがしてみる。」
「はーい。」
そう言って祖父は出ていった。