陽神調査委員会
第二章 超能力者の問答
昔々――この陽神の地を、二つの豪族が治めていました。
豪族の名は、“白羽家”と“黒羽家”。
彼らは、自分たちこそが真にこの地を治めるにふさわしいと、互いにいがみ合い、争っていました。
しかし、この陽神の地を狙っていたのは、彼らだけではありませんでした。
北の山に住む陰陽師――“神奈備家”も、密かにこの地を治めようと動き出したのです。
神奈備家の当主、“神奈備雪子”は、その邪悪な力によって、白羽黒羽両家に、呪いを掛けました。
呪いの力により、多くの死者が出始め、困った両家は、互いに神奈備家に助けを求めたのです。
陽神の地にて、神秘的な力をもっていた神奈備家は、両家から信頼され、崇拝されていました。
当主、雪子は言いました。
「両家に降り掛かりし呪いの原因は、陽神に棲む神が互いの争いに怒っているためだ。神の怒りを鎮めるには、聖なる矢を遥か山の上から放ち、怒りが鎮まるまで、両家から生け贄を出すしかない」
それを聞いた両家は、雪子の言葉を信じ、さっそく生け贄を決めることになった。
矢を放つ役目は、当主雪子。
放たれた矢は、時に白羽家、時に黒羽家に突き刺さり、若い娘や青年が、幾度となく生け贄に出され、陽神神社の境内で首をはねられました。
しかし、何年経っても、両家から呪いが無くなることはありません。
呪いの原因は、雪子自身なのだから。
しかし、両家の生け贄も出し尽くしてしまったある日のこと。
ついに、両家に呪いを掛けていたのが、雪子だということが判明しました。
両家は互いに争うことを止め、手を組み、力を合わせて神奈備家に襲い掛かり、当主雪子を捕らえました。
雪子は、神社の境内で首をはねられ、処刑されました。
それと同時に、両家に降り掛かっていた呪いも解けていったのです。
その後、当主を失った神奈備家は衰退し、陽神の地を離れて行きました。
その時、彼らがこの地に不思議な力が宿る宝を残していったと、噂が広がり始めました。
“火宝”
欲深き者には決して見つけることは出来ぬ、赤く輝く唯一無二の宝。
やがて、その噂は火宝伝説と呼ばれるようになり、何人もの人間がこの地を訪れ、火宝を探し始めました。
しかし、いまだその火宝は見つかっていません。
火宝は、今も陽神の地のどこかに、眠っているのです。
「………って、なんだよこの昔話は……」
加々島琴羽から受け取った、火宝伝説に関するメモを見て、俺は思わずぼそりと呟いた。
まさか、陽神市にこんな伝説があるなんて夢にも思わなかったけど……しかし、これでは……。
「ほぅ、南雲まりなと言うのか。先ほど、私の矢を跳ね返した太刀筋……見事だったぞ?」
「い、いやいや……そんなに誉めるなって。と、言うか……まりなって、あんまり呼ばないでほしいんだけど……」
知り合ったばかりだというのに、南雲と加々島琴羽は、もう互いに打ち解け合っている。
俺たちは今、西校舎へ続く渡り廊下を歩いている途中だ。
とっくに陽は沈み、薄暗い闇が校舎全体を包み込んでいる。
西校舎には、文芸部や軽音部など、主に文化系の部活が集中しているらしい。
まぁ、俺には一生縁のない場所だと思っていたが、まさかこんなことで訪れることになるとは……。
この西校舎に、加々島琴羽がリーダーを務める、“陽神調査委員会”があるらしいのだが……。
「ん? どうしたの、暁斗。さっきから、そのメモを真剣に見つめちゃって……」
「そういえば暁斗君、全然話さないよね。何か、気になることでもあったの?」
「気になるも何も、こんなものを見せられちゃな……」
陽神市に、こんな伝説があったことにも驚きだが、もっと驚いたのは、俺の先祖が関わっていたことだ。
しかも、この話からして、どうも俺の先祖である神奈備家は、相当な悪人だったらしい。
だが、俺はこんな話は信じないぞ……。
そもそも、この話には現実味のないことばっかりだ。
呪いだの、生け贄だの、陰陽師だのって……俺をバカにしてるのか?
まぁ、都市伝説なんて、どれも現実味がないと言ってしまえばそれまでだが……。
「おい、加々島琴羽……一つ、聞きたいことがあるんだが……」
「加々島……もしくは、琴羽と呼び捨てでいい。それで? 私に何が聞きたいんだ、暁斗。それとも、まだ私を疑っているのかな?」
「いや、疑ってはいないよ。それじゃあ加々島、一つ質問だ。この火宝伝説の話は、一体どこで聞いたんだ?」
「なんだ、そんなことか。火宝伝説の話なら、ネットの掲示板に書かれていたんだよ。そのメモは、ネットに書かれていた原文だ」
加々島の言葉を聞いて、俺は呆然としてしまった。
ネットの掲示板が情報源って……おいおい、冗談じゃねぇぞ……。
「加々島……お前、そんな信憑性のない話を信じたのか? ネットの掲示板なんて、嘘も真も混ざってるんだぞ? 何か、火宝伝説が真実だっていう、根拠があるのか?」
「ああ、根拠はあるさ。今ここに、神奈備家の末裔がいるのだからな」
「だよね! 火宝伝説にも神奈備家っていう言葉が出てくるし、偶然にしても、出来すぎじゃないかな? 僕は、本当だと思うよ」
恵介の言う通りか……。
確かに、もし火宝伝説の話が創られた物なら、俺と同じ神奈備家という言葉が出てくるのは、あまりにも出来すぎている。
しかし、それは逆に、火宝伝説が真実であるという一つの根拠にはなるか……。
それに、俺が気になっていることはもう一つある。
境内で首をはねられた、神奈備家の陰陽師、雪子のことだ。
名前からして、雪子は恐らく女性であろう。
もし……もし彼女が、最近夢で見るあの女の子だとしたら……。
あの夢は……まさか、予知夢だとでも言うのか……?
いやいや、何を考えているんだ俺は。
そんな不可思議なことが、実際にある訳がない。
火宝伝説と不思議な夢の関連性はともかく、今は取り敢えず、この伝説が嘘か真かを確かめるのが先決だ。
「ところで、陽神調査委員会って、一体なんの活動をしているんですか?」
西校舎に着いた時、いきなり恵介が質問した。
校舎の中には俺たち以外に生徒は残っていない。
まぁ、いる訳ないんだが……。
「あっ、それはボクも聞きたいと思ってたんです!」
「ふむ……そういえば、まだ詳しいことを話していなかったな。では、このまま歩きながら話そう」
加々島はそう言って、目の前の階段を上って行った。
どうやら、場所は西校舎の二階にあるらしい。
「そもそも陽神調査委員会とは、私が立ち上げた部活だ。ちゃんと顧問もいるし、生徒会からも公式に認められている。別に、怪しい団体ではないから、安心してくれ」
「それを聞いて安心したぜ。それで? 部員の数と活動内容は?」
「部員は、私を含めて三人だ。もっとも、暁斗たちを加えて、さらに部員は増えたがな……」
部員はたった三人……思ったよりも少ないな。
火宝伝説の謎を追っているのなら、部員の数はもっと多くても良さそうなもんだが。
加々島自身が頭の切れる人間を捜していたのは、少しでも役に立つ部員を増やそうとしていたのか……。
「活動内容は、陽神市に存在する様々な謎を解明していく……というのが主だ。今回は、火宝伝説ということになるな」
「へぇ~、陽神市に存在する謎か……。あずまっちに話したら、興味持ちそうだよな、アッキー!」
「おい、冗談よせよ南雲……東にこんな話をしたら、絶対俺たちに付いてくるだろ……」
南雲に加えて、東まで増えたら、さらに面倒くさいことになるのは目に見えている。
メンバーは、俺たちだけでもう充分だ。
階段の踊り場を過ぎ、さらに階段を上って行く。
窓の外は、もう真っ暗だ。
はぁ~……早く終わらせて帰りたいぜ……。
「でも、加々島先輩が陽神調査委員会を立ち上げたキッカケって何なんですか? 先輩、弓道部にも入ってるのに……」
「ふむ、キッカケか……。そもそも、火宝伝説の話をネットで見つける前から私は、こういった不思議な謎が好きだったのかも知れない……」
二階に足を掛けて、加々島は突然振り向き、鋭い目でじっと見つめ始めた。
「な、なに見てるんだよ……」
「ふふ……いや、私も日々の生活が退屈だったのでな。刺激を求めてというのも、委員会を立ち上げた理由の一つかも知れない……そういった意味では、暁斗。私とお前は、どこか似ているのかもな!」
加々島はそう言ってニッコリと笑い、再び前を向いて歩き出した。
その、今までにない温かく、純粋な笑顔に、俺は一瞬ドキリとした……。
加々島も、こう見えてやっぱり普通の女の子なんだな。
冷たい性格かと思ってたけど、本当は心優しい奴なのかも……。
だからといって、いきなり俺に向かって矢を放つあの行為は、どう考えてもおかしいと思う……。
「あのぉ~……ところで、西校舎の二階まで来ましたけど、肝心の部室はどこなんですか?」
「ああ、部室か? 陽神調査委員会に決まった部室はないんだ。時と場合によって、活動場所を変えているからな。今回は、あそこが部室だ!」
そう言って加々島が指差した方向。
薄暗い明かりに照らされた廊下の奥に、大きな扉がある。
確かあそこは……。
「……視聴覚室か」
「ああ、そうだ。もう、顧問も来ているみたいだな」
加々島の言う通り、扉の前に、大柄な人物が仁王立ちしていた。
短い黒髪に、少し白髪が混じった初老の男性。
体格はよく、黒いスーツを纏ったその男性は、遠くからだと、なんだかSPに見えてくる。
あの人が、陽神調査委員会の顧問か……。
「おお、待っておったぞ加々島君! さぁ、早くこっちへ……もう、全員揃っているぞ」
「ふむ、待たせたな淡月先生! 約束通り、頼れる仲間を連れてきたぞ!」
加々島はその男性に手を振り、親しげに近づいて行った。
まったくあいつは……生徒だけじゃなく、先生にも気兼ねなく接するんだな。
「あれ……? もしかしてあの人、校長先生じゃないかな?」
「えっ? 校長……? あの人がか?」
「う、うん! 百瀬君の言う通りだよ暁斗君。入学式の時、挨拶してたじゃない!」
う~ん……そう言われれば、確かに見覚えがあるような、ないような……。
しかし、なぜ校長が委員会の顧問を務めているんだ?
「権田淡月校長。若い時は、陸上や弓道をやってたみたいだよ。だから、あんなに体格がいいんだね!」
「……って、恵介。お前部活だけじゃなく、教師たちの情報も集めてるのかよ。たくっ、一体どうやって集めてるんだか……」
「へぇ~……あのじいさんがねぇ。人は見かけによらないもんだ!」
しばらく、一言二言加々島と会話をしていた校長は、近付いてきた俺たちに気付き、笑顔を浮かべた。
「おお、君たちが新しい委員会のメンバーかね? 初めまして、わしは校長の権田だ。一応、この陽神調査委員会の顧問をしておる」
「初めまして、神奈備暁斗です」
「百瀬恵介です! 以後、よろしくお願いします!」
「は、初めまして! 御堂島樹……です」
「おれは南雲ってんだ! よろしくな!」
笑顔で一人一人と握手を交わした権田校長は、懐から何かを取り出した。
それは、小さな黒い名刺入れのようだが……。
「お近づきの印として、君たちにおもしろい物を見せよう!」
そう言って黒い名刺入れを開けたが、中には何も入っていない。
権田校長は、再び名刺入れを閉じ、俺たちを一瞥した。
「いいかね? よ~く名刺入れを見ておるんじゃぞ?」
権田校長はそう言って、名刺入れに向かって右手をかざし、何やらおまじないのような言葉を唱え始めた。
やがて、おまじないの言葉が終わり、権田校長は再び名刺入れに手を掛ける。
「さぁ、さっきまで名刺入れの中には何もなかったじゃろ? ところが……」
もう一度名刺入れを開けた時、なんとそこには、数枚の名刺が入っていたのである。
これはまさか……手品か?
「どうじゃ、驚いたかね? さぁ、名刺を受け取ってくれたまえ」
「す、すげぇよじいさん! まさか、こんな特技まで持っていたとは……」
「す、すごいです! ボク、初めて目の前で手品を見ました!」
「校長先生は確か、趣味で手品をやってるんですよね? その腕前はプロ並みで、なんでも、イリュージョンも出来るとか……」
「おお、詳しいね。確かに、手品は趣味として嗜んでおるが、プロとまではいかんよ……今となっては、ただのじじいの数少ない取り柄じゃな」
恵介の情報収集力は、相変わらず恐ろしい……。
にしても、権田校長は意外と多趣味だな。
運動だけではなく、手先も器用だったのか。
「淡月先生。余興はそれまでにして、そろそろメンバーを紹介したいのだが……」
「おっと、そうだったね。では、早く中に入ろうか、加々島君!」
加々島に促され、権田校長は俺たちに名刺を配ると、急いで視聴覚室へ入って行った。
その後に続いて、加々島も中へ入っていく。
まったく……加々島は、本当に怖いもの知らずだな。
「ねぇ、暁斗……さっきの手品、どんな種があるか分かった?」
「ん? ああ、あれは二重蓋になってるんだろ。一回名刺入れを開けて再び閉じた時、上の蓋が落ちて、名刺が現れたんだ」
「正解! さすが暁斗だね。僕も同じ考えだよ。でも、暁斗って昔から手品とか好きだったよね? 今もそうだったりするの?」
「いや、好きって言うか……手品じゃなく、手品の種を明かすのが好きと言うか……」
そうか……。
加々島の言う通り、俺はやっぱり刺激を求めていたんだ。
昔から、手品を扱った番組はよく観ていた。
日常から掛け離れた不思議な世界に、いつの間にか、俺は心を奪われていたのかも知れない。
今回の火宝伝説に興味を抱いたのも、俺の先祖が関わっているという理由だけじゃなかった訳か……。
「どうしたの、二人とも? もう皆、視聴覚室に入ってるよ!」
「おい、早く来いよアッキー、モモチ!」
「おっと、立ち話もここまでだね……僕たちも早く行こうか!」
「ああ、そうだな。あんまり、長くならないといいんだが……」
樹と南雲は、すでに視聴覚室へ入っている。
さて……あと二人のメンバーはどんな奴か、楽しみだね……。
多くの机と椅子が並べられた視聴覚室は、シーンと静まり返っていた。
ホワイトボードのある教壇の前に権田校長が座り、そのすぐ近くに、加々島が座っている。
そして一つの机に、向かい合うように座っている二人の女子生徒……。
メンバー二人は、どちらも女性だったのか。
「さぁ、暁斗たちも好きな場所に座ってくれ」
「あ、ああ……それじゃあ」
加々島に促され、近くの椅子に座ろうとした時、突然一人の女子生徒が立ち上がり、俺に近付いてきた。
肩まで伸びる綺麗な長髪で、肌はとても白い。
「あ、あの……あなたが、神奈備……暁斗さん、ですか?」
「あ、ああ……そうだけど。て言うか、なんで俺の名前を……」
「やっぱりっ! 他の人と違うオーラを纏っているし、そうじゃないかと思ったんです!」
その女子生徒はいきなり俺の手を掴み、笑顔を浮かべて顔を近づけてきた。
その、キラキラ輝く青い目の女子生徒は、どこか不思議な雰囲気を漂わせている。
「ヒュー! 暁斗、モテモテだね。いきなり女子に迫られるなんて!」
「おい、どういうことだよアッキー! おれといういい女がいながら……おれとのことは、遊びだったのか……?」
「……って、うるせぇ! お前たちは黙ってろ! それからあんた……いつまで俺の手を掴んでるんだ?」
「えっ? あっ! すいません! わたし、つい興奮してしまって……」
その女子生徒は顔を真っ赤にしながら、ようやく手を離した。
たくっ……俺としたことが、思わずドキドキしちまった……。
「申し遅れました。わたし、一年二組、“北条里菜”といいます。これから、よろしくお願いします!」
北条里菜と名乗ったその生徒は、爽やかな笑顔を浮かべながら頭を下げた。
「ははははっ! 済まんな、暁斗。里菜は、昔から霊感が強いらしい。お前の背後に、神奈備家の魂を感じたのかも知れないな」
「は、はぁ……なるほど……」
「ちなみに、里菜の父親は陽神神社の宮司を務めている。里菜には、あの姿見を用意してもらったんだ」
あの姿見……。
加々島が俺を襲った時、石のステージを取り囲むように配置してあった、いくつもの姿見……。
それを用意したのが、この北条という女子生徒だって?
そうと分かれば、話を聞くしかない!
「あの、北条さん……その姿見は、一体どこから持ってきたんだ?」
「あっ、はい……。陽神神社は代々、いくつもの鏡を保管していたみたいなんです。その理由はわたしにも分かりませんが、お父さんもそれを受け継ぎ、大量の姿見を保管していました。何枚かは、あの時壊されちゃったみたいですけど……」
それを聞き、恵介はバツが悪そうに頭をかき、北条から顔を背けた。
結局、姿見の謎は解明されなかったか……。
なぜ、あの場所に市川夏海がいたのかも謎のままだしな……。
「そ、それにしても……北条さんは、なんでこの委員会に入ったの? 確か君は……軽音部だったよね?」
その場の気まずい空気を一新するためか、恵介は突然話題を変えた。
案の定、北条がなんの部活に入っているのかも、すでに知っていたか。
「よくご存知ですね。確かに、わたしは軽音部に入っています。でも……この火宝伝説の話をネットの掲示板で知った時、わたし、感じたんです……」
「感じた……? 一体、何を?」
「神奈備家の陰陽師、雪子さん……わたしには、彼女が伝説で語られるような邪悪な人には感じられないんです。むしろ、切ないような、悲しいような……そんなモノを感じて……」
うつ向いて、ぼそりと寂しげに呟いた北条は、いきなり笑顔になって顔を上げ、俺の方をジッと見つめた。
「でも、雪子さんからは、暁斗さんから感じられたモノと同じモノを感じたんです!」
「俺と同じモノ? ああ、さっき言っていた、オーラがどうとかいうやつか……」
「はいっ! 暁斗さんからも、雪子さんからも感じたモノ……それは、“優しさ”です!」
北条のテンションが再び上がってきたぞ……。
北条は再び俺の手を掴み、その青い瞳で顔をまじまじと見つめ始めた。
「だからわたし、確かめたいんです! この火宝伝説が、真実なのかどうかを! 火宝よりもわたしは……雪子さんの本当の気持ちを知りたくて、委員会に入ったんです!」
「あ、あの……北条さん? す、少し落ち着こうか……。あんたの気持ちは、よく分かったから……」
「あははははっ! 暁斗、すっかり里菜の奴に気に入られたみたいだな!」
大きな加々島の笑い声が、視聴覚室に響き渡った。
たくっ、笑い事じゃないぜ……。
「あ、あはは……なんだか大変そうだね、暁斗君」
「ちくしょう……やっぱりアッキー、おれとのことは遊びで……」
だめだ……最早突っ込む気力すらない。
南雲も、少し悪乗りしすぎだろ……。
「あっ、すいません! わたし、また興奮してしまったみたいで……」
北条は再び顔を真っ赤にしながら、慌てふためいて俺の手を離した。
やれやれ……ようやく落ち着いてくれたか。
「あの、そろそろ本題に入りたいのですが。もう、夜も遅いので」
咳払いと共に割り込んできたのは、もう一人の女子生徒であった。
薄紫色の長髪で、眼鏡を掛けているその女子生徒は椅子に座り、静かにノートパソコンに向かっている。
「あっ、そういえば……自己紹介がまだだったよね。初めまして! ボク、御堂島樹で……」
「自己紹介は必要ないですよ。あなたたちの名前は、すでに知っています。神奈備暁斗さんに百瀬恵介さん、それに、御堂島樹さんと、南雲まりなさんですよね?」
パソコンに向かいながら、その女子生徒は俺たちの名前を一気に読み上げた。
自己紹介もしていないのに、なぜ……?
「あっ、名乗るのを忘れていました。ワタシは、二年一組の“西沢優衣”です。よろしくお願いします」
西沢と名乗ったその女子生徒は、俺たちに向かって静かに頭を下げた。
北条と違って、感情をあまり表に出さない、クールな生徒みたいだな……。
「で、でも……なんで僕たちの名前を知ってたの?」
「つい先程、琴羽からあなたたちの名前をメールで送ってもらったので」
「まぁ、そういうことだ。ここに来るまでの間に、送らせてもらったよ」
加々島は不敵な笑みを浮かべながら、俺たちに向かって携帯をちらつかせた。
こいつ、抜け目ないな。一体、いつの間にメールなんか送ってたんだ?
「優衣は、小学校からの幼馴染みでな。小中校と、ずっと同じクラスなんだ」
「なるほど……ネットの掲示板で火宝伝説の話を見つけたのも、彼女ってことか」
「おっ! さすが、鋭いな暁斗。その通りだ。私たち二人で、陽神市の面白い話を探しているうち、今回の火宝伝説に辿り着いた訳さ!」
そして、陽神調査委員会なるものを立ち上げ、メンバーを集めたのか……。
西沢は、委員会の情報収集係を担当しているのだろう。
しかしまぁ……西沢といい、北条といい、なんとも変わったメンバーだな……。
「確かに、西沢君の言う通りじゃな。加々島君、そろそろ本題に入ってくれたまえ。あまり遅くまで生徒を残していたら、その……わしも色々と言われてしまうのでな……」
「そうだな。では、陽神調査委員会の活動を始めよう! 皆、席に着いてくれ」
やれやれ……ようやく始まるか。
俺たちが全員席に着いたのを確認すると、加々島は突然席を立ち、西沢の所までやってきた。
「さて、本題に入る前に……皆、携帯をこの場に出してくれないか?」
「携帯を? 一体、なんのために……また、変なことを考えているんじゃないだろうな?」
「はははは! まぁ、そう疑うな。理由は、後で話してやる」
加々島は笑いながら、まず自分の携帯を机の上に置いた。
それに続いて、北条と西沢も携帯を机の上に置く。
「仕方ない……何を考えているか知らないが、後でちゃんと返せよ」
俺が渋々携帯を差し出すと、それに続いて恵介と樹も自分の携帯を机の上に置いた。
「あれ? 南雲……お前、携帯は?」
「ああ、おれ? 携帯なんか持ってないぜ! イチイチ持ち歩くの面倒だし……」
「そういえば……ボク、南雲さんから携帯番号聞いてないかも」
「あははっ! まりなって昔から機械とか苦手だったよね。何かにつけて、力で解決してたし………あだっ!」
恵介の言葉はそこで途切れた。
南雲の凄まじい蹴りが恵介の顔面に直撃し、恵介はその勢いで椅子から転げ落ちてしまったのである。
「おいこら、モモチ……何べん言ったら分かるんだ? その名前でおれを呼ぶなって言ってるだろ!」
「いてて……もう、冗談が通じないんだから……」
恵介は蹴られた顔をさすりながら、すごすごと椅子に座り直した。
まったく、恵介も懲りない奴だな。
「あっ、あの……百瀬さん、大丈夫ですか? そ、その……怪我……とか……」
「ああ、心配しなくていいよ北条さん。恵介はこう見えて、以外と頑丈だから」
たくっ、なんで俺が恵介のフォローをしなくちゃならないんだ……。
「はははは! お前たちは、やはり面白い連中だな! さて、携帯はこれで全部か……。よし! 優衣、始めてくれ」
「ええ……」
西沢は静かにうなづき、机に置かれた俺たちの携帯を、ノートパソコンの前に並べ始めた。
そして、それぞれの携帯とノートパソコンを、黒いケーブルで繋いだのである。
一連の作業が終わると、西沢は再びノートパソコンに向かって、何かを打ち込み始めた。
一体、西沢は何をやっているんだ?
「待っている間に、私から二つ、話しておきたいことがある」
「なんだよ、本題の前にまだ何か話があるのか?」
「ああ。これから私たちは、火宝伝説の謎を解き明かすため、今日のように集まって話し合うことが何回かあると思う。それについて、あることを伝えなければならないのだ」
加々島はそう言って、天井の一角を指差した。
「この部屋には、監視カメラが一台設置されている。今も、絶賛録画中だ」
「な、なんだって!?」
「さらに盗聴器もな。撮られた映像と音声は、すべて優衣のノートパソコンに保存されている。今後、どこで委員会を開くことになっても、これらはすべて実施していくことになるだろう」
俺たちは、あまりの驚きで言葉を発することが出来なかった。
俺を神社で襲った時からおかしいと思っていたが、まさか、ここまでとは……。
「……おい、加々島。一体、何のために監視カメラと盗聴器を?」
「ふふ……なに、ただの記録さ。今後、お前たちの誰かが裏切り、抜け駆けするかも知れないだろ? それを防ぐためだ」
なるほど……そういうことか。
「あ、あの……校長先生は、このことを知っていたんですか?」
「あ、ああ……加々島君に、顧問を頼まれた時にな……」
「なに、心配するな。映像と音声に不審な点がない限り、すべてその日のうちに消去することにしている。なぁ、優衣?」
「ええ。そこは抜かりなく」
いや、そういう問題じゃないだろう……。
最早、生徒がやっていい範疇を超えている気がするが。
権田校長も、加々島には強く言えないみたいだし……。
まったく、最悪な二人が手を組んじまったもんだ。
「さて、もう一つの話だが……」
「琴羽、終わったわよ」
パソコンの手を止め、西沢が携帯からケーブルを外し、机の上に並べた。
「おっと、ご苦労だったな優衣。それでは皆、携帯を受け取ってくれ。話はそれからだ」
俺は自分の携帯を受け取り、異変がないかどうか調べてみた。
恵介や樹、北条も携帯を調べ始めている。
「う~ん……今のところ、僕の携帯は普通かな。樹はどう?」
「ボクのも、何も変わってないように見えるけど……」
「わたしもです。暁斗さんは、どうですか?」
「……なんか、知らない番号がアドレス帳に登録されてるんだが……」
恵介や樹以外の知らない番号が、なぜ俺の携帯に……?
恵介たちには何も異変がないようだが、西沢の奴……何かしやがったな。
「ああ、それは私の番号だ。私が委員会の部長、暁斗が副部長ということで、一応、連絡を取れるようにしておきたいからな」
「は、はぁ!? また勝手にそんなことを……なんで俺が副部長なんかに……」
「それと、委員会の集まりがある時、私は女子メンバー、暁斗は男子メンバーに連絡を取ってくれ。ちなみに、私はお前たちの携帯番号をすべて入手している」
って、全然話を聞いてないし……。
さっき西沢がやっていたのは、番号を加々島に送っていたという訳か。
「私からの通信は、すべて非通知で掛かるようになっている。つまり、私の番号を知っているのは、暁斗と優衣だけということだな」
「う~ん……難しくて、おれにはよく分からないけど……。なぁ、おれ携帯持ってないんだけど、委員会がある時は、どうすればいいんだ?」
「ふむ、そうだな……南雲への連絡は、暁斗にやってもらうのはどうだ? 携帯はなくとも、家の電話で事足りるだろう?」
「俺がか? まぁ、別に問題はないが……」
だったら、最初から家の電話で連絡をすればいいのではないだろうか……。
いや、加々島だったら、家にも監視カメラや盗聴器を仕掛けろと言いかねない。
こいつは、目的のためなら手段を選ばないだろう……。
「しかし、なんでそこまで慎重になるんだ? たかが掲示板の噂だろ? 少しやり過ぎじゃないのか?」
「ふむ……いくら噂とはいえ、私たちの他にも火宝を狙っている輩がいるかも知れんからな。用心に用心を重ねなければ……」
加々島は、火宝伝説を単なる都市伝説だと思っていないようだな。
よくもまぁ、嘘か真かも分からない謎を追う情熱が沸いてくるものだと感心する。
「さらに用心の一環として、お前たちの携帯に、ある仕掛けをしておいた。それが二つ目の話だ」
「は? まだ何かやってたのかよ!」
「その説明は優衣から話してもらおう。頼む、優衣」
「ええ、では」
西沢は、静かにうなづいて俺たちの方に顔を向けた。
「これから、火宝伝説の謎を追っていくにあたり、皆さんが暁斗さんや琴羽以外の人と携帯で話す場合、その会話やメール内容は、すべてこちらで管理させてもらいます」
「は、はぁ!? おい、一体どういうことだ西沢!」
「安心して下さい。先程の監視カメラや盗聴器と同様、問題がなければ、記録はすべて消去します。もちろん、皆さんのプライベートには、出来る限り配慮するつもりです」
いや、そういう問題じゃないし……。
これでは、自由に携帯で話すことが出来ないじゃないか。
というか、西沢はあの短時間で、全員の携帯に仕掛けを施したことになる。
「おい、恵介……西沢って、一体何者なんだ?」
「えっと、確か……パソコン部に入っている天才高校生ハッカーって噂だよ? まぁ、本当かどうか分からないけど……」
「でも、ボクたちの携帯にこんなことをするなんて……その噂、もしかしたら本当かも……」
「なんだか分からないけど……ニシがすげぇってことだけは理解したぜ!」
確かにすごいかも知れないが、加々島といい西沢といい、まさに犯罪スレスレ……いや、もしかしたらこれはもう、犯罪なのではないか?
明らかにやりすぎだぜ……。
北条も、どこか不安げな表情を浮かべている。
「あ、あの……校長先生? これは、さすがにやり過ぎだと思うのですが、止めなくていいんですか?」
「そ、そうは言っても……顧問を引き受けてしもうたし、今さら断るのも悪い気がするしのぉ……」
権田校長は、二人に弱味を握られているのか?
これは、何を言っても無駄そうだな……。
「はははは! そう心配するな。警察沙汰になるようなことは、絶対ないと誓おう。さて、私の話は終わりだ。そろそろ、今日の活動について語るとしよう」
にやりと笑みを浮かべた加々島は、自分の携帯を受け取り、そのまま自分の席へ戻って行った。
まぁ確かに、加々島と西沢なら、そんなへまはしないだろう。
仕方ない……話に乗った以上、最後まで付き合うしかないか。
「それで? 今日の活動って、一体何をするつもりなんだ?」
「ふむ……今日の活動についてだが、まずは、火宝の隠し場所を特定することだ」
「隠し場所の特定? しかし、火宝伝説の話からじゃ、特定することは出来ないんじゃないのか? まさか、陽神市内をすべて探す訳にもいかないだろ?」
「ああ、無論そんな面倒なことはしないさ。ちゃんと、場所を特定するヒントはある。優衣」
「ええ」
西沢はパソコンに何かを打ち込み、画面を俺たちの方に向けた。
覗き込んで見れば、そこにはオカルト、都市伝説関連の掲示板が映し出されていたのである。
「まさか……この掲示板に火宝伝説の話が投稿されていたのか?」
「ええ、その通りです。そしてつい先日、新たな投稿が確認されました」
その掲示板には、このようなことが書かれていた。
『神奈備雪子の残した手紙に、火宝の隠されし場所が書かれている。その手紙は、陽神高校図書室の書庫にあり』
「と言うことで、今から私たち陽神調査委員会は、図書室へ向かおうと思う! 皆、異論はないな?」
「ちょっ、ちょっと待て! 今から図書室に行くのか!? もう夜も遅いし、それに、今から図書室に行っても、担当の先生はいないんじゃ……」
「いや、その心配は無用じゃ。何せわしが、その書庫を管理しているのだからな」
おいおい……勘弁してくれよ。
この権田校長は、最早何でもありか。
やれやれ……どうやら、今日はまだ帰れそうにないらしい。