怪盗・青玄の正体―推理編―
第六章 帰宅部
陽神市に伝わる、火宝伝説。
俺は何の因果か、先祖である神奈備家が関わっているその伝説に巻き込まれてしまった。
しかも、貴重な夏休みが潰れるという悲惨な目にも遭っている。
火宝伝説の謎を追うのは、俺が所属している――と言うか、所属させられた陽神調査委員会だ。
委員長である加々島琴羽を筆頭に、火宝伝説の謎を追っていた俺たちの前に、謎の人物が現れた。
怪盗・青玄
彼女もまた、俺たちと同じく火宝伝説の謎を追っていた。
しかも、自らの妹である西沢優衣は陽神調査委員会に所属しており、互いに争っている状態。
こんな状態で、まともに火宝を探せる訳もなく、俺たちは何度も青玄に邪魔をされてきた。
しかし幸いにも、俺たちと青玄は、まだ火宝を見つけられていない。
いや、行き詰まっていると言った方が正しいのかも知れないな。
すべての暗号を解き、火宝が隠されているであろう陽神神社の丘に、火宝らしき物は何もなかった。
これは、一体どういうことなのだろうか……。
まぁ、分からないことはいくら考えても仕方がない。
火宝のことは、取り合えず頭の片隅にでも置いておいて、それよりもまず、俺たちにはやらなければならないことがある。
怪盗・青玄の正体を暴くことだ。
怪盗・青玄は、変装の達人。
俺の推理が正しければ、青玄は俺たちの中にいるはずだ。
本当は、一人ずつ取り調べて変装を解けば一発なのだが、それでは、俺のプライドが許さない。
確固たる証拠を突きつけて、青玄の正体を暴いてやる!
と、意気込んだのはいいものの、あれから、もう三日が経ってしまった。
いまだに、青玄の正体は分からないままだ。
警察の方でも、青玄の指名手配が出されているが、こちらはあまり期待出来ない。
この三日間、青玄に新たな動きはないし、そもそも、相手は変装の達人だ。
そう簡単に、捕まるとは思えない……。
ただ、俺だってこの三日間、遊んでいた訳じゃない。
俺なりに推理をし、青玄の正体がぼんやりと見えてきたところだ。
正体がはっきりしないのは、確固たる証拠がないだけ。
あと、もう少しで何か分かりそうなんだがな……。
「お疲れ様です、暁斗さん。推理は順調ですか?」
「ご苦労な事だな、暁斗! ほら、差し入れを持ってきたぞ」
その時、図書室の扉が開いて、西沢と加々島が入ってきた。
加々島の手には、自販機で買ってきたであろう、缶ジュースが握られている。
「おお、サンキュー! ちょうど、喉が渇いていたところだったんだ!」
まさに、タイミングバッチリだ。
加々島から缶ジュースを受け取り、一気に飲み干す。
図書室の窓は開いていたが、今日も一日暑くなりそうで、風はあまり吹いていない。
「ふぅ~、生き返った――!!」
「はははは! いい飲みっぷりだな、暁斗!」
「ところで暁斗さん、何か分かりましたか?」
息つく間もなく、西沢が俺の隣に腰掛けた。それに続いて、加々島も椅子に座る。
「おいおい、少しは休ませてくれよ西沢。ようやく、青玄の正体がぼんやり見えてきたところなんだ」
空になった缶を机の上に起き、俺はもう一度西沢のパソコンに目を通した。
俺たちは今、高校の図書室にいる。
夏休みという事もあり、校内には部活動中の生徒たちしかいない。
図書室にも、今は俺たち三人だけだ。
今日は、陽神調査委員会の活動として、権田校長に許可を貰っている。
念のため、俺たちは全員制服姿だ。
急だったこともあり、集まれたのは西沢と加々島だけだったが、西沢のパソコンを確認出来ただけで、今日はいい収穫になった。
やはり、俺の思った通りだった……。
「しかし、集まれたのが私と優衣だけとは、少し寂しい気もするな……」
「仕方ないだろ? 恵介や南雲だって部活で忙しいんだ。と言うか、お前たちは部活に行かなくていいのか?」
「ははは、心配は無用だ暁斗。私がいなくとも、弓道部の活動に支障はないだろう。それに、これもれっきとした部活動だからな!」
「ええ、琴羽の言う通りです。それよりも暁斗さん、姉さんはメンバーの誰に変装しているのですか?」
確かに。こいつらは部活を少しさぼったところで、腕が落ちることはないだろう。
それよりも、二人は青玄の正体を早く知りたいらしい。
「ああ。まだ確定じゃないが、青玄の正体は……たぶんこいつだろう」
と、俺はパソコン画面を指差した。
今、パソコン画面には二つの映像が映し出されている。
それは、今までに二回開かれた陽神調査委員会の会議の様子を捉えた映像だ。
一回目は、神奈備雪子の手紙を推理した時。
二回目は、北条の家で四柱の謎を解いていた時だ。
まぁ、二回目の会議は途中で映像や音声が切れているけどな……。
「ふむ、なるほど。青玄はこいつに変装していると、暁斗は推理した訳だな」
「しかし、その根拠はあるのですか?」
「ああ、もちろんだ西沢。前も言った通り、青玄は会議の内容を知っていて、俺たちよりも先に神社に来ていた」
「ええ、その通りです。だから、姉さんは委員会メンバーの誰かに変装して、情報を入手したのだと、暁斗さんは言っていましたよね?」
「ああ。その情報を踏まえて、もう一度二つの映像を見比べてみてくれ」
映像を再生し、二人がもう一度二つの映像を見比べる。
しばらくして、二人が何かに気が付き、フッと笑みを浮かべた。
「ふふふ……なるほどな。この二つの映像には、どちらにも同じ人物が映っているな」
「ええ。しかも、その人物が怪盗・青玄、という訳ですか」
さすが、二人とも鋭いな。
二回開かれた会議には、委員会メンバーが全員集まった訳ではない。
どちらの会議も、用事だったり、八咫烏に襲われた後の処理などで、別のメンバーが集まっていた。
だが、こいつ一人だけ、どちらの会議にも出席していたのだ。
会議が終わってから再び集まるまで、だいぶ時間があった。
こいつなら、神社に仕掛けを施して、青玄として俺たちの前に現れることは可能なはず。
しかし……まだ、一つ疑問が残っている。
「確かに、こいつなら会議内容を入手するのは可能だな。だが、まだ何か悩んでいる様子だな、暁斗?」
「そうですね。先程も、まだ確定していないと言っていましたし」
「……たくっ、すべてお見通しかよ。まぁ、お前らの言う通りだ。こいつには、二回目に神社へ行った時、完璧なアリバイがあるんだ」
「完璧なアリバイ、ですか?」
しかも、その証人は俺自身だ。
このアリバイを崩す事が出来れば、こいつが青玄だと、ほぼ確定する。
こいつのアリバイを崩すには、あの場所にあった電化製品の一つを調べれば、はっきりするはずだ。
「なぁ、西沢。一つ、お前に頼みたい事があるんだが、いいか?」
「ええ、ワタシは構いませんが」
「実はな、丘の先にあった雑木林に、電化製品が不法投棄されていたんだ。西沢には、その中からCDラジカセを持ってきて貰いたい」
「CDラジカセ? そんなもの、一体何に使うつもりだ、暁斗?」
「たぶん、そのCDラジカセは壊れているだろうが、西沢なら直せるはずだ。CDラジカセに入っている内容によっては、それが動かぬ証拠になる」
「分かりました。すぐに回収に向かいましょう。恐らく、修理が終わるのは夕方ぐらいになるかと」
西沢は、何の躊躇もなく二つ返事で承諾した。
まぁ、自分の姉のことだし、西沢も張り切っているんだろう。
「よし! そう言うことなら私も協力するぞ、優衣! さっそく、今から神社へ出発だ!」
「おい、待て待て加々島! お前、弓道部はいいのかよ?」
「おお、そうだったな……なら、今日は早めに切り上げるとするか!」
弓道部は遊び半分かよ……。
時間は、もう午前十時を回っている。
俺も、そろそろ家に帰らなければいけないな。
「では、ワタシもそろそろパソコン部に戻ります。結果が分かり次第、暁斗さんにお伝えしますね」
「ああ、よろしく頼むよ西沢」
「今度は、何か分かったら先駆けせず、私たちにもすぐ知らせろよ!」
「はいはい、言われなくても分かってるよ……」
西沢はパソコンを閉じ、加々島と共に図書室を出ていった。
ふと窓の外を見れば、さっきまで晴れていた空に、どんよりとした厚い雲が掛かってきている。
こりゃ、雨が降り出す前に帰った方が良さそうだな。
灰色の雲が、空一面を覆い尽くしている。
まさに、曇天と言うやつだ。
幸いにも、まだ雨が降り出す気配はない。
今日はバスではなく、自転車で来ていたので、早く家に帰らなければ一降りあるかも知れないな。
中央区を抜け、あともう少しで北区に到着する。
「やれやれ……ようやく、青玄の正体が掴めそうだな。とっととこんな事を終わらせて、夏休みを満喫したいぜ……」
一人言と共に、思わず溜め息が漏れる。
前方の交差点の信号が赤になり、自転車を白線の前で止めた。
くそっ、タイミングが悪かったな。ここの信号は、青に変わるまで結構時間が掛かるんだよな……。
まぁ、いいや。
天気は心配だが、そんなに慌てて家に帰ることはない。
むしろ、考え事をするには、自転車を漕いでいない方がいい。
車が目の前を通り過ぎて行くなか、俺は目を閉じ、もう一つの疑問について考えを巡らしてみることにした。
それは、怪人・八咫烏の事件についてだ。
青玄の協力者は、月岡竜大の他にもう一人いる。これは、間違いないだろう。
その協力者が、怪人・八咫烏に変装し、俺たちの前に姿を現していたのだ。
その、もう一人の協力者については、大方見当が付いている。
しかし、分からないのは青玄に協力する動機だ。
なぜ、あの人は青玄に協力して俺たちの邪魔を?
とにかく、青玄と八咫烏が仕掛けた謎はすでに解けている。
まず、八咫烏に変装した青玄が東区に姿を現して、東のペンションを襲った。
俺が恵介から連絡を受け、東区に自転車で駆け付けている間に、青玄は西区に移動したのだ。
襲われたのは朝早くだったので、西区に移動する時間は充分にあっただろう。
そして、今度は青玄が西区に現れたわけだが、この謎を先に進ませるためには、俺を西区に誘導するしかない。
そんなことを出来たのは、やはりあいつだけだ。
青玄の正体を特定出来たのは、この謎が解けたことも関係がある。
その後、青玄は西沢を襲い、俺たちが駆け付けるとその場から姿を消した。
そして今度は、青玄が南区に待機していたもう一人の協力者に連絡を取り、その協力者が八咫烏に変装して、南雲の旅館を襲ったのだ。
俺たちが南雲の旅館に駆け付けた時、その協力者は堂々と俺たちの前に姿を見せていた。
そして、そいつは俺たちよりも先に北区に向かったのだ。
青玄は、西沢が襲われた段階で、俺が謎を解くことを読んでいたのだろう。
でなければ、この謎を先に進ませることは出来ない。
まったく、恐ろしい奴だ……。
すでに謎が解けていた俺たちは、最後の場所、北条の家に向かった。
そこで、青玄の仕掛けていた煙玉が発動したのだが、それと同時に、八咫烏が家の屋根に出現した。
その時、青玄はメンバーの一人に変装し、俺の側でその光景を眺めていたのだ。
屋根に現れた八咫烏は、先回りしていたもう一人の協力者である。
奴は、煙に紛れて俺たちの前から姿を消し、北条の家の窓ガラスを割った。
そして、何食わぬ顔で俺たちの前に姿を現したのだ。
もう一人の協力者は、その後陽神神社に姿を現し、樹を矢で射抜こうとした。
あの人なら、青玄と協力してマジック紛いのことをしたり、矢を射ったとしても、不思議ではない。
とまぁ、怪人・八咫烏に関する考察はこんなところだろう。
あとは、西沢と加々島からの連絡を待ち、その結果次第で、決定的な証拠を掴むことが出来る。
目をゆっくり開くと、ちょうど信号が青になった。
自転車を再び漕ぎ出そうとした時、灰色の空からポツポツと音を立て、雨が降り出して来た。
「ちっ、降ってきたか……。こりゃ、早いとこ家に帰らねぇとな……」
まるで、今の俺の心境だな。
もう少しですべての謎が解けそうなのに、まだモヤモヤした疑問がいくつか心の中に残り、灰色の雲となって漂っている。
雨が降り出した灰色の空を睨み付けながら、俺は自転車を漕ぐスピードを上げた。




