陽神神社の攻防
小学生の時に使っていた竹刀。
まさか、もう一度使うことになるとは思ってもみなかった。
引っ越しの時、一緒に持ってきておいてよかったぜ。
押し入れの中でほこりを被っていたが、まだまだ使えそうだ。
縁側でほこりを払い、何回か素振りしてみる。
腕は多少鈍っているだろうけど、竹刀を手にすると、昔の感覚が徐々に蘇ってきた。
こうやって竹刀を持つのは、加々島と対峙した以来か……。
あの時は、とっさに体が動いて加々島の動きを止めることができた。
もし青玄が現れたら、もう一度同じように動けるだろうか……。
そんなことを考えながら竹刀を振っていると、家のチャイムが鳴り響いた。
たぶん、西城たちが訪ねてきたんだろう。
時間は、もう昼前だ。
石集めは、さすがに時間が掛かったか……。
「おおっ! 神奈備君。待たせて悪かったね」
「いえ、こちらこそすいませんでした。いきなりこんなことを頼んでしまって……」
「気にしないでよ、神奈備君! もう、皆の事情聴取は終わってて、僕たちも、結構暇だったから……」
「こら、海藤! 余計なことを言うんじゃない!」
西城が、ふざけた海藤を小突いた。
この光景も、何だか慣れてしまったな。
「それで? 東と西沢は、例の石を持っていましたか?」
「ああ。神奈備君の言う通り、二人の家に石が保管してあったよ」
西城が懐から取り出したのは、青と緑の石だった。
大きさは、どちらもビー玉ほど。
よし……これで、すべての準備は整ったな。
「どっちの石も、家宝として大事に保管されていたよ」
「でも、神奈備君。その石を、一体何に使うつもりなんだい?」
「あ、えっと……話すと長くなりますので、省略させてもらいます……」
怪盗・青玄のことは話しているが、火宝伝説の話はまったくしていない。
話している時間もないし、今はとにかく、神社で待っている南雲たちの所へ急がないといけないな。
俺は西城から二つの石を受け取り、ポケットにしまい込んだ。
「あの、西城さん。東と西沢は、何か言っていましたか?」
「うむ。東さんの方は、何も疑問に思うことなく石を渡してくれたが、西沢さんの方は、少しいぶかしげな様子だったな……」
やはり、西沢は怪しんでいるな。
監視カメラと盗聴器を取り外したことは、すでに西沢も分かっているだろう。
それでも石を渡してくれたと言うことは、俺の意図に気付いたのか……?
「……そうですか。ありがとうございました。それで、もう一つ頼みたいことがあるんですが、いいですか?」
「いいよいいよ! どうせ暇ですし。ですよね、警部?」
「だから、お前は余計なことを言うな!」
西城が、へらへら笑う海藤を再び小突いた。
この二人は、本当にいいコンビだな。
と言うか、俺が頼んでおいて何だが、西城たちは自分たちの仕事をしなくてよいのだろうか……。
「それで? 頼みたいこととは?」
「はい。これから俺と一緒に、陽神神社に来てくれませんか?」
「陽神神社に……かね?」
「はい。もしかしたら、また怪盗・青玄が現れるかも知れません。念のため、西城さんたちにも協力してもらいたいんです」
「な、何!? 怪盗・青玄がか! そうか……また、何か考えがあるのだね、神奈備君」
さすが、西城は話が早い。
「分かった。青玄を捕まえられるなら、私たちも喜んで協力しよう。海藤! 急いで車の用意だ!」
「はい! 任せて下さい!」
海藤は威勢よく応え、急いで外に停めてあるパトカーに向かって走っていった。
さて、今度こそうまくいってくれよ……。
俺たちの乗った一台のパトカーが、陽神小学校の近くに停まった。
陽神神社の境内には車を停める駐車場がなく、ここからは歩いて神社を目指すことになる。
もう陽は高く、これからますます暑くなる時間帯だ。
山の上と言うこともあって、ここはまだまだ涼しい風が吹いているが、それでも暑いことに変わりはない。
早いとこ火宝を見つけ出し、さっさと帰りたいものだ。
神社へ向かう途中、俺は西城たちに火宝伝説の話を大まかに話した。
「ほぉ……そんな話が、この陽神市に伝わっていたとはなぁ……」
「やっぱり、西城さんたちも初耳でしたか?」
「そうだね。僕も、今まで聞いたことなかっよ」
火宝伝説は、やはり一般には伝わっていないことが、これではっきりした。
そして、火宝伝説の内容をネットの掲示板に載せたのは、火宝伝説の関係者だと言うことも、これで確定した。
なぜそんなことをしたのかは、いまだ分からずじまいだが……。
「しかし、その火宝とやらを狙って怪盗・青玄が現れるとはな。まったく、厄介なことになったものだ」
「はい、まったくですよ。おかげで夏休みは台無しですしね……」
「で、でも……今回は自信があるんだよね、神奈備君?」
「はぁ、まぁ……そうだといいんですけど……」
わざわざ、二重の暗号まで仕掛けているんだ。
謎を解いたからといって、そう簡単に火宝が見つかるとは限らない。
「おっ、来た来た……おーい、アッキー!」
境内に続く階段の前で、南雲たち三人が待っていた。
真っ先に俺たちに気がついた南雲が、元気のいい声を響かせる。
「うるせぇな、お前は……。もう少し静かにできないのか?」
「へへへ、悪い悪い。アッキーが待ちきれなくてよ! ついつい、嬉しくなっちまってな!」
南雲はそう言って、ニカッと笑った。
その笑顔は、まるで無邪気な少年のようだ。
「暁斗君。それで、残りの石は集まった?」
「ああ、西城さんたちの協力でな。ほら、この通り……」
俺は、ポケットから四つの石を取り出した。
その石は木漏れ日の光に照らされて、キラキラと輝きを放っている。
「やっぱり、暁斗さんの推理通りでしたね。これで、火宝への道が開かれるんですね?」
「ああ、暗号の答えが合っていればの話だけどな。それより、俺たちが来るまでの間、誰か他に来た奴はいないか?」
「うん。ボクたち、ずっとここで待ってたけど、怪しい人は誰も来なかったよ。ねぇ、北条さん」
「はい。父も母も、今は休憩時間で家に戻っていますし、境内には今、誰もいないと思います」
と言うことは、青玄はまだ来ていない訳だな。
これは、今度こそ青玄を出し抜けたか?
「なぁ、それよりもアッキー。何でまた、警察のおっさんたちが一緒なんだよ?」
「おっ、おっさんって……警部はともかく、僕はまだ二十代なんだけど……」
「おい、海藤。何か言ったか?」
「あっ、いえ……何でもありません……」
海藤はギロリと西城に睨まれ、押し黙ってしまった。
まったく、南雲は容赦ないな……。
「西城さんたちには、ここで見張りをしてもらうんだよ。もし青玄が現れた時、すぐに捕まえられるようにな」
「なるほど~、そう言うことか。確かに、下へ行くには、この道を通るしかねぇからな!」
俺たちが境内に行き、西城たちにはここを見張ってもらう。
そうすれば、いくら青玄でも簡単には逃げられない。
何せ、ここは一本道だからな。
「それでは、私たちはここで待っているよ。神奈備君、くれぐれも、無茶だけはせんようにな」
「ええ、分かっていますよ西城さん。それじゃあ、行ってきます」
「何かあったら、すぐに僕たちを呼んでね!」
俺たちは西城と海藤をその場に残し、境内へ向かった。
いよいよ、火宝とご対面だな……。
と、意気込んでみたはいいものの……。
暑い……疲れた……階段を上る足が重い……。
今日一日で四地区を回るのは、さすがに無理があったか。
俺と一緒に行動を共にしていた樹も疲れたようで、階段の遥か下にいる。
この中で一際元気なのは、南雲だけだ。
「おーいっ! 早く来いよアッキー! イッキー!」
「たくっ、やかましいな南雲は……。あいつの体力は無尽蔵か?」
南雲は、あと一歩で境内に辿り着く。
時折爽やかな風が吹き、森がザワザワと音を立てる。
涼しいことは涼しいのだが、この暑さが勝っていて、汗がジワリと沸き出てくる。
「大丈夫ですか、暁斗さん。さぁ、あともう少しですよ! 頑張りましょう!」
俺の横を、軽い足取りで駆け抜けて行くのは、北条であった。
北条も額に汗をかいているが、疲れている様子はまったく見せていない。
むしろ、北条は爽やかな笑顔を浮かべており、まだまだ元気一杯といった様子だ。
軽音部でドラムを演奏しているだけあり、体力はかなりあるのだろう。
この二人を見ていると、何だか自分が情けなくなってくるな……。
俺も、少しぐらい鍛えた方がいいんだろうか。
「おい、樹! 大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫……ボクのことはいいから、先に行ってて……」
樹は、片手を上げて力なく応えた。
やれやれ……樹のためにも、ここは早いとこ火宝を見つけ出し、切り上げた方がよさそうだ。
「なっ!? て、てめぇ……何でこんなところにいやがる!!」
その時、一足先に境内へ着いていた南雲の、怒鳴るような声が響いた。
南雲は竹刀を構え、ただ真っ直ぐ境内の社を睨み付けている。
「そ、そんな……! あなた、一体いつからそこに……?」
南雲に次いで境内へ上がった北条も、社の方角を見て驚きの表情を浮かべた。
「お、おいおい……まさか……」
嫌な予感がしつつ、俺は急いで境内へ駆け上がっていった。
「よぉ、神奈備。そして、陽神調査委員会の諸君。ここまでご苦労だったね」
境内にいたのは、スパンコールの散りばめられたスーツを身に纏った、金髪の男……いや、女だったな。
両手には、ダーツの矢を、まるでクナイのように持って構えているその女……。
月岡竜大だ。
「ちっ! 嫌な予感が的中だ。まさか、待ち伏せしてやがるとはな……」
「で、でもよぉ! さっきまであいつはいなかったんだぜ? なぁ、りなっち?」
「は、はい……下では西城さんたちが見張っていましたし。その前から、わたしたちは階段の前にいた訳ですから、誰も境内には入れないはず……なんですが……」
不意を食らって、南雲も北条も動揺を隠せない様子だ。
階段の前を通らなくとも、ずっと境内に隠れていた可能性もある。
しかし、その場合だと、俺たちの会議内容が青玄に漏れていたということだ。
「ど、どうしたの暁斗君? 一体何が……って、ああ! つ、月岡先輩……」
遅れて階段を上ってきた樹も、月岡竜大の姿を見て、驚きの声を上げた。
月岡竜大は、俺たちが全員揃ったのを確認すると、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「神奈備、オレ様は嬉しいぜ。今日もまた、お前に会えたんだからな。まさに、運命の人って感じだな」
「はっ、冗談じゃない。こっちは、もう二度と会いたくなかったぜ」
「そうだそうだ、この野郎! てめぇみたいな奴に、アッキーは絶対に渡さねぇからな!」
いや、今はそんなことで争っているんじゃないんだが……。
「ははは! 相変わらず面白い奴らだ。まぁ、いい。前置きはこのくらいにして……神奈備、さっさと四つの石を渡せ。持ってるんだろ?」
やはり、会議内容が完全に漏れている!
しかし、一体誰が青玄に情報を漏らしたんだ?
あの会議に出ていたのは、樹、南雲、北条の三人。
まさか……この三人の中に、青玄の協力者がいるっていうのか?
もしくは……監視カメラと盗聴器で俺たちを見張っていた、西沢か……。
だが、あの時は核心に迫る話をする前にすべて外したし、西沢に漏れるはずが……。
いや、考えるのは取り敢えずあとだ!
まずは、目の前の月岡竜大をどうにかしないと……。
「樹、それから北条さん。少し下がっていてくれ」
「う、うん……分かったよ暁斗君……」
「あ、あの……お二人とも、どうかお気をつけて……」
敵は、月岡竜大だけとは限らない。
昨日みたいに、どこから青玄が現れるか分からないからな。
念のために樹と北条を下がらせ、竹刀を構えた俺と南雲が一歩前に出た。
「おやおや……その様子だと、大人しく石を渡すつもりはないみたいだね?」
「当然だ! せっかく、火宝が目の前にあるんだ……そう簡単に退けるかよ! なぁ、アッキー!」
「そうだな。わざわざこの暑いなか、こんな所まで来たんだ。退くのはお前の方だぜ、月岡竜大!」
「はっはー! そうこなくちゃ面白くないぜ! もうすぐ、先生も到着する頃だ。その前に、サクッと終わらせねぇとな!」
ん? もうすぐ先生も到着する頃……。
月岡竜大の言葉が本当なら、青玄はまだこの場に来ていないのか?
なら、月岡竜大の役目は、青玄が来るまでの時間稼ぎ……。
チャンスだ!
月岡竜大一人だけなら、どうとでもなる。
久々に、南雲と“連携”を決めてみるか……。
「南雲……俺が正面から攻めて月岡竜大を引き付ける。お前は、その間に横から……」
「おぅ! 分かったぜ、アッキー。へへっ、久しぶりだなぁ……アッキーと連携を決めるの……」
南雲は、嬉しそうにニコニコしながら竹刀を構えた。
さ~て……俺の体が思うように動いてくれるか……。
「おいおい……何をこそこそ話してやがる? まさか、このオレ様に勝つ気でいるのか?」
「ああ。そのまさかだよ」
「はははは! 面白ぇ冗談だ。見たところ、今日は銃をぶっ放つ女はいないみたいだが、どうやって間合いを詰める気かな?」
確かに、今日は遠距離から攻撃を放つ恵介や西沢がいない。
しかし、南雲と力を合わせれば、間合いを詰めることなど他愛もないことだ。
「ほら! 怪我をしたかったら、とっとと掛かってきな!」
「言われなくても行ってやるよ……南雲、用意はいいか?」
「ああ。いつでもいいぜ、アッキー!」
南雲と目配せをし、俺は竹刀を構え、月岡竜大に向かって突進していった。
「ヒューッ! 真っ正面から向かってくるとは、何とも愚かな奴だ!」
月岡竜大は、指の間に挟んだダーツの矢を、俺の足元に向かって一斉に投げつけた。
(これは確か……爆発する矢だったな。よし! ならば……)
「南雲! 今だ!」
ダーツの矢を避け、一歩後退しつつ、俺は南雲に合図した。
「おらおらぁ! おれはここだぜ!」
「な、なにぃ!?」
南雲は近くの大木を蹴り、その反動で空中に浮かび上がった。
南雲は竹刀を振り上げ、そのまま月岡竜大に振り下ろす。
「こしゃくなぁ! こっちにはまだ、ダーツの矢が残ってるんだぜ!」
竹刀を振り下ろしてくる南雲に向かって、月岡竜大は負けることなく、ダーツの矢を放つ。
「へっ! まだまだぁ!」
南雲は、華麗な竹刀捌きでダーツの矢をすべて打ち落とし、そのまま月岡竜大を後方へ蹴り飛ばした。
「ぐおっ!? な、何だこいつ……化け物かよ……」
「まだまだ! さらに追い討ちだぁ!」
体勢を崩した月岡竜大に向かって、南雲がさらに追撃をする。
「ふんっ! あまいあまい!」
地面に倒れ込んだ月岡竜大は、間髪入れずにその場で指を鳴らした。
瞬間、地面に突き刺さっていたダーツの矢から白い煙が吹き出し、一斉に爆発を起こしたのである。
「うぉ!? くっそ……何なんだこりゃあ!?」
南雲は爆風に煽られ、思わず後退した。
「ヒューッ、危ない危ない……さて、こっから立て直しだな……」
「残念ながら、これで終わりだ!」
竹刀を構えた俺は、月岡竜大が体勢を立て直す前に、爆風が巻き起こる中に飛び込んで行った。
「なっ、なにぃ!?」
「月岡竜大……あまいのは、お前の方だったな!」
爆風を突き抜けた先に、月岡竜大の姿を捉えた。
一気に間合いを詰め、俺はそのまま竹刀を横に振り払い、月岡竜大を吹き飛ばした。
「ば、馬鹿なぁ! ま、まさか……本当の囮は……あの女……」
「そういうことだ。南雲ばかりに目を奪われていたのが、お前の敗因だよ……」
「み、見事だ……神奈備……暁斗……」
月岡竜大は、手に持っていたダーツの矢をすべて地面に落とし、そのまま気絶してしまった。
「……ふぅ。たくっ、手こずらせやがって……」
「よぉ! やったなアッキー! 久しぶりだったが、うまくいってよかったぜ!」
「ああ、自分でもびっくりだ。まさか、まだこんなにも体が動くとは思わなかったぜ……」
笑顔で近づいてきた南雲とハイタッチを交わし、俺たちは互いの健闘を称え合った。
「す、すごい……あ、あの一瞬で……月岡先輩を……倒しちゃった……」
「お、お見事です!! お二人とも、ナイスファイトでした!」
樹と北条も、驚きを隠せない様子で俺たちと合流した。
俺と南雲は小学生の時、連携と称して、よく竹刀を使った攻撃方法などを考えていたことがある。
今となっては馬鹿げた子供の遊びだったが、まさかその遊びが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「よし! これで月岡竜大は片づいたな。そんじゃ、さっさと石を嵌め込んで、火宝の場所に行こうぜ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ南雲さん! 月岡先輩はどうするのさ?」
「そうですね。いくらなんでも、こんな場所に置いていくのは、可哀想ですし……」
「それなら心配ない。南雲、西城さんを呼んできてくれ。月岡竜大は、西城さんに引き渡す」
「おぅ! 任せとけ、アッキー!」
南雲は力強く応え、急いで階段を駆け下りて行った。
「そ、そうか! 月岡先輩から、青玄のことが分かるかも知れないんだね?」
「ああ、そう言うことだ」
月岡竜大も、一応青玄の協力者だ。
警察に取り調べてもらえば、青玄に繋がるヒントが入手できるかも知れない。
しかし、その可能性は極めて低いだろうな……。
あの青玄が、いくら協力者とは言え、そう簡単に自らのことをベラベラ喋るとは思えない。
まぁ、今はできることをやるだけだな。
「いやぁ~、でかしたぞ神奈備君! これで、怪盗・青玄の情報が手に入るぞ!」
西城は嬉々とした表情を浮かべ、まだフラフラしている月岡竜大を抱えた。
「まぁ、あまり期待しない方がいいですよ。それじゃあ、あとのことはお願いします」
「うむ、任せておけ! 私たちは、また階段の下で見張っているからな」
西城は月岡竜大を引っ張り、階段を下りて行った。
「よし。俺たちは取り敢えず、石を賽銭箱の穴に嵌め込んでみるか」
「う、うん……そうだね。一体、何が起こるのかな?」
「ははは、いよいよだな……おれも、少し緊張してきたぜ……」
「わたしも、何だかわくわくしてきました! 暁斗さん、早く石を嵌めましょう!」
この場にいる全員の期待が高まっている。
俺も、さすがに緊張しているようだ。
ドキドキする胸の鼓動を抑えながら、俺は四つの石を取り出し、賽銭箱に近づいて行った。
「よし……皆、準備はいいか? 石を嵌めるぞ?」
三人が息を呑んでうなづくのを確認し、俺は一つずつ石を嵌め込んでいった。
陽の光にキラキラ輝く石は、カチッと音を立て、一つ一つ嵌まっていく。
「さて……これで、最後の一つだな……」
今のところ、境内に変化は見られない。
俺は覚悟を決めて、最後の石を賽銭箱の穴に嵌め込んだ。
念のために少し後退して、何が起こってもいいように全員が身構える。
すべての石を嵌め込んでから、一分ほどが経過した。
静かな境内には蝉の声だけが響き渡り、涼やかな風が木々をザワザワと揺らめかせている。
「お、おい……アッキー? こ、これで終わりか?」
「い、いや……そんなはずは……すべての石を嵌め込んだら、火宝への道が開かれる……はずなんだが……」
まさか、俺の推理が間違っていたのか?
しかし、四つの石はちゃんと賽銭箱の穴に嵌め込めたし、これ以上、一体何をすればいいんだ?
「も、もしかして……この四つの石が、火宝そのものなのかな?」
「そうですね……その可能性もありますよ、暁斗さん!」
「ちぇっ! つまんねぇなぁ! まさか、こんなちっこい石がお宝だったなんてよ!」
南雲は、不満そうに憤りながら賽銭箱に近づいていき、竹刀で賽銭箱を勢いよく叩いた。
「お、おい南雲! あまり乱暴なことは……」
暴走する南雲を止めようとした、まさにその時だった。
突然、ゴゴゴッという地鳴りが聴こえたかと思うと、俺たちのいる境内が揺れ動いたのである。
「うぉ!? 何だ何だ? この揺れは……」
「も、もしかして……陽神神社の神様が怒っちゃったのかも!」
「あ、暁斗さん……こ、これって……地震なんでしょうか?」
「い、いや……これは普通の地震じゃない。揺れているのは、どうやらここだけみたいだ……」
地鳴りと揺れはさらに激しくなり、砂ぼこりが舞い始めた。
周りの木々も揺れ動き、鳥が一斉に空へと飛び立っていく。
うるさかった蝉の声も、いつの間にか止まっている。
何だ……一体、何が起こっている……?
「あっ! 暁斗君! 向こうを見てよ!」
その時、樹が指差しながら大声を上げた。
樹の指差すその方向は、社の奥……丘へ続く道だ。
どうやら、砂ぼこりが激しく舞い上がっているのもその場所らしい。
異変は、さらに続いた。
地鳴りが少し収まったかと思うと、今度はドンッ! ドンッ! ドンッ! という激しい音が連続で鳴り響いたのだ。
「くっそ……何なんだよ、一体これは……」
謎の異変は、二分ほど続いただろうか。
ようやく地鳴りと揺れが収まり、舞い上がっていた砂ぼこりも徐々に収まりつつある。
「ふぃ~……ようやく終わったか。たくっ、一体何だったんだ?」
「……今のところ、特に異変は見受けられないが……」
「あっ! 暁斗さん! あれを見てください!!」
しばらくあたりを見渡していると、突然北条が興奮しながら、丘へ続く道を指差した。
「ん? どうしたんだ、北条さん。あっちに、一体何が……」
そちらに目線を向けた俺は、思わず言葉を失った。
そこには、信じられない光景が広がっていたからだ。
丘へ続く道の両脇に、先ほどまではなかった台座のような物が、奥の方までいくつも連なって設置されていたのである。
恐らく、さっきまでの地鳴りと揺れは、この台座が地面からせり上がってきた音だったのだろう。
信じられないことだが、あの四つの石を賽銭箱の穴に嵌め込むことで、台座がせり上がる仕掛けが作動するようになっていたのだ。
陽神神社にこんなカラクリが仕掛けられているなんて、思いもしなかった……。
「す、すごいや! まるで、この神社自体が遺跡みたいだ!」
「うぉーー!! テンション上がってきたぜ! おれたち、本当に宝探しをしているんだな!」
「わ、わたしも……初めて知りました。でも、暁斗さん。あの台座は、一体何なんでしょうか?」
「あ、ああ……もしかしたら、あの台座に何かを置くんだろうけど……」
しかし、あれだけ多くの台座に、一体何を置けと言うんだ?
見たところ、台座の並びはバラバラで、規則性はないように思える。
道の入り口にある最初の台座には、木々の間から木洩れ日が射し込んで………。
「な、なるほど!! そういうことか!」
「ど、どうしたの暁斗君? もしかして、何か分かった?」
「ああ、あの台座に何を置けばいいかがな。それは……姿見さ!」
「す、姿見……ですか? 姿見って、この陽神神社に保管されている物ですよね?」
「でもよぉ、アッキー……その姿見を台座に置いて、一体どうするんだよ?」
「よく見てみろ。あの入り口にある台座に、木洩れ日が射し込んでいるだろ? もし、あそこに姿見を置いたらどうなる?」
「えっと……射し込んだ太陽光が、姿見に反射して……えっ? も、もしかして!」
ようやく、北条たちも理解できたみたいだな。
「その通りだ。姿見に反射した太陽光は、次の姿見にぶつかる。そして、その姿見にぶつかった太陽光は、次の姿見に。その反射する太陽光を追っていけば……!」
「そうか! その光を追っていけば、火宝に辿り着けるんだな?」
「火宝への道が開かれん……まさに、あの暗号通りだね、暁斗君!」
それにしても、大掛かりな仕掛けだ。
雪子の手紙と四つの石で二重の暗号を仕掛け、こんなカラクリまで造るなんて……。
そこまでして神奈備家が隠した火宝とは、一体どんな宝なのだろうか。
「それで? どうすんだアッキー? まさか……今から姿見を設置するとか言わないよな?」
「いや、さすがにそれは時間が掛かるし、何枚かは破壊されている。ここは、太陽光が反射する位置を予測しながら、辿っていくしかないだろう……」
青玄が来ていない今がチャンスなんだ。
光を辿っていけば、いよいよ火宝は目の前。
何だか、ドキドキしてきたな……。
姿見を設置する台座は、道の奥まで続いていた。
しかし、この道も随分と整備されたものだ。
昔は途中までしか整備されておらず、小学生の時は道なき道を進んで丘まで行っていた。
今考えると、凄まじく重労働なことをやっていたんだな……。
まさか、高校生になって再びこんな場所へ来るなんて思ってもみなかったけど。
太陽光が反射する位置は、大体予測がついた。
設置されている台座の数も減ってきたようだし、あともう少しで火宝の隠し場所へ辿り着くだろう。
「いや~それにしても、こんな簡単にお宝が手に入るなんて、思ってもみなかったよ! なぁ、アッキー?」
「……ん? あ、ああ……そうだな……」
「どうしたの、暁斗君? さっきからずっと押し黙っちゃって……」
「もしかして、まだ何か考え事をしているんですか?」
「ああ。いくつか、気になることがあってな……」
丘へ向かって進んで行くうちに、様々な疑問が浮かび上がってきた。
まず、何で神奈備家は北条家まで利用して、火宝を隠す必要があったんだ?
そもそも、北条家は白羽家に仕えていた。
神奈備家にとって、白羽家は恨むべき相手だ。
なのに、そこに仕えていた北条家を利用して、大量の姿見や大掛かりなカラクリまで用意していた……。
その行動が、どうしても解せない。
そしてもう一つの疑問は、この大掛かりなカラクリについてだ。
太陽光を反射し、光の筋を追っていけば、火宝に辿り着ける……。
そう言えば、神奈備家は北条家だけではなく、残りの三家も利用していたよな。
四つの石を集め、賽銭箱の穴に嵌め込めば、カラクリが発動する。それ自体は別に不思議なことではない。
問題は、あの姿見が本当に太陽光を反射するのか、ということだ。
レーザー光なら分かるが、普通の鏡が太陽光を次々に反射していくなんて、そんなことが本当に可能なんだろうか。
それに、例え反射したとしても、この道は一本道で、他に外れることはできないはずだ。
光の筋を追っている限り、このままだとあの丘へ到着してしまう。
丘に火宝がないことは、青玄も言っていた。
なら、あの暗号の意味は……?
本当に……火宝なんかあるのだろうか……。
「………斗君……暁斗君ってば!」
そんな、元も子もないようなことを考えていた俺は、樹の声でハッと我に返った。
「……ん? どうしたんだ、樹?」
「どうしたもこうしたもねぇよ、アッキー! さっきから……何かおかしいんだ……」
南雲が、なぜか竹刀を構えて周りを警戒している。
そう言えば……何だか、あたりに白いもやが掛かっているな……。
「つい先程からなんです。何なんでしょうか、暁斗さん……」
「もしかして……霧が出てきたのかな?」
「いや、こんな天気のいい日に霧が発生するなんてあり得ない。これは………恐らく、白煙だ!」
その時、突然シューッという音が聴こえ始めた。
その音と共に、白い煙の量が増え、一気に俺たちを包み込んだ。
さらに、周りからは破裂音まで響いている。
「くそっ! 間違いない! これは……青玄の仕掛けた煙玉だ!」
「ええっ!? そ、そんな……な、何で怪盗・青玄がこんな場所に……」
「ちっくしょーー! 何にも見えねぇ! おらぁ! 怪盗野郎! 隠れてないで、さっさと出てきやがれ!」
白煙はさらに濃さを増し、まるでホワイトアウト状態だ。
こんな一本道で、もし青玄が現れたらひとたまりもない。
「で、でも……怪盗・青玄の姿も見えませんし、声も聞こえませんよ? 本当に……怪盗・青玄がいるのでしょうか?」
「さぁな、それは分からない……今はともかく、丘に向かって走ろう! そこまで行けば、煙も晴れるだろう!」
「よっしゃあ! ここは一本道だ! とにかく、全力で前に進むだけだな!」
白煙のなか、南雲の駆け出す足音が聴こえた。
「北条さん、樹! 俺たちも行くぞ!」
「暁斗君、先に行って! ボクたちは、あとから行くよ!」
「はい、樹さんの言う通りです! わたしたちのことは、心配しないで下さい!」
「……分かった! 無理だけはするな。ヤバイと思ったら、すぐに引き返すんだ!」
二人の応える声が聞こえたのを確認し、俺は南雲を追って走り出した。
丘までは、もうそんなに掛からない。
一寸先は白い世界だが、気をつけて走れば、道を外れることはないだろう。
しばらく走っていると、徐々に煙が晴れ始めた。
木々の間から射し込む木洩れ日が、宙を舞う白煙をキラキラと輝かせる。
それにしても、青玄はどれだけの煙玉を用意していたんだ?
恐らく、この煙玉は昨日のうちに仕掛けておいたものだろう。
昨日、俺たちがこの道へ来ることを想定していたのだろうが……。
しかし、なぜ俺たちが来た途端に煙玉が発動したんだ?
遠隔操作なのか、もしくは青玄がどこからか俺たちを見ていて、発動させたのか……。
どちらにしろ、青玄が近くにいる可能性は十分にある。
ここからは、気を引き締めて掛かった方がいいな……。
「おっ? やっと来たか……おーい、アッキー! こっちだぜ!」
白煙を抜けた先に、南雲の姿を捉えた。
さすがに南雲は速いな。もう、丘に到着して俺を手招きしている。
「あれ? イッキーとりなっちは?」
「あ、ああ……二人は、あとからゆっくり来るらしい。ふぅ……久々に走ったな……」
「たくっ、だらしねぇなアッキーは。まぁ、とにかく……丘には無事に着いたな」
白煙に包まれた薄暗い林道を抜けた瞬間、眩い陽の光が俺を出迎えた。
昨日は来れなかった、丘の上だ。
道は整備されていたが、この丘は何も変わっていないな……。
少し開けたこの丘からは、陽神市内を一望できる。
丘の中央には、例の大きな岩が静かに佇んでいた。
青玄が調べたのだろうか、岩の周りには土を掘ったような跡が残っている。
しかし、火宝は見つからなかったんだよな……。
にしても、久し振りにこの丘へ来たが、ここは何だか、不思議な雰囲気が漂っている。
神奈備雪子が処刑された場所……。
雪子が最期に見た光景が、この景色だったのだろうか……。
「お、お待たせしました……やっと、丘に着きましたね……」
俺に少し遅れて、北条もようやく合流した。
北条は額に汗を浮かべ、さすがに息を切らせている。
「はぁ、はぁ……それにしても、相変わらずここは荘厳な雰囲気に包まれていますね。わたし、この場所が大好きなんです!」
「は、ははは……さすがは北条さんだね。こんな時でも、何か余裕があると言うか……」
この場所は、神奈備雪子が処刑された場所だ。
北条も、何か霊感のようなものを感じているのだろう。
「なぁ、そんなことよりお宝はどこにあるんだよ?」
「まったく、南雲は南雲で相変わらずのマイペースだ……。あれ? それより北条さん、樹は一緒じゃないのか?」
「い、樹さんですか? そう言えば……まだ来ていませんね。もしかしたら、途中ではぐれてしまったのかも知れません……」
「は、はぐれたって……ここは一本道だぞ? いくらなんでも、迷うことはないはずだが……」
「いや、イッキーのことだから分かんないぜ? 途中で疲れて、境内に戻ったのかも……」
確かに、その可能性はある。
もしそうならいいが、何だか嫌な予感がするんだよな……。
「ほほほほ! ご機嫌よう、暁斗さん。また、お会いしましたね」
「なっ!? こ、この声は……」
嫌な予感がさっそく的中した。
どこからともなく、怪盗・青玄の高笑いが響いたのである。
いや……この声はすぐ近くから……。
まさか……うしろ!?
「きゃっ! あ、あなたは……」
北条が悲鳴を上げて俺たちの方へ飛び退いた。
慌てて振り返ると、さっき俺たちが走ってきた林道から、青玄が優雅に歩いてきたのだ。
相変わらずの暑苦しい陰陽師姿で、扇を扇いで涼しい表情を浮かべている。
「なっ、なんだぁ!? こ、この変な奴は……」
「へっ、ついに姿を見せやがったな、怪盗・青玄!」
「えっ! じゃ、じゃあ……この方が……」
北条と南雲は、実際に怪盗・青玄の姿を見るのは初めてだったな。
月岡竜大がいたことと、林道に仕掛けられていた煙玉が作動したことから、すぐ近くにいると思っていたが、こうも早く姿を見せるとは……。
しかし、それだと新たな疑問が浮かび上がってくる。
「おい、青玄……お前、一体どうやってここまで来たんだ?」
「ほほほほ! もちろん、暁斗さんたちの情報を聞きつけたんですよ。あの新たな暗号を、解いてくれたのでしょう?」
やっぱり、俺たちの会議内容がだだ漏れだ。
なら、青玄に情報を漏らしている奴が、俺たちのなかにいるっていうのか?
あの会議に出ていたのは、樹、北条、南雲……そして、俺たちのことを監視していた西沢も疑わしい……。
それに、青玄がすんなりここまで来れたことも疑問だ。
境内へ続く階段の前には南雲たちが待っていたし、今は西城たちが見張っている。
暗号の謎を解き、南雲たちはすぐに神社へ向かった。
月岡竜大や青玄が、先回り出来るとは思えない……。
なら、奴らは一体どうやって境内に……?
「しかし、残念ですねぇ……」
青玄はため息を吐きながら扇をパチリと閉じ、フワリと浮かび上がって俺たちの頭上を越え、岩の上に降り立った。
「わたくしは、この場所を散々探しました。でも、火宝は見つからなかったのです。暁斗さん、本当に暗号の答えは合っているのですか?」
「うるせぇ、知るか! 別に、お前のために謎を解いている訳じゃない。それより……」
岩の上にいる青玄を睨み付け、俺は竹刀を構えた。
火宝も大事だが、今はそれよりも優先することがある。
「怪盗・青玄! 今ここで、お前を捕まえる! 下には、警察が来ているんだ。いくらお前でも、逃げ道はないぞ?」
「アッキーの言う通りだ。観念して……さっさとお縄につきやがれ!!」
南雲が竹刀を構えて素早く踏み込み、青玄に向かって竹刀を繰り出した。
しかし、青玄は再びフワリと浮かび上がって竹刀を避け、今度は近くの木の枝に着地した。
「あ、あんな細い木の枝に……まるで、小鳥さんみたいです……」
「か、感心してる場合じゃないよ、北条さん……」
「ちくしょーー! フワリフワリと動き回りやがって! 降りてきて、正々堂々と勝負しやがれ!」
南雲が青玄を見上げながら、地団駄を踏む。
青玄は再び扇を開き、俺たちに不気味な笑みを浮かべた。
「勝負したいのは山々なのですが、仕掛けた遊戯は終わってしまいましたし、今回も火宝は見つかっていないですしねぇ……わたくしは、これで失礼させてもらいますよ」
「なっ!? そう簡単に逃がしてたまるかよ!」
『うわああああっ!』
青玄に詰め寄ろうとした時、突然山のなかに悲鳴が響き渡った。
この声は……もしかして、樹か?
「ほほほほ! 暁斗さん、急いだ方が良いですよ。さもないと、あなたのお友達が大変なことになりますよ?」
「ま、まさか……お前、樹を……! 青玄! 一体、樹に何をしたんだ!」
「さぁ、何でしょうねぇ……。とにかく、早く助けに行った方が良いですよ。お友達が、カラスの餌になる前に……」
青玄は不吉な言葉を残し、林の中に消えていった。
樹がカラスの餌に……?
まさか、八咫烏か?
「お、おい! どうすんだよアッキー! 青玄を逃がす訳にはいかないだろう?」
「で、でも……樹さんのことも気になります。早く、助けに行かないと……」
「……そうだな。青玄を逃がすのは惜しいが、今は樹を助ける方が先だ。どうやら、八咫烏も来ているみたいだし……」
「だな! そんじゃ、青玄の代わりに、八咫烏を捕らえに行くとするか!」
しかし、助けに行くと言っても、樹がどこにいるのかが分からなければ、動きようがない。
道は、この丘で行き止まりだし……。
「あ、あの……暁斗さん。少し、よろしいですか?」
「ん? どうかしたの、北条さん」
「はい。わたし、前々から気になっていたのですが……あそこ、先に進めるようになっていませんか?」
北条がそう言って指差した方向は、丘の上だった。
確かによく見ると、さらに上へ登る道が林によって覆い尽くされている。
「へぇ~、おれはまったく気付かなかったよ。よく見つけたな、りなっち!」
「い、いえ……それほどでも。それで、どうでしょうか、暁斗さん……」
「ああ。この先に、樹がいる可能性は十分に考えられる。ただ、あの道はあまり整備されていないだろうから、気を付けて進んでみよう……」
待っていろよ、樹……すぐに、助けに行くからな。
まさか、道が整備されていないとは言え、ここまで酷いとは思わなかった。
もはや、これは道ではないな。
とにかく草木が生い茂っており、人の手がまったく入っていないのが分かる。
陽の光があまり射し込んでおらず、とにかく薄暗い。
俺と南雲が先行して、藪を竹刀で振り払いながら、少しずつ前へ進んでいく。
「くっそー! 皮膚がチクチクしやがるぜ……。本当に、イッキーがこの先にいるのかよ……」
「さあな。とにかく、残された道はここしかないんだ。進むしかないだろう……」
「あ、暁斗さん……南雲さん……気を付けて下さいね。何か、足元に結構変な物が落ちていて……きゃっ!」
北条が悲鳴を上げ、何かにつまずいてその場に倒れ込んだ。
「北条さん! 無理しなくていいよ。ここは俺たちに任せて、先に引き返しても……」
「イタタタ……い、いえ、大丈夫です! わたしも、樹さんのことが心配ですから……」
「……にしてもよぉ、何でこんな所にテレビやらレンジとかの電化製品が棄ててあるんだ? 危なっかしくてしょうがないぜ……」
確かに、この場所には多くの電化製品が棄てられていた。
小さい物はパソコンやらラジオやらCDラジカセ、大きい物はテレビや冷蔵庫なども棄てられている。
そのどれもが壊れていて、恐らく不法投棄されたものだろう。
まったく、酷いものだな……。
「おっ! おい、アッキー! 何か、光が見えてきたぜ!」
どれくらい竹刀を振るっただろうか。
俺たちはついに雑木林の道を抜け、光が射し込む所までやってきた。
「……ふぅ。ようやく林を抜けたか。しかしここは……何だか、凄い場所だな……」
雑木林を抜けた先は、ちょっとした空間が広がっていた。
このあたり一帯は草木の手入れがされており、綺麗に整備されている。
空を見上げると、ぽっかりと穴が空いており、夏の青空が広がっていた。
「お、お待たせしました……やっと、あの道を抜けられましたね……」
俺と南雲に続き、北条もようやく雑木林を抜けた。
「お疲れ様、北条さん。それにしても……丘の上にこんな場所があったなんて、初めて知ったな……」
「わたしもです。この場所だけ、何だか別の空間と言うか……聖域みたいな感じがします」
聖域か……まさか、この場所に火宝が隠されているのか?
「あっ! おい、あそこにいるの……イッキーじゃないか?」
その時、南雲が何かに気付いて前方を指差した。
南雲の指し示したその先……ちょうど広場の中央に、誰かが倒れている。
「ま、間違いない! あれは……樹だ!」
「で、でも……何だか意識がないみたいです。気絶しているんでしょうか?」
「くっそーーッ! 待ってろよイッキー! すぐに助けてやるからな!」
南雲は竹刀を構え、樹に向かってがむしゃらに突進して行った。
「あっ! ちょっと待て南雲! まだ、何があるか分からないぞ……!」
まったく、南雲は警戒心がなさすぎる。
南雲に続いて、俺も樹の元に向かおうとした、まさにその時だった。
ヒュッ! と空気を切る音が響き、続いてドスッ! という音が聞こえ、南雲が動きを止めて一歩後退する。
「うおっ!? あっぶねぇ! ちくしょう、何で矢が飛んで来るんだ?」
南雲と樹の間は、わずか数メートル。
南雲は何かに警戒して、竹刀を構えてまっすぐ前を見据えている。
南雲の足元には、一本の矢が突き刺さっていた。
「あ、あれは……矢ですよね?」
「ああ。どうやら、矢を放った奴があそこにいるらしいな……」
樹が倒れている場所よりさらに奥。
その場所は深い雑木林が広がっているのだが、その林の奥から、怪人・八咫烏が姿を現したのである。
身長は高く、体格は大柄……。
あの八咫烏は、南雲や北条を襲った八咫烏で間違いない。
その手には和弓を持っており、矢を弦につがえている。
「ちっ! 厄介な奴が現れやがったな……」
「も、もしかして……あの矢を放ったのも、八咫烏なんでしょうか?」
「ああ、間違いないだろうな。しかし……あの和弓、どこかで見たことあるような……」
「出やがったな、化け物! さっさとイッキーから離れやがれ!」
南雲が竹刀を再び構えると、八咫烏も負けじと和弓を構え、矢をキリキリと引き絞り、南雲に照準を合わせた。
「ま、待て南雲! 下手に動けば、樹が射たれるかも知れないんだぞ!」
「そ、そうですよ南雲さん……ここは、出来るだけ穏便に……」
「だったら、どうしろって言うんだよ! このまま、ずっと睨み合っている訳にもいかないだろ?」
八咫烏一人だけなら、俺たちで何とか押さえ込めるが、今の状況は、樹を人質に取られているのと同じだ。
こちらに飛び道具がない今、一体どうやって樹を助ければ……。
これは、しばらく膠着状態が続きそうだ……。
「大丈夫、暁斗? 助けに来たよ!」
その時、突然うしろの雑木林から聞き慣れた声が聞こえ、サッカーボールが八咫烏目掛けて飛んでいったのである。
矢をつがえていた八咫烏は、思わず構えていた和弓を下ろし、樹から離れた。
今の声……それに、あのサッカーボールって、まさか!
「お、お前……恵介!? な、何でここに……」
雑木林から姿を見せたのは、紛れもなく恵介であった。
「まったく、暁斗は無茶しすぎだよ。僕たちに何の連絡もしないで来ちゃうんだから」
「いや、だって……俺、お前に連絡してないはずだが……」
「詳しいことは後! 今は、樹を助けなきゃ!」
そうだった。まだ、八咫烏の脅威が去った訳ではない。
八咫烏が体勢を立て直す前に、樹を助けなければ……。
「大丈夫だよ、暁斗。こっちには、まだまだ増援があるからね!」
「ぞ、増援? そ、それって一体……」
恵介が爽やかな笑顔を浮かべた時、今度は一発の銃声が鳴り響いた。
「うわっ!? な、何だ、この音は?」
「暁斗さん、約束が違うじゃないですか。途中で、監視カメラと盗聴器を取り外してしまうなんて」
次に姿を見せたのは、西沢であった。
鋭い目付きで俺を睨み、手にはエアガンを持っている。
「に、西沢さん! わ、わたしたちを助けに来てくれたんですか?」
「優衣だけではないぞ。抜け駆けなど、私たちに通用すると思ったのか、暁斗?」
凛とした声と共に、雑木林の中から一本の矢が放たれた。
八咫烏はすかさず矢を避け、また樹から遠ざかる。
矢を放ったのは、加々島であった。
「ふふふ……さぁ! 出番だぞ礼華!」
「オッケー! あたしに任せなさい!」
加々島の合図を受け、雑木林の中から、まるでロケットのように飛び出したのは、長い棒を持った東だった。
東は棒をくるくると振り回し、八咫烏に向かってまっすぐ突進して行く。
「あずまっち! それにいんちょーまで……。よし! これで形勢逆転だ! あずまっち! おれも加勢するぜ!」
気合いを入れ直した南雲が、再び竹刀を構えて八咫烏に向かっていく。
「あ、暁斗さん! 今のうちに、樹さんを……」
「あ、ああ……そうだな!」
何が何だか分からないが、今こそ、樹を助ける絶好のチャンスだ。
南雲と東の連携攻撃を受け、八咫烏はたまらず雑木林の中に姿を消した。
その機を逃さず、俺は素早く樹の元へ滑り込んだ。
「おい、大丈夫か樹! しっかりしろ!」
「ん……んん……あ、あれ……暁斗君? ボク、何でこんな所に……」
「気が付いたか、樹。とにかく、無事で何よりだ……」
樹は、ふらふらとその場に立ち上がった。
八咫烏は、すでに南雲と東によって追い払われている。
青玄や八咫烏を捕まえられなかったのは残念だが、今はともかく、樹が無事だったことを喜ぼう。
「へへっ! やったな、あずまっち!」
「ええ! ざまあ見ろよ! あたしのペンションに放火した報いね!」
南雲と東は、ハイタッチして戦果を称え合っている。
まったく、この二人は相変わらずテンションが無駄に高いな。
しかし、陽神調査委員会のメンバーが全員集合か……。
これは、詳しい話を聞かなくてはならないな。
「おい、加々島……少し、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「ふふ、奇遇だな暁斗。私も、お前に聞きたいことがある」
「ええ。ぜひ詳しく聞かせてもらいたいですね。監視カメラと盗聴器を、なぜ途中で切ったのかを……」
加々島と西沢の眼差しが、俺に集中する。
やれやれ……これはまず、こっちの話からした方が良さそうだ……。
「……なるほど。そんなことがあったのか。大変だったのだな、暁斗」
一旦境内に戻り、俺はこれまでに起こったことを、加々島たちにすべて話した。
時間はもう昼過ぎ。樹や南雲の顔にも、さすがに疲れが見えている。
俺もいい加減疲れたし、そろそろ帰りたいな……。
「なるほど……だから、あたしと西沢さんの家に警察の人が来ていたのね。親から連絡が来たときは、何事かと思ったわよ」
「そうですね。しかし、なぜ監視カメラと盗聴器を途中で切ったんですか?」
「だから、わざと切った訳じゃないって! 西沢に情報が行けば、青玄に漏れると思ったから、謎解きをする前に切っただけだ」
「と言うことは、ワタシは疑われていると言うことですね? ワタシからすれば、暁斗さんの方が疑わしいですが」
「なっ!? 何で俺が疑われなきゃいけないんだよ!」
「ふふふ、そうだな。暁斗は、青玄との繋がりがある。情報を漏らそうとすれば、それは容易なはずだ」
冗談じゃない。何で、俺が青玄と協力しなきゃならないんだ。
それに、まだ俺の質問が残っている。
「そ、そんなことより……加々島たちは、何でこの場所に俺たちがいると分かったんだ? 暗号を解いた時の映像と音声は、なかったはずだろ?」
「ああ、そうだな。まずは、それを説明せねばならんだろう。優衣」
「ええ、分かったわ琴羽」
西沢は加々島に指示され、持っていたノートパソコンを開き、俺たちに画面を見せた。
そこには、俺たちが火宝の隠し場所を特定し、陽神神社にいるという旨のことが書かれていた。
「このメールが、ワタシ、琴羽、礼華さん、恵介さんに届いたんです。送り主は不明ですが」
「そうそう! だから僕たち、この場所に来ることが出来たんだよ」
「な、なんてこった……おれたちのこと、完全にバレバレじゃねぇか……」
「でも、変ですねぇ……何で、わたしたちの会議内容が漏れてしまったのでしょう?」
情報がばれた理由は、やはり俺たちの中に青玄の協力者がいるか、もしくは……。
しかし、なぜ青玄は陽神調査委員会メンバー全員にメールを出したりしたんだ?
それに、まだ疑問は残っている。
「だが、階段の前には西城たちが見張っていたはずだ。それなのに、よく止められずに来れたな」
「ああ。そのことだったら、恵介のおかげだよ。恵介が、あの丘へ直接繋がっている隠し道を教えてくれたんだ」
「か、隠し道……? そんな道があったなんて、知らないぞ?」
「知らないのも無理はないよ、暁斗。だってその隠し道は、普段フェンスで隠されているんだ。知っているのは、物好きな人たちだけ」
「そう言うこと! その隠し道は、陽神小学校のすぐ近くにあるのよ。まぁ、最初に見つけたのは、あたしと恵介なんだけどね!」
そうか!
月岡竜大や青玄は、その道を通って先に待ち伏せしていたんだ。
だから、様々な所に煙玉の仕掛けが施せたのか……。
加々島たちが早く丘へ駆けつけられた理由も、これではっきりした。しかし……。
「なぁ、恵介。その隠し道へ先に来たのは、一体誰だ?」
「えっと……最初に来たのは、僕と加々島先輩かな。僕たちが隠し道へ入った後、礼華と西沢先輩も駆けつけたんだと思うよ?」
「そうか……なら、ここにいる全員が疑わしいな。お前たちなら、その隠し道を通って、青玄として俺たちの前に現れることは可能だ」
「ほぉ……私たちを疑うのか。それに、青玄として現れるとは、一体どういうことだ?」
「そ、そうだよ暁斗君! その言い方じゃ、まるでボクたちの中に青玄がいるみたいじゃないか!」
「ああ、その通りだ樹。俺は、この中に怪盗・青玄がいると考えている」
俺の言葉を聞いて、その場にいる全員が驚きの表情を浮かべた。
「ど、どういうことですか暁斗さん! 姉さんが、この中にいるって……」
「そうよ暁斗! あんた、何訳の分からないこと言ってるの?」
「忘れたのか、東。青玄は老若男女、子供を除いたすべての人間に化けることが出来るんだ。もちろん、俺たち高校生にもな……」
「ば、化けるって……つまり、変装ってことですよね? で、でも……なぜ協力者ではなく、青玄本人だと分かるんですか?」
「前々から、おかしいと思っていたんだ。俺たちの会議内容を入手するには、会議に参加するしかない。そして、青玄にその情報を漏らす訳だが……そんなことをするより、俺だったら直接メンバーの誰かに変装して、情報を入手した方が効率的にいいと考えたんだ。たぶん、青玄も同じことを考えていると思ってな……」
「なるほど……確かに、それだと二度手間だな。なら、やはりこの中に青玄が……」
怪盗・青玄は、陽神調査委員会メンバーの誰かに変装している……。
問題は、それが誰かと言うことだか……。
「だったら簡単なことだぜ、アッキー! この中の誰かが青玄に変装しているなら、直接変装をビリビリに破けばいいのさ!」
「まぁ、南雲の言う通り、それがいちばん手っ取り早いが、俺は絶対にその方法を取るつもりはない」
「はっ? 何でだよアッキー?」
「そんな方法で青玄に勝つなんて、俺のプライドが許さないからな。正々堂々、言い逃れ出来ない証拠を突き付けて勝ってみせる!」
「な、何言ってるのよ暁斗!? この暑さでついにおかしくなった? あんたから……まさかプライドなんて言葉が出てくるなんて……」
「そ、そうだよ暁斗! いつもなら、面倒くさいとか言って、すぐに楽な方法を取るじゃない! 何で、今回に限ってそんな……」
「ふ、ふふふふ……あはははははっ!」
その時、加々島の高笑いが境内に響き渡った。
「それは面白いな。暁斗! 私はお前に賛成だ!」
「ええ、ワタシもです。姉さんに勝つためなら、どんな協力でも惜しみませんよ、暁斗さん」
「そうか。西沢なら、そう言ってくれると思ったよ」
青玄の正体を掴むためには、西沢の協力は欠かせないものだったから、正直助かった。
さて、これからは火宝の謎と青玄の正体……この二つを同時に調査していかなければならないな。
「……だが、青玄候補ならもう一人いるぞ、暁斗」
「えっ? そ、それってどういうことだ、加々島……」
「この丘に来る時、市川夏海を見たんだ。まぁ、私たちの姿を見て、すぐに逃げてしまったがな……」
「なっ!? それは本当か!?」
市川夏海……。
火宝を追うなかで、何度も姿を見せていた弓道部員だ……。
確かに、彼女もこれまで不可解な行動が多かった……。
これは……一筋縄ではいかない謎解きになりそうだな。
第五章 青玄からの挑戦状 完




