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Reverse World 2  作者: 陽乃鳥 蒼
第二章 与えられた少女
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第二章 第二話 黒い心臓の少女

 翌朝。

 博文館学園、一年A組。

 朝のホームルームが始まる五分前になっても、神一郎は自分の席へ着けずにいた。

「本当に、学校へ来てよかったの?」

 奈々が神一郎の前へ立ち、念を押す。

「医療術師から許可は出てる」

「授業を受ける許可でしょ? 無理をしていい許可じゃないよね」

「授業中に無理をすることなんてないだろ」

「神一郎君の場合、何が起きるか分からないから言ってるの」

 隣から優子まで加わった。

「階段は禁止。体育も見学。重い物は持たない。痛くなったらすぐ保健室、だっけ?」

「分かってる」

「それから、放課後は寄り道せず支部へ戻る」

「朝倉さんまで、どうして指示する側なんだ」

「中嶋先輩に頼まれたから」

 優子が端末の画面を見せる。

 そこには昨夜、椎菜から送られてきた短い文が表示されていた。

『私がこっちにいる間は護衛として神一郎を送っとく、ただし神一郎が無茶をしないよう、二人で監視してほしい』

「本人にも同じ連絡が来てる」

 神一郎が答えると、奈々は腰へ手を当てた。

「だったら、もう少し自覚して」

「自覚してるから、今日は車で来た」

「それは当たり前、てかなんで車の運転ができるのよ」

「あの車は支部からの支給だし、アトランティスと日本のと協定で騎士には許可が出てるんだよ」

「知らなかった…けど、やぽあ無理はしないで」

「わかった、ただだいぶ治癒も進んで、傷が開く心配はもうないんだよ」

「痛い時に痛いって言って。そうすれば私達も助けられるんだから」

 返事に詰まった。

 昨日、奈々の手を借りた。

 一人で歩ける距離だった。それでも差し出された手へ体重を預けた。

 あれで少しは信用を取り戻したつもりだったが、どうやらまだ疑ってるらしい

「今は?」

 奈々が神一郎の腹部を見る。

「痛くない」

「本当に?」

「少し違和感があるだけ」

「それを痛いって言うんじゃないの?」

「違和感は違和感だ」

「神一郎君の言葉を信用すると、三段階くらい悪く考えた方がよさそうだね」

「朝倉さんは、昨日から誰の味方なんだ」

「奈々」

「聞いた俺が悪かった」

 優子が笑う。

 いつもの朝だった。

 教室へ入ってくる生徒たち。

 机の間を飛び交う挨拶。

 開かれた窓から聞こえる運動部の掛け声。

 昨日、アトランティス本部で人工魔力核の検査を受けていたことも。

 夜中に奈々が、遠く離れた少女の声を聞いたことも。

 この教室にいる誰も知らない。

 知られてはいけない。

 アトランティスという世界も、魔力を持つ騎士たちの存在も、人間界では一部の関係者を除いて秘匿されている。

 だから三人は、ここでは普通の高校生として過ごす。

 たとえ普通ではない出来事が、すぐ近くまで迫っていたとしても。

 予鈴が鳴った。

「席へ戻ろ?」

 優子に促され、奈々はようやく神一郎の前から離れた。

 その時、担任が教室へ入ってきた。

 後ろに一人の女子生徒を連れている。

 肩まで伸びた髪。

 皺ひとつない制服。

 両手で抱えた鞄。

 昨日、校門から少し離れた通りにいた少女だと、神一郎たちは知らない。

 担任が教卓へ出席簿を置く。

「席に着け。今日は先に紹介がある」

 騒がしかった教室が静かになる。

 少女は教卓の横へ立った。

 正面を向き、薄く笑う。

 綺麗な笑顔だった。

 だが、笑うタイミングまで事前に教えられたような、不自然な整い方をしている。

「篠宮灯里だ。入学してすぐ療養に入っていたが、今日から復学することになった」

 転校生ではない。

 名簿には最初から名前があった。

 入学式にも、最初の数日も出席していたらしい。

 だが、奈々たちに彼女と話した記憶はない。

「篠宮、自己紹介を」

「篠宮灯里です」

 少女が頭を下げる。

「長く休んでいたので、学校のことはよく分かりません。迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 必要な情報だけを、必要な順番で口にする。

 声に緊張はない。

 大勢に見られていることを気にする様子もなかった。

 教室から拍手が起きる。

 その音に重なるように。

 奈々の胸の奥で、白い魔力が脈打った。

「……っ」

 息が止まる。

 熱い。

 昨夜と同じ。

 遠くにあった何かが、今はすぐ近くにいる。

 奈々は胸元を押さえた。

 白い光が漏れないよう、意識して魔力を抑える。

「奈々?」

 優子が小さな声で呼ぶ。

「大丈夫」

 口だけを動かして答えた。

 教室の中で詳しいことは話せない。

 神一郎も奈々の異変に気付いていた。

 視線だけで問いかけてくる。

 奈々は机の下で端末を開いた。

『昨日と同じ感じがする』

 短く入力し、二人へ送る。

 神一郎の表情が変わった。

 すぐに少女を見る。

 篠宮灯里。

 彼女は担任に案内され、空いていた窓際の席へ向かっている。

 奈々たちの席から三列離れた場所。

 歩き方に乱れはない。

 足音も一定。

 周囲の生徒へ見られても、視線を揺らさない。

 病み上がりの生徒には見えなかった。

『場所は分かる?』

 神一郎から届いた。

 奈々は灯里を見る。

 白い魔力は反応している。

 だが、目の前の少女から何かを感じるわけではない。

 魔力の気配はない。

 普通の人間と変わらない。

 それでも灯里が席へ近付くほど、胸の熱は強くなった。

『まだ分からない』

 奈々はそう返した。

 嘘ではない。

 人工魔力核が灯里の中にあると断定できる証拠はない。

 ただ、別の答えが奈々の中に生まれ始めていた。

 昨夜、助けを求めた少女とは違う。

 あの声には痛みと恐怖があった。

 目の前の灯里から伝わってくるのは、もっと静かなもの。

 何もない部屋で、ずっと誰かを待っているような寂しさだった。

 灯里が席へ着く。

 鞄を机の横へ掛け、教科書を取り出す。

 その動作まで正確だった。

 担任が連絡事項を読み始める。

 神一郎はまだ灯里を見ている。

 胸ポケットには、ボールペン形態のツキカゲがある。

 今の傷ではリンクできない。

 そもそも、一般生徒がいる教室で剣を出すことなどできるはずもない。

 それでも、いつでも手を伸ばせるように指を机の端へ置いていた。

 奈々には、それが分かった。

『何もしないで』

 送信する。

『まだ何もしてない』

『顔が怖い』

『普通だ』

『いつもより怖いよ』

 返事は来なかった。

 代わりに優子から届く。

『二人とも授業中』

 まだホームルームだったが、奈々は端末を閉じた。

 教師の話へ意識を戻そうとする。

 しかし胸の奥の白い回路は、かすかな熱を持ち続けていた。

 遠くから呼ぶのではなく。

 すぐ隣で、奈々が気付くのを待つように。


     *


 一時間目と二時間目の間の休み時間。

 灯里の席の周りには、すぐに女子生徒たちが集まった。

「篠宮さん、ずっと入院してたの?」

「うん」

「どこの病院?」

 灯里は一秒だけ答えを止めた。

「遠いところ」

「病気はもう大丈夫?」

「日常生活に問題はないと言われてます」

「敬語じゃなくていいよ。同じクラスなんだから」

「分かった」

「部活は入る?」

「まだ決めていない」

「好きな食べ物は?」

「栄養があるもの」

 周りの生徒が顔を見合わせる。

「それ、好きな食べ物じゃなくない?」

「違うの?」

「もっとあるでしょ。甘い物とか、ラーメンとか」

「食べたことはある」

「何が一番好き?」

 灯里はまた黙った。

 困っている。

 けれど、何に困っているのか自分でも分からないようだった。

「一番を決めなきゃ駄目?」

「駄目じゃないけど」

「なら、まだ分からない」

 正直な答えだった。

 誰かが小さく笑う。

 馬鹿にしたわけではない。

 少し変わった復学生を、面白く感じただけ。

 だが灯里は笑われた理由が分からず、周囲の顔を順番に見た。

 奈々は立ち上がった。

「篠宮さん」

 呼ばれた灯里が、すぐに奈々を見る。

 初めて名前を呼ばれたはずなのに、待っていたような反応だった。

「赤坂奈々」

 教室の空気が一瞬だけ止まる。

 奈々も足を止めた。

「どうして私の名前を?」

「同じクラスだから」

 灯里が教卓の横に貼られた座席表を指す。

「名前は全部覚えた」

「全部?」

「話す時に必要だと思った」

「一晩で覚えたの?」

「難しくなかったよ?」

 周囲から感心した声が上がる。

 説明としては不自然ではない。

 それでも神一郎は、灯里から目を離さなかった。

「何か用?」

 灯里が奈々へ尋ねる。

「用っていうか。学校のことで分からないことがあったら、聞いてね」

「赤坂奈々に?」

「うん。私もまだ詳しいわけじゃないけど」

「赤坂さん、入学してからずっといるでしょ」

 近くの女子生徒が笑う。

「だって、校舎広いし。私も最初は迷ったから」

「奈々は今もたまに迷ってるよ」

 優子が言った。

「もう迷わないよ」

「先週、移動教室の場所を間違えなかった?」

「あれは教室が変更されてたから」

「変更された場所と反対へ歩いてたよね」

「優子」

「何?」

「今は私の話じゃないよ」

「でも、案内役として信用できるかは大事でしょ?」

「だったら優子も一緒に案内して」

「いいよ」

 二人のやり取りを、灯里がじっと見ている。

 先ほどまでの整った笑顔ではない。

 どう反応すればいいのか分からないまま、それでも目の前の会話から何かを学ぼうとしている顔だった。

「朝倉優子」

 灯里が言う。

「うん。よろしくね、篠宮さん」

「灯里でいい」

「じゃあ、私も優子でいいよ」

「優子」

 確かめるように名前を口にする。

「奈々も、奈々でいい?」

 灯里が尋ねる。

「もちろん」

「奈々」

 その二文字を口にした瞬間、灯里の表情がわずかに緩んだ。

 作られた笑顔ではなかった。

 奈々の胸の熱も、ほんの少しだけ和らぐ。

「藤崎神一郎」

 次に名前を呼ばれ、神一郎が眉を寄せた。

「俺は名字でいい」

「どうして?」

「会ったばかりだから」

「奈々と優子も、会ったばかり」

「二人がいいなら、それでいいだろ」

「神一郎って呼んじゃ駄目?」

 灯里は純粋に理由を尋ねている。

 そこへ悪意も、からかう意図もない。

 奈々が神一郎を見た。

 優子も見る。

 周囲の女子生徒まで、返事を待っている。

「……好きにしてくれ」

「分かった。神一郎」

「急に呼ばれると変な感じだな」

「駄目?」

「駄目とは言ってない」

 灯里は小さく頷いた。

「奈々。優子。神一郎」

 三人の名前を続けて呼ぶ。

 まるで、手に入れたばかりの物を一つずつ確かめるように。

「覚えた」

「座席表で、もう覚えてたんじゃないの?」

 奈々が尋ねる。

「さっきとは違う」

「何が?」

「名前を知っているのと、呼んでいいのは違う」

 奈々は少し驚いたあと、笑った。

「うん。そうかもしれないね」

 予鈴が鳴る。

 灯里を囲んでいた生徒たちが、それぞれの席へ戻っていく。

「昼休み」

 灯里が奈々を見上げる。

「一緒に食事をしてもいい?」

「いいよ」

「友達は、一緒に昼食を食べると本に書いてあった」

「友達?」

「違うの?」

 奈々は答えに迷った。

 会ってまだ十分も経っていない。

 けれど、灯里は試すように聞いているのではない。

 本当に分からないから、尋ねている。

「これから友達になるために、一緒に食べるのはどう?」

「これから?」

「うん」

 灯里はその言葉を考える。

「分かった。これから友達になる」

「そんなに決定みたいに言うんだ」

 優子が苦笑する。

「決めないと、なれないのでは?」

「普通は、いつの間にかなってることが多いかな」

「いつ?」

「それは……いつだろう」

「分からないの?」

「友達になった日を覚えてる人の方が少ないと思うよ」

「不正確」

「そうだね」

「でも、嫌いじゃないかも」

 灯里がもう一度、三人を見る。

「昼休みに、続きを教えて」

 教師が入ってくる。

 灯里は前を向き、教科書を開いた。

 奈々も席へ戻る。

 その途中、神一郎の机の横で足を止めた。

「普通に話してみて」

 声を落として伝える。

「普通に話してる」

「尋問みたいな顔をしないでってこと」

「警戒は必要だ」

「分かってる。でも、ここは学校だよ」

 神一郎は答えず、灯里を見た。

 彼女は黒板へ視線を向けている。

 教科書の持ち方も。

 姿勢も。

 教師の話を聞く顔も。

 どこから見ても普通の女子高校生だった。

 だからこそ、神一郎は警戒を解けなかった。


     *


 昼休み。

 奈々たちは中庭の端にあるベンチへ移動した。

 教室では灯里へ話しかけたい生徒が多すぎて、落ち着いて食事ができそうになかったからだ。

 七月の日差しは強い。

 四人は木陰へ入り、奈々と灯里がベンチへ座る。

 優子はその隣。

 神一郎は立ったままでいようとしたが、三人に見られ、向かいのベンチへ腰を下ろした。

「何で全員で見るんだ」

「立ち続けるの禁止」

 奈々が答える。

「今、痛くない」

「痛くなる前に座るの」

「神一郎は怪我しているの?」

 灯里が尋ねた。

 神一郎の手が止まる。

「少しな」

「腹部?」

「どうして分かった」

「歩く時、右足を出す幅が少し短い。座る時も、腹部へ力がかからないようにしている」

 灯里は平然と答えた。

「入院中、そういう人を多く見た」

「どんな病院だったんだ」

「神一郎」

 奈々が止める。

「聞いただけだ」

「聞き方が怖いよ」

「普通に聞いたつもりなんだけどな」

「その顔で?」

「顔は関係ないだろ」

 灯里は二人を交互に見た。

「神一郎は、奈々の言うことばかり聞く?」

「内容による」

「聞かないことの方が多いよ」

 奈々が答える。

「でも、奈々は神一郎を心配している」

「うん」

「心配されると、言うことを聞かなければならないの?」

「絶対じゃないけど、少しは聞いてほしいかな」

「心配することは、命令と違う?」

 奈々と優子の表情が止まった。

 神一郎は灯里を見る。

 何気ない疑問に聞こえる。

 だが彼女は、二つの違いを本当に知らない。

「違うよ」

 優子が答えた。

「命令は、することを決められる。心配は……相手に、そうしてほしいって願うことかな」

「従わなくてもいい?」

「いい。でも、相手がどうしてそう言ったのかは考えた方がいいと思う」

「優子は、命令されたことがある?」

 優子の目がわずかに細くなる。

「誰にでもあるでしょ。先生とか、親とか」

 周囲には他の生徒もいる。

 ここで中国軍やFOXの話はできない。

「嫌な命令でも従った?」

「昔はね」

「今は?」

「自分で考える」

 優子は笑った。

「言われたとおりにする時もあるし、しない時もある。間違ってると思ったら、理由を聞く」

「理由を聞くことが許されなかったら?」

「それでも聞くよ」

「罰を受けても?」

「たぶん」

 優子の声は穏やかだった。

 だが、その答えが軽いものではないと奈々と神一郎は知っている。

 命令に疑問を持つことさえ許されなかった少女が、自分で選ぶと決めるまでに、どれほどのものを失ったのか。

 灯里は優子を見つめる。

「強い」

「そんなことないよ」

「罰が怖くない?」

「怖い」

「なら、どうして?」

「怖いことと、従うことは別だから」

 灯里が黙る。

 奈々は弁当箱を開いた。

「話は食べながらにしよう。昼休み、終わっちゃうよ」

 母が作った弁当。

 卵焼き。

 唐揚げ。

 彩りを考えて入れられた野菜。

 灯里は自分の鞄から、小さな容器を取り出した。

 中に入っているのは、同じ大きさに切り分けられた栄養補助食品だけだった。

「それ、お昼?」

「必要な栄養は取れるから」

「それだけ?」

「水もある」

「そういう意味じゃなくて」

 奈々が灯里の容器を見る。

 味気のない色。

 食事を楽しむためではなく、身体を維持するためだけに用意されたもの。

「入院してた時から、ずっとこれ?」

「似たもの」

「飽きない?」

「食事は必要な物を身体へ入れる作業だから」

「違うよ」

 奈々が即答した。

「違う?」

「それだけじゃないよ。美味しいとか、誰かと食べると楽しいとか。作ってくれた人のことを考えたりもする」

「食事に、そこまで必要?」

「必要っていうか……」

 奈々は自分の弁当から卵焼きを一つ取り、灯里の容器へ入れた。

「食べてみて」

 灯里は卵焼きを見る。

「これは、奈々に必要な栄養では?」

「一個くらい大丈夫」

「交換?」

「あげる」

「理由は?」

「灯里に食べてほしいから」

「私が食べても、奈々には何も返らないよ?」

「感想を聞かせて」

「それが対価?」

「対価じゃないよ」

「なら、どうして」

「友達になりたいから」

 灯里の指が止まった。

「友達になると、食べ物を与える?」

「毎回じゃないけど」

「本には書いていなかった」

「本に書いてないこともあるよ」

 灯里は箸で卵焼きを持ち上げた。

 一口で食べる。

 ゆっくり噛む。

 表情は変わらない。

「どう?」

「甘い」

「うん」

「柔らかい」

「うん」

「温度は、私の食事と変わらない」

「他には?」

 灯里はもう一度、口の中に残った味を確かめた。

「分からない」

「美味しくない?」

「美味しい、がどの感覚か分からない」

「また食べたいと思う?」

「思う」

「じゃあ、美味しいんだよ」

 奈々が笑った。

 灯里は少し考えたあと、同じように笑おうとした。

 最初は教室で見せた整った笑顔。

 けれど途中で形が崩れる。

 目元がわずかに下がり、唇が不器用に緩んだ。

「美味しい」

 今度の言葉には、灯里自身の感情があった。

「よかった」

「もう一つ、食べてもいい?」

「いいよ」

 奈々が二つ目を渡そうとすると、神一郎が止めた。

「待て」

 灯里の視線が神一郎へ向く。

「何?」

「長く療養していたなら、食事制限はないのか」

「ない」

「本当に?」

「許可された物以外を食べた経験は少ない。でも、通常の食物で問題は起きない」

「許可は誰が出してたんだ」

「治療をしていた人」

「家族は?」

「いない」

 灯里は何の感情も見せずに答えた。

 奈々の箸が止まる。

「ごめん」

「どうして謝るの?」

「聞かれたくないことだったかなって」

「事実だから、問題ない」

「今は一人で暮らしてるの?」

「生活を管理する人がいる」

「親戚?」

「違う」

「病院の人?」

「……近い」

 初めて、灯里の答えに明確な間があった。

 作った。

 神一郎にはそう見えた。

「病院の名前は?」

「神一郎」

 奈々がもう一度止める。

「篠宮さんは長く休んでいた。学校としても、連絡先を確認しているはずだ」

「だったら、ここで聞かなくてもいいでしょ」

「本人へ尋ねる方が早い」

「お昼を食べてる時にする話じゃないよ」

 灯里は神一郎を見る。

「私を疑っている?」

 あまりにも真っ直ぐな問いだった。

 周囲の生徒に聞かれれば、病み上がりの同級生を責めているようにしか見えない。

 神一郎は言葉を選んだ。

「まだ会ったばかりだから、分からないだけだ」

「分からないものは、危険?」

「危険かもしれない」

「神一郎は、私が奈々へ近付くと困る?」

「奈々が困るなら」

「私は困ってないよ」

 奈々が答えた。

「でも」

「神一郎が心配してることも分かってる。だから、何かあったらちゃんと話す」

 昨夜、自分たちで決めたこと。

 隠さない。

 相手を守るという理由で、勝手に除け者にしない。

 神一郎は息を吐いた。

「分かった」

「それ、納得してない顔」

「今はこれ以上聞かない」

「それならいいよ」

 灯里は二人を見比べた。

「奈々は、神一郎に守られている?」

「守ってもらってるよ」

「神一郎の命令に従う?」

「命令されたことはないかな」

「あるだろ」

 神一郎が反論する。

「危険な時は下がってろって、何度も言った」

「それは命令だったの?」

「指示だ」

「従わなかったけど」

「知ってる」

「だったら命令じゃないね」

「そういう問題か?」

 優子が笑いを堪えている。

 灯里はまだ分からない顔をしていた。

「奈々は、神一郎に逆らっても捨てられない?」

 今度は誰もすぐに答えられなかった。

 捨てられる。

 その言葉が、友人同士の会話にはあまりに不自然だった。

「捨てないよ」

 神一郎が答えた。

 灯里が見る。

「どうして?」

「意見が違うことと、奈々が大事なことは別だからだ」

「奈々が、神一郎の敵になっても?」

「ならない」

「もし」

「ならない」

 強く言い切った。

 奈々は困ったように神一郎を見る。

 それでも否定はしなかった。

 灯里が俯く。

「意見が違っても、必要なくならない」

「人は、必要だから一緒にいるわけじゃないよ」

 奈々が言った。

「必要がなくても?」

「うん」

「何もできなくても?」

「何かができるから、友達になるわけじゃないでしょ?」

「では、何のために友達になるの?」

「何のため……」

 奈々は考える。

「一緒にいたいから、かな」

「それだけ?」

「それだけでも、いいと思う」

 灯里は手元の卵焼きを見た。

 奈々から与えられた物。

 命令でも。

 取引でも。

 身体を維持するために決められた食事でもない。

 ただ、灯里に食べてほしいという理由で渡された物。

 灯里は二つ目の卵焼きを口へ運んだ。

「やっぱり、美味しい」

 その声は、先ほどより少しだけ柔らかかった。


     *


 五時間目の授業中。

 神一郎の端末へ、椎菜から短い連絡が届いた。

『篠宮灯里の身元を確認中。現時点では接触するな』

 教師の目を避け、画面を閉じる。

 神一郎は昼休みの間に、灯里の名前と復学の経緯を支部へ送っていた。

 奈々の魔力が反応したことも。

 灯里が家族はいないと話したことも。

 長期療養先について、明確な回答を避けたことも。

 人工魔力核を持っていると断定はできない。

 だが、偶然と考えるには出来すぎている。

 昨夜、奈々は新たな実験体の声を聞いた。

 その翌朝。

 長期療養していたという少女が、同じクラスへ戻ってきた。

 しかも奈々の白い回路は、彼女が現れた瞬間に反応した。

 接触するな。

 椎菜の指示は正しい。

 しかし、もう遅い。

 灯里の方から奈々へ近付いている。

 隣の列を見る。

 灯里は黒板の文字を、一字も漏らさないようにノートへ写していた。

 教師が話した内容まで、ほとんどそのまま記録している。

 要点を選んでいるのではない。

 何が重要なのか分からないから、すべてを残しているように見えた。

 普通の学校生活を知らない。

 昼食を楽しむことも。

 友達がいつ友達になるのかも。

 誰かに心配されることと、命令されることの違いも。

 演技だと考えれば、よく作られている。

 だが、奈々の卵焼きを食べた時の笑顔まで演技だったのか。

 神一郎には分からない。

 分からないからこそ、警戒する。

 それが神一郎の役目だ。

 授業終了の鐘が鳴る。

 教師が教室を出ると同時に、奈々が席を立った。

「灯里」

 名前で呼ばれ、灯里がすぐに振り返る。

「何?」

「次、体育だけど。見学する?」

「参加できる」

「病み上がりなのに?」

「日常生活に問題はない」

「体育は日常生活より激しいと思うよ」

「運動能力にも問題はない」

「先生には話してあるの?」

「医師の許可証は提出してある」

 用意がいい。

 神一郎は椎菜の連絡を思い出す。

 身元を確認中。

 学校側へ提出された書類も、当然調査するはずだ。

「神一郎は見学?」

 灯里が尋ねる。

「ああ」

「なら、私も見学する」

「どうして?」

「一人では退屈だと、本に書いてあった」

「俺は退屈でも構わない」

「私は、神一郎と話してみたい」

「俺と?」

「奈々を守っている理由を知りたい」

 神一郎の目が細くなる。

「どうして、それを知りたい」

「奈々を知るため」

「奈々に何の用があるんだ?」

「友達になりたい」

「それだけか?」

「今は」

 今は。

 その言葉を聞き逃さなかった。

「あとで別の用ができる?」

「分からない」

「分からないで済むと思うか」

「神一郎」

 奈々が間へ入る。

「教室で怖い顔しないでって言ったよね」

「今のを聞いただろ」

「聞いたよ。でも、灯里は自分でも分からないことを、分からないって言っただけかもしれない」

「奈々は信用しすぎだ」

「神一郎は疑いすぎ」

「何かあってからでは遅い」

「何もないうちから傷付けてもいいの?」

 二人の間で視線がぶつかる。

 周囲の生徒が何事かと見始めていることに、優子が気付いた。

「二人とも、そこまで」

 声を落として止める。

「ここで続けたら、別の意味で目立つよ」

 奈々が周囲を見る。

 神一郎も口を閉じた。

「ごめん」

 奈々が灯里へ謝る。

「どうして奈々が謝るの?」

「神一郎が変な聞き方をしたから」

「おい」

「でも、灯里も言いたくないことは、無理に話さなくていいからね」

「言いたくないこと」

「誰にでもあるでしょ?」

「奈々にも?」

「あるよ」

「神一郎にも話していない?」

「全部を話してるわけじゃないよ」

 灯里は驚いたように目を開く。

「それでも友達?」

「友達だから、全部話さなきゃいけないわけじゃないから」

「隠してもいい?」

「話したくないことを、無理に話さなくていいってこと。でも、相手を傷付けるための嘘は嫌だな」

「違いは?」

「難しいね」

「また分からない?」

「分からないことも一緒に考えればいいよ」

 奈々が笑う。

 灯里はその笑顔を見る。

「一緒に?」

「うん」

「では、放課後に学校を案内して」

「いいよ」

「二人で?」

「優子も一緒」

「神一郎は?」

「俺も行く」

「怪我人は支部へ直行」

 奈々が即答した。

「椎菜さんから、篠宮さんには接触するなと言われてる」

神一郎が小声で言う。

「今朝から同じ教室にいるのに、もう無理でしょ?」

「だからこそ、二人だけにはできない」

「私もいるよ」

 優子が言った。

「朝倉さんだけに任せられない」

「どういう意味?」

「もし何かあったら」

「私が奈々を守れないと思ってる?」

「そうは言ってない」

「言ってるのと同じだよ」

 今度は神一郎と優子の間に別の空気が生まれる。

 奈々が額へ手を当てた。

「分かった。神一郎も一緒。ただし、階段は使わない。疲れたらすぐ座る。痛くなったら案内は終わり」

「分かった」

「本当に?」

「約束する」

 灯里が首を傾げる。

「約束は、命令より強い?」

「違う種類のものだよ」

 優子が答えた。

「破ったら?」

「信用をなくす」

 奈々が神一郎を見る。

「神一郎は、今かなり危ないところにいるからね」

「何の信用だよ」

「自分の怪我についての信用」

「それはもう、ほとんどないんじゃない?」

 優子が言う。

「朝倉さん」

「私じゃなくて、今までの神一郎君に言って」

 授業開始の予鈴が鳴る。

 四人は移動を始めた。

 その背中を、灯里は少し遅れて追う。

 奈々と神一郎は、意見が違っても一緒にいる。

 優子は奈々を守ろうとしながら、自分の考えも変えない。

 約束を破れば信用を失う。

 それでも、一度の失敗で必要なくなるわけではない。

 灯里が教えられてきた規則とは、何もかもが違っていた。


     *


 放課後。

 四人は一年生の教室が並ぶ棟から、特別教室棟へ向かった。

 奈々が先頭を歩き、灯里が隣へ並ぶ。

 少し後ろを優子。

 さらにその後ろを神一郎が歩いていた。

「どうして一番後ろなの?」

 奈々が振り返る。

「全員を見られるから」

「怪我が痛くて遅れてるんじゃないよね?」

「違う」

「本当に?」

「約束しただろ」

「だから確認してるの」

 灯里も神一郎の足元を見る。

「朝より右足の歩幅が狭い」

「篠宮さん」

「灯里でいい」

「じゃあ灯里。余計なことを奈々へ教えなくていい」

「事実だよ」

「神一郎」

 奈々の声が低くなる。

「痛いわけじゃない」

「案内、終わりにする?」

「必要ない。しばらく歩いてなかったから疲れただけ」

 すぐ近くの休憩スペースへ移動する。

 神一郎が長椅子へ腰を下ろすと、奈々はその前へ立った。

「痛みは?」

「軽い」

「いつから?」

「少し前」

「どうして言わなかったの?」

「今、言おうとしてた」

「嘘」

「本当だ」

「私が聞かなかったら、そのまま歩いてたでしょ」

「……たぶん」

「約束したよね?」

「悪かった」

 神一郎が素直に謝る。

 奈々はまだ何か言いたそうだったが、それ以上は責めなかった。

「五分休憩」

「分かった」

「十分」

「増えてる」

「神一郎が隠したから」

「なら最初から十分って言ってくれ」

「そういう問題じゃないよ」

 優子が苦笑しながら、近くの自動販売機へ向かう。

「飲み物、買ってくるね。灯里は何がいい?」

「水」

「ジュースは?」

「必要ない」

「必要じゃなくて、飲みたい物」

 灯里は自動販売機に並んだ写真を見る。

 炭酸飲料。

 果汁飲料。

 ミルクティー。

 どれも飲んだことがないわけではない。

 けれど、飲みたい物を選ぶよう求められたことはなかった。

「分からない」

「じゃあ、私と同じミルクティーにする?」

「優子は、それが好き?」

「うん」

「なら、同じ物にする」

「はい」

 優子が二本買い、一本を灯里へ渡す。

 灯里は表示された金額を確認し、鞄へ手を伸ばした。

「今日はいいよ」

「対価が必要」

「お昼に奈々から卵焼きをもらったでしょ? 今度は私の番」

「友達は、順番に食べ物や飲み物を渡す?」

「そういうこともある」

「返さなくてもいい?」

「今度、灯里が私に何か飲んでほしいと思った時に買って」

「今度」

「明日でも、一週間後でも」

 灯里はミルクティーを受け取った。

 冷たい容器を両手で包む。

「今度があると、どうして分かるの?」

「明日も学校に来るんでしょ?」

「その予定」

「だったら、また会えるよ」

 優子にとっては当たり前の答え。

 灯里にとっては、当たり前ではない。

 任務に次があることは知っている。

 検査に次があることも。

 だが、ただ会うための明日を誰かと約束したことはなかった。

「明日も会える」

 灯里が呟く。

「うん」

 容器を開け、一口飲む。

 甘い。

 卵焼きとは違う甘さ。

「美味しい?」

「たぶん」

「たぶん?」

「もう一度飲みたい」

「じゃあ、美味しいんだよ」

 昼休みに奈々から教えられた答え。

 灯里は小さく笑った。

「美味しい」

 十分後。

 神一郎の痛みが治まったことを確認してから、四人は案内を再開した。

 職員室。

 保健室。

 購買。

 体育館へ続く渡り廊下。

 特別なものは何もない。

 灯里はそのすべてを、珍しそうに見た。

「病院にはなかった?」

 奈々が尋ねる。

「似た廊下はあった。でも、人が違う」

「どんな人がいたの?」

「治療をする人。検査をする人。警備をする人」

「同じくらいの子は?」

「いた」

「友達にならなかったの?」

「話すことを許可されていなかった」

 奈々の足が止まる。

「どうして?」

「治療の妨げになるから」

「話すだけで?」

「感情が出力へ影響すると言われた」

 出力。

 学校生活の中では不自然な言葉だった。

 神一郎と優子が反応する。

 灯里も、自分が口にした言葉に気付いた。

「医療機器の出力」

 すぐに言い直す。

「私の状態に合わせて使う機械があった」

「どんな機械?」

 神一郎が尋ねる。

「名前は知らない」

「見た目は?」

「話したくない」

 灯里が答えた。

 奈々から教えられたばかりの言葉。

 神一郎は追及しなかった。

「分かった」

 灯里が少し驚く。

「聞かないの?」

「話したくないんだろ」

「でも、神一郎は私を疑っている」

「疑ってる」

「なら、聞くべきでは?」

「無理に聞いて、本当のことが返ってくるとは限らない」

「嘘をつくと思っている?」

「もう、いくつかついてるかもしれない」

 灯里の指が、ミルクティーの容器を強く握った。

「怒っている?」

「まだ何が本当か分からない」

「本当ではないと分かったら?」

「理由を聞く」

「理由に納得できなければ?」

「その時に考える」

「すぐに捨てない?」

「その言い方、やめた方がいい」

 神一郎の声が少しだけ柔らかくなる。

「人は、物みたいに簡単に捨てるものじゃない」

「組織では、役に立たない物は処分される」

 灯里は言ってから、口を閉じた。

 組織。

 それもまた、病院で療養していた少女が使うには硬すぎる言葉だった。

 神一郎の目が鋭くなる。

 優子は周囲を見る。

 渡り廊下には、部活動へ向かう生徒たちがいる。

「続きは、静かな場所で話そう」

 優子が提案した。

 灯里が身構える。

「私をどこへ連れていくの?」

「図書室」

 奈々が答える。

「まだ案内してなかったでしょ?」

「図書室」

 灯里の表情が変わった。

「本がある?」

「たくさんあるよ」

「行きたい」

 先ほどまでの緊張が消える。

 灯里は奈々の隣へ並び、歩き始めた。

 神一郎は優子と視線を交わす。

 今の言葉を聞き間違えたとは思えない。

 組織。

 役に立たない物の処分。

 灯里は自分のことを話している。

 だが、ここで問い詰めることはできない。

 相手が人工魔力核を持つなら、一般生徒を巻き込む危険がある。

 何より、灯里自身が戦う意思を見せていない。

 図書室へ入ると、灯里は真っ直ぐ本棚へ向かった。

 放課後の室内に利用者は少ない。

 司書教諭は奥の整理室にいる。

 それでも機密を話せる場所ではない。

 四人は声を抑えた。

「本、好きなの?」

 奈々が尋ねる。

「うん」

 今度の返事には迷いがなかった。

「住んでいた場所には、本しかなかったから」

「どんな本を読むの?」

「物語」

 灯里が棚を見上げる。

「普通の人が学校へ通う話が好き」

「どうして?」

「知らないことが書いてあるから」

「学校の話なら、勉強の本にもあるよ」

「そうではなくて」

 灯里が一冊の文庫本を抜く。

 制服姿の少女たちが描かれた表紙。

 同じ学校へ通い、同じ部活で過ごす少女たちの日常を描いた小説だった。

「友達と昼食を食べる。帰りに飲み物を買う。次の日も会う」

 今日、灯里が経験したことばかりだった。

「本当だった」

「何が?」

「本に書いてあること」

 灯里は表紙を指でなぞる。

「名前を呼ぶと、前より近くなる。食べ物をもらうと、また話したくなる。次の日も会えると言われると、嬉しい」

 奈々は何も言わず、灯里の隣へ立った。

「今まで、なかったの?」

「必要ないと言われていたから」

「友達が?」

「うん」

「どうして?」

「やるべきことの邪魔になるから」

「ならないよ」

「頼った相手がいなくなれば、弱くなる」

「それでも、一人よりできることが増えるかもしれないよ」

「裏切られるかもしれない」

「そういうことも、あるかもしれない」

「なら、一人の方が安全」

「でも、寂しいよ」

 灯里が奈々を見る。

「寂しいと、何が困るの?」

「何がって……」

「身体は動く。食事もできる。決められたことも実行できる」

「それだけで、生きてるって言えるのかな」

「死んではいない」

「そうじゃなくて」

 奈々は胸元へ手を当てた。

 白い魔力。

 沙耶から与えられ、十年以上を共に過ごした力。

 命が動いていることと、生きたいと思えることは同じではない。

「嬉しいこととか。誰かに会いたいとか。明日も同じことをしたいとか。そういうものがなくても平気?」

「必要ない」

「本当に?」

 灯里は答えようとした。

 だが、手の中には優子からもらったミルクティーがある。

 明日、何かを返してほしいと言われた。

 奈々は卵焼きを多めに持ってくると言った。

 もう一度味わいたいと思った。

 明日も会えることを、嬉しいと感じた。

「……分からない」

「なら、これから考えよう」

「奈々と?」

「優子も、神一郎も。灯里が一緒に考えたいなら」

「私は、奈々へ嘘をついているかもしれない」

 灯里が言った。

 優子の表情が変わる。

 神一郎は胸ポケットへ手を近付けた。

「何の嘘だ」

「神一郎」

 奈々が止める。

「でも」

「灯里が自分で話す」

 奈々は灯里を見る。

「話したい?」

 灯里の唇が動く。

 言えば、任務に失敗する。

 組織へ背くことになる。

 赤坂奈々を観察せよ。

 白色回路の情報を取得せよ。

 感情的な結び付きを利用せよ。

 命令は、灯里の中に刻まれている。

「今は、話せない」

「分かった」

「どうして?」

「話したくないことは、無理に話さなくていいって言ったでしょ?」

「でも、奈々を傷付ける嘘かもしれない」

「それは嫌だよ」

 奈々は正直に答えた。

「だったら」

「だから、いつか話して」

「話したら、嫌われるかもしれない」

「それも、聞いてみないと分からない」

「怖くないの?」

「怖いよ」

「私が奈々へ近付いたのには、別の理由があるかもしれない」

「うん」

「友達になりたいと言ったことも、誰かに決められていたかもしれない」

「最初は、そうだったかもしれないね」

 灯里の瞳が揺れる。

 奈々は続けた。

「でも、卵焼きをもう一つ食べたいって言ったのも、命令だった?」

「違う」

「ミルクティーを美味しいって言ったのは?」

「違う」

「図書室へ行きたいって思ったのは?」

「私」

「明日も学校へ来たい?」

 答えが止まる。

 組織からは接触を継続するよう命令されている。

 学校へ来ることも任務の一部。

 だが、それだけではない。

「来たい」

 灯里は言った。

「奈々と、また昼食を食べたい」

「それは、灯里が決めたこと?」

「うん」

「だったら、今日の全部が嘘になるわけじゃないよ」

 奈々が手を差し出す。

「私たちは、まだ会ったばかり。だから、灯里のことを全部信じるなんて言えない」

「信じない?」

「信じたいと思ってるよ」

「同じではない?」

「違うよ。でも、これから信じられるようになるかもしれない」

「これから」

「友達も、いつの間にかなってることが多いって優子が言ったでしょ?」

「うん」

「だから、急いで全部を決めなくていいよ」

 灯里は奈々の手を見る。

 命令ではない。

 従わなくても罰はない。

 握らなくても、処分されない。

 それでも灯里は、自分から手を伸ばした。

 指先が触れる。

 その瞬間。

 奈々の白い回路が大きく脈打った。

「――っ」

 胸の奥から、熱が全身へ広がる。

 灯里の身体も震えた。

 黒い人工魔力核が、灯里の意思を離れて出力を上げる。

 一度。

 二度。

 白い回路と同じ間隔で。

 窓ガラスが細かく震えた。

 本棚の奥で、数冊の本が揺れる。

 神一郎が立ち上がった。

「奈々、離れろ」

「待って」

「今の反応は」

「ここでは駄目」

 奈々が声を抑える。

 司書が図書整理室にいる。

 廊下を他の生徒が通る音も聞こえる。

 アトランティスも。

 魔力も。

 人工魔力核も。

 ここで口にすべきではない。

 優子が図書室の入口へ移動し、人が来ないか確認する。

 神一郎は胸ポケットのツキカゲへ触れたまま、灯里を見た。

「奈々から手を離してくれ」

 灯里は動けない。

「私が、しているのではない」

「なら、何がしてる」

「分からない」

「本当に?」

「止まらない」

 灯里の声が初めて震えた。

 黒い核は、これまで灯里の命令へ従っていた。

 痛みを押し込み。

 出力を隠し。

 普通の人間と変わらない状態を作る。

 十年以上をかけて手に入れた制御。

 それが奈々へ触れただけで崩れている。

「怖い」

 灯里が呟いた。

「私の中にあるのに、私の言うことを聞かない」

 奈々は手を離さなかった。

「灯里、私を見て」

「離れろ」

「神一郎、大丈夫」

「何を根拠に」

「灯里が怖がってるから」

「それと安全かどうかは別だ」

「でも、今無理に離したら、もっと危なくなる」

 奈々は灯里の手を握る。

 治癒術を使うわけではない。

 白い魔力を流し込むこともしない。

 ただ、自分の心臓の速さへ呼吸を合わせる。

「ゆっくり息をして」

「できない」

「できるよ。私と同じに」

 大きく息を吸う。

 吐く。

 もう一度。

 灯里の呼吸が、少しずつ奈々へ重なる。

 白い回路の脈動が弱まる。

 それに合わせるように、黒い人工魔力核も出力を落としていく。

 窓ガラスの震えが止まった。

 本棚も静かになる。

 図書室には、放課後の空調音だけが残った。

「治まった?」

 奈々が尋ねる。

 灯里は胸元へ手を当てる。

「うん」

「苦しくない?」

「大丈夫」

「本当に?」

「今は」

 奈々はそこで初めて手を離した。

 神一郎がすぐに間へ入る。

「支部へ連絡する」

「待って」

 灯里が神一郎の袖を掴む。

「それは、どこ?」

 知らないふりをしている。

 だが、神一郎は答えなかった。

「学校の外で話す」

「私は、行かなければならない?」

「強制はできない」

「でも、来なければ疑う?」

「当たり前だ」

 灯里の指が離れる。

 逃げることはできる。

 教室に鞄を残したままでも、灯里の身体能力なら誰にも捕まらず校外へ出られる。

 神一郎は負傷中。

 奈々と優子も、一般生徒のいる学校では力を使えない。

 それでも、灯里は動かなかった。

「今日は帰る」

 灯里が言う。

「連絡しなければならない人がいる」

「誰に?」

「今は話せない」

「明日も来る?」

 奈々が尋ねる。

 灯里は奈々を見る。

「来てもいい?」

「うん」

「私が、何かを隠していても?」

「今日みたいなことが起きたら、すぐ教えて。それは約束して」

「約束」

「破ったら、信用をなくすんだよ」

 優子が言う。

「でも、一度で全部なくなるわけじゃない」

「全部ではない?」

「なくした分は、また作ればいいから」

 灯里は三人を見る。

 神一郎だけは、まだ警戒を解いていない。

 当然だった。

 それでも彼は、灯里を捕まえようとはしなかった。

 奈々の言葉を信じたから。

 自分の判断だけで決めないと約束したから。

「分かった」

 灯里が頷く。

「明日も来る」

 組織から与えられた命令ではなく。

 篠宮灯里が自分で選んだ言葉だった。


     *


 灯里と別れたあと。

 神一郎たちは、人間界支部へ向かう車の中にいた。

 一般車両に偽装された支部の車。

 運転席と後部座席の間には遮音術式が展開され、前を走る車や歩道の人間から内部の会話を聞かれることはない。

 それでも三人は、固有名詞を避けながら話していた。

「どうして行かせた」

 神一郎が奈々へ尋ねる。

「あの場で止めたら、灯里は逃げてたと思う」

「逃げたとしても、追跡できた」

「学校で?」

「支部へ連絡すれば」

「その間に、他の生徒を巻き込んだかもしれないよ」

「篠宮さんに攻撃する意思はなかった」

 優子が言う。

「少なくとも、あの時は」

「だからって安全とは限らない」

「分かってるよ」

 奈々が答える。

「でも、灯里は自分の中にある力を怖がってた」

「人工魔力核だと思うか」

「たぶん」

「朝から気付いてた?」

「教室に入ってきた時、昨日と同じ反応があった」

「どうしてすぐ言わなかった」

「連絡したよ。近くにあるって」

「場所は分からないと答えただろ」

「あの時は、本当に断定できなかった」

「昼休みには?」

 奈々は答えられなかった。

 灯里の中にある。

 昼休みには、ほとんどそう思っていた。

 それでも神一郎たちへ言えば、灯里が一人の少女ではなく、危険な物として扱われる気がした。

「隠したのか」

 神一郎の声が硬くなる。

「責めないで」

 優子が間へ入った。

「奈々なりに考えたんだよ」

「危険、いや、敵を隠していい理由にはならない」

「灯里は敵じゃない」

「どうして言い切れる?」

「今日の灯里を見たから」

「それも、相手が用意した態度、操られていたかもしれない」

「そうかもしれないよ」

「なら」

「それでも」

 奈々は神一郎を見る。

「卵焼きを美味しいって言った時の灯里は、嘘じゃなかった」

「それだけで信じるのか」

「全部は信じてない」

「同じだろ」

「違うよ。私は、信じたいと思ってるだけ」

 図書室で灯里へ伝えた言葉。

 奈々自身にも言い聞かせる。

「灯里のことは報告する。調べる必要があることも分かってる。でも、最初から敵だって決めないでほしい」

「もし奈々へ近付くために作られた存在だったら?」

「その可能性はあると思う」

「分かっていて、明日も会うのか」

「うん」

「奈々」

「神一郎は、私に選ばせるって言ったよね」

 神一郎の言葉が止まる。

 昨日、自分で決めたばかりだった。

 守ることと、信じることは違う。

 危険だからと何も知らせず、奈々の選択を奪わない。

 だが、危険が目の前へ現れれば、やはり遠ざけたくなる。

「勝手に動くつもりはないよ」

 奈々が続ける。

「灯里が何者なのか、一緒に調べる。何か分かったら話す。でも、友達になりたいと思ったことまで、間違いにしないで」

「……分かった」

 神一郎が答える。

「本当に?」

「篠宮灯里を、最初から敵とは決めつけないよ」

「うん」

「だが、味方とも考えない。次に同じ反応が起きたら、必ず距離を取れ」

「灯里が苦しんでいても?」

「奈々まで倒れたら、誰も助けられない」

「それは……分かった」

「それから、もう隠さないでくれ」

「神一郎もね」

「今は奈々の話をしてる」

「私も神一郎の話をしてる」

「同じにするな」

「同じだよ。相手を心配させたくなくて、自分だけで決めるところ」

 神一郎が黙る。

 優子が小さく笑った。

「二人とも、本当に似てきたね」

「「似てない」」

 奈々と神一郎の声が重なる。

「ほら」

 今度は二人とも何も言えなかった。


     *


 アトランティス騎士団本部。

 解析室の中央に、三つの魔力波形が浮かんでいた。

 白。

 赤坂奈々の魔力回路。

 黒。

 カイル・ウェーバーの人工魔力核。

 そして、識別不能の暗い紫。

 博文館学園で〇・七秒だけ観測された、未知の反応。

 椎菜は三つの波形を見比べていた。

「一致率は?」

「カイルの核とは、基礎構造で七十八パーセント」

 解析術師が答える。

「ただし、出力制御と隠蔽術式は別物です。既存の検体より数世代先にあると考えられます」

「完成体か」

「その可能性があります」

 暗い紫の波形が拡大される。

 ほとんどの時間、一般人と見分けがつかないほど出力を落としている。

 それが奈々の魔力回路へ接触した瞬間だけ、制御域を越えた。

「本人の意思で上げた反応ではありません」

「赤坂奈々も回路に引き出された?」

「あるいは、応えた」

「人工核に意思があるような言い方だな」

「現時点ではあるともないとも断定できません」

 解析術師が別の記録を開く。

 篠宮灯里。

 博文館学園高等部一年A組。

 入学直後から長期療養。

 本日より復学。

 幼少期から複数の医療施設を転々としているが、治療内容の詳細は残されていない。

 保護者欄には、海外在住の親族の名がある。

 だが該当する人物は三年前に死亡していた。

 現在の住居は、人間界にある高層マンションの一室。

 契約名義も同じ死亡者。

「用意された経歴だな」

 椎菜が言う。

「本人を確保しますか?」

「証拠がない」

「反応は出ています」

「魔力反応だけで、人間界の学校から生徒を連れ去るつもりか」

「しかし、赤坂奈々さんへ接触しています」

「だからこそ慎重に動く」

 一般人には、騎士団の存在そのものが知られていない。

 学校内で実力行使をすれば、生徒も教師も巻き込む。

 人間界側の行政機関へ説明するにしても、公開できる情報は限られている。

 何より、篠宮灯里が自ら誰かを傷付けた事実はない。

「人間界支部へ指示を出せ。篠宮灯里の監視を開始。ただし、学校内では一般人として扱え」

「了解」

「接触はするな。騎士団、魔力、人工魔力核に関する情報も一切漏らすな」

「赤坂奈々さんたちは?」

「すでに接触している」

 椎菜は神一郎から届いた報告を見る。

 篠宮灯里の人工魔力核と思われる反応。

 奈々との接触による共鳴。

 本人に敵意なし。

 そして最後に、神一郎自身の判断ではない一文が付け加えられていた。

『赤坂奈々は、篠宮灯里を敵ではないと考えている』

 少し前の神一郎なら、感情的な判断だと切り捨てたかもしれない。

 今も完全に納得してはいないだろう。

 それでも報告から省かなかった。

 奈々の選択を、自分の判断と同じ場所へ並べた。

「成長したのか、影響されているだけなのか」

「何か?」

「いや」

 椎菜は端末を閉じる。

「奈々くんを一人にするな。優子くんにも同じ指示を」

「藤崎副隊長には?」

「すでに送った」

「従うでしょうか」

「従わせろ」

「負傷中ですが」

「だから好都合だ。今なら力ずくでも止められる」

 解析術師が返事に迷う。

「……了解しました」

 椎菜は暗い紫の波形を見る。

 完成体に近い人工魔力核。

 それを持ちながら、普通の学校へ通おうとする少女。

 命令によって奈々へ近付いたのか。

 それとも、自分の意思で友達になろうとしているのか。

 今はまだ、どちらとも決められない。

「篠宮灯里」

 椎菜は少女の名前を口にする。

「君は、誰の命令で明日を選ぶ」


     *


 同じ時刻。

 灯里は一人で自宅へ戻っていた。

 部屋の照明は点いていない。

 生活に必要な家具だけが置かれた室内。

 家族の写真も。

 誰かと一緒に選んだ物もない。

 灯里は鞄を机へ置く。

 教科書。

 図書室で借りた小説。

 飲み終えたミルクティーの容器。

 本来なら捨てるべき物だった。

 だが灯里は、それを鞄から出し、机の端へ立てた。

 明日、優子へ何を返せばいいのか。

 その答えを考えるために必要だと思った。

 机の中央には、組織から渡された端末がある。

 灯里が近付くと、自動的に画面が起動した。

『観察対象との接触を確認』

『赤坂奈々の魔力回路の出力変化を報告せよ』

 灯里は椅子へ座る。

 指示された内容を入力していく。

 奈々の魔力が接近によって反応したこと。

 接触により、自分の人工魔力核が〇・七秒間、制御域を越えたこと。

 赤坂奈々の魔力回路が人工核の出力を低下させたこと。

 そこまで入力し、指が止まる。

『観察対象の警戒状態は?』

 奈々は気付いている。

 灯里の中に、普通ではない何かがあることを。

 神一郎と優子も疑っている。

 正確に報告すれば、組織は接触方法を変える。

 場合によっては、奈々の周囲にいる者を排除するかもしれない。

 それは任務の成功率を上げる。

 灯里がこれまで教えられてきた基準なら、報告しなければならない情報だった。

 奈々の卵焼きの味が蘇る。

 優子から渡されたミルクティー。

 痛みを隠した神一郎へ怒る奈々。

 意見が違っても、三人は同じ場所へ帰っていった。

『警戒なし』

 灯里は入力した。

 嘘だった。

 初めての嘘ではない。

 任務に不要な情報を省いたことはある。

 組織の望む結果を得るために、報告の表現を変えたことも。

 だが今回は違う。

 組織のためではない。

 奈々たちを守るために、情報を隠した。

『赤坂奈々は人工魔力核の位置を特定できない』

 送信。

 端末から短い音が鳴る。

『報告を受理』

『引き続き接触を継続せよ』

『感情的な結び付きを利用し、白色回路の情報を取得せよ』

 感情的な結び付き。

 友達。

 組織は最初から、その言葉を利用するつもりだった。

 奈々へ近付き。

 信じさせ。

 必要な情報を得る。

 そのために灯里は学校へ送られた。

 用意された制服。

 作られた経歴。

 与えられた名前。

 篠宮灯里という少女の人生は、赤坂奈々へ近付くために作られた。

「友達」

 灯里は小さく呟く。

 端末には、追加の命令が表示される。

『必要であれば、対象の信頼を得るため情報を開示せよ』

『ただし、人造騎士計画および組織の存在は秘匿すること』

 許可された嘘。

 許可された本当。

 組織が決めた範囲の中で、灯里は奈々と友達になる。

 それは本当に友達と呼べるのか。

 灯里は図書室から借りた本を開く。

 本の中では、友達へ嘘をついた少女が責められていた。

 裏切られた少女は泣き、もう会いたくないと言う。

 それでも最後には、本当のことを話す。

 すぐには許されない。

 傷付けたものが、なかったことになるわけでもない。

 けれど二人は、もう一度話すことから始めていた。

 灯里にも同じことができるのか。

 自分が人工魔力核を持つ人造騎士であると伝えれば。

 奈々を観察するために近付いたと告白すれば。

 奈々は同じように名前を呼ぶのか。

『話したら、嫌われるかもしれない』

 図書室で、自分が口にした言葉を思い出す。

『それも、聞いてみないと分からない』

 奈々はそう答えた。

 胸の奥で、人工魔力核が脈打つ。

 一度。

 二度。

 奈々へ触れた時とは違う。

 灯里の身体を生かすための、いつもの黒い鼓動。

「私の力」

 胸元へ手を当てる。

 人工魔力核は十年以上、灯里の命を繋いできた。

 この核がなければ、今の灯里は存在しない。

 誰かに埋め込まれた物でも。

 兵器として使うために与えられた物でも。

 今は灯里の心臓と繋がっている。

 自分の力だと思っていた。

 だが、奈々へ触れた時。

 人工魔力核は灯里の命令を聞かなかった。

 白い回路へ応えるように出力を上げた。

 身体の内側にある黒い心臓が、灯里の意思とは関係なく奈々を求めた。

 もし、この力が灯里のものではないのなら。

 自分に残るものは何か。

 篠宮灯里という名前も、組織から与えられた。

 学校へ通う理由も。

 奈々へ近付く理由も。

 すべて誰かに決められている。

 それでも。

「明日も学校へ行く」

 灯里は声に出した。

 組織からも、接触を継続するよう命令されている。

 同じ行動。

 だが意味は違う。

 奈々が卵焼きを多めに持ってくると言った。

 優子へ今度は自分が飲み物を渡す。

 図書室で借りた本の続きを、学校で読みたい。

「私は、行きたいから行く」

 誰もいない部屋で、灯里はもう一度言った。

 命令されたからではない。

 少なくとも、その理由だけではない。

 机の端に置いた空の容器を見る。

 明日が来れば。

 また会える。

 その約束を信じてみたいと思ったのは、篠宮灯里という一人の少女だった。

 胸の奥で人工魔力核が脈打つ。

 黒い鼓動。

 一度。

 二度。

 それが自分の心臓なのか。

 与えられた兵器の音なのか。

 灯里には、区別できない。

 それでも。

 明日を待つという感情だけは、誰かに与えられたものではなかった。


―――――――

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