第50話 教師との分断
異常は、小さな違和感のまま終わらなかった。
教師の指示で一度立ち止まり、各班が位置確認に入った時点では、まだ全体の空気は想定外だが授業の範囲内に一応留まってる様子らしい。
ざわついてはいる。教師たちの声にも少し硬さがある。
だが誰も、本気で遭難を想定してはいない。
それが甘い、と感じる。
「四班、そのまま動くな!」
前方の教師が声を張る。
「班ごとにまとまれ、確認が終わるまで勝手に進むな!」
言っていることは正しい。
だが、その声が届く前に空気の密度が変わった。
足元の岩肌が、低く唸るように震える。
「っ」
反射で視線を落とした瞬間、通路の右側の壁面に細い亀裂が走った。
一本、二本、三本――次の瞬間にはそれが一気に広がり、鈍い破砕音と共に崩れ始める。
「下がれ!」
叫ぶより早く、俺は透花の肩を引き、そのまま彼女の体を抱き寄せる。
同時に理央が前へ飛び出し、花宮の腕を掴んで引き寄せる。
「うわっ!?」
花宮の悲鳴が短く響く。
崩れた岩が通路の半分を塞ぎ、土煙が一気に広がった。
視界が白く濁る。
その向こうで教師の声が飛ぶが、反響と落石音に混ざって位置が掴みにくい。
「く……の、乃亜!」
理央の声が聞こえ、返事を返す
「ああ、大丈夫だ」
「透花は!?」
「ここ……!」
透花の声は近い。
抱きしめられた状態のせいなのか、顔を真っ赤にして固まっている。
花宮も息を乱してはいるが、まだ足は止まっていない。
俺は再度、理央、透花、そして花宮の三人が居るのを確認した次の瞬間、土煙の中に薄い霧のようなものが混ざった。
ただの粉塵ではなく、魔力が滲んでいる。
『――警告します』
リゼットの声が内側で鳴る。
『局地的視界阻害。魔力反応、不自然』
『退路側に障壁性干渉を確認』
障壁――それを聞いて舌打ちしそうになる。
崩落だけなら事故と言い張れた。
だがこれは違う。
煙に紛れて、こちらと向こうを切り離すように魔力のようなモノが走っている。
「おい、見えねえんだけど!」
理央が低く吐き捨てる。
「理央、動くな」
「でもこのままじゃ――」
「動くんじゃない」
強めに言い切ると、理央が口を閉じた。
向こう側から教師の声が聞こえる。
「四班! 返事をしろ!」
「こっちです!」
花宮が叫び、声を出す。
「聞こえてるか!?」
返事はあるが、遠い。
しかも、その声が急に歪んだ。
壁越しに聞くみたいに、輪郭がぼやける。
通信端末を持つ花宮が端末を叩く。
「え、ちょ、待って。反応おかしい」
「……繋がるか?」
「微妙……ノイズ入ってる」
教師側も何か端末で呼んでいるらしいが、こちらへ届く音は途切れ途切れだった。
その時、足元の感触がまた変わった。
「――跳べっ!」
考える前に言っていた。
三人が一瞬遅れて反応する。
俺はその場で強く床を蹴り、花宮の背を押し、透花の体を抱きしめたまま、理央は半ば反射で二人ごと横へ飛んだ。
直後、さっきまで立っていた床が沈んだ。
「は、っ!?」
花宮の息が詰まる。
沈んだ床の中央に、黒い裂け目のようなものが開いていた。
落とし穴ではなく、間違いなく転移系のギミックだ。
縁に走る魔法陣の光が、一瞬だけ明滅して消える。
「何これ……?」
花宮の声が引きつる。
理央も何かを言いたげだが、何も言えない。
透花は何も言わなかった。
ただ、青ざめた顔で抱きしめられている状態のまま、俺を見ている。
怖いのだろう。
当然だ。
なのに透花はパニックにはなっていない。
恐怖の中でも、何を見ればいいかをわかっている顔をしていた。
偉いな、と一瞬だけ思う。
だが感心している場合でもない。
何もかも、偶然にしては出来すぎている。
まるで、こちらの班だけを切り離す意図でもあるみたいに、異常が噛み合いすぎていた。
「――久城」
理央が低く呼ぶ。
「これ、どうなってるかわかるか?」
「知らねぇ」
「……だよな、すまん」
「ただ、事故じゃない可能性が高い」
「は?」
俺の言葉を聞いて理央は驚いた。
理央だけじゃない。
花宮も透花も、息を呑んだのが分かった。
「意図的ってこと?」
花宮がかすれた声で言う。
「断定はしないが……だが自然じゃない」
「自然じゃないって……」
透花の声が震える。
向こう側からまだ教師の声がした。
「四班、応答しろ!」
「こっちです!」
もう一度、今度は理央が叫ぶ。
だが、その声に返ってきたのはひどく不明瞭な雑音だった。
花宮が端末を見て顔をこわばらせる。
「通信、切れかけてる」
「ビーコンは」
「まだ反応ある。でも位置同期が……何これ、ずれてる」
「ずれてる?」
「マップ上の表示が微妙に飛ぶ。固定できないんだよね……」
それを聞いて、リゼットの警告が正しかったと理解した。
地図情報との誤差が拡大している。
俺は一歩だけ前へ出て、崩落箇所と転移ギミックの残滓を見比べる。
退路は塞がれており、無理に戻ろうとすれば、今度は別の罠が来る可能性が高い。
「――理央」
「ああ、何だ?」
「透花と花宮を壁際へ寄せろ。中央は踏むんじゃないぞ」
「分かった」
理央は迷わず動いた。
こういう時、理央は身体が先に動く。
そのまま突っ込みすぎる欠点はあるが、今は使いやすい。
「透花」
「う、うん」
「端を見てろ。足元じゃない、壁と天井を見ているんだ、いいな?」
「……分かった、あ、あと、久城くん」
「なんだ?」
「助けてくれてありがとう……」
「……気にするな」
透花にもしも何かがあれば、”乃亜”がきっと悲しむと思っての行動だ。
別に気にしないでほしいと思いながら、透花から離れた。
「花宮、端末は?」
「うーんとね……最低限のログは取れてる。でも先生側の反応が不安定」
「切れる前に位置情報だけ送り続けてくれ」
「やってる!」
声が上ずっている。
だが花宮もまだ保っている感じだ。
怖がりながらでも、手を止めないのは偉い。
三人とも、最低限以上には動けていた。
だからこそ余計に分かる。
今の俺の動きは、いつもの”久城乃亜”の行動と言うものじゃない。
頭数確認と退路確認。
危険箇所の切り分けと指示の順番。
こういう時に自然に出るものは誤魔化しづらい。
そんな行動をしていたからなのか、理央が低く呟く。
「……お前、本当何なんだよ」
その声には、疑いと同時に、ほんの少しの頼り方が混じっていた。
答える気はないし、答える余裕もない。
通路の奥から、また別の気配が流れてくる。
重い。濃い。浅層のものじゃない。
最悪だな、と心の底から思った。
教師との通信は切れかけている。
退路は不安定。
そして、四人だけがきれいに取り残されている。
これはもう授業にはならない。
俺は薄く息を吐いた。
「……っ」
ふと、何か嫌な気配を感じると同時に、懐かしい感じがした。
それはまるで、”あの時”の時のように。
『――死ぬなよノア、アンタを殺すのはあたしなんだから』
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