第34話 配信の成長
夜の叔父宅は、昼間より少しだけ静かだ。
とはいえ、普通の家と比べればたぶん十分騒がしい部類に入るのだろう。
人ではないものが何体も出入りし、二十一時を過ぎても部屋の隅で術式や機材の光がちらついているのだから。
俺は机の前に座り、端末画面を見下ろしていた。
「映像出力、安定。音声遅延、許容範囲内。匿名処理、継続中」
淡々と報告するのは変わらない、リゼットがやってくれる。
既にリゼットはこちらの世界の機材にもすでに馴染みきっている。
むしろ馴染みすぎていて不気味なくらいだった。
「コメント抽出の優先設定も更新済みです。前回より視聴導線が改善されます」
「いつも助かる、リゼット」
「当然です。主の活動効率向上は最優先事項ですから」
青い瞳の奥で、魔法陣のような光が小さく回る。
この女は相変わらず無機質だが、こういう時の有能さはありがたい。
机の横ではルクスが壁にもたれて腕を組んでいた。
静かに何も言わず、ただこちらを見ているようで、同時に周囲の気配全部を警戒している顔だ。
「……配信など、人の目を集めるだけだと思うが」
「おい、今さらだぞ?」
「不快だとは言っているんだ」
「でも必要だろ、ルクス?」
そう言うと、ルクスは小さく目を細めた。
必要――その一言で納得したわけではないだろうが、反論もなかった。
今の俺には、こちらの世界で足場が要る。
ダンジョンへ潜るための金、情報、実績。
全部を集めるには、配信という仕組みは都合がいい。
その時、部屋の扉が半分だけ開いた。
「なるほど、それが配信者の姿か」
「おじさん……」
叔父の智明が声をかけてきた。
呆れ半分の声で部屋の中を見回し、端末や簡易機材の並ぶ机を見ている。
「俺が配信者になってるって、まだ信じてなかったのか?」
「いや、信じちゃいるけどさ。実際こうやって準備してるの見ると、なんか妙に現実味あるなって」
そう言って、智明は苦笑した。
「顔出しとかはしないんだろ?」
「ああ、してない」
「まあ、そりゃそうか……顔出しなんてしたら、姉さんたちがうるさいだろうな、多分」
ため息を吐きながらそのように呟く叔父の智明はそれ以上は踏み込まないでくれている。
こういう距離感はありがたかった。
そのまま、気をつけろと言った後、智明は俺から離れる。
するとフェルがベッドの上に飛び乗ってきた。
赤髪の少年姿のまま、朱色の瞳をぎらつかせている。
「今日はオレ前に出るよな?」
「ああ、今日も頼む」
「よし」
それだけで露骨に機嫌が良くなる。
単純で助かるなぁと感じながら――準備を終え、配信画面を立ち上げる。
タイトルはリゼットが提案してきた中から、もっとも目を引きやすいものを選んだ。
【正体不明の召喚士、再び】
サムネイルも以前より少し整っている。
「さて、行くか……」
軽く体を伸ばしながら、俺はダンジョンに向かうのだった。
▽
ダンジョン入口に着き、配信を開始する。
『ああ、来たぞ!』
『またこの召喚士だ』
『待ってた待ってた』
『今日どこ潜るんだ?』
開始直後から流れるコメントの量が、前より明らかに増えていた。
切り抜きから流れてきた視聴者も多いのだろう。
「――行くぞ」
短く告げて、ダンジョンへ足を踏み入れる。
今回のダンジョンは中級手前。
群れ型の魔物が多く、単体はそこまで強くないが、数と位置取りで押してくる類だ。
通路を進んで間もなく、最初の群れが現れた。
犬型に近い小型が六、後ろにやや大型が二。
「ルクス、左を崩せ」
「承知しました」
俺の命令通り、銀の影が走る。
ルクスは最短距離で敵陣の横へ食い込み、前列を切り裂いた。
群れが形を崩した瞬間、俺は足元へ術式を走らせる。
「――縛れ」
魔力の鎖が床を這い、小型の三体を絡め取る。
そこへフェルが笑いながら前へ出た。
「よぉし!燃えろぉ!!」
赤い火が一気に膨らみ、拘束された群れをまとめて焼く。
熱と爆ぜる音が通路を満たし、残った大型が飛びかかってきたが、その首元へルクスの一閃が入った。
簡単に、十数秒で終わる。
『この召喚士、マジで戦い方が異質』
『召喚獣と連携しすぎだろ』
『新人の動きじゃない』
『こいつ絶対どっかで戦場くぐってるだろ』
コメント欄が一気に加速する。
前よりも、見ている側が“何がすごいか”を分かってきている感じがあった。
俺はコメント欄を見つつ、そのまま奥へ進む。
リゼットの補助で画面は以前より安定していた。
視点切り替えも滑らかだし、音も聞き取りやすい。戦闘中の導線まで整理されている。
「――新規流入増加。維持率良好」
耳元の小型端末越しに、リゼットの報告が入る。
「特に戦闘制御と召喚獣連携への反応が強いです」
「……そうか」
「次も同等以上の見せ場が必要ですね」
「リゼット、欲張るな」
「効率化です」
次の広間では、飛行型を含む群れが待っていた。
上と下から同時に来る。普通なら厄介な配置だ。
「フェル、上だ!」
「任せろ!」
フェルが火を纏って跳び、飛行型を焼き払う。
その間にルクスが地上の群れへ斬り込み、俺は術式で進路を制御して包囲を切らせる。
敵をただ倒すのではなく、形を崩して殺す。
そうすると戦闘は短い。
『盤面支配うますぎ』
『本人はそこまで派手に動いてないのに全部掌の上』
『召喚獣が強いだけじゃなくて指示が異常』
画面の向こうで評価されるのは、悪くなかった。
配信そのものが好きなわけではない。
見られることを楽しんでいるわけでもない。
だが、戦いを見た上で評価されるのは、学校とも家族とも違った。
最初から決めつけた目ではなく、少なくとも“見た結果”として言葉が返ってくる。
――その違いは大きい。
攻略を終えて地上へ戻る頃には、視聴者数も前回よりさらに伸びていた。
『次どこ行くんだ?』
『もう一段上いけるだろ』
『中ボス級見たいなぁ!』
『この召喚士ならいけそう』
コメント欄を見て静かに笑ってしまった後、配信を切る。
配信を切ると同時に、熱だけがまだ画面の向こうに残っている気がした。
そのまま叔父宅へ戻ったあと、リゼットがすぐに戦績を整理して空中へ簡易画面を展開する。
「本日の数値、前回比で大幅上昇。視聴維持率、切り抜き適性、コメント反応、いずれも良好です」
「ずいぶん機嫌が良さそうだな、リゼット?」
「事実を述べています……フフ」
そう言いながらも、こいつはこういう時だけ少しだけ声が滑らかになる。
そして最後に彼女は静かに笑った。
そこだけは、まるで人間味がある感じがした。
「――次に一段上へ行けば、大きく跳ねます」
表示されたのは中ボス級ダンジョンの候補一覧だった。
危険度、話題性、戦闘映え。必要な情報が整理されて並んでいる。
俺はその画面を見つめながら、静かに呟いた。
「このまま、着々と進んで行けばいいんだけどな」
静かに笑いながら、俺はそのように呟いたのだった。
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