第11話 暗い場所で、はじめて【九条乃亜視点】
最初は、何も分からなかった。
暗くて、冷たくて、息も上手くできないみたいな場所に沈んでいて、上とか下とかもなくて、ただずっと苦しかった。
ここがどこなのか、どうしてこうなったのか、最初はちゃんと思い出せなかった。
でも、ぼんやり考えているうちに、少しずつ分かってきた。
――多分、僕はもういらないんだ、って。
家でも。
学校でも。
どこでも。
僕が何か言っても、誰もちゃんと聞いてくれなかった。
違うって言っても、言い訳するなって言われた。
やってないって言っても、でも前もそうだっただろって言われた。
瑠亜が泣けば、みんな瑠亜の味方をした。
母さんは困ったように笑って、僕を見た。
父さんはため息をついて、失望した顔をした。
姉さんは見ないフリをした。
学校でも同じだった。
みんな、僕を見てるようで見てない。
でも悪い事が起きると、急に僕の事だけよく見えるみたいだった。
どうしてなんだろう、って、最初はずっと思ってた。
僕が本当に悪いのかな?
僕が変なのかな?
僕がちゃんとしてたら、違ったのかな?
考えて、考えて、でも分からなくて、最後には、もう考えない方が楽になった。
ごめんなさいって言っておけば、少しだけ早く終わる。
黙ってれば、怒られる時間が短くなる。
期待しなければ、傷つくことも少なくなる。
――だから諦めた。
家族って、助けてくれるものなんだって期待するのを。
誰かが信じてくれるかもしれないって思うのを。
その方が楽だったから。
でも、完全に何も感じなくなれたわけじゃなかった。
苦しいのも、痛いのも、ずっとそこに残っていた。
暗い場所に沈みながら、僕はただ膝を抱えていた。
寒い。
こわい。
誰かに見つかりたくない。
でも、ひとりなのも、いやだった。
そんな時だった。
ふわ、と、暗い場所に光が差した。
「……え」
最初に見えたのは、白かった。
月の光みたいにやさしい、淡い光。
それが近づいてきて、僕の前で止まる。
長い白銀の髪。
きれいな服。
やさしそうに見えるのに、どこか人間じゃないみたいな女の人。
『……この子、まだいるわ』
その声は静かで、でもはっきりしていた。
怖くなって、の句は身体を縮めた。
知らない――こんな人、知らない。
でも、その人は怒らなかった。
責めもしなかった。
ただ、壊れものを見るみたいに、そっと僕を見た。
『大丈夫よ』
そう言われても、大丈夫なはずがなかった。
知らない場所で、知らない人たちがいて、しかも一人じゃなかった。
次々に気配が増える。
赤い髪の、目つきの悪い男の子。
黒くて小さな竜。
花の匂いがする、きれいだけど少しこわい人。
大きな狼みたいな気配。
黒猫。
羽のある人。
もっと、たくさん。
どの人も、人間とは違った。
なのに、みんな僕を見ていた。
逃げたかった。
でも逃げる場所なんてなかった。
『誰だよ、こんなになるまで放っといたやつ』
赤い髪の子が怒ったように言う。
びくっとしてしまったけど、その怒りはぼくに向けられているんじゃないと、なんとなく分かった。
『こわい匂いする』
黒い小さな竜が、鼻をひくつかせる。
その言い方に、胸の奥がぎゅっとなった。
やっぱり、僕は変なんだ。
こわい匂いなんて、そんなの、自分でもいやだ。
「……ごめん、なさい」
気づいたら、そう言っていた。
謝るつもりなんてなかったのに。
でも、口が勝手にそう動いた。
いつものことだった。
すると、空気が止まった。
『謝らなくていいのよ』
最初の白い人が、すぐにそう言った。
『でも……』
『いいの』
やさしい声だった。
母さんの声とは、全然違った。
母さんもやさしく聞こえる時があった。
でも、それは本当にやさしいわけじゃなかった。
僕を見ているようで見ていない声だった。
この人の声は違った。
ちゃんと、ぼくに届く声だった。
『あなたは悪くないわ』
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぐしゃっとなった。
そんなこと、一度も言われたことがなかった。
悪くない。
僕が?
そんなはずない、と思った。
でも、もし少しでも本当なら、どうして今まで誰も言ってくれなかったんだろう。
『主が目を覚ましたら、きっとあなたを見つけてくれるから』
「……あるじ?」
聞き慣れない言葉だった。
でも、その人たちはみんな、当たり前みたいにその【主】の話をする。
『この身体に来た子よ』
僕は思わずびくっとした。
やっぱり、いたんだ。
自分の中に、知らない誰かが。
怖かった。
身体を取られたのかもしれない。
もう返ってこないのかもしれない。
そう思って、ずっと怖かった。
『でも、あの子はあなたを消していないわ』
白い人はそう言った。
『むしろ、きっと助けようとする』
『なんで、そんなこと……』
分からなかった。
知らない誰かが、どうしてぼくなんかを助けようとするんだろう。
その時、少し離れたところで、銀色の目をした人が低い声で言った。
『主が見捨てないなら、俺たちも見捨てない』
その人は一番怖そうだった。
静かで、冷たくて、近づいたら噛みつかれそうな感じがした。
でも、その言葉だけはまっすぐだった。
――見捨てない。
その言葉も、知らなかった。
僕はずっと、誰かに見捨てられるのが当たり前だと思ってたから。
黒猫の子が近づいてきて、くるんと尻尾を揺らした。
『大丈夫だよぉ。ぼくら、主の味方だもん。主が助けたいなら、きみも守る』
『……』
『だから消えないでね』
――消えないで。
そんな風に言われたことも、なかった。
僕がいなくなったら、みんな少しは楽になるんじゃないかって、何度も考えた。
僕がいなければ、瑠亜は困らない。
父さんも母さんも、ため息をつかなくて済む。
姉さんだって、見ないふりをしなくて済む。
だから、ここで消えてもいいのかもしれないって、少し思っていた。
――でも。
『わたしもです』
その声は、すごく静かなのに、全部が変わるみたいだった。
振り向くと、小さな女の子がいた。
銀みたいな髪をしていて、すごくきれいで、でも見た瞬間に分かる。
この子は多分、一番すごい。
怖いくらい強い何かを持っているのに、その子は僕の前でしゃがんだ。
『こわがらなくていいのですよ』
そう言って、頭を撫でられる。
びっくりした。
すごくやさしかったから。
『あなたをなかせたひとたちは、あとで考えればいいのです』
「あとで……?」
『ええ。いまは、ここにいてね』
その言い方が、なんだか少しだけおかしくて、でも泣きそうになった。
あとで考えればいい。
そんな風に、僕を傷つけた人たちより、僕の方を先にしてくれる言葉なんて、初めて聞いた。
その子はにこっと笑った。
『おねえちゃんって、よんでいいからね、のあ』
思わず、目を見開いてしまう。
――おねえちゃん。
そんな風に言われたことなんてない。
姉さんはいたけど、あんな風に近くに来てくれたことは、あまりなかったから。
白い人も隣に来て、そっとぼくを包むみたいにしてくれた。
『わたしのことも、好きに呼んでいいのよ』
「……なんで」
『あなたが頑張りすぎてしまう子だから』
その言葉で、とうとうこらえきれなくなった。
声は出なかった。
でも涙だけが止まらなかった。
なんで泣いてるのか、自分でも分からない。
多分、ずっと泣いちゃだめだと思ってたからだ。
泣いたら困らせるだけだって。弱いって思われるだけだって。
でも、ここでは誰も困った顔をしなかった。
誰も「またか」みたいな顔をしなかった。
ただそこにいてくれた。
『主が来るまで、わたしたちが支えるわ』
『すぐ会えるよぉ』
『だから泣いていい』
『……主が選んだなら、守る』
いろんな声がする。
こわい人もいた。
口が悪い人もいた。
ちょっと変な人もいた。
でも、誰も僕を責めなかった。
僕は震えながら、小さく息を吸った。
知らない人たち。
人間じゃない人たち。
でも、この人たちは、僕がいなくならないようにしてくれている。
それに――主。
この身体に来た、知らない誰か。
まだちゃんと会ってもいないのに、その人のことをみんな信じている。
その人が助けるなら、自分たちも助けるって言っている。
そんな風に誰かに信じられている人なら、少しだけ、会ってみたいと思った。
本当に僕を消さないのか?
本当に返してくれるのか?
本当に、見つけてくれるのか?
分からない。
まだ、こわい。
でも、少しだけ。
少しだけ、生きていてもいいのかもしれないって思ったんだ。
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