第2話:不解
襲撃から一夜が明けて、城は、街は沈んだ空気に包まれている。
国王の棺が運ばれる中、ペルナの胸はまだ衝撃と疑念でざわついていた。どうして、こんなことになった? 国王と王妃。騎士団の団長。それから、多くの兵を失った。それなのに、わからないことだらけだ。
悲観に暮れる人々を尻目に、大聖堂の隣に広がる森の中、素朴でありながらも重厚感が漂う王墓に国王と王妃は静かに迎え入れられた。
戸惑いは、すでに波紋を国内外に広げつつある。
葬儀を終えたばかりの大聖堂は静まり返っている。ステンドグラスから差し込む光は穏やかでありながらも、どこかもの寂しい。
並ぶ長椅子の中ほど、うなだれるようにペルナは座っていた。その横顔は、納得のいかない違和感と困惑に苛まれている。
「お前だけのせいじゃない」
慰めにならないことはわかっている。それでも、グレイプは言わずにはいられなかった。
すると、入り口の方から、まるで場違いな騒々しい声が聞こえてきた。
「放せ! おいっ! ペルナ!」
声の主は、第二騎士隊の隊長を務めるルピッツァだった。自身の部下と第一騎士隊の者たちの制止を振り払い、怒りの足音を打ち鳴らして歩みを進めてくる。
「貴様は何をしてたんだ!?」
そして、ペルナの元まで来ると、その肩を鷲づかみにした。直後、叩きつけるような怒声が大聖堂の中に響く。
「ルピッツァ隊長。お控えください」
グレイプが静かに自制を促す。
「黙れ! 貴様らの仕事は何だ!? 国王様と王妃様だけならず、騎士団長殿までも失うとは――」
「うるさい! 人のこと言えんのか!? お前らは何をしてたんだ? 城塞防衛が聞いて呆れる! 敵は城の中に侵入してたんだぞ!?」
なおも続くルピッツァの怒りを跳ねのけて、ペルナは立ち上がった。
「何だと……お、俺たちは猫の子一匹すら見逃してない! それどころか、俺たちですら城の中に入れなかったんだ!」
「城に入れなかった!? わけのわかんないこと言ってんなよ!」
言い合いが口論の域を越えようとする。一気に空気が緊張に包まれ、睨み合う二人は一触即発だ。
「はいはい。そこまでにしてもらえますか?」
その時、鍋をカンカンと打ち鳴らしながら、司祭の格好をした黒髪の青年が奥から出てきた。
「今日は、そういうのなしにしましょう。どうしても続きがやりたいというなら、どうぞ外で」
その口調はゆるいが、眼鏡の奥の目はやや鋭い。
「あ、ああ……ルパレ。すまない」
きまりが悪そうに言い、ペルナは一歩下がった。
一方、ルピッツァは憤慨を静めることなく司祭を一瞥してから、踵を返した。
グレイプは小さく息をつく。騎士隊長同士の喧嘩を止めるのは、さすがに骨が折れる。正直なところ、部外者の介入は助かった。
静寂を取り戻しても、大聖堂の空気は重い。
「あいつが怒るのはわかる」
まだ僅かな怒りの余韻が残る中、ペルナは目を伏せた。だが、すぐに顔を上げる。
「あ、腕……大丈夫か?」
今さらだが、ルパレが鍋を持っている腕を包帯で吊り下げていることに気がついた。
「昨日は助かった」
「義務を果たせたかどうかは別にして、みんな自分のやるべきことをしようとした。それだけだ。まあ、ルピッツァたちは城の前で喚いてただけだけど。何もできないってのは……思いのほか、つらいもんだ」
ペルナの感謝をサラリとかわして、ルパレは目を大聖堂の扉に向けた。第二騎士隊の隊長が抱える苛立ちとジレンマもわかる。そんな視線だ。
その後、城内にある評議会議室へと向かう道すがら、グレイプは思い出したように「そういえば」と口を開いた。
「城の中に入れなかったというのは、どういうことだろうな? 他の連中の話を聞けば、城の中にいた者は揃って敵が現れる直前の記憶がないというじゃないか。俺たちもだが……こう、なんとも気持ち悪い感覚だな」
そう言われても、ペルナは難しい顔で黙ったままだ。
コンコンコン。どこかで、鳥がくちばしで硬い木をリズミカルに打ち鳴らしている。
大聖堂から王城までは、そう遠くない。城壁の近くに広がる小さな森のような木々の道を抜ければ、すぐだ。
「わからないことだらけってことしか、わからねぇよ」
やがて、木々の向こうに城門が見えてきた頃、ペルナは大きくため息をついた。
城に入れば、まだ昨晩の凄惨さの名残がある。
「あとで手伝わないとな……これは、俺たちの血だ」
ペルナは床や壁を磨く使用人たちを見る。兵士たちも、何人かは手伝っている。
グレイプは笑みに口角を少しだけ持ち上げた。ペルナのこういうところが好きだ。どんなに落ち込んでいても、常に目は周囲の人々を見ている。
「そうだな。じゃあ、お前が評議員たちに吊し上げられている間、俺は一足先に手伝いを始めているとしよう」
「お前な……もっと他に言い方があるだろ?」
苦虫を噛み潰したような顔で返し、ペルナは自分から離れていく背中を見やった。
その視線の先で、グレイプに声をかけられている侍女たちが顔を赤らめている。
「この色男め」
面白くなさそうに呟いて、ペルナは自分を糾弾しようとする者たちが待つだろう場所へと向かう。
評議会議室には、大臣、神官、貴族、商業組合、騎士団らの代表が顔を揃えている。
会議室の扉を開けた途端、ペルナに視線が集まる。先ほどの、グレイプの「吊し上げ」という言葉を思い出して、挨拶代わりに少し苦味の混ざった笑顔を返した。
「まだ全員揃ってないのか?」
「副団長がまだ」
ペルナは壁際に並び、隣の第三騎士隊の隊長であるシニエに尋ねる。
本来ならば、騎士隊は数字の順に並ぶべきところだが、いつからか公式の場以外では数字通りではなく『第一』『第三』『第二』と並ぶことが多くなった。理由は、第一と第二が犬猿の仲だからだ。
「副団長がまだ、とは……珍しいな」
ペルナは柱時計に目を向けて「そうか」と頷く。
副団長のヴェシメロニは、どんな時でも四角四面で、時間にも正確な人物だ。逆に、亡くなった団長は威厳はあれど、おおらかな男だった。真逆ではあるが、連携はとれていた。
そんなことを考えていると、自室のベッドの上に倒れていた団長の姿が頭の中に蘇った。どうして、あの人が? そう思えば、ペルナの胸と胃の間くらいに悔しさが不快感を伴って広がる。
そして、それと同時に思考の片隅で、違和感が声を上げ始める。記憶の中の団長の姿――背中から貫かれた剣。背中から? あの団長が? それはおかしい。
「なあ。あの時、団長のベッドが整って……あ、悪い」
つい、ペルナは隣にグレイプがいるつもりで話しかけてしまい、キョトンとしているシニエに謝った。
直後、評議会議室の扉が開いた。ヴェシメロニだ。次の国王となるルシッカと一緒かと思いきや、一人だった。
「遅れて申し訳ない。ルシッカ王子は体調が優れず、本日は大事をとって静養いただています」
席に向かいながら、深みのある低い声で告げる。
あの王子ならそうだろう。ショックで寝込んでも不思議ではない。評議員たちは口にこそ出さないが、呆れと皮肉の空気感を一様にかもし出す。
それから始まった会議は、ひどいものだった。国王の死の責任は騎士団にあるとされ、その咎めは特に第一騎士隊へと向けられた。
しかし、ペルナは自分に向けられている非難の声を、ただの環境音のように聞きながら別のことを考えている。
違和感が残る団長の死。城の中に入れなかった第二騎士隊。失っている記憶。突然現れた敵と魔術――それら全部がつながりそうで、つながらない。
何かがおかしい。それはわかっている。わかっているのに、その違和感の尻尾でさえもつかめない。戸惑いばかりが深まる一方で、思考には霧がかかる。
「第一騎士隊長。聞いているのか!?」
不意、ヒステリックな甲高い声に呼ばれ、我に返った。ペルナは評議員の誰の声かもわからないまま、自分に向いている視線を一つずつ見返す。
「王妃が殺されるのを目の前で見ていたそうじゃないか!?」
財務大臣がヒステリックな声をあげる。
「何と!? 前代未聞ですぞ! そのようなことは民が黙っておりますまい!」
便乗して、貴族の一人が騒ぎ出す。
「国王が暗殺される直前の記憶がない……というのは本当かね?」
続いて、法務大臣が疑うような視線を向けた。
ペルナは「はい」とだけ返す。事実だから反論のしようがない。
それに、あの感覚は今でも理解できない。鎧を着ていたから、千年祭のパレードが終わり、城に戻ってからのことだのだろう。それは、わかる。だが、それ以上のことを思い出そうとしても、何分間、何時間分の記憶がないのかもわからない――まるで眠りに落ちていたかのようだ。
「近衛兵でありながら、国王から離れていた。その際の記憶がない……ずいぶん都合のよい話だと、自分でも思わないかね?」
「お待ちください。その時、城にいた者全ての記憶がないと聞いておりますよ。法務大臣、あなたもそうだったのでは?」
淡々と責める法務大臣を見兼ねて、大司祭が柔らかい口調を挟む。
「我々と騎士団を一緒に語るのは、どうですかな?」
法務大臣は「一緒にするな」と鋭く切り捨てた。
「単なるミスでは済まされませんぞ! 責任問題ですな!」
先ほどとは違う貴族が大げさに糾弾する。
単なるミスではない、か……そんなことはわかってる。ペルナは黙ったまま奥歯を噛みしめた。
不意、ヴェシメロニと目が合う。その厳しい視線は、突き刺すように鋭い。しかも、何も言わない。頷きすらもしない。ただ、見ている。
どうして、何も言ってくれないんだ。その視線に、ペルナは苛立ちを感じる。自分だって団長を守れなかったじゃないか――さらにそう思った時、ペルナは逃げるように目をそらした。そのようなことを少しでも思った自分が情けない。
「第一騎士隊長! 君は、職務を果たしたと言えるのかね?」
「お言葉ですが」
厳しい非難が飛び交う中、ルピッツァが一歩前に出た。
「我々、第二騎士隊にも責任の一端はあるかと思います。敵の侵入を許しました。また、門は開いていました……が、城内に入ることができず、救援に駆けつけることができませんでした」
それだけを言って、元の位置に下がった。
思いもしない援護に、ペルナは伏せた目を持ち上げる。
門が開いていたのに、入れなかった? そんな馬鹿なことがあるのか。そう評議員たちは口々に言い、驚きの中に薄笑いと鈍い不安を織り交ぜる。
「失礼いたします!」
次の瞬間、評議会議室の扉が勢いよく開いた。そして、使いの者が書簡を法務大臣に手渡す。
「隣国からの弔意です。謹んで深甚なる哀悼の意を表します――とのこと」
読み上げられた書簡。まったく無駄のない一文だった。
「……早いな」
ペルナは独りごちる。
「り、隣国!? 一体、隣国との関係はどうなってしまうのですか? ただでさえ、危うい均衡の上に成り立っている関係だというのに……」
商業組合の代表が顔色を変える。途端に室内がどよめき始めた。
「まったく、どうしてこんなことに!? 第一騎士隊長……いや、これはもはや騎士団の責任だ!」
財務大臣の血圧は上がりっぱなしだ。
「責任の所在を決めたところで、王は戻りませんよ」
真逆の声色が低く響いた。ヴェシメロニだった。表情のない顔は心の内を読ませない。だが、うるさい評議員たちを黙らせるだけの威圧感がある。
「評議員の皆様と国民の不安を、全て払拭できるよう、私……我ら第一騎士隊……を始めとする騎士団が全力を尽すことをお約束します。必ず!」
今しかないといわんばかりに、ペルナは口を挟んだ。別段、何も言わなくてもよかった。それでも、黙ったままでいることはできなかった。今、口にしたのは評議員たちに対してだけではなく、自分に、自分たちに対しての言葉でもある。
その後、ほどなくして会議は終わった。
評議会議室を出ていく大臣たちを見送ってから、ペルナは小さく息を吐き出した。まいった……。口には出さないが、顔が物語っている。槍玉に挙げられるのは初めてのことではないが、なかなか今回はきつかった。
ルピッツァが目の前を歩いていく。その無骨な横顔は、まだ怒っている。しかし、その怒りはペルナに対してだけのものではない。騒ぐだけの評議員。無力だった自身への情けなさなど諸々、それらも大いに含まれているように見えた。
ペルナは声をかけようとしたが、すぐに踏みとどまった。礼を言ったところで、また怒鳴られるだけだろう。
「やれやれだな」
その代わりに、げんなりと息を吐き出す。その声を評議員の一人に聞かれて、慌てて表情を引き締める。
騎士団員の気持ちは、みんな同じだろう。戸惑いを抱き、自責の念に駆られ、そして憤っている。何が正しくて、何が間違っているのかもわからないが――それでも、足を止めるわけにはいかない。守る者は、常に先頭を行かなければならない。
世界が微かに軋む音は、確かに聞こえている。ペルナは拳を握り、足取り重く部屋を出た。




