28.Case Emily 11
その瞬間、エミリーがいた場所にレーザーが飛んできた。ベンチなどの障害物を貫きながら迫る。局所的な高温が射線上の物質たちを励起し、眩い軌跡を描いていた。美しさと裏腹に、光の中に伸ばしていたリオの腕は閃光のあと、肘のあたりだけがぽっかりとなくなっていた。
「あ……」
あまりのことにリオは二の句がつげなかった。手を伸ばさなければ――ただその一心でエミリーを突き飛ばした。こんな結果を想定していなかった彼女は思考が止まってしまった。
彼女の視界は警告だらけであった。電脳は生命の危機と判断し、思考を極限まで加速させていた。まるで時間が止まったかと錯覚するような感覚に陥る。
肘という支えを失ったリオの前腕部は、視界の中でセランの人工重力に従いゆっくり落ちていくのが目で追えた。
エミリーの泣きそうで慌てた顔と、持ち場から射撃しながら走ってくるアリーヤたちも見える。
よかった……エミリーは無事だ……。
手を伸ばしたのはただの直感だ。なんの理由もない。でも確実にエミリーの死の運命を塗り替えた実感があった。
これが超直感……なのかな。お遊びで感応しといて良かった。
腕がなくなったのにそんなことを考えてしまう。この思考の加速が終われば、痛みで何も考えられなくなるだろう。
痛覚遮断をしないと……。
体が床に倒れる。離れた左腕も近くに落ちる。まだ痛みは感じない。
「――――?」
「――!」
エミリーやアリーヤが何かを言っているが聞き取れない。思考が加速しすぎて上手く音声認識ができていなかった。
肘があった場所を見ると、断面が焼け溶けたような感じになっていた。焼けているのに、血や透明な体液が溢れている。
焼けても……血って止まらないんだ……。
そんな中、宇宙港のガラス部分の一つが割れた。敵が撹乱するために意図的に撃ったのだろう。周りの軽いものから穴を塞ぐように吸い込まれていく。
リオの視界には改めて、痛覚遮断の許可を求めるメッセージが出ていた。もうすぐ加速が消える。だが今遮断すれば他の感覚も鈍るかもしれない。もしかしたら体を動かせなくなるかもしれない。足手纏いになる――
そこで宙に浮き始めた自身の手を見つけた。リオの目には手首に嵌ったままの「ブレスレット」しか見えていなかった。
ミールから……貰った……。
リオは痛覚遮断の警告を無視し体を無理やり起こした。残ってる右腕を伸ばして、飛んできそうな左腕だったものを掴み体に引き込んだ。
よかった。間に合った……。
そして時間切れとなる。加速が終わったリオの脳に、蓄積された痛みが雪崩れ込んできた。視界が一瞬で赤く染まった。
「――――!?」
声にならない。痛みでのたうち回りそうになる。それでも左手を離さない。
「何をやってる! 急いで痛覚遮断をしろ! ドム、止血パッドをさっさと貼れ! そっちはエミリー嬢を連れて後退しろ、付いてるビーコンは壊しとけ。敵が使ったのはHAF用のレーザーだ。二射目の前に制圧するぞ」
「了解」
アリーヤの指示にゴースト隊員が動く。倒れて痙攣するリオから流れる血を、自身の服で抑えようとしてたエミリーは隊員のひとりに連れてかれた。ドムはバックパックから止血パッドと治療用ナノマシンを取り出し、乱雑に傷口にかけてくる。
「アッガァッ――!」
「痛むだろうが死なないためだ。痛覚遮断がうまくできないのか?」
思考加速中に遮断しなかったため、リオはうまく痛覚遮断の操作ができない。痛みで思考が働かなかった。
搭乗ロビーの端にいたセラフが飛んでやってきた。
「痛みで上手く制御できてないと思われます。私が介入します。このケーブルを彼女のソケットに」
「ここでいいか?」
「はい。そこで」
ドムがセラフから伸びたケーブルをリオの頸部コネクタに差し込んだ。ふたりの治療の後ろでは、残った同盟工作員とゴーストたちの激しい銃撃戦の音が聞こえる。
『リオ、聞こえますか? 直接あなたに神経接続をしています。最高評議会議長承認のもと、あなたの中枢システムに直接干渉します。三秒以内に拒否操作をしなければ承諾とします』
『――』
リオは思考操作すらままならなかった。セラフもあえて承諾条件をそうしていた。
『痛覚遮断を実行しました。どうですか』
『あり……がと……』
『あなたのバイタルが危険なことは変わりありませんので。痛覚遮断と出血に伴い血圧が下がってますね。昇圧システムがおそらく作動します。気持ち悪い感覚がしますが、そのまま』
セラフのおかげで痛覚が遮断されたリオは、先ほどとは打って変わって落ち着いた呼吸をしはじめた。目は虚なままだが。
「一安心ってところか」
「ええ、出血もマシになってきています。生命の危機は当面ありませんが、早急な治療は必要です」
「そうだな。だがこの子のおかげで作戦はほぼ満点に近い。あとはあいつらを逃さず終われば完璧だろう」
セラフとドムの会話の通り「エミリーを生きたまま確保」し、ゴースト部隊に今の所「死人も出ていない」。敵の残りは目の前の四人と輸送船だけであった。
起きあがろうとすると、敵のひとりを仕留めて戻ってきたアリーヤに胸を押されて止められた。
「ここからは我々の役目だ。よくやった。だがお前にできることはもうない。怪我人は大人しく寝ていろ」
いつの間にかガラスの穴は、吸い込まれていった瓦礫やゴミで防がれており、ロビー内の空気の流れは落ち着いていた。
「しかしジリ貧だな。向こうの武装が工作員の癖に正規軍並みだ。おまけに通路の奥にいるレーザー持ちのチャージがそろそろ終わるかもしれん」
アリーヤのぼやきが聞こえた。リオたちが隠れるベンチなどの近くを敵の銃弾が飛び交う。
「搭乗用通路奥に放電現象を確認。敵レーザー照射きます」
「全員伏せろ!」
セラフの警告にアリーヤが叫んで全員に指示した。
このままだと……誰かが……。
瞬間、リオたちの後ろから大量のコンクリートの破片が飛んできた。瓦礫の群れは彼女たちの前に集まりレーザーを遮った。その質量で莫大な熱量をものともせず瓦礫は進んでいく。ライフルを撃ち続けていたふたりの敵工作員は横に飛び込むように避け、通路奥で巨大なレーザー砲を構えていたひとりも、レーザー砲を諦め離れた。
瓦礫は凄まじい音と破片をまき散らしながら、奥に鎮座していたレーザー砲を無惨な姿へと変えていた。
何が起こったの?
飛び散った瓦礫の粉末と煙で視界が悪い。そんな中、後ろから誰かがやってくる気配がした。
「助かりました。ミール室長」
アリーヤの言葉で来た相手が分かった。ミールだ。
「セラフからここが本命と連絡受けたからね。こっちはもう片付いたよ」
ミールは戦闘服だが、ゴースト部隊の面々やリオたちと比べると作戦前と同様に軽装だ。ヘルメットの類もしていない。
ミールがリオに目を向けた。容態は落ち着いたとはいえ、傷口からは止血パッドが限界に近いほど体液が溜まっていた。残った腕で大切そうに、千切れた片腕を抱える彼女の姿は誰が見ても痛々しい姿だった。
そんな姿を見たミールが眉間に皺を寄せる。彼女の近くに歩み寄ると手を当てた。
温かい。何だろう……。
顔色が戻っていき、出血が止まり始めるリオの姿にアリーヤが驚き尋ねた。
「……治療しているのですか?」
「その場しのぎの応急処置だよ」
アリーヤは首を振り再び敵の方を見た。
「これでは魔法だ」
そんな言葉が彼女から漏れていた。
ミールがセラフの方を見て言う。その表情はなんとなく険しく、声も冷えていた。
「あなたにはあとで話がある」
「……わかりました。いつもの地下にいます」
すかさずリオは声を出そうとする。
「待って……セラフじゃなくてこれは私のせいで――」
その言葉はミールに遮られた。
「そうだね。君はこうゆうとき必ず無茶をする。それはわかっていたよ。おかげでエミリーも無事。全部リオが頑張ったおかげだよ」
言葉はリオを褒めていた。しかし声は平坦だ。まるで感情を押し殺しているかのように。彼女はミールの心から溢れる感情がわからなかった。感じ取れるのに、靄がかかって読みとれない。ただ、ミールの瞳の光がどんどん強くなっていた。
だめだ、起きれない。血が足りない……?
痛みが止みだいぶ体も楽になった気がしたが、リオはまだ起きることさえままならなかった。視界のアラートも減っていたが、それでも多くの異常を知らせていた。
リオたちが隠れてる向こう側では煙が晴れ、敵が起き上がり再び銃を構えていた。しかし銃声が聞こえない。代わりに金属がへこむ音が鳴り響いた。
「他の場所でね、捕虜は充分集まったんだ」
ミールの言葉だけが金属音のあとにロビーに響いた。視線を敵がいたところに向けると、そこにいた敵ふたりの胴体部分のアーマーだけがまるで板のように潰れていた。彼らの足元には中に詰まっていた物が散乱している。そのまま膝をつき、項垂れるように倒れていった。
この状況を誰が作り出したのか明らかであった。
その姿を見て焦ったのか、ただひとり残った通路の奥の生き残りは慌てて輸送船側に走っていった。ミールたちの位置からは姿が見えなくなってしまった。
周りの空気が少し流れ気圧が変化する。輸送船のハッチを開き乗り込んだのだろう。空気が勢いよく噴き出るような音ともに、壊れかけたエアロックが作動していた。
スペースゲートが見えるガラスに視線を向けると、先ほどまでただ浮いていただけの輸送船が、搭乗用通路を無理やり引き剥がすように移動しながらゲートの出口へ向かい始めた。
「まずいな、逃げられる」
「これってどうなるの。エミリーは助けたし……」
そんなリオの疑問に答えるようにセラフが話す。
「逃げられると、どんな言いがかりを同盟政府につけられるかわかりません」
だからと言って動き出した輸送船を止める手段などゴースト部隊にはなく、残るは外で待ち伏せしているHAFによる撃沈だけであった。だがそんなことをすれば――
――戦争になる可能性はゼロではない。
静かにミールがガラスの近くまで歩いていった。そして軽く手を伸ばすように出した。
輸送船のエンジン部は推進剤を激しく消費しながら前に進もうとするが、一向に進まない。むしろゆっくりとリオたちがいるロビーに後ろ向きに近づきはじめた。
「バカな……」
アリーヤの言葉はその場にいた皆の代弁でもあった。リオは首だけ動かしてミールを見る。
これをミールがやってるの……?
静寂の中、百メートル近くある輸送船がゆっくりと近づく。その光景だけが動いていた。そしてロビー前の空間に来るとゆっくりと回頭し始めた。
皆の目の前に来た輸送船の操縦席は丸見えであった。表情までは見えないが、同盟のパイロットスーツを着た操縦士ふたりが操縦桿を握って必死に動かそうとしている様子が見て取れた。
そして――ミールが前に出していた開いた手を握る動作をした。その動作と連動するかのように、操縦席だけがフレームごと潰れた。中がどうなったかは考えなくてもわかった。
頭を失った輸送船は緩やかにバランスを崩し、ゲートの底に座礁した。ところどころ漏れ出た酸化剤のせいか火を噴いていた。
振り向いたミールが手を下ろし、リオと目が合った。
「事件はこれで終わり。リオ、ゆっくり休んで」
その言葉と共にリオは急激に眠気が来る。緊張の糸が切れたのと、単に失った血液により体力の限界が来たためであった。
「ああ、まだ私は……」
自分でも何が言いたいのかわからない。でも何かにたどり着けない。焦燥感だけが膨らんでいくのを感じる。頭の奥で誰かの声が聞こえる。
そして、リオの意識は沈んでいった。




