29.Case End
「――――!」
「――――――?」
知ってるけど知らない声が聞こえる。暗闇の中、叫び声が頭に響く。何を言ってるのか聞き取れないが、強い想いがリオの奥底まで伝わってくる。でもそれが何か掴めない。
「ここ……どこ……?」
目を開けると、少しギャッチアップされたベッドにリオは横たわっていた。右側の窓からは高層ビル群とともに、朝の日差しが入ってきていた。
体にはいくつかの点滴チューブが繋がっている。下腹部に違和感があった。そっと右手で触ると何かチューブが繋がっていた。知識では知っている。導尿カテーテルだ。それに大人用のオムツもつけられていた。
あれからどれだけ経ったの……。
無くしたはずの左腕を見ると、そこには何事もなかったかのように左腕があった。病室の机の上には丁寧にブルーゴールドのブレスレットが置いてあった。
「再生治療も終わってるってことは……数日経ってる?」
リオは持ち上げた左腕を動かしながら見てみた。少しだけ色が違う。どこから千切れたかわかるくらいに。
違和感あるな。これって治るのかな。
サイボーグ化することなく治せただけでも御の字なのに、そんなことをリオは考えていた。
奨学金は今年分はまだあるし、再生治療のお金払えるよね、たぶん。
彼女の常識では、再生治療のお金は月に来る前のリオに払える金額ではない。それにサイボーグ化する方が現代では手っ取り早いし、いっそ性能が上がる。だが贅沢であってもそれには抵抗感があった。
「のど渇いたなあ」
リオの呟きに反応したかのように室内のスピーカーから声が響いた。柔らかな女性の声だ。
『リオ室官、私は医官のマリアです。意識の覚醒が確認できましたので、これからそちらに向かいます。よろしいですか?』
「大丈夫です」
『では、五分ほどで着きます』
医官――聞きなれない言葉だ。つまりここは普通の病院じゃない。外の景色からセランの中心部のはずだけど……。
リオが眺める外の景色は、よく見るセラン中心部の景色でありながら、あまり知らない視点であった。これほどの高層階からの景色はHVにでも乗った時でないと見られない景色だった。
『入室許可。マリア医官』
低い人工的な音声の少しあとに、リオのいる病室のドアが稼働音と共にスライドして開いた。黒いタイトな服装に白衣を纏った女性と、藍色のケーシーを着たふたりの女性。ふたりの方は同じ顔、そして人形のように整った顔と体からマシナリーだろう。目の色だけが青と緑で、そこだけデザインが違っていた。
「はじめまして、リオ室官。さっきも言ったけど私は医官のマリアです。ここ『セントラルメディカルサービス』で医師をしてます。今回のあなたの主治医です」
「腕の?」
「それも含めて全般の。意識がなかったから申し訳ないけど、同意なしでいろいろさせてもらいました」
「ううん。ありがとう」
「あなたの幹細胞から作った腕なので拒否反応もないはずです。多少違和感はあるかもしれませんが、時間が経てば元の腕と変わらない感覚になるでしょう。色も日焼けの有無なのでそのうち同じになりますよ」
「よかった……」
細かいが色の違いは気になっていたため安心した。リオは自身にそんな女性らしい気持ちがあったんだと自嘲する。
その後マリアはリオの患者服を開き、一通り問診を含めて状態の確認をしたあと「大丈夫そうですね」そういい切り上げた。
「マシナリーを一体置いていくので、何かあれば彼女に言えばなんでも対応してくれますよ。何か質問はありますか?」
「私はどれくらい寝てたんですか?」
「あれは寝てたのではなく失神に近いですが、そうですね、だいたい三日です」
「そんなに……」
「ここは一応特別な政府専用の病院なので、OSIの方といえど簡単に出入りはできません。すぐに連絡はしときますので、明日面会ができるように手続きをしておきます」
「お願いします」
そう言ってマリアはもう一体のマシナリーを連れて出ていった。
「三日……」
あのあと、最後の方ははっきりとは覚えていないがどうなったのだろうか。外の景色は平和そうだから最悪なパターンである戦争とかにはなっていないのだろう。エミリーはどうなったのか。ミールたちも。
「ねえ、あなたはどこまで知ってるの」
目の前で点滴を交換するマシナリーに声をかけた。今の情報源は目の前の彼女とネットしかなかった。
「はい。私がもつ権限ではリオ様が関わったミッションの情報について、限定的ですが把握しております。医療スタッフによりここに運ばれたあと、OSI室長の命により最優先でリオ様には再生治療が施されました。また救出対象の方も同じくこちらで治療済みです。比較的軽症であったため、すでに退院し政府保護下になってます」
「そっか」
「はい。切断された側の腕に関しては再結合困難であったため、腐敗防止処理をして保管してますがどうされますか?」
「……廃棄で」
「分かりました。伝えておきます」
とっておいてもどうしようもないので捨てることにした。とれた腕を見るのも少し嫌だった。
「保有していたブルーゴールド製のアクセサリーはそちらに置いてあります。大切な人からの贈り物ですので、なくさないように気をつけてください」
マシナリーの言葉に先ほど見つけたブレスレットに目を向けた。なぜ目の前の存在がそんなことを知ってるのだろうか。「ブルーゴールド」は贈り物としてあまりメジャーではない。
「うん。気をつけるよ」
「そうしてください。彼のためにも」
「……」
自然に返すマシナリーにリオは先ほどから違和感を覚えていたが、この会話で確信に変わった。それに、今回でより強くなった勘が違和感の答えを導いた。
「いつまでその設定で話すの? 議長だよね?」
「……なんの話でしょうか?」
「隠す気もないのか、知る由もないことペラペラ喋りすぎでしょ。目の色もそのままだし」
その言葉にマシナリーらしい無表情さから一変して、目の前の「それ」はわざとらしいニヤけづらを浮かべた。
「よくわかったね? まあ、そんなに隠す気もなかったけど。この前の君なら気づかなさそうだったのに」
「こんな落ち着いた状況だし。なんとなくわかった」
「命の危機で直感が強化でもされたかな? それとも超直感の子と感応でもしたのかな」
「感応はしたよ」
「そう。それでも特異な能力が他者に与えられた実例はないけど」
「あんなレベルじゃないけど、たぶん前よりは勘が鋭くなったよ」
「じゃあ私のことがわかったのも非ロジック的な面が大きいのか。興味深いね。」
勝手に何かを納得してるのか、推測しているのか満足そうである。彼女の言う通り、リオがその正体を当てたのは隠す気のなさもあるが、なんとなくそうだと確信したからだ。リオ自身にも根拠を完全に説明するのは難しかった。
「緑目なんてそんなに珍しい色じゃないから、誰にでも突っかかっちゃダメだよ」
「一応確信はあったから」
「超能力の直感って必ず正しいわけじゃないからね」
「わかってる」
「それに前より態度が適当だね。私これでも議長だよ?」
「なんかこの態度があなたに対しては正しい気がして」
「ふーん。君がそう思うならそれでいいよ。いい傾向かもね」
議長は相変わらず何を言ってるのかわからないことが多い。自分の中だけで勝手に結論を決めて納得している。でもそれが「彼女らしい」とリオは思ってしまう。
議長に会ったのは二回目。それもマシナリーを介して……なのにまるで昔からの知り合いみたいに感じた。
――これも超直感の感応によるものなのだろうか。
――――――――――
久々の水が喉を潤した。ナノマシンのおかげで体は数日寝ていた割に調子は悪くないが、やはり美味しいものは美味しい。
「ありがと」
そう言って議長から受け取ったボトルを返した。
「最高評議会議長に飲み物を取りに行かせるなんて、贅沢だね」
冗談混じりの言葉と共に、来客用の椅子に脚を組んで議長は座った。マリア医官に見られたら遠隔操作に使ってるマシナリーが廃棄されるのではと心配になる。自我が無いとはいえ気の毒に感じた。
リオは視界内でネットのニュース番組を表示した。そこには取り留めのないニュースばかりがあった。過去のアーカイブに繋ぎ、自身が倒れた直後あたりのニュースを再生した。
『セランとユーラシア同盟の境界宙域における軍艦同士の睨み合いは突如終わりました。両政府から公式発表は特になく、専門家の中でも偶発的な緊張なのか、意図的な動きなのか意見が別れています』
『自由連邦政府はこのことに対して――』
『次のニュースです。パラディム区ノーサイドホテルでのテロの続報となります。犯人グループはカルト組織と見られており、ホテルスタッフのほぼ全員が殺害されたと――』
とりあえずセラフの言うように平和裏に終わったんだ。あんなことがあっても……。
リオは気になったことを尋ねてみた。
「あの医官の人は言ってなかったけど、エミリーは退院後どうなったの?」
「マリアはそれなりに特別とはいえ、重要人物のその後の動向までは伝えられてないからね。退院したエミリーは保護プログラムで表向き名前を変えて、別な人生を歩んでもらうことになってるよ。メンツを潰された同盟の暗部が何してくるかわからないからね」
「え? もう終わったんじゃ」
「彼女が政府直属の機関で働いてくれるなら、我々としても守りやすいからいいけどね。民間人として自由でいたいなら、今回のことでいろいろ変えないといけなくなった」
「もしかしてもう会えない?」
議長は脚を組み替えつつ、頬杖をついて答えた。
「そうだね。OSIとして身元確認に行くとき以外は許可できない。残念だけど」
「そうなんだ……」
「安心していいよ。流石に彼女も今回のことで追跡チップを入れることを同意したから。常に政府は彼女がどこにいるかわかるよ」
それはエミリーにとっては良いことじゃないと思うけど。
現実に即すならそうせざるを得ないだろう。しかし、火星からここまで逃げて自由を手に入れたのに、結局鳥籠に入ることになったエミリーは何を思うのだろうか。
案外のん気にしてるかも?
エミリーの気怠げな雰囲気を思い出してリオは苦笑いした。
「さて、そろそろ行くよ」
「私の様子を見に来ただけ?」
「そんなとこ。不思議かい?」
「正直怪しすぎ……何企んでるのかわからない」
「人は難しいね。私は君の味方だと思うよ?」
そういうと、議長だったマシナリーの瞳の色は緑から青くなり、表情もよくいるマシナリーと同じように変わり映えしないものに戻った。
「リオ様。どうかされましたか?」
「……なんでもない」
少し臭う……チューブが全部外れたらシャワー浴びたい。
リオは身体を投げ出すようにベッドに体重を預けた。




