野蛮な家族
「はい…?」
峰岸の急な要求に戸惑いを覚える。なんの冗談だと峰岸の顔をマジマジと確認したが、峰岸の表情は真剣そのものでとても冗談を言っているような雰囲気ではない。
「聞いてなかったのか? お前と勝負がしたいと言ったんだぞ? 里中」
追い討ちをかけるように凛とした声で語る峰岸。いや、ちゃんと内容は聞こえていた。聞こえていたから疑問を感じているのだ。
「俺と……? 戦いたいってマジなのか? 悠人じゃなくて?」
「筑見とも一度手合わせ願いたいが、あいつ頑なに勝負を拒んで相手をしてくれないんだ。全く、力があるのにどうしてその力を使わないのか私には皆目検討がつかない」
峰岸がかわいらしく頬を膨らませて不平不満をぶちまけた。こういう峰岸を見るのは結構レアだ。そういった表情も出来るんだなと少し驚いた。
「なにをふにけた面をしているんだ。斬るぞ」
「その袋に入っているのは真剣かよ!?」
キッと俺を睨み、袋に手を伸ばす峰岸に恐怖し一歩下がると峰岸が軽く笑った。
「冗談だ。でも前に言った言葉は確かだぞ。お前と戦いたい。その言葉に偽りはない」
「でも、悠人が戦いを拒否するなら今の状況は絶好のチャンスだったはずだろ? 勝負を引き受ける代わりに悠人と戦う事だって出来た。良いのかよ俺で」
俺が胸の内に秘めた思いを打ち明けると、峰岸が軽くため息を吐いた。
「私はそういった行為は好かない。それに理解できないならもう一言付け加える。私が一番勝負したいのは里中だ」
キッパリといい放った峰岸にトクリと鼓動が鳴った。この胸の高鳴りはときめきではない。俺は純粋に嬉しかったのだ。今まで誰かに評価されたことなどなく、毎回その役目は悠人が担っていたから。
俺は誰かに誉められたくて認められたくて仕方なかったのだ。すかしてかっこつけて無関心を装っていたって心の中では誰かに見ていてほしかったのだ。
「里中……大丈夫か? 失礼な事を言ったのなら謝るぞ」
我に返った。気づくと峰岸が俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。どうやらうつ向いて俺はしばらく硬直してしまっていたらしい。
「いや、大丈夫だ。サンキューな。峰岸。この勝負受けさせてもらう」
「暗くなったり明るくなったり騒がしいやつだな。楽しみにしているぞ」
そういうと竹刀袋を肩に担ぎ上げ彼女は自分の教室へと入っていった。姿勢とポニテがまっすぐとなったその後ろ姿は誰よりもかっこよかった。
◇◇◇
勝負を引き受けてくれたとはいえ喜んではいられない。勝たなければ全て水の泡と化してしまう。しかし峰岸の実力は本物だ。今すぐプロに入っても通用する程の力を備えている。
「でもビックリしました。あの峰岸さんにライバル視されていたなんて」
「俺だって同じだよ。峰岸は悠人にしか興味がないと思っていたのに」
けれど一番戦いたいと峰岸は言っていた。どうして悠人を差し置いて俺なんだ? 大将を倒した悠人のがどう考えても強いはずなのに。
「でもでも、里中さんだって凄いですよ! 経験も浅かったのに強豪校の副将を倒しちゃうんですもん」
「あれはまぐれだって……っていうかどこでその話を聞いたんだよ」
「さっき、青葉さんが教えてくれました」
あのバカ。内密にしろとあれほど言っておいたのに。
俺の学校は剣道部を除いてどこの部もさして強くない。理由は全員勉強の虫で部活を趣味程度としか捉えていないからだ。だが、それを非難する資格は俺にはない。
俺も剣道部に入部する前は帰宅部で部活なんて出来るやつだけやればいいって考え方だったし。大抵の学生は俺と同じ感想を抱いていたと思うんだ。いきなり全国優勝だの地区優勝だの言われてもイメージなんて出来ないし。
だけど峰岸と出会って、彼女の部活に取り組む姿を見て考えが変わった。大袈裟に聞こえてしまうかも知れないが、彼女にとって剣道とは人生そのものなのだろう。
朝から晩まで竹刀を振り、女の子だっていうのに手に豆を作り自分の実力に一切の妥協をせず飽くなき猛練習を毎日行っていた。中学でも貴重な学生期間を剣道に捧げてきたに違いない。
すぐそばで同じ学生が恋などをしているのにも関わらず。だがそれが仇となって峰岸は大怪我を負った。間近で見ていた俺と悠人がそれを見てなにも感じないはずがなかった。
「ただ、今の俺じゃあどうやったって峰岸に勝てないだろうな」
「ええええ!? 勝算があったんじゃないんですか!?」
「勝算などあるわけないだろ!」
「ここで逆ギレですか……。時々里中さんが分からなくなるときがあります」
確かに勝算はない。だが、打つ手はある。出来れば頼みたくなかったがどうやらそうはいってもいられない状況だ。ここは覚悟して頼み込むしかないだろ。奴に。
「なあ、峰岸。俺の家に来るか」
「あ、はい。行きますよ」
そこで二つ返事で答えちゃうお前も女の子としてどうなのよ。悠人の彼女になる前に色々と藤宮には教えなくてはならない様だ。先行き不安に俺はガシガシと頭を掻いた。
◇◇◇
「冷静に考えてたかが素人が剣道部の練習だけで副将を倒せる訳はないだろ?」
「言われてみれば確かにそうですね。里中さんや悠人さんに才能があったとかなら話は変わりますけど……」
俺の家に着くまえにそんな話を軽くしていた。俺の質問に藤宮は難しい顔を浮かべながら俺に言葉を返したが俺は首を横に振った。
「いーや、悠人はともかく俺には全く才能はなかったよ。大会一週間前まで部員の誰一人にも勝ってなかったしな」
ちなみに悠人は全剣道部員相手に勝利していた。やっぱり中心にいる人物は根から違うってことだ。
「そこで遂に藁をも掴む気持ちで頼んだんだよ。妹にな」
「妹さんですか? 里中さんの妹さんも実は剣道の達人だったんですか?」
「いや、あいつは竹刀すら握ったことが無かったよ。つーか体育の成績は2から上取ったことない程の運動音痴だからなアイツは」
俺がそう言うと、藤宮は眉を寄せ疑問の表情を俺に見せた。まあ分かんないよな。こればっかりは実際に見て見ないと。
そんな話の最中に家に着いてしまった。おそらく腹を空かして待っていることだろう。さっさと夕飯を作ってやろう。藤宮の分も今日は追加だな。
「たまにいるだろ? 実績もさしてない選手が指導者になったら教えるのが上手くて名選手を量産させたとか」
だが、アイツはそんな次元ではない。俺の妹はあらゆる競技を教えるのを得意とし、全てのルールを隅から隅まで把握する程のスペシャリストだ。だが1つ問題があって……。
「あっそうだ! この花壇の隅にある物をもって俺が扉を開けた瞬間に顔の前に出してくれ。危ないから」
「え? えっと……ヤカンの蓋……?」
藤宮が俺の差し出したヤカンの蓋を不思議そうに眺めてる間に俺はポケットから鍵を取り出してドアノブに差し込んだ。
「今だ。藤宮!」
俺の合図と同時に平坂が騎士のようにヤカンの蓋を前に出した。するとその直後カァンとゴングの様な音が玄関で響き渡った。
「おっせーよ! 馬鹿兄! アタシが何時間お腹空かせてるとおもってんだ!」
怒号と共に今度は人形が飛んできた。それから何回か雑貨が飛び込んできたが、やっとのことでそれが終わる。体力はねーからな。コイツ。
ねずみ色のスウェット、金に染めた髪に、キティのスリッパ。そう、妹は典型的なギャルなのである。いや、正しくはなってしまったと言った所だ。
それもこれも全てあいつらのせいでな。




