5.皮肉な運命
何が起きたかわからないまま一日が終わり、次の日の昼休みには文化祭実行委員が召集されていて、今更辞めますとは言える雰囲気ではない事を悟った。
そこで六時間目のLHRには第一希望を決めて来て欲しいと言われた。
どうしよう、私人前になんて立てないのに……かと言ってもう一人にどう声をかければいいのかわからない。
召集場所からの教室までの帰り道。目線を上げて少し前を歩く翼君のの背中を見つめてみる。私より身長も二十センチも高いからだろうけど、とても広く大きく見えて男子との違いを思い知った。
するといきなり彼は急に足を止め、此方を振り返ったのだ。驚いて何も出来ず硬直状態の私に彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「椿来、黒板書記お願い出来るか? 」
「えっ、えっと……頑張ります」
「じゃあ六時間目、頼むな。発言聞くのは俺やるから」
「う、うん……」
「よし」
小声で口ごもりつつなんとか答えれば、彼は満足そうに笑ってくれた。
その笑顔を見ただけで、胸がきゅっと甘く締め付けられる。この人が好きだと思う瞬間、これはいけない想いなんだと封じ込む。もうフラれたのだから、諦めなくちゃ。
また歩き始めてしまった彼の背中に、少ない勇気を振り絞って声を出す。
「あ、あの!」
「なんだ?」
「……良い文化祭に、しようね」
「おう、もちろんだ。協力宜しくな」
「わかった、頑張る」
そうだ、頑張らなきゃ。これが高校生活最後の文化祭で、クラスの皆も楽しみにしているし気合いが今までと違う。
だからもう、この想いは閉じ込める。他の人に好意が向いてしまった事を嘆くのは、彼が旅立った後でも良いじゃない。
わざわざ足を止めてくれてありがとうと、心の中で呟いて小走りで教室に戻る。翼くんを、追い抜いて。
「……良かった」
何故か後ろから、そんな声が聞こえた気がした。
*****
「そんじゃやりたいものがある人は手あげてくれ」
そんな訳でLHR、始まってしまいました。黒板に候補を書くだけとは言え、皆の視線が集まってくるのはわかるから不安にはなる。けど、私よりも教壇に立つ彼の方が大変だから、私は私の出来ることを精一杯するだけだ。
皆の方を見ると、パラパラと手は上がっているけど余り多くはない。身長的にたくさん書くと腕が辛いので、助かる。
「じゃ、河合」
「メイド喫茶やろーぜ!」
「はいはい、他の意見聞いてからな。そんじゃ次相川、どうだ?」
「執事喫茶がいいと思うんです! 」
「……おう。根本はどうだ?」
「あ、僕もメイド喫茶です」
「……お前は?」
「私は執事喫茶ー」
何故メイド喫茶、そして何故執事喫茶。ベタすぎるし、それにしたってこの二択は……。どちらかの性別に負担のかかるものをあえてチョイスしてるのかなぁ……
書きながら、そんな事を考えていたら後ろからため息が聞こえてくる。どうしたんだろうと振り返ると彼は苦笑を滲ませていた。
「……お前ら、まさか」
「「「メイド喫茶だ!」」」
「「「執事喫茶よ!」」」
「……男女でわかれんなよ」
今度はわざとらしく大きくため息をついてみせた。彼の気持ちも、ちょっとわかる。だっていつの間にか窓際に女子が固まり、廊下側に男子が固まって、睨み合うような事態になっていたのだ。
「なんでこういう時争うんだよ。あーもうとっとと投票して決め……られない?」
「あっ……」
彼は大声で悪態をつきながら、平等に決めようと提案しかけたところで、止まった。三年三組は四十人クラス。男子も女子も二十人ずつで構成されている。私と翼君を抜いても男女の数は同数。
「翼! 男ならメイド喫茶だよな!!」
「椿来ちゃん! 執事喫茶よね!!」
「「えぇ……」」
そこで同意を求められても困る。対立してる事は変わらない訳だし……
って、あれ? よくよく考えたらこれって、争う必要性ないのでは。
勇気をありったけかき集めて、声にする。
「あのっ! め、メイド執事喫茶にすれば、いいんじゃない……でしょうか? そ、それなら公平、ですよね?」
「おぉ! それなら両方の意見通るもんな! ナイスアイディア!! 皆はどうだ? 」
「「「……異議なし!! 」」」
異口同音とはまさにこの事。クラス全員の賛成をもらい、3組はメイド執事喫茶となった。
「……まぁ、第二希望もいるが、これはもうメイド喫茶でいいか」
なんて、私ではない方の文化祭実行委員は言っていたが、聞こえてないフリをしてあげた。