その33 二人の人気者
翌朝、ベルが王宮に出勤すると、昨日までとは少し違う視線を感じた。
ハリーの告白が噂になっていることは知っていたが、どうやら一晩でさらに話が広がったらしい。
「ねえ、あの方がそうなんでしょう?」
「ええ。ハリー様だけでなく、エルンハルト将軍とも親しいそうよ」
「まあ! 二人も?」
ベルは足を止めた。
(……二人も?)
何のことだろうと思っていると、女性たちはベルに気づき、口をつぐんだ。
「おはようございます」
ベルが挨拶をすると、二人はぎこちなく会釈し、そそくさと去っていった。
(何だか、私のことを話していたような……)
嫌な予感がした。
*
昼休み、ベルが廊下を歩いていると、見知らぬ女性に呼び止められた。
「あなたがベル・ヴァルナーさん?」
「はい。そうですが」
女性はベルの頭から足元まで、値踏みするように眺めた。
「ハリー様に告白されたというのは本当なの?」
「……はい」
「そう。では、エルンハルト将軍とも親しいという噂は?」
「将軍とは、仕事でお世話になっています」
「仕事で?」
女性は鼻で笑った。
「将軍はお忙しい方よ。あなたのような侍女が、何度もお会いできるはずがないでしょう?」
「それは……」
「ハリー様を誘惑しておいて、今度は将軍にまで近づくなんて。いったい何を考えているの?」
ベルは返事に困った。
女性は王宮で働く貴族の令嬢らしく、身なりも言葉遣いも上品だった。だが、その目には隠しきれない敵意があった。
「私はハリー様に返事をしたわけではありませんし、将軍ともそのような関係ではありません」
「では、ハリー様の告白を断るつもりなの?」
「それは……まだ考えていません」
「まあ!」
女性は大げさに目を見開いた。
「二人の男性を手玉に取っているということね。どちらを選ぶか迷っているのかしら?」
「違います!」
ベルは思わず声を上げた。
「私は誰かを弄んだりしていません!」
「そうかしら。あなたがどう思っているかではなく、周囲がどう見ているかが問題なのよ」
女性は冷たい笑みを浮かべて去っていった。
(そんな……)
ベルは立ち尽くした。
*
その日の午後、さらに厄介なことが起きた。
王宮の庭を通りかかったベルに、数人の女性が近づいてきたのだ。
「あなたがベルさん?」
「はい」
「ハリー様の告白を受けたそうね」
「まだお返事はしていません」
「それなのに、エルンハルト将軍とも親しくしているんですって?」
女性の一人が腕を組んだ。
「将軍は女性に愛想を振りまくような方ではないわ。あなたが何かしたのでしょう?」
「何もしていません」
「では、どうして将軍のお宅に出入りしているの?」
ベルは言葉に詰まった。
エルンハルトの屋敷を訪れたことはある。だが、それは仕事や事件に関係したことで、決して彼女たちが想像しているような理由ではない。
「事情があるんです」
「事情? 便利な言葉ね」
別の女性がくすくす笑った。
「ハリー様を誘惑した女が、将軍まで狙っているなんて。ずいぶん欲張りなのね」
「二人とも、あなたのような女性に振り回されるなんてお気の毒だわ」
ベルは唇を噛んだ。
(どうして、そんなことを言われなければならないの?)
ハリーの告白を嬉しく思ったのは事実だ。
エルンハルトのことだって、気になっている。
けれど、それを理由に二人を弄んでいると言われるのは心外だった。
「私は、お二人を弄んでなどいません」
ベルは相手の目を見て言った。
「ハリー様にも将軍にも、失礼なことをするつもりはありません」
「なら、どちらか一人に決めたらどう?」
「そうよ。二人ともあなたに好意を持っているなんて、思い上がりもいいところだわ」
女性たちはそう言い残し、笑いながら去っていった。
*
夕方、ベルは王女の部屋で仕事を終えたあと、廊下の窓から庭を眺めていた。
(ハリー様のファンの方だけでなく、将軍のファンの方まで……)
二人が人気者であることは知っていた。
ハリーは天才魔術師で、容姿もよく、いつも女性に囲まれている。エルンハルトは国境を守る英雄であり、厳格で近寄りがたいところも含めて人気がある。
そんな二人が自分に好意を寄せている。
そう考えると、少しだけ誇らしい気持ちにもなる。
けれど、そのせいで周囲から敵視されるのは、やはり困る。
(私は、どうすればいいのかしら……)
そのとき、背後から声がした。
「ベル」
振り返ると、エルンハルトが立っていた。
「将軍! どうしてこちらに?」
「君に用があって来た。……それより、何かあったのか?」
「え?」
「顔色が悪い」
ベルは一瞬、答えに迷った。
「いえ、何でもありません」
「何でもない顔には見えないが」
彼はベルの顔をじっと見つめた。
その真剣な眼差しに、ベルの胸が少しだけ熱くなる。
(この方にまで心配をかけるわけにはいかないわ)
「本当に大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
ベルが微笑むと、エルンハルトは納得していない様子だった。
「何かあれば、俺に言え」
「はい」
彼が去ったあと、ベルは自分の胸に手を当てた。
(……困ったわ)
ハリーに告白され、エルンハルトにも優しくされる。
嬉しいはずなのに、王宮での居心地は悪くなる一方だった。
そして翌朝、ベルの机の上には、昨日までとは違うものが置かれていた。
小さな箱だった。
差出人の名前はない。
ベルがそっと蓋を開けると、中には彼女の髪を切ったものと、一枚の紙が入っていた。
『次は、あなた自身よ』
ベルの背筋に、冷たいものが走った。




