第38話 GW一日目と二日目
土日は、結局どこにも潜れなかった。長久手も日進も、GW前の人出で入口に列ができていて、顔を見られる前に引き返した。
そして、GW前夜。
風呂から上がって、お姉ちゃんの部屋のドアをノックした。
「お姉ちゃん、ちょっといい?」
「ん」
ドアを開けると、お姉ちゃんはベッドの上でクランの資料らしきものを読んでいた。
「明日から、GWじゃん」
「うん」
「明日は中学の友達と守山で、明後日は高校の友達とカラオケなんだけど」
「うん」
「なんか、どっちもバレそうで」
お姉ちゃんが、資料から顔を上げた。
「ダンジョンさんぽだって、もう学校でも中学のやつらにもバレてるし、トリッターで顔とか声とか探してる人もいるし。友達といるときに声かけられたら、どうしたらいいのかなって」
言いながら、少し恥ずかしくなった。
でも、こういうことを聞ける相手は、家に一人しかいない。
お姉ちゃんは、資料を閉じた。
それから、ベッドの端を叩いた。
「座りな」
座った。
「一つ目」
お姉ちゃんが、指を一本立てた。
「堂々としてる。隠れようとすると、逆に目立つ」
「なるほど」
「二つ目。声かけられたら、笑って一言。立ち止まらない」
「一言って、何て言えば?」
「『ありがとうございます』。それだけでいい」
「三つ目」
指が三本になった。
「写真は断っていい。『今日はプライベートなので』。嫌な顔されても、気にしない」
「え、断っていいんだ」
「いい。朔の休みは、朔のもの」
四本目の指が立った。
「友達といるときは、友達が先。声かけてきた人より、隣にいる人を優先する」
「うん。それは、絶対そうする」
「最後」
お姉ちゃんは、五本目の指を立てて、それから、ほんの少しだけ口の端を上げた。
「楽しむ。バレるかどうか気にして、友達と遊ぶのを楽しめなかったら、損」
この人は。
普段は二文字か三文字しか喋らないのに、こういうときだけ、全部ちゃんと教えてくれる。
「ありがと、お姉ちゃん」
「ん」
「なんか、めっちゃ頼りになる」
「知ってる」
ドヤ顔だった。
謙遜は、しないらしい。
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ゴールデンウィーク、一日目。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
布団から飛び起きて、装備を玄関に並べる。1万2000円の鉄剣。18万の黒い外套は、今日はお留守番だ。F級に外套はいらないし、そもそも友達の前で着る勇気はない。
結局、家を出たのは集合の1時間前だった。
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「朔、早くね!?」
守山ダンジョンの前に着くと、大沢が目を丸くした。
大沢も十分早かった。集合の30分前だ。
「お前も早いだろ」
「俺はいいんだよ。楽しみだったから!」
「俺もだよ。6時半に起きた」
二人で笑っていたら、残りの三人も続々と来た。三宅、山吹、藤堂。全員、集合時間より前だった。
「……全員早いな」
藤堂が、ぼそっと言った。
「お前もな」
「俺は時間通りに来る主義だ」
「15分前は時間通りって言わないんだよ」
五人でゲートに向かおうとしたところで、横から声がかかった。
「あの……すみません」
大学生くらいの探索者が二人、スマホを片手にこっちを見ていた。
「もしかして、ダンジョンさんぽの人ですか?」
心臓が跳ねた。
分かる人には分かるらしい。さっき大沢と騒いでいた声か、背格好か。
落ち着け。昨日、教わったばかりだ。
堂々としてる。笑って一言。立ち止まらない。
「ありがとうございます」
笑って、軽く頭を下げた。
そのまま、ゲートのほうへ歩き出す。
「あ、あの、写真とか――」
「すみません、今日はプライベートなので」
もう一回笑って、振り返らずに歩く。
隣で、三宅がさりげなく盾を背負い直して、俺と二人の間に入ってくれた。大沢が「朔、行くぞー!」とわざと大きな声で呼んだ。
ゲートをくぐって、扉の中に入ってから、ようやく息を吐いた。
「い、いけた」
「今の、完璧だったな」
藤堂が、ぼそっと言った。
「プロの対応じゃん!」
「だろ? お姉ちゃん直伝」
「さすがS級の姉ちゃんだな!」
なんだか、ちょっとだけ誇らしかった。
五人で潜るのは、三週間ぶりだった。
あのときは、12階層まで進んで、「次の目標は25階層」と言って終わった。
「今日こそ25階層な!」
三宅が、盾を掲げた。
「転移陣、登録するぞ!」
「おー!」
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守山ダンジョンは、F級だ。
Lv100の俺からすると、正直に言ってモンスターが止まって見える。
だから、今日の俺には課題があった。
手加減。
「朔、右!」
「おう」
右から来たゴブリンに、踏み込む。
踏み込みすぎないように、半歩だけ遅らせて。
斬る。
斬りすぎないように、軽く。
ゴブリンが砂になった。
「ナイス!」
「今のよかったな」
大沢と三宅が、手を上げてくる。
「いえーい」
ぱちん、ぱちん。二人と続けてハイタッチした。手加減した一撃でも、褒められると普通に嬉しい。
よし。バレてない。
たぶん。
「朔」
藤堂が、端末から顔を上げた。
「お前、今のわざと遅らせたろ」
「えっ」
「半歩。踏み込むとき」
バレてた。
「き、気のせいだって!」
「そうか」
藤堂は、それ以上何も言わなかった。
端末に何か打ち込んで、また顔を上げて、前を向いた。
聞いてこない。
ありがたいけど、怖い。
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でも、手加減しながらでも、楽しかった。
めちゃくちゃ楽しかった。
「三体、正面二、左一!」
「受ける」
「撃つぞ」
「左、入る」
「俺、抜けたやつ取る!」
五人の声が、通路に響く。
一人で潜るのとは、全然違う。王で潜るのとも、兵士と潜るのとも違う。
誰かが受けて、誰かが削って、誰かが撃って、俺が落とす。中学のときから知っている奴らと、一つの形になって進んでいく。
15階層を過ぎた。
20階層を過ぎた。
みんなのレベルも、前よりだいぶ上がっていた。大沢は二十七、三宅は二十五。山吹は二十六で、藤堂は教えてくれなかった。
「藤堂、お前も言わないのかよ」
「朔が言わないからな」
「いや、関係なくない?」
「ある」
藤堂が、ほんの少しだけ口の端を上げた。
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そして、25階層。
階段を下りた先の広間の床に、淡く光る円があった。
「……あった」
三宅が、呟いた。
「転移陣!」
「あったぞおおお!」
大沢が叫んで、山吹が跳ねて、三宅が盾を放り投げて、藤堂が落ちてきた盾をキャッチした。
俺は、大沢と肩を組んで、一緒に跳ねていた。
「三宅、盾投げるな」
「嬉しすぎて!」
五人で順番に、ギルドカードをかざす。
ぴこん、と音がして、画面に表示が出た。
```
守山ダンジョン 第25階層 転移陣を登録しました
```
「よっしゃああ!」
五人分の声が、広間に響いた。
俺も叫んでいた。
赤津の50階層のほうが、ずっと深い。ずっと強い奴を倒した。
でも、今日の25階層は、それとは全然違う嬉しさだった。
五人で、決めた目標を、五人で達成した。
それが、めちゃくちゃ嬉しかった。
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帰りは、登録したばかりの転移陣で一気に地上へ戻った。
夕方の駅前で、ラーメン屋に入る。三週間前と同じ店で、三宅はまたチャーシューを追加した。
「次は50階層な!」
「F級の最深部か」
「夏休みまでに行けるかな」
「いけるいける。絶対いける」
みんなが盛り上がる中、山吹がふと、俺のほうを見た。
「そういえば朔、ダンジョンさんぽの人だよね」
スープを噴きかけた。
「な、なんで今それ!?」
「いや、ずっと聞きたかったけど、潜ってる間は集中してたから」
「俺らも見たぞ、あれ」
大沢が、にやにやしながら箸を向けてきた。
「『集え、光。夜を払い、影を灼き、形を残さず』」
「やめろ!」
「三宅、今の聞いた? 本人の前で言うとこんな反応すんだぞ」
「聞いた聞いた!」
「お前らほんとやめろって。ラーメン伸びるだろ」
四人が、大爆笑していた。
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
でも、なんでだろう。
こいつらに笑われるのは、あんまり嫌じゃなかった。
中学のときも、こうだった。俺が何かやらかすと、こいつらが全力で笑う。それで、なんとなく許された気がする。
「でもさ」
大沢が、笑いすぎて出た涙を拭きながら言った。
「かっこよかったぞ、あれ。普通に」
「え、マジで?」
「壁削ったんだろ? 世界初じゃん。俺、クラスで自慢したもん。中学の友達だって」
「またかよ。まあ、悪い気はしないけど」
「するだろ普通!」
三宅も、山吹も、頷いていた。
藤堂だけ、黙ってラーメンを啜っていた。
でも、少しだけ、笑っていた。
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ゴールデンウィーク、二日目。
今日は、高校の友達とカラオケだった。
「一ノ瀬くん、来たー!」
駅前のカラオケ店の前で、矢野が手を振っていた。堀口、西野、久住、的場もいる。
「おはよ」
「もう昼だよ!」
「おはようございます」
「言い直さなくていい!」
受付で名前を書いていたら、店員さんが俺の顔を見て、ほんの少しだけ目を見開いた。
あ、これ、気づかれたかな。
でも、店員さんは何も言わなかった。にっこり笑って、「ごゆっくりどうぞ」とだけ言って、伝票を渡してくれた。
プロだ。
お姉ちゃんの言っていた「堂々としてる」は、たぶん、こういうことなんだろう。こっちが普通にしていれば、向こうも普通にしてくれる。
部屋に入る。
前回と同じで、最初はみんなバラバラに歌った。矢野は流行りのアイドルの曲を全力で踊りながら歌い、的場はそれを撮影し、堀口は途中で寝た。
「堀口、起きろ!」
「……寝てない」
「寝てたって」
西野が、デンモクを回してきた。
「一ノ瀬くん、また久住くんとハモってよ。前のすごかったから!」
「お、いいよ。久住、いける?」
「……いいよ」
久住が、無言でマイクを取った。
前回と同じ曲。
イントロが流れた瞬間、的場がスマホを構えた。
「撮るなって」
「撮る!」
結局、撮られた。
でも、歌い始めたら、そんなことはどうでもよくなった。
久住の低い声と、俺の声が重なる。ラスサビで、久住が上に行く。俺が下を支える。
歌い終わったら、部屋が一瞬静かになって、それから拍手が起きた。
「やばい!」
「前よりうまくなってない?」
「二人とも練習した?」
「してないしてない」
「……してない」
久住と目が合った。
久住が、ほんの少しだけ口の端を上げた。
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休憩中、ドリンクバーでジュースを注いでいたら、矢野が隣に来た。
「ねえ、一ノ瀬くん」
「ん? どした?」
「昨日も、ダンジョン行ってたの?」
「行ってた。中学の友達と、守山」
「守山って、F級だよね」
「うん。25階層まで行って、転移陣登録したんだよ。五人で!」
話しているうちに、声がどんどん大きくなっていった。
「最初はバラバラだったんだけど、途中から役割が噛み合ってきてさ。三宅が盾で受けて、大沢が回り込んで、山吹が撃って、俺が抜けたやつ取るの。それが決まったときの感じが、もう、たまんなくて――」
気づいたら、身振りまでついていた。
矢野が、じっとこっちを見ていた。
「あ、ごめん。また喋りすぎた」
「ううん」
矢野は、紙コップを両手で持ったまま、少しだけ考えるような顔をした。
「一ノ瀬くんって、ダンジョンの話してるとき、ほんとに楽しそうだよね」
「そう?」
「そう。顔が全然違う」
矢野は、紙コップのジュースを一口飲んだ。
「……ダンジョンって、そんなに楽しいの?」
「楽しいよ!」
即答した。
「めちゃくちゃ、楽しい」
「……ふーん」
矢野は、それ以上何も言わなかった。
でも、部屋に戻るまでの間、何かを考えているみたいに、ずっと黙っていた。
---
夕方、カラオケ店の前で解散した。
「一ノ瀬くん、明日からはずっとダンジョン?」
「ずっとダンジョン。最高でしょ」
「そっか。気をつけてね!」
「おう、ありがと」
「……一ノ瀬くん」
「ん?」
矢野が、何か言いかけて、やめた。
「……なんでもない。またね!」
手を振って、矢野は駅のほうへ歩いていった。
なんだったんだろう。
まあ、いいか。
帰りの電車で、スマホを開いた。
明日から、本番だ。
GW三日目から最後の前日まで、全部戸田。目標は、指定ダンジョンの150階層。
トリッターを開いて、「ダンジョンさんぽ 出待ち」で検索する。
今日も、どこかのD級に人が集まっている写真が上がっていた。GWだからか、前より増えている気がする。
でも、昨日と今日で分かった。
人がいても、なんとかなる。
戸田は、Cランクを目指す人がみんな集まる指定ダンジョンだ。たぶん、人はめちゃくちゃ多い。俺が来ると思って待っている人も、いるかもしれない。
でも、人がいるなら、ダンジョンさんぽとして堂々と潜ればいい。人がいなくなるくらい深くまで行ったら、そこで王になればいい。
どっちにしても、潜れる。
「へへ」
電車の窓に、にやけた自分が映っていた。
お姉ちゃんの五本の指を思い出しながら、明日の戸田までの行き方を、地図で確かめ始めた。
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