↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
44/48

第38話 GW一日目と二日目

 土日は、結局どこにも潜れなかった。長久手も日進も、GW前の人出で入口に列ができていて、顔を見られる前に引き返した。


 そして、GW前夜。


 風呂から上がって、お姉ちゃんの部屋のドアをノックした。


「お姉ちゃん、ちょっといい?」


「ん」


 ドアを開けると、お姉ちゃんはベッドの上でクランの資料らしきものを読んでいた。


「明日から、GWじゃん」


「うん」


「明日は中学の友達と守山で、明後日は高校の友達とカラオケなんだけど」


「うん」


「なんか、どっちもバレそうで」


 お姉ちゃんが、資料から顔を上げた。


「ダンジョンさんぽだって、もう学校でも中学のやつらにもバレてるし、トリッターで顔とか声とか探してる人もいるし。友達といるときに声かけられたら、どうしたらいいのかなって」


 言いながら、少し恥ずかしくなった。


 でも、こういうことを聞ける相手は、家に一人しかいない。


 お姉ちゃんは、資料を閉じた。


 それから、ベッドの端を叩いた。


「座りな」


 座った。


「一つ目」


 お姉ちゃんが、指を一本立てた。


「堂々としてる。隠れようとすると、逆に目立つ」


「なるほど」


「二つ目。声かけられたら、笑って一言。立ち止まらない」


「一言って、何て言えば?」


「『ありがとうございます』。それだけでいい」


「三つ目」


 指が三本になった。


「写真は断っていい。『今日はプライベートなので』。嫌な顔されても、気にしない」


「え、断っていいんだ」


「いい。朔の休みは、朔のもの」


 四本目の指が立った。


「友達といるときは、友達が先。声かけてきた人より、隣にいる人を優先する」


「うん。それは、絶対そうする」


「最後」


 お姉ちゃんは、五本目の指を立てて、それから、ほんの少しだけ口の端を上げた。


「楽しむ。バレるかどうか気にして、友達と遊ぶのを楽しめなかったら、損」


 この人は。


 普段は二文字か三文字しか喋らないのに、こういうときだけ、全部ちゃんと教えてくれる。


「ありがと、お姉ちゃん」


「ん」


「なんか、めっちゃ頼りになる」


「知ってる」


 ドヤ顔だった。


 謙遜は、しないらしい。


---


 ゴールデンウィーク、一日目。


 目覚ましが鳴る前に目が覚めた。


 布団から飛び起きて、装備を玄関に並べる。1万2000円の鉄剣。18万の黒い外套は、今日はお留守番だ。F級に外套はいらないし、そもそも友達の前で着る勇気はない。


 結局、家を出たのは集合の1時間前だった。


---


「朔、早くね!?」


 守山ダンジョンの前に着くと、大沢が目を丸くした。


 大沢も十分早かった。集合の30分前だ。


「お前も早いだろ」


「俺はいいんだよ。楽しみだったから!」


「俺もだよ。6時半に起きた」


 二人で笑っていたら、残りの三人も続々と来た。三宅、山吹、藤堂。全員、集合時間より前だった。


「……全員早いな」


 藤堂が、ぼそっと言った。


「お前もな」


「俺は時間通りに来る主義だ」


「15分前は時間通りって言わないんだよ」


 五人でゲートに向かおうとしたところで、横から声がかかった。


「あの……すみません」


 大学生くらいの探索者が二人、スマホを片手にこっちを見ていた。


「もしかして、ダンジョンさんぽの人ですか?」


 心臓が跳ねた。


 分かる人には分かるらしい。さっき大沢と騒いでいた声か、背格好か。


 落ち着け。昨日、教わったばかりだ。


 堂々としてる。笑って一言。立ち止まらない。


「ありがとうございます」


 笑って、軽く頭を下げた。


 そのまま、ゲートのほうへ歩き出す。


「あ、あの、写真とか――」


「すみません、今日はプライベートなので」


 もう一回笑って、振り返らずに歩く。


 隣で、三宅がさりげなく盾を背負い直して、俺と二人の間に入ってくれた。大沢が「朔、行くぞー!」とわざと大きな声で呼んだ。


 ゲートをくぐって、扉の中に入ってから、ようやく息を吐いた。


「い、いけた」


「今の、完璧だったな」


 藤堂が、ぼそっと言った。


「プロの対応じゃん!」


「だろ? お姉ちゃん直伝」


「さすがS級の姉ちゃんだな!」


 なんだか、ちょっとだけ誇らしかった。


 五人で潜るのは、三週間ぶりだった。


 あのときは、12階層まで進んで、「次の目標は25階層」と言って終わった。


「今日こそ25階層な!」


 三宅が、盾を掲げた。


「転移陣、登録するぞ!」


「おー!」


---


 守山ダンジョンは、F級だ。


 Lv100の俺からすると、正直に言ってモンスターが止まって見える。


 だから、今日の俺には課題があった。


 手加減。


「朔、右!」


「おう」


 右から来たゴブリンに、踏み込む。


 踏み込みすぎないように、半歩だけ遅らせて。


 斬る。


 斬りすぎないように、軽く。


 ゴブリンが砂になった。


「ナイス!」


「今のよかったな」


 大沢と三宅が、手を上げてくる。


「いえーい」


 ぱちん、ぱちん。二人と続けてハイタッチした。手加減した一撃でも、褒められると普通に嬉しい。


 よし。バレてない。


 たぶん。


「朔」


 藤堂が、端末から顔を上げた。


「お前、今のわざと遅らせたろ」


「えっ」


「半歩。踏み込むとき」


 バレてた。


「き、気のせいだって!」


「そうか」


 藤堂は、それ以上何も言わなかった。


 端末に何か打ち込んで、また顔を上げて、前を向いた。


 聞いてこない。


 ありがたいけど、怖い。


---


 でも、手加減しながらでも、楽しかった。


 めちゃくちゃ楽しかった。


「三体、正面二、左一!」


「受ける」


「撃つぞ」


「左、入る」


「俺、抜けたやつ取る!」


 五人の声が、通路に響く。


 一人で潜るのとは、全然違う。王で潜るのとも、兵士と潜るのとも違う。


 誰かが受けて、誰かが削って、誰かが撃って、俺が落とす。中学のときから知っている奴らと、一つの形になって進んでいく。


 15階層を過ぎた。


 20階層を過ぎた。


 みんなのレベルも、前よりだいぶ上がっていた。大沢は二十七、三宅は二十五。山吹は二十六で、藤堂は教えてくれなかった。


「藤堂、お前も言わないのかよ」


「朔が言わないからな」


「いや、関係なくない?」


「ある」


 藤堂が、ほんの少しだけ口の端を上げた。


---


 そして、25階層。


 階段を下りた先の広間の床に、淡く光る円があった。


「……あった」


 三宅が、呟いた。


「転移陣!」


「あったぞおおお!」


 大沢が叫んで、山吹が跳ねて、三宅が盾を放り投げて、藤堂が落ちてきた盾をキャッチした。


 俺は、大沢と肩を組んで、一緒に跳ねていた。


「三宅、盾投げるな」


「嬉しすぎて!」


 五人で順番に、ギルドカードをかざす。


 ぴこん、と音がして、画面に表示が出た。


```

守山ダンジョン 第25階層 転移陣を登録しました

```


「よっしゃああ!」


 五人分の声が、広間に響いた。


 俺も叫んでいた。


 赤津の50階層のほうが、ずっと深い。ずっと強い奴を倒した。


 でも、今日の25階層は、それとは全然違う嬉しさだった。


 五人で、決めた目標を、五人で達成した。


 それが、めちゃくちゃ嬉しかった。


---


 帰りは、登録したばかりの転移陣で一気に地上へ戻った。


 夕方の駅前で、ラーメン屋に入る。三週間前と同じ店で、三宅はまたチャーシューを追加した。


「次は50階層な!」


「F級の最深部か」


「夏休みまでに行けるかな」


「いけるいける。絶対いける」


 みんなが盛り上がる中、山吹がふと、俺のほうを見た。


「そういえば朔、ダンジョンさんぽの人だよね」


 スープを噴きかけた。


「な、なんで今それ!?」


「いや、ずっと聞きたかったけど、潜ってる間は集中してたから」


「俺らも見たぞ、あれ」


 大沢が、にやにやしながら箸を向けてきた。


「『集え、光。夜を払い、影を灼き、形を残さず』」


「やめろ!」


「三宅、今の聞いた? 本人の前で言うとこんな反応すんだぞ」


「聞いた聞いた!」


「お前らほんとやめろって。ラーメン伸びるだろ」


 四人が、大爆笑していた。


 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。


 でも、なんでだろう。


 こいつらに笑われるのは、あんまり嫌じゃなかった。


 中学のときも、こうだった。俺が何かやらかすと、こいつらが全力で笑う。それで、なんとなく許された気がする。


「でもさ」


 大沢が、笑いすぎて出た涙を拭きながら言った。


「かっこよかったぞ、あれ。普通に」


「え、マジで?」


「壁削ったんだろ? 世界初じゃん。俺、クラスで自慢したもん。中学の友達だって」


「またかよ。まあ、悪い気はしないけど」


「するだろ普通!」


 三宅も、山吹も、頷いていた。


 藤堂だけ、黙ってラーメンを啜っていた。


 でも、少しだけ、笑っていた。


---


 ゴールデンウィーク、二日目。


 今日は、高校の友達とカラオケだった。


「一ノ瀬くん、来たー!」


 駅前のカラオケ店の前で、矢野が手を振っていた。堀口、西野、久住、的場もいる。


「おはよ」


「もう昼だよ!」


「おはようございます」


「言い直さなくていい!」


 受付で名前を書いていたら、店員さんが俺の顔を見て、ほんの少しだけ目を見開いた。


 あ、これ、気づかれたかな。


 でも、店員さんは何も言わなかった。にっこり笑って、「ごゆっくりどうぞ」とだけ言って、伝票を渡してくれた。


 プロだ。


 お姉ちゃんの言っていた「堂々としてる」は、たぶん、こういうことなんだろう。こっちが普通にしていれば、向こうも普通にしてくれる。


 部屋に入る。


 前回と同じで、最初はみんなバラバラに歌った。矢野は流行りのアイドルの曲を全力で踊りながら歌い、的場はそれを撮影し、堀口は途中で寝た。


「堀口、起きろ!」


「……寝てない」


「寝てたって」


 西野が、デンモクを回してきた。


「一ノ瀬くん、また久住くんとハモってよ。前のすごかったから!」


「お、いいよ。久住、いける?」


「……いいよ」


 久住が、無言でマイクを取った。


 前回と同じ曲。


 イントロが流れた瞬間、的場がスマホを構えた。


「撮るなって」


「撮る!」


 結局、撮られた。


 でも、歌い始めたら、そんなことはどうでもよくなった。


 久住の低い声と、俺の声が重なる。ラスサビで、久住が上に行く。俺が下を支える。


 歌い終わったら、部屋が一瞬静かになって、それから拍手が起きた。


「やばい!」


「前よりうまくなってない?」


「二人とも練習した?」


「してないしてない」


「……してない」


 久住と目が合った。


 久住が、ほんの少しだけ口の端を上げた。


---


 休憩中、ドリンクバーでジュースを注いでいたら、矢野が隣に来た。


「ねえ、一ノ瀬くん」


「ん? どした?」


「昨日も、ダンジョン行ってたの?」


「行ってた。中学の友達と、守山」


「守山って、F級だよね」


「うん。25階層まで行って、転移陣登録したんだよ。五人で!」


 話しているうちに、声がどんどん大きくなっていった。


「最初はバラバラだったんだけど、途中から役割が噛み合ってきてさ。三宅が盾で受けて、大沢が回り込んで、山吹が撃って、俺が抜けたやつ取るの。それが決まったときの感じが、もう、たまんなくて――」


 気づいたら、身振りまでついていた。


 矢野が、じっとこっちを見ていた。


「あ、ごめん。また喋りすぎた」


「ううん」


 矢野は、紙コップを両手で持ったまま、少しだけ考えるような顔をした。


「一ノ瀬くんって、ダンジョンの話してるとき、ほんとに楽しそうだよね」


「そう?」


「そう。顔が全然違う」


 矢野は、紙コップのジュースを一口飲んだ。


「……ダンジョンって、そんなに楽しいの?」


「楽しいよ!」


 即答した。


「めちゃくちゃ、楽しい」


「……ふーん」


 矢野は、それ以上何も言わなかった。


 でも、部屋に戻るまでの間、何かを考えているみたいに、ずっと黙っていた。


---


 夕方、カラオケ店の前で解散した。


「一ノ瀬くん、明日からはずっとダンジョン?」


「ずっとダンジョン。最高でしょ」


「そっか。気をつけてね!」


「おう、ありがと」


「……一ノ瀬くん」


「ん?」


 矢野が、何か言いかけて、やめた。


「……なんでもない。またね!」


 手を振って、矢野は駅のほうへ歩いていった。


 なんだったんだろう。


 まあ、いいか。


 帰りの電車で、スマホを開いた。


 明日から、本番だ。


 GW三日目から最後の前日まで、全部戸田。目標は、指定ダンジョンの150階層。


 トリッターを開いて、「ダンジョンさんぽ 出待ち」で検索する。


 今日も、どこかのD級に人が集まっている写真が上がっていた。GWだからか、前より増えている気がする。


 でも、昨日と今日で分かった。


 人がいても、なんとかなる。


 戸田は、Cランクを目指す人がみんな集まる指定ダンジョンだ。たぶん、人はめちゃくちゃ多い。俺が来ると思って待っている人も、いるかもしれない。


 でも、人がいるなら、ダンジョンさんぽとして堂々と潜ればいい。人がいなくなるくらい深くまで行ったら、そこで王になればいい。


 どっちにしても、潜れる。


「へへ」


 電車の窓に、にやけた自分が映っていた。


 お姉ちゃんの五本の指を思い出しながら、明日の戸田までの行き方を、地図で確かめ始めた。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや★評価をいただけると励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。