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第55話 体育祭

 体育祭の一週間前のホームルームで、出場種目を決めることになった。


「はい、じゃあリレーのアンカーやりたい人ー」


 学級委員の西野が、黒板の前で手を挙げた。


 誰も手を挙げなかった。


 代わりに、クラス全員の視線が、一斉にこっちに向いた。


「……え」


「一ノ瀬くんでしょ」


「一ノ瀬しかいないだろ」


「Cランクだぞ」


「いやいやいや、待って待って」


 慌てて手を振った。


「探索者のステータスで勝つのは、ずるいだろ。普通の体育祭なんだから」


「ずるくない!」


「勝てばいいんだよ!」


「クラスのために走って!」


 矢野が、椅子ごとこっちを向いて、両手を合わせてきた。


「お願い一ノ瀬くん! アンカー! 一年三組の未来がかかってるの!」


「未来は大げさだろ!」


「大げさじゃない!」


 押し切られかけていた。


 そのとき、教室の前のドアが開いて、担任が入ってきた。


 手に、一枚の紙を持っていた。


「あ、ごめんね。ちょっといい?」


 担任は、黒板の前まで来て、困ったように笑った。


「今、職員会議で決まったことがあって。一ノ瀬くん」


「はい」


「一ノ瀬くんは、今年は一般の種目には出られません」


「……え」


 教室が、ざわついた。


「探索者ランクがC以上の生徒は、身体能力が一般の生徒と比べて差がありすぎるので、公平のために、一般の競技には出場できないことになってるの。これは、うちの学校だけじゃなくて、県の体育祭のガイドラインで決まってて」


「……そうなんですか」


「今まで、Cランクの一年生がいたことがなかったから、先生たちも確認が遅れちゃって。ごめんね」


 担任は、手に持っていた紙を広げた。


「そのかわり、一ノ瀬くんには、探索者種目に出てもらいます」


「……探索者種目?」


「探索科の生徒と、探索者登録をしてる生徒だけが出る種目。全学年合同で、色別対抗です」


 教室が、一瞬静まり返った。


 それから、爆発した。


「探索者種目!?」


「あれ、ガチのやつじゃん!」


「去年の、探索科の先輩たちの見た!? 壁登ってたやつ!」


「一ノ瀬、普通科なのに探索者種目に出るのかよ!」


 普通科なのに。


 探索科の生徒たちに、混ざって。


「マジか」


 矢野が、がっくりと肩を落としていた。


「アンカー……」


「ごめん」


「一ノ瀬くんのせいじゃないけど……」


 それから、矢野はぱっと顔を上げた。


「でも、探索者種目なら、めっちゃ応援する!」


「……ありがと」


---


 探索者種目は、二つあった。


 一つ目は、探索者障害物競走。壁登り、網くぐり、細い平均台で水堀を渡る、それから最後に、先生が扮した「モンスター役」をかわしてゴールする。


 二つ目は、探索者リレー。一人200メートル、色別の四人でつなぐ。


 どちらも、スキルと武器の使用は禁止。体だけで勝負する。


「体だけ、か」


 体育祭の前日、家のリビングでプリントを読んでいたら、お姉ちゃんが横から覗き込んできた。


「探索者種目」


「うん。Cランクは一般のに出ちゃ駄目なんだって」


「知ってる」


「お姉ちゃんも、高校のとき出た?」


「出た」


「何位だった?」


「一位」


 ドヤ顔だった。


「俺、手加減したほうがいいよね。探索科の人たち、たぶんDとかEとかだし」


 お姉ちゃんが、少しだけ考えるような顔をした。


「朔」


「うん」


「本気と、手加減の間」


「間?」


「相手に失礼じゃないくらい。でも、目立ちすぎないくらい」


 難しいことを、さらっと言う。


「頑張る」


「ん」


 お姉ちゃんは、それだけ言って、麦茶を飲んだ。


 それから、ぽつりと付け足した。


「明日、見に行く」


「え、来るの!?」


「聖奈も」


 隣の部屋から、聖奈の声が飛んできた。


「行くよー! 兄さんの探索者種目、絶対見る! 中学、明日休みだから!」


---


 体育祭当日は、よく晴れた。


 六月の空は、五月よりも少しだけ高かった。


 グラウンドの周りには、保護者のテントがずらりと並んでいた。その一角に、見覚えのある家族がいた。


 お姉ちゃんは、日傘も差さずに、無言で一眼レフのカメラを構えていた。レンズが、やたら長い。


 聖奈は、その隣で、手作りのうちわを振っていた。


 うちわには、でかでかと書いてあった。


『兄さん キモいけどがんばれ』


「うちわのセンス」


 遠くから見ても、読めた。


 保護者席の周りで、ざわざわと声がする。


「あれ、一ノ瀬凛花じゃない?」


「S級の?」


「本物?」


「え、隣の子、せなちゃんじゃない?」


「ほんとだ、せなちゃんだ! ピクスタの!」


「凛花さんとよく写真上げてる子!」


 保護者席のまわりに、うちの学校の生徒まで集まり始めていた。


 聖奈は、慣れた様子で、にこにこ手を振っていた。うちわを振りながら。


 お姉ちゃんは、周りの視線をまったく気にせず、カメラのピントを合わせていた。


 俺に。


 その後ろで、母が、大きな風呂敷包みを膝に載せて、にこにこ手を振っていた。


 たぶん、中身は全部お弁当だ。四人分にしては、明らかに大きい。


 父は、午前中は来られないと言っていた。部長になってから、土曜も会社に呼ばれることが増えたらしい。


---


 クラスの応援席に戻ると、矢野が、スマホを握りしめたまま、俺の肩を掴んできた。


「一ノ瀬くん!!」


「ど、どした?」


「保護者席のあの子、せなちゃんだよね!? ピクスタの!」


「あー、うん。妹」


「妹!?!?」


 矢野の声が、裏返った。


「一ノ瀬くんの妹、せなちゃんなの!? 私、フォローしてるんだけど!? 毎日見てるんだけど!?」


「そうなの?」


「そうなの!? じゃないよ! なんで言ってくれなかったの!?」


「聞かれなかったから」


「聞かないよ普通! せなちゃんの兄が隣の席にいるとか、思わないもん!」


 矢野が、頭を抱えていた。


「……待って。じゃあ、せなちゃんがたまに上げてる『兄さんの手だけ写ってる写真』って、一ノ瀬くんの手……?」


「そんなの上げてんの、あいつ」


「上げてるよ! 『兄さんがキモいポーズしてる』って、手だけ!」


 帰ったら、聖奈に一言言おう。


---


 午前中は、一般の種目だった。


 クラスの応援席から、みんなの競技を見た。


 久住は、百メートル走で二位だった。ゴールしたあと、応援席のほうを見て、ちょっとだけ手を上げた。


「久住ー! ナイスー!」


 叫んだら、久住が少しだけ口の端を上げた。


 矢野は、二人三脚で西野と組んで、途中で盛大に転んで、転んだまま笑っていた。


 的場は、パン食い競争で、パンを取るのに三十秒かかった。


 堀口は、綱引きで、なぜか一番後ろで寝そべっていた。いや、踏ん張っていたのかもしれない。


 クラス対抗リレーは、アンカーを陸上部の男子が走って、三位だった。


「……一ノ瀬がいたらなあ」


「言うなって!」


 でも、三位でも、クラスの応援席は大盛り上がりだった。


 楽しかった。


 出られないのはちょっとだけ寂しかったけど、見ているだけでも、十分楽しかった。


---


 お昼は、保護者席で家族と食べた。


 母の風呂敷包みの中身は、五段重ねの重箱だった。


「多くない?」


「朔、今日たくさん動くでしょう? お腹すくと思って」


「俺、午前中は応援してただけだけど」


「午後があるじゃない」


 母は、にこにこしながら、唐揚げを俺の皿に山盛りにした。


 母は、元探索者だ。


 結婚したときにやめて、それからずっと主婦をしている。今はそんな雰囲気は全然なくて、いつもにこにこしていて、料理が上手で、ちょっとおっとりしている。


 でも、たまに、ダンジョンの話になると、目の色が少しだけ変わる。


「朔」


 唐揚げを食べていたら、母が、お茶を注ぎながら言った。


「午後の探索者種目、障害物があるのよね」


「うん」


「壁は、三歩目で踏み切ると、手が縁に届くわよ。あと、網くぐりは、肘じゃなくて膝で進むと速いの」


「……え」


 にこにこしたまま、ものすごく具体的だった。


「それと、モンスター役の先生は、最初の一人が一番張り切ってるから、横に抜けたほうがいいわ」


「お母さん、なんでそんなに詳しいの」


「お母さんも、高校のとき出たもの」


「何位だった?」


「ひみつ」


 母は、にこにこ笑って、お茶を差し出してきた。


 横で、お姉ちゃんが、小さく呟いた。


「一位」


「凛花、言わないの」


「一位」


「もう」


 二人とも一位なのかよ。


 聖奈が、唐揚げを頬張りながら、目を丸くしていた。


「お母さん、探索者だったの、なんかいまだに信じられない!」


「あら、失礼ね」


「だって、いつもおっとりしてるじゃん!」


「おっとりしてるのは、家だけよ」


 母は、にこにこしたまま、それ以上何も言わなかった。


 うちの家族、女性陣が強すぎないか。


---


 お昼を挟んで、午後。


 いよいよ、探索者種目だった。


 入場門に並ぶと、周りは全員、探索科の生徒だった。体つきが、明らかに違う。腕も脚も、普通科の生徒より一回り太い。


 その中に、普通科のジャージを着た一年生が、一人。


 めちゃくちゃ浮いていた。


「……あれが、Cランクの」


「普通科なのに」


「ほんとに十五?」


 ひそひそ声が、あちこちから聞こえた。


 視線が痛い。


 興味と、疑いと、ちょっとだけ敵意が混ざった視線だった。


 そりゃそうだ。探索科の人たちは、毎日ダンジョンの勉強をして、実習もしている。そこに、普通科の一年がいきなりCランクで入ってきたら、面白くないに決まっている。


「――一ノ瀬くん」


 後ろから、声がした。


 振り返ると、遠野先輩がいた。


 隣に、茜先輩も。


「え、先輩たちも出るんですか!?」


「私たち、Dランクだから。探索者登録してる生徒は、全員出るの」


「……あんた、知らなかったの?」


 茜先輩が、呆れた顔をした。


 それから、少しだけ、俺の顔を覗き込んだ。


「……緊張してる?」


「……ちょっとだけ」


「ふん」


 茜先輩は、そっぽを向いた。


「あたしたち、赤組。あんたは?」


「……白組です」


「敵じゃない」


「敵ですね」


「……手加減しないから」


 茜先輩が、にやりと笑った。


 初めて見る、好戦的な笑い方だった。


「あんたも、手加減したら許さないから!」


「……え」


 お姉ちゃんの言葉が、頭をよぎった。


 本気と、手加減の間。


 どうしよう。


---


 探索者障害物競走。


 一組目に、俺と、茜先輩と、探索科の三年生が四人。


 スタートラインに並ぶ。


 隣で、茜先輩が、軽く屈伸していた。


「――位置について」


 グラウンドが、静まり返った。


「――よーい」


 ピストルが鳴った。


 飛び出した。


 最初の障害は、三メートルの壁。


 探索科の三年生たちが、助走をつけて壁に飛びつく。


 俺は、壁の手前で一回だけ踏み込んで、壁の縁に手をかけて、そのまま体を引き上げた。


 しまった。


 速すぎた。


 Lv160は、B級ダンジョンの途中くらいのレベルだ。探索科の三年生たちは、たぶんDランクかEランク。本気を出したら、スタートした瞬間にゴールしている。


 もっと、抑えないと。


 壁の上から見下ろすと、三年生たちが、まだ壁の途中でもがいていた。


 茜先輩だけが、俺のすぐ後ろで、壁の縁に手をかけていた。


「――っ、待ちなさいよ!」


「待たないです!」


 網くぐり。


 地面に張られた網の下を、腹這いで進む。


 ここは、ちょっとだけ遅くした。ほんのちょっとだけ。網に引っかかったふりをして、一秒だけ止まる。


 その一秒で、茜先輩が隣に並んだ。


「……あんた、今止まったでしょ!」


「引っかかったんです!」


「嘘つけ!」


 網を抜ける。


 水堀の上の、細い平均台。


 茜先輩が、先に乗った。タンクなのに、バランス感覚がすごい。一歩一歩、確実に進んでいく。


 俺も、後ろから続く。


 並んだまま、最後の障害へ。


 モンスター役の先生たち。体育の先生が三人、大きなクッションの盾を持って、コースを塞いでいる。


「――来い、一年!」


 一人目の先生が、クッションを振りかぶってきた。


 身を低くして、潜り抜ける。


 二人目。横に跳ぶ。


 三人目の先生が、二人同時に来た茜先輩と俺の前に、両腕を広げて立ちはだかった。


 茜先輩が、先生に向かって一直線に突っ込んだ。


 タンクの、体当たりだった。


 先生のクッションに、茜先輩の肩がぶつかる。先生が、一歩よろめく。


 その脇が、ほんの少しだけ空いた。


 茜先輩が、開けてくれた?


 いや、違う。自分が通るために開けたんだ。でも、俺も通れる。


 一瞬だけ迷った。


 迷ってから、その隙間に飛び込んだ。


 茜先輩と、並んで、ゴールテープに突っ込んだ。


 テープが、二人の胸で切れた。


---


「……同着!」


 審判の先生が叫んだ。


 グラウンドが、どっと沸いた。


「同着!?」


「赤と白、同着!」


「一年とあの二年生、すげえ!」


 ゴールの先で、膝に手をついて息を吐いた。


 隣で、茜先輩も、肩で息をしていた。


「……っ、はあ、はあ……」


 茜先輩が、顔を上げて、俺を睨んだ。


「……あんた、手加減したでしょ」


「……ちょっとだけ」


「ちょっとだけって何よ!」


「全部本気だったら、先輩たちに失礼かなって……いや、手加減しすぎても失礼で……だから、間くらい」


「……間」


 茜先輩が、ぽかんとした。


 それから、ぷっと吹き出した。


「……なにそれ。変なやつ」


「よく言われます」


「……でも」


 茜先輩が、少しだけ目を逸らした。


「最後、あたしが開けたとこ、ちゃんと使ったでしょ」


「……はい」


「……使うのが、正解よ。ダンジョンでも、そう。仲間が開けた道は、迷わず使いなさい」


 茜先輩は、それだけ言って、赤組の待機場所のほうへ歩いていった。


 途中で、振り返らずに、一言だけ。


「……べ、別に、あんたに教えたわけじゃないから!」


 やっぱり、世話焼きだ。


---


 探索者リレーは、遠野先輩が、赤組のアンカーだった。


 俺は、白組のアンカーだった。


 三人目から、バトンを受け取ったとき、赤組は、もう三十メートル先を走っていた。


 遠野先輩の背中が、見えた。


 速い。


 南陽で罠にかかっていた人とは、別人だった。戸田で一緒に潜ったときよりも、さらに速くなっていた。


 本気を出せば、たぶん一瞬で抜ける。


 三十メートルなんて、三歩もかからない。


 でも、それをやったら、遠野先輩に失礼だ。あんなに真剣に走っている人を、一瞬で置き去りにするのは、違う気がした。


 本気と、手加減の間。


 足に、少しだけ力を込めた。


 一歩ごとに、遠野先輩の背中が近づいてくる。


 三十メートル。二十メートル。十メートル。


 最後の直線。


 並んだ。


 遠野先輩が、横目でちらっとこっちを見た。


 目が、笑っていた。


 楽しそうに、笑っていた。


 俺も、たぶん同じ顔をしていた。


 ゴールラインを、二人で駆け抜けた。


「――赤! 赤組、胸の差!」


 遠野先輩の勝ちだった。


 胸ひとつ分だけ、届かなかった。


 いや、届かせなかった。


 最後の一歩で、踏み込む力を少しだけ緩めた。自分でも、はっきり分かっていた。


「……っ、負けた!」


 膝に手をついて、それから、笑った。


 悔しくはなかった。


 ただ、並んで走ったあの数秒が、めちゃくちゃ楽しかった。


 遠野先輩が、息を整えながら、こっちに歩いてきた。


「……一ノ瀬くん」


「はい!」


「最後、本気だった?」


「……ちょっとだけ、本気でした」


「……ちょっとだけ」


 遠野先輩が、じっと俺の顔を見た。


「最後の一歩。緩めたでしょ」


「……!」


「分かるよ。隣で走ってたんだから」


 遠野先輩は、怒っていなかった。


 ただ、少しだけ悔しそうに、でも楽しそうに笑った。


「じゃあ、今度は、全部本気で走ってもらえるように、頑張る」


 それだけ言って、赤組のほうへ戻っていった。


---


 体育祭は、白組の負けで終わった。


 でも、クラスの応援席に戻ったら、みんなに囲まれた。


「一ノ瀬ー! 障害物、同着すごかった!」


「リレーも惜しかった!」


「あの遠野灯と並んでたぞ!」


「写真撮った! めっちゃいい写真!」


 的場が、スマホの画面を見せてくる。遠野先輩と俺が、並んでゴールラインを駆け抜けている写真だった。


 二人とも、笑っていた。


 保護者席のほうを見ると、聖奈が、手作りのうちわをぶんぶん振っていた。


『兄さん キモいけどがんばれ』


 その裏面が、こっちを向いていた。


『かっこよかった!!』


 裏にも書いてあったのか。


 隣で、お姉ちゃんが、カメラを下ろして、こっちを見ていた。


 小さく、親指を立てた。


 その横で、母が、にこにこしながら拍手していた。


 それから。


 母の隣に、いつの間にか、スーツ姿の父が立っていた。


 ネクタイを少しだけ緩めて、額にうっすら汗をかいている。会社から、急いで来たらしい。


 父は、俺と目が合うと、軽く一回だけ頷いた。


 それだけだった。


 でも、それで十分だった。


---


 片付けが終わって、夕焼けのグラウンドを歩いた。


 足が、少しだけ重い。


 でも、いい重さだった。


 本気と、手加減の間。


 今日一日、ずっとそれを考えていた。


 全部本気を出したら、たぶん、誰も追いつけない。でも、手加減しすぎたら、茜先輩や遠野先輩に失礼だ。


 その間を、探しながら走った。


 難しかった。


 でも、楽しかった。


 グラウンドの入口で、矢野が手を振っていた。


「一ノ瀬くーん! 打ち上げ行くよー!」


---


 打ち上げは、駅前のお好み焼き屋だった。


 クラスの半分以上が来ていて、店の奥の座敷がまるごと一年三組で埋まっていた。


「では! 一年三組、体育祭、お疲れさまでしたー!」


 学級委員の西野が、ウーロン茶のグラスを掲げた。


「かんぱーい!」


「かんぱーい!」


 グラスがぶつかる音が、あちこちで鳴った。


 鉄板の上で、お好み焼きがじゅうじゅう音を立てている。ソースの匂いが、座敷いっぱいに広がっていた。


「一ノ瀬、ひっくり返せる?」


 的場が、コテを差し出してきた。


「え、やったことない」


「Cランクなのに!?」


「Cランク関係ないだろ!」


 試しにやってみたら、半分だけひっくり返って、半分は鉄板の上で崩れた。


「下手くそ!」


「初めてなんだって!」


「障害物は同着だったのに!」


「だから関係ないって!」


 座敷中が、どっと笑った。


 結局、お好み焼きをひっくり返すのは、久住が一番うまかった。無言で、完璧な円をくるっと返す。


「久住、なんでそんなうまいの」


「……実家が、お好み焼き屋」


「そうだったの!?」


「……言ってなかった」


 四月から同じクラスで、カラオケで三曲ハモって、勉強会もしたのに、知らなかった。


 久住が、少しだけ口の端を上げた。


---


「でもさー、今日の一ノ瀬くん、すごかったよね!」


 矢野が、お好み焼きを頬張りながら言った。


「障害物で、壁ひょいって登ってたし!」


「リレーも、遠野灯と並んでたし!」


「写真、クラスのグループに貼っといた!」


 的場が、スマホを掲げた。


「これ、めっちゃいい写真じゃない?」


「いい写真だな」


「だろ!? 俺、カメラマンの才能あるかも!」


「連写してただけでしょ」


 西野に言われて、的場が黙った。


 堀口が、お好み焼きを三枚目に突入しながら、ぼそっと言った。


「……一ノ瀬、普通科の誇り」


「え」


「……探索科に混ざって、普通科が同着。……すごい」


「堀口が、ちゃんと喋った」


「……喋る」


 矢野が、ウーロン茶を飲みながら、ちょっとだけ真面目な顔になった。


「……でもさ、一ノ瀬くん、最初、一般の種目に出られないって言われたとき、ちょっと寂しそうだったよね」


「ばれてた?」


「ばれてた。みんなで走りたかったんだなって」


 ばれてた。


 クラス対抗リレーを、応援席から見ていたとき。みんなと一緒に走れないのは、やっぱりちょっとだけ寂しかった。


「だからさ」


 矢野が、にっと笑った。


「打ち上げは、全員一緒! ここでは、Cランクも普通科も関係ないから!」


「……うん」


 なんだか、ちょっと、じんときた。


「ありがと、矢野」


「どういたしまして! あ、そのお好み焼き、私のだから!」


「えっ」


 じんときたのが、一瞬で引っ込んだ。


---


 打ち上げは、二時間くらい続いた。


 お好み焼きを六枚食べた堀口が、座敷の隅で寝ていた。的場は、クラス全員の写真を撮って回っていた。西野は、最後にまとめて会計を計算していた。


 店の外に出ると、もう暗くなっていた。


「楽しかったー!」


「また打ち上げしよ!」


「期末テスト終わったら!」


「テストの話しないで!」


 駅前で、みんなと手を振って別れた。


 久住と、途中まで同じ方向だった。


 二人で、黙って歩く。


「……一ノ瀬」


「ん?」


「……楽しかった」


「うん。楽しかった」


「……次は、うちの店、来いよ」


「行く! 絶対行く!」


 久住が、少しだけ笑って、角を曲がっていった。


---


 家に帰って、ベッドに寝転がった。


 今日は、いい日だった。


 障害物競走も、リレーも、母のお弁当も、父の頷きも、打ち上げのお好み焼きも。


「来週こそ、志段味だな」


 呟いて、目を閉じた。


 古墳が入口の、C級ダンジョン。


 今度は、本気で潜れる場所だ。


 たぶん、そこで、誰かを呼ぶことになる。


 宇宙の外で待っている、誰かを。


 口元が、勝手に緩んでいた。

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