第27話 十五歳でDランクは、異常らしい
瑞穂ダンジョンの1階層は、石畳だった。
金山の岩壁とも、南陽の土の通路とも違う。人工物みたいに平たい石が敷き詰められていて、壁には等間隔で燭台のようなものが並んでいる。火は点いていない。それなのに、周囲は明るい。
「うわ、すご!」
思わず声が出た。
遺跡だ。完全に遺跡。誰が作ったのかも分からない石造りの通路が、地面の下に広がっている。
こういうのが見たくて潜ってるようなところがある。
『きれいだな』
『瑞穂は内装が当たりって言われてる』
『遺跡系って人気あるよな』
コメントが流れていく。
視聴者数は40を超えていた。増え続けている。
見られている。
当たり前なんだが、この感覚には慣れそうにない。
一人で潜っていたときは、誰にも見られていなかった。だから王にもなれたし、意味のない独り言も言えた。
今日は違う。
俺は、Dランクの15歳として、それらしく潜らなければならない。
『武器とか見せてほしい』
『何使うの?』
来た。
「あー、武器は」
鞄から、鉄の剣を出した。
貸出用じゃない。昨日、大須で買った量産品だ。1万2000円。
「これです」
『普通だ』
『めっちゃ普通のやつ』
『初心者装備じゃん』
「Dランクだからって、いい装備持ってるとは限らないので」
嘘は言っていない。
本当にいい武器は、口から出るからだ。
最初のモンスターは、1階層の途中で出てきた。
石畳の陰から現れたのは、膝くらいの高さの、鼠に似た生き物だった。ただし目が四つある。
「お、出た」
『ラットだ』
『瑞穂の1階層はラットしか出ない』
『雑魚中の雑魚』
知っている。事前に調べた。
E級の1階層に出るのは、推奨レベル10以下の個体だけだ。E級の推奨が50というのは、あくまで最深部の話で、上のほうは初心者向けになっている。
つまり。
今の俺からすれば、虫みたいなものだ。
ラットが跳んだ。
剣を横に振る。
真っ二つになって、砂になった。
「あっ」
やってしまった。
手加減を、完全に忘れていた。
『は?』
『今の一撃?』
『振り方おかしくない?』
『雑魚とはいえ一撃は草』
やば。
いや、落ち着け。
ラットは雑魚だ。Dランクなら一撃で倒せてもおかしくない。むしろ当然の結果だ。
「ま、まあ、ラットなので」
声が上ずった。
『それはそう』
『Dなら余裕か』
『それもそうだな』
流れた。
助かった。
息を吐いた。心臓が変な速さで動いている。ラット一匹倒しただけなのに。
だが、この調子だと何回も同じことが起きる。
俺は歩きながら、頭の中で基準を作った。
一撃で倒すのはいい。速すぎるのが駄目だ。
振りかぶって、一拍置いて、振る。それくらいで丁度いいはずだ。
次のラットで試した。
振りかぶる。一拍。振る。
真っ二つになった。
『今の溜めいる?』
『溜めた意味なくない?』
『わざわざ遅く振ってて草』
見抜かれていた。
結局、諦めた。
普通に戦うことにした。演技するほうが不自然だと気づいたからだ。
そこからは、速かった。
1階層を15分で抜けた。2階層は10分。3階層も10分。
ラットが出てきて、斬る。次の通路へ進む。また出てくる。斬る。
単純作業に近い。
『展開はやいな』
『サクサク進むじゃん』
『チャンネル名通りで草』
ダンジョンさんぽ。
妹が付けた名前が、思ったより機能している。
10階層を越えたあたりで、視聴者数が100を超えた。
『あれ、もう10階?』
『配信開始から一時間経ってないよな』
『普通三日はかかるんだが』
そんなにかかるのか。
考えてみれば、そうだ。
普通のDランクは、1階層に30分から1時間かける。慎重に進んで、罠を確認して、回復しながら降りていく。
俺は、走っている。
「あー、えっと」
俺はカメラに向かって、言い訳を探した。
「上のほうは、雑魚しか出ないので」
『それはそう』
『でも10階は早い』
『体力どうなってんの』
体力。
そこは気づかれると困る。HPが100を超えているなんて、口が裂けても言えない。
「体力には、自信があって」
『部活とか?』
「中学の三年間、道場に通ってたので」
これは本当だ。
『なるほどな』
『道場かー』
『それで動きいいのか』
流れた。
道場、本当に便利だ。通っといてよかった。
15階層。
出てくるモンスターが変わった。ラットではなく、犬くらいの大きさの蜥蜴が出るようになった。
少し硬い。だが、二撃で終わる。
20階層。
蜥蜴が二回り大きくなった。三撃かかった。
視聴者数、240。
『速度落ちないな』
『20階で3時間はおかしいって』
『この子何者?』
何者でもない。ただの高校生だ。
そう言いたいが、言えば言うほど怪しくなる。
23階層。
通路の先に、光が見えた。
他の場所とは違う、青白い光だ。近づくと、床に円形の紋様が刻まれているのが分かった。
転移陣だ。
25階層の一つ手前にあるのか、と思ったが、違った。階層の表示を見ると、25になっている。
2階層ぶん、数え間違えていたらしい。
「お、着いた!」
『え』
『二十五!?』
『初日で転移陣確保は草』
『いやこれ本当におかしいから』
時計を見た。
午後3時半。潜り始めてから、5時間半。
進みすぎた。
完全に、進みすぎた。
楽しくなっていた。自覚はあった。あったのに、止まれなかった。
ラットを斬って、蜥蜴を斬って、通路を抜けて、階段を降りて。それを繰り返しているうちに、時間の感覚が消えていた。
一人で潜っているときと、同じだ。
俺は、こういうときに歯止めが利かない。
視聴者数、380。
増え方が、変わっていた。
さっきまでは10人ずつ増えていたのが、今は画面を見るたびに二桁違う。
『拡散されてる』
『切り抜き上がってるぞ』
『15歳D級、初日で25階層』
切り抜き。
その単語を見た瞬間、二週間前のことを思い出した。
あのときも、切り抜きから始まった。
「今日は、ここまでにします」
俺は、転移陣の上に立った。
「次は25階層から。えー、また来週」
配信終了のボタンを押した。
視聴者数、412。
最後に流れたコメントが、目の端に残った。
『この子、どこかで見たことある動き方するな』
転移陣に乗って、地上に戻った。
カードをかざすと、認証音が鳴って、税が引かれた。420円。距離で決まるらしい。
地上の空気は、外に出た瞬間に分かるくらい違った。湿っていて、暖かい。四月の夕方の匂いがする。
ゲートの外のベンチに座って、鞄を開けた。
まずはドロップだ。
ラットの牙が27本。蜥蜴の鱗が14枚。あとは石みたいな破片がいくつか。
アプリで相場を調べた。
全部で、4200円。
「安っ!」
思わず声が出た。
5時間半潜って、4200円。時給に直すと800円いかない。
コンビニのバイトのほうが稼げる。
これが、下位ランクの探索者が食えない理由か。身をもって理解した。
次に、ステータスを開いた。
Lv:71
職業:厨二病
HP:110
MP:64
STR:50
AGI:58
INT:75
LUK:23
二つ。
25階層潜って、二つしか上がっていない。
考えてみれば当然だった。E級の上層に出るのは推奨レベル10以下の個体だ。Lv69の俺からすれば、虫を潰しているのと変わらない。
経験値は、格上を倒すほど入る。格下をいくら狩っても、ほとんど積み上がらない。
あのエンペラーで四十七上がったのが、異常だっただけだ。
それに、数値そのものも大したことがない。
職業によって、伸びる項目は変わる。重装騎士ならHPとSTRが跳ね上がるし、術師ならINTとMPが伸びる。双剣士ならAGIだ。得意な方向に、極端に伸びていく。
【厨二病】は、そのどれでもない。
全部が、満遍なく低い。
今の三宅や大沢と比べれば、俺のほうが全部上だ。当たり前で、レベルが3倍以上ある。
だが、もし同じレベルだったら。
三宅のHPは俺の2倍近くあるはずだし、大沢のAGIも倍はある。山吹のINTなんて比べ物にならない。
全項目で、負ける。
つまり俺は、レベルの数字だけで釣り合いを取っている。
いや。
ちょっと待て。
診断のときの数値を思い出していた。
Lv1のとき、STRは8だった。平均は15で、それにすら届いていなかった。全項目が平均以下で、INTだけがかろうじて上だった。
今は50ある。
上がりすぎじゃないか?
アプリを開いて、職業ごとの平均成長率を調べた。探索者向けのデータベースに、その手の統計は全部載っている。
上位職の欄を見て、俺は画面を二度見した。
俺のほうが、高い。
重装騎士も、双剣士も、術師系も。1レベルあたりの伸び幅で言えば、【厨二病】が全部上回っていた。
全部の項目で確認した。HPも、MPも、AGIも、INTも、同じだった。
つまり、こういうことになる。
【厨二病】は、初期値が異常に低い。だから同じレベルなら、他の職業に全部負ける。
だが、伸びが速い。
レベルが上がるほど差が縮まって、そしていつか、追い抜く。
なるほどな。
俺は画面を閉じて、少しだけ笑った。
この頃の俺が書いた王は、最後には全てを終わらせる存在だった。始まりは何もなくて、終わりには全てを超えている。
そういう設定だった。
だから、そうなっている。
そして、俺は思い出した。
Lv100。
次のスキルが解放されるレベルだ。書ノ保管がLv50で開いたのだから、次は100のはず。
今が71。あと29。
この調子だと、E級を100階層まで行っても届かない気がする。
「効率、悪いな」
効率を求めるなら、格上に挑むしかない。
だが、配信中は王になれない。
素のまま格上に挑むのは、三週間前に死にかけて学んだことだ。あれは二度とやりたくない。
つまり、こうなる。
配信をしている限り、俺はほとんど強くなれない。
俺はベンチに座ったまま、しばらく空を見上げていた。
いや、待てよ。
E級で効率が悪いなら、D級に行けばいい。
俺はDランクだ。D級の扉は開く。推奨レベルは100までで、今が71。上層なら問題なく戦えるはずだ。
そして、D級の経験値はE級の比じゃない。
問題は、量産品の鉄剣で足りるかどうかだが。
足りないな。
千種の審査で、オークソルジャーの鎧に刃が滑ったのを思い出した。あれはD級の3階層だ。借り物の剣では、まったく歯が立たなかった。
じゃあ、どうするか。
答えは一つしかない。
無銘を出すことだ。
配信で、虚空から刀を呼ぶ。詠唱つきで。
できるのか、それ。
立ち上がって、自転車に向かいながら考えた。
武器召喚のスキル自体は、隠さなければいけないものじゃない。珍しいだけで、犯罪でも何でもない。世界初の職業なんだから、変なスキルが生えていても不思議はない。
問題は、詠唱だ。
「無銘よ、我が手に」を、何百人が見ている前で言うことになる。
ペダルを漕ぎながら、俺は小さく息を吐いた。
まあ、来週考えよう。
今日はもう、疲れた。
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