↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/51

第20話 妹が持ってきた動画に、俺が映っていた

 家に帰り着いたのは、夕方だった。


 母の「おかえり」にも、聖奈の「なんか顔色悪くない?」にも、適当に返して部屋に入った。


 ドアを閉めて、鍵はないので椅子を寄せて、ベッドに腰を下ろす。


 スマホを出した。


 手が汗ばんでいる。


 配信アプリを開く。探索者向けの、一番使われているやつだ。


 検索欄に指を置いて、止まった。


 何を打てばいい。


 あの子の名前を知らない。年齢も所属も知らない。分かっているのは、南陽ダンジョンで、今日の午後で、軽装備で、細身の剣を使っていたということだけだ。


 仕方なく「南陽ダンジョン」で調べた。


 一件目で、出てきた。


『【ソロ挑戦】ステラリオン遠野灯、D級ダンジョンに一人で潜ります』


 ステラリオン。


 聞いたことがある。というか、知っている。名古屋のプロダクションが立ち上げた探索者アイドルで、テレビにも出ているし、駅の広告にも顔が貼ってある。


 五人組。全員が名古屋にいる。


 俺が助けたのは、その一人だったらしい。


 遠野灯。名前を確認して、ようやく顔と一致した。


 そして、その下の数字を見た。


 再生回数、42万。


 は? 42万?


 もう一度見た。減っていない。増えていた。


 昨日までのこのチャンネルの平均が、たぶん数万だったはずだ。ソロ配信なんて企画は特に多くない。


 それが、42万。


 嫌な予感しかしなかった。


 サムネイルは、配信中の彼女の笑顔だった。だが、その下に並んでいる関連動画のほうが問題だった。


『【衝撃】謎の人物、素手で14体を瞬殺』


『「汝の終わりは、今日ではない」』


『黒フードの人、正体考察まとめ』


 切り抜きだ。


 もう上がっている。しかも3本とも、数万回は回っている。


 俺は無言でスマホを置いて、天井を見上げた。


 逃げてはいけない。


 確認しないと、何も分からない。


 俺はアーカイブを開いて、シークバーを終盤まで飛ばした。


 画面の中で、遠野灯が罠にかかっている。蛙が集まってくる。見ていられない。俺は少し飛ばした。


 そして、黒いものが画面に入ってきた。


 うわ。


 映っていた。当たり前だが、映っていた。


 黒い外套。膝下丈。裾が走るたびに揺れている。


 顔は、見えなかった。


 フードの影が、鼻から上を完全に覆っている。カメラの角度が下からなのもあって、闇しか映っていない。


 息が漏れた。


 バレていない。少なくとも、顔では特定できない。


 ほっとしたのも束の間だった。


『——案ずるな』


 スマホから、自分の声がした。


『汝の終わりは、今日ではない』


「——ぶっ」


 スマホを落とした。


 膝の上に落ちて、それでも再生は続いた。落としても止まってくれなかった。


『——下がっていろ』


「やめろ」


『——我が背に、何人たりとも至らせぬ』


「やめろって」


 慌てて拾って、一時停止を押した。押したのに、指が滑ってもう一度再生された。


『——我が背に、何人たりとも』


「うわあああああ!」


 枕に顔を埋めて、足をばたつかせた。ベッドが軋んだ。


 自分の声で、自分の書いた台詞が、42万回再生されている動画から聞こえてくる。


 人生でこんな拷問があるとは思わなかった。


 30分ほど死んでから、俺はスマホを拾った。


 コメント欄を開く。開かないほうがいいと分かっていたが、開いた。


『この人誰???』


『素手で14体は普通に異常』


『台詞が古すぎて笑ったけど動きは本物』


『顔隠してるってことは訳ありだろ』


『引退した上位ランクの人説ある』


『名乗らないのがかっこいい』


『「名乗るほどの者ではない」で完全に持っていかれた』


『灯ちゃん無事でよかった』


 考察されている。


 大人たちが、真剣に考察している。


 違う。全部違う。


 Lv69の高校生が、口が勝手に喋るせいで、ああなっただけだ。


 そのとき、ノックもなしにドアが開いた。


「兄さん兄さん兄さん!」


「うおっ!?」


 俺はスマホを伏せた。ベッドに叩きつける勢いだった。


「ノックしろって何回言えば分かるんだ、お前は」


「したもん! 二回した」


「聞こえてねえよ」


「兄さんが聞いてないだけでしょ!」


 聖奈がずかずか入ってくる。手にスマホを持っている。目が完全に光っていた。


「ねえこれ見て! 今日めっちゃバズってんの」


「見たくない」


「まだ何も言ってないじゃん!」


「お前がその顔で持ってくるやつに、ロクなものがあったためしがない」


「いいから!」


 画面を顔面に押しつけられた。近い。


 黒い外套が、蛙を蹴り飛ばしていた。


 知ってる。それ、俺。


「ね、すごくない? 素手なんだよ素手。14匹だよ14匹!」


「へ、へえー。すごいなー」


「反応うっす!」


「疲れてんだよ、今日は」


「じゃあこれ聞いて。ここ、ここ!」


 聖奈が音量を最大にした。


『——汝の終わりは、今日ではない』


 俺の声が、俺の部屋に、最大音量で響いた。


 やめろ。本当にやめろ。


 聖奈が顔を上げた。


 満面の笑みだった。


「兄さんと同じ人種がいたよ!」


「ちょっ、音量! 音量下げろって」


「なんで?」


「近所迷惑だろ」


「今までで一番どうでもいい理由で怒られた」


 聖奈がベッドの端に飛び乗って、楽しそうに動画を巻き戻す。


「もっかい聞こ!」


「聞くな」


「『汝の終わりは、今日ではない』」


「真似すんな」


「兄さんも言ってたじゃん。『我が右腕が疼く』って」


「言ってないって」


「言ってた! 録音あるよ」


「は?」


「中二の夏。風呂上がりに鏡の前で」


「——いつ撮ったんだよ!! 消せ、今すぐ消せ」


「きゃー!」


「棒読みやめろ」


 聖奈はスマホを頭上に掲げて逃げ、俺は肋骨のひびが治りかけの体で追いかけた。ベッドの上でもみ合いになって、二人でずり落ちた。


「痛い痛い痛い! 俺まだ怪我人なんだぞ」


「あ、そうだった」


「そうだったじゃねえよ」


 聖奈が体を起こして、床に座ったまま動画を再生し直した。反省の色が一ミリもない。


「でもさ、絶滅したと思ってたのに、まだいたんだね」


「絶滅って言うな」


「しかもこの人、強いんだよ。そこがずるい!」


「ずるい?」


「兄さんの黒歴史は弱かったじゃん。この人は強いから許されてるんだよ」


 俺は天井を見た。


 今、妹が一番残酷なことを言った。しかも本人に自覚がない。


「強さって大事だね」


「14歳が到達していい真理じゃないだろ、それ」


「そう?」


 言ってやりたかった。その強い人、俺だぞと。


 言った瞬間に、この部屋で俺の人生が終わる。


「ねえ兄さんもやってみたら?」


「は?」


「今流行ってるし。黒いマント買ってさ」


 買った。


 昨日、18万で買った。


「いや、俺はもう卒業したから」


「ふーん」


 聖奈が、こっちをじっと見た。


 嫌な間があった。


「じゃあなんでそんな汗かいてるの?」


「暑いからだよ」


「四月だけど」


「俺は暑がりなの。昔から」


「去年の四月は寒いって言ってたよね?」


「記憶力を捨てろ!」


 騒いでいたら、階段を上ってくる音がした。


「……どうしたの?」


 お姉ちゃんだった。部屋着のパーカー。髪は洗いざらし。いつもの人だ。


「お姉ちゃん聞いて! 今日バズってる動画があってね」


「聖奈やめろ!」


「兄さんの同類!」


「だから同類じゃねえって」


 やめろ。


 この人にだけは、本当に見せるな。


 だが聖奈は、俺の制止をまるごと無視して画面を差し出した。


 お姉ちゃんが覗き込む。


 黒い外套が蛙を蹴り飛ばし、『我が背に、何人たりとも至らせぬ』と言った。


 3秒、沈黙があった。


「……へえ」


 お姉ちゃんが、顔を上げた。


 そして、俺を見た。


 目が合った。


 何も言わなかった。眉が少しだけ上がって、それから戻っただけだ。


 背中に汗が伝った。さっきの比じゃない。


「ね、兄さんと同じでしょ?」


「そうだね」


「でしょ!?」


「うん。そっくり」


 聖奈がガッツポーズをした。この子は何も分かっていない。何も分かっていないから強い。


「ちょっと待って、お姉ちゃんまで乗るの?」


「乗る。似てるし」


「似てねえ!」


「似てる似てる!」


 お姉ちゃんは笑いながら、画面に目を戻した。


 そして、少しだけ声を落として言った。


「強い人だね」


「そう、だね」


「素手であれは、私でも無理」


 やめてくれ。


 この人は、あれが俺だと分かっている。分かっていて、妹の前では何も言わない。それが一番怖い。


「明後日から学校。もう寝な」


「はーい!」


 しばらくして、二人は部屋を出ていった。


 ドアが閉まる直前、聖奈が顔だけ戻してきた。


「兄さんもいつか、強い黒歴史になれるといいね」


「出ていけ!」


「きゃー!」


「だから棒読みやめろって」


 ドアが閉まった。


 俺は布団に倒れ込んで、しばらく動かなかった。


 強い黒歴史。


 妹の言い方は毎回ひどいが、今回のは特にひどい。ひどいのに、否定できる要素が一つもない。


 スマホを手に取って、もう一度だけ画面を見た。


 再生数は、50万を超えていた。


 明後日は、入学式だ。


 普通の高校生になるって、どうやるんだったかな。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや★評価をいただけると励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。