始まり
優しい手つきで髪を撫でられている感触に目を開ける。
「おお、目を覚ましたんだね!」
「こ・・・此処は。」
「頭を強く打ったんだ、まだ動かないで安静にしているんだよ。」
言われた通りにする。こちらを心配そうに見つめる容姿の整った男性。
「何か不調を感じたら直ぐにお医者様に言うんだよ。」
「はい、・・・お父様。」
ズキズキと痛む頭に、悩まされながら全てを理解した。
そう転生したという事実に。
***
あの日から数日、体調も安定したので豪華なテーブルで午後のティータイムに参加していた。テーブルにはお父様とお兄様が座っている。ただ、家族の団欒というには漂う空気は温かなものでは無い。
ただ、茶器の音だけが部屋に響いている。
そんな中で静かに思案に耽っていた。
あの日、転生と呼称したそれはどうにも完全なものではなかった。前世というには特殊な記憶であり、転生というには不完全なのだ。
◼️◼️◼️◼️の最後はどんなものであったのか記憶には残っていない。死因も、何もかも覚えてはいなかった。その名前ですらモヤがかかった様に思い出せない。覚えている事はその人物が男であった事と、人生の記憶の記録であった。そこに付随する感情までは感じ取る事が出来ず、ただ知識として継承されていた。
◼️◼️◼️◼️改め藤嶺汐音は多くの閃きを得た様であった。その実態は◼️◼️◼️◼️であって、藤嶺汐音でもない、二人の記憶と記録が合わさって新しく生まれ変わったというのが近いだろう。
藤嶺汐音の人生というのはかなりチグハグなものであった。一般人の視点から見ればあり得ない程の好待遇で今まで生活して来た。
例えば気に入らないメイドがいれば文句一つで新しい給仕が与えられ。
例えば、買い物に出かけ、少し視線を奪われた商品は買い与えられる。
願えば全てが叶う。
それは、若くして頭角を現し、代々続く藤嶺カンパニーを国の中核を担う一大企業へと成長させた藤嶺栄治の財力あってのものだ。
ただ、これには訳があった。藤嶺汐音のお父様である藤嶺栄治は妻である藤嶺彩を若くして亡くしている。藤嶺彩の出自は一般の出で、当時は家族からは猛反発されていたそうだが、藤嶺栄治は実績でもって黙らせたそうだ。
しかし、幸せは長くは続かなかった藤嶺彩は病弱であり早くにこの世を去った。汐音の記憶にはお母様の姿は殆ど残っていない。
その事で親族からの心無い誹謗中傷を受けたお父様は少しずつ心を壊していった。その結果、亡き妻の忘形見であり面影を残している藤嶺汐音を溺愛する事になったのだ。
(尤も、残された面影はお母様譲りの銀髪だけで他は見るも無惨な有様ですけれど。)
これはセバスチャンに聞いた話なので間違いはないだろう。
与えられなかった母の愛情、注がれたのは父の歪んだ愛情。やがて、それは傲慢さへと繋がりこのまま進めば得られるのは破滅だろう。
その片鱗は目に見える形で現れている。
ティーカップに注がれた紅茶の水面に映る自身の顔。
控えめに言って、
(紛れもなく豚だこれぇ!!)
ぶくぶくと肥え太ったおデブ、贅肉の三段活用、全身に大地を背負っている。
◼️◼️◼️◼️の視点を得たからこそ現状を正しく認識出来た。お父様に甘やかされているだけの自分ではこんな一目で分かる事にすら気付けなかっただろう。
藤嶺汐音は他人の容姿に関して何か思うことは無い。それこそどれだけ太っていようと気にはしない。だが、それが自分の姿であれば話は別だ。
(それに臭い、香水やらで誤魔化していても身から溢れでる悪臭でどうにかなってしまいそう。)
そんな汐音の内心を知ってか知らずか、お兄様である藤嶺雄真が口を開いた。
「転げて頭を打ったそうじゃないか。・・・少しは痩せる努力でもしたらどうだ?」
「雄真。」
「お父上はお優しい事で、鏡くらい買ってあげたらどうでしょう?」
「雄真!!」
「ふん・・・貴方は精々可愛らしい娘の姿だけ見ていればいい。その椅子にいつまでも座っていられるとは思わない事ですね。」
声を荒らげるお父様から視線を逸らし、お兄様は席を立った。
その様子を汐音は呆然と見つめていた。言葉を詰まらせているかの様な姿を見かねたのかお父様は優しく声をかけて来た。
「汐音、何も気にする事は無い。」
出来るだけ傷つけないようにと注意を払い、言葉を紡ごうとするお父様を見てもその表情は依然変わりない。
そう、この女、
(それだ!太っているなら痩せればいい、そのアイデア頂きましょう!流石はお兄様、略してさすおに!!)
父親の心配を他所に本人はこんな事を考えているのだった。
「ダイエット、いいですね。」
「は・・・?」
これはifの物語。
これは藤嶺汐音の預かり知らぬ事。
この世界が乙女ゲームの世界であり、藤嶺汐音が悪役に分類される人物であるという事を。
異物混入から始まる悪役令嬢再起の物語。
高校一年生の夏休み、藤嶺汐音は新たな道を進み始める。
続きは無いよ。




