4.巣立つ時。
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「両親との思い出の村、ね……?」
「良かったのですか、ケイロン様」
「本人が故郷を離れたくない、って言っているんだ。俺には無理強いする権利はないし、そんなことしたら嫌われちまうだろう?」
「それは、そうですが……」
魔女と呼ばれた彼女の小屋を出て、ケイロンとニアはそう話す。
彼女曰く、いくら嫌われようとも故郷に変わりはない、とのことだった。
両親が住んでいた家は残してもらっているし、そこにはたくさんの思い出の品がある。だから、何もかもを捨てて出て行くことはできないのだ、と。
「たしかに、あの方の気持ちも分かりますが……」
「安直だ、って言いたいんだろ。ニア」
「う……」
従者の口振りに、ケイロスは深くため息をついた。
その上で、静かにこう語る。
「人の心ってのは、それだけ複雑なんだよ。帰る場所があるっているのは、心の安定に繋がる。その安定を捨てるっていうのは、簡単じゃない」
ただ、その上でこう続けるのだ。
「だけど、俺も思うよ。この環境は、あの姉ちゃんにとって『猛毒』だ」――と。
どれだけ縋っても、帰る場所が必ずしも安寧の地とは限らない。
ケイロスはそう言ってふと、木々の生い茂る森の方を見た。
「どうされたのですか? ケイロス様」
「これはちっと、ヤバいかもな。――ニア、戻るぞ!!」
「ええ!?」
そして、一気に駆け出す。
ケイロスは真っすぐに、彼女の小屋のあった方へと向かうのだった。
◆
「この場所を離れて、か……」
今まで、そのような提案をされたことはなかった。
私はケイロスの言葉を反芻し、噛み締めるように繰り返す。しかし、何度繰り返しても出る答えは同じだった。
両親が残した場所。
自分が生まれ育った村。
そして、そこで病に苦しむ人々を捨てては行けない。
「もしかしたら、私は相当の馬鹿かもしれないな」
もっと、利己的かと思っていたけれど。
歳だけ重ねて、根っこの部分はまるで乙女のようだった。
だが、もう遅い。ケイロスたちは帰ったのだ。戻ってくることはない。
「ん……?」
そう、考えていた時だ。
なにやら、外が焦げ臭いのが分かったのは。
「もしかして、火事……!?」
立ち上がった私は、とっさに大量の『やけど治し』をかき集める。
どれくらいの被害が広がっているか、まだ分からない。出来得る限り、村人全員を救えるだけの薬を抱えて、私は大急ぎで小屋を出て――。
「…………え……?」
目の前で、農具を構えて立つ村の人々に言葉を失った。
「今日が、最後だ……この、魔女が!!」
そう言って、先頭の男性が鍬で私の顔を殴打する。
為すすべなく一撃を喰らって、薬を投げだしながら受け身も取れずに転がった。すると、そんな私目がけてさらに、他の村人からも攻撃が加えられる。
――痛い、痛い、痛い痛い痛い。
皮膚が裂け、血が流れる。
ぶたれた箇所が、うっ血して青くなっていく。
骨が折れたのだろうか。足首が、変な方向に曲がっていた。
「さっさと死ね! 死ねといっているだろう!?」
狂ったように叫ぶ村人たち。
私はそれを見て、改めて自分が『魔女』なのだと悟った。
どのように村へ貢献しようとも、人ならざる者であることは変わらない。人は己と違うものを恐怖し、排斥する生き物だ。とりわけ姿形が同じなら、より恐ろしい。
私は結局、誰のためにもなれない。
そう諦めて、ゆっくりと目を閉じようとした。
その、瞬間だった。
「――控えろ、下衆共!」
彼が、私たちの間に割って入ったのは。
ケイロスは村人たちに向かって、威風堂々とこう宣言する。
「貴様たちが手を出したのは、俺の命の恩人であり、大切な親友に他ならない。したがって――」
明らかな怒りを含んだ声色で。
「ガリア王国第三王子、ケイロス・ガリア・アスクレイオスの名のもとに、貴様らを処罰する!!」――と。
◆
――すべてが終わった。
村人は散り散りになって、どこかへ行ってしまった。
残されたのはボロボロの魔女と、彼女に肩を貸すケイロスとニア。彼らは燃え盛る森から脱し、一つ高い場所にある丘に腰かけていた。
「…………ありがとう」
「ん?」
そうしていると不意に魔女が言う。
感謝を口にして、膝を抱えて、顔を隠すように埋めてしまった。
ケイロスもニアも、それ以上はあえて何も言わない。ただ、数秒の間を置いた後にこう訊ねるのだった。
「そういや、姉ちゃん。……名前は?」――と。
そういえば、自己紹介がまだだった。
今さら元の場所には戻れない。
こうなっていまっては、元の生活には戻れないのだ。
それでようやく覚悟を決めた魔女は、王子に自身の名を告げた。
「…………アリス」
小さな、気弱な女の子のように。
あまりに愛らしい名前に、ケイロスは思わず微笑んだ。
「そっか、よろしくな。……アリス」
ゆっくりと、彼女の隣に腰かけて。
皮肉にも美しく瞬く星空を見上げるのだった。
これが、一人の魔女と第三王子の出会いだった。
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