63 リリーの部屋
アレクサンダーが己と想い人であるシシィの出生秘話を聞く少し前、リリーの部屋の前に三つの人影があった。
そのうちの最も小柄な影が遠慮なく扉に手をかけた。
「おいおいおいおい!!ダミアン!!一応婦女子の部屋だろう。何を勝手に入ろうとしているんだ!!」
リリーがノックもせず部屋の扉を引こうとしたのをトリスタンが若干の焦りをもって止めた。
「トリスタンさん、誰もいない部屋ですよ」
ダミアンこと男装姿のリリーは妙に慌てているトリスタンを訝しげに見た。
「そりゃまぁそうなんだけど」
「ノックくらいはするべきだったかもしれないな」
ジョージの言葉にトリスタンはその通りだと首がもげそうなほどうなずいた。
「そんなマナー教師みたいなこと言うなんて、意外ですね。今後はそうします、先生」
リリーはニコリとも笑わずに扉に手をかけた。
鍵のかかっていない扉は若干のきしみとともに簡単に開いた。
「当たり前ですが、誰もいないですね」
部屋の中の様子をみて首を振ったリリーは寝台、椅子、机と調べていくがここにいたのが誰なのか手がかりになりそうなものは見つけられなかった。
「おい、これ」
入口近くにいたジョージの声にリリーもトリスタンも呼ばれた。
ジョージがしゃがんで指差す先の床にわずかだが血痕が落ちていた。
そしてそのそばに砂のようなものが薄く広がっている。
「落ちていたものを誰かが踏み荒らしたのか?」
トリスタンが靴跡をみようと床に顔を近づける。その横でリリーも床にしゃがみ込んだ。
「これは……いたっ」
砂を指の先につけようと手を伸ばしたリリーは指先に走った刺激に手をひっこめた。ぴりりとした痛みがこの砂のようなものが先日見たものと同じだと告げていた。
「痛い?ちいさなガラス片でもあったか?」
トリスタンがリリーの手をとり彼の目の先へと近づけた。
しっかりとした太い指、厚い手の平にリリーは一瞬手を振り払いそうになり耐えた。優しい茶色の瞳が心配そうにリリーの指先を見つめている。
リリーはなんだかもぞもぞと落ち着かない気持ちになった。不愉快な訳では無い、だがリリーの華奢な指とくらべるとトリスタンの指は二倍はありそうに思える。彼の手に比べるとどう見てもリリーの手は女性の手だ。気づかれてしまうのではないかと服の下で汗が背中を落ちていった。
(いや、でも?今はもう別に女だとバレても働けなくなるだけでまずいことはないのかしら?アレクサンダー様とシシィ様の恋の様子もわかったわけだし?)
「なんだ、ダミアンは指まで細いんだなぁ。こんな細い手首だと折れちゃいそうだ。やっぱりちゃんと鍛えないとアデノフォラ令嬢を支えられないんじゃないか?」
「ちょ、トリスタンさん!」
手のひらも薄くペンだこでさえないリリーの手がトリスタンの手に重ねられる。さらに手首周りに自分の指を回して大きさを測りだしたトリスタンにリリーは慌てた。
「こんなに俺より細いのに父親かぁ……婿に入って将来は伯爵様かぁ」
なぜか感慨深げなトリスタンはリリーの手をまじまじとみる。
「へ?」
「アデノフォラ令嬢の子供がアルフォンスかお前の子供ってことだよな。生まれてこないとわからないってのはきついけど、あいつかお前なら絶対お前のほうが良い父親になると思うから、頑張れよ!!負けるなよ!!俺たちで見つけ出して恋敵より一歩リードしてやろうな!!」
ただの同僚の恋に対して思い入れが過ぎるのではないかと思う熱量でトリスタンはリリーを励ました。対してトリスタンのやる気が増せば増すほどリリーは冷静になっていく。
「あ、はい……」
(悪い人ではないけれど、こうまで気づかれないとちょっと自信をなくすわ……)
身勝手なことを思うリリーとダミアンの将来に思いを馳せるトリスタン。それを眺めるジョージ。奇妙に静かな時が流れていたがそれを破ったものがあった。
「で、お前たち三人揃って何も見つからないなんて言ってくれるなよ?」
不思議と耳に残る穏やかな声。
「アレク!!」
扉の直ぐ側に王太子アレクサンダーが立っていた。
トリスタンが手を放してくれ、ようやく手が自由になったリリーは魔石のクズについて報告しようと口を開きかけた。だが、その時いつになく厳しい視線でアレクが三人を見た。
「アデノフォラ令嬢だけでなくシシィも行方が分からない。私も探しに行くお前たちもこい」
『はっ!』
(じゃあ怪しい馬車でさらわれたのはシシィ様!!)
了解の返事をする二人に魔石のクズについて報告するタイミングを逃してしまったリリーであった。
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