58 命の重さ
「では、なんでお姉さまを狙ったのか教えていただけるかしら?」
シシィの言葉にハイデンが軽く頷く。緊張のせいか乾いた唇をぺろりと舐めて彼は話しだした。
「私の家族を人質にされて、この部屋にいる女性をさらってこいと脅されまして。非力な女性一人連れ出すだけだからと。お膳立てもしてもらってたのに部屋を間違えるなんて。私はなんてマヌケなんだ……」
「部屋は間違えてらっしゃらないわよ」
ハイデンが理解できないように首を傾げる。仮面の穴の中で彼はまばたきを繰り返す。
「だからここはお姉さまのお部屋ですの。戻りが遅いからちょっとくつろがせていただいていただけで」
「だいぶくつろいでいらっしゃったようですが」
シシィの様子から部屋の持ち主だと判断したのに、とでもいいたげな視線をハイデンは向けた。
彼が部屋の様子をこっそりうかがった時シシィはベッドの上でうとうととまどろんでいたのだ。
まさか部屋の主以外がベッドで寝ているとは普通は思わない。ハイデンの考えが浅かったとも言えない。
「お姉さまのものは私のもの、私のものは私のもの。私達仲良しですの。ふふふ」
「さようですか」
「じゃあ、行きましょうか」
「どこへ?」
「もちろんあなたのお仲間が待つところへ」
「危険ですよ!!」
「そもそもあなたがお姉さまを誘拐しようとしていたんでしょう?何を今更」
「私が拐えと言われたのはアデノフォラ家のご令嬢であってあなたではありません!!先程王宮を簡単には出られないお立場だとおっしゃいましたね。王家にご関係のあるご令嬢をさらったら私の首など簡単に飛びます!!」
「あら、するどいわね。でも人命は等しく尊いものだと教わらなかったのかしら?命に優劣をつけるのはいただけなくてよ」
「シシィ様さすがは人の上に立つお方。素晴らしいお考えですわ。でも残念ながらベアグ氏が言われるように身代わりになるには御身は尊すぎますわ」
「でもお姉さまをさらわないとこの方のご家族が危険なめにあうわ。誰か連れて行かないとでしょう?」
「ええ、でもこの方もリリー様のことご存じなかったように他の方もリリー様の顔を分かっていないと思うのです。そうでないとシシィ様の見事な黒髪をみてリリー様でないと気づかないわけがありませんでしょう?」
「それも、そうですわね」
「ですから、私が参ります」
「え?アンナが行くの?」
「大丈夫ですわよ。私縄抜けも得意ですし。ベアグ氏が私を連れて行って家族を解放したらすぐににげますわ。ねぇ?リリー様を連れてこいといったのは元婚約者のアルフォンス・ランズフートなのでしょう?」
「はい。アデノフォラ家のご令嬢を城下のランズフート家の所有する屋敷へ連れてこいと。少々荒っぽい手段を取るが数日その屋敷に軟禁するのが目的だからと。私も人殺しの手伝いなら断っていましたし。元婚約者というので、てっきり恋のもつれかと」
ハイデンはちらちらとアンナに視線を向けた。その様子は自分の言い分を信じてくれているか不安に思う様子に見えた。
「じゃあ殺されることはないと思いますから、さ、行きましょうか?」
「ほんとうに良いんですか?」
「しゃっきりなさい!また剣を突きつけられたいんですか?」
アンナの言葉に震え上がるハイデンを見てシシィは呟いた。
「どちらが悪役なのかわからないわね……」
二人の視線が交差しシシィへと向かい沈黙が訪れた。
『コンコン』
その時ノックの音が静けさを破った。
「リリー様。遅くに申し訳ございません。文が届いております。お返事をすぐにほしいと」
部屋の外の廊下から低く抑えた声が呼びかける。
ハイデンがハッとした様子を見せた。
彼の視線がシシィとアンナを交互に素早く確認した。
「ごめんなさい。やはり私の家族を犠牲にすることはできません」
そういうとハイデンが胸元から細長い筒のようなものを取り出した。
「命に別状はないので、安心してください!!」
その瞬間部屋が閃光で包まれ、シシィとアンナの視界は奪われたのだった。




