56 誘拐
「ダミアン」
どんどんと遠くで何かが叩かれている音がする気がしてリリーは重たいまぶたを開けた。
「ええ?」
見たことのない天井にリリーは驚き飛び起きる。すぐさま頭をぐわんと痛みが襲った。
「うぅぅぅ」
もう一度布団の中に潜り込んだリリーの耳にドアを叩く音が届いた。
「ダミアン。ダミアン。起きてるか?」
「ジョージ?」
回らない頭でここがどこなのかを考えたリリーはやっと自分の今いる場所がわかった。
「食堂の部屋だ……」
給仕の女性が連れてきてくれた記憶が蘇る。
大丈夫大丈夫と繰り返してドアに自分で鍵をかけた覚えがある。
(よかった。女だってバレるところだった)
リリーはベッドから抜け出し、床に落ちていたかつらを深くかぶり直す。
少しふらふらするがなんとかドアに辿り着く。ドアを開けるとジョージがドアの前に立っていた。
「おはようございます」
「お前まだ寝ぼけてるな。しっかりしろ。どうやらアデノフォラ家のご令嬢がさらわれたらしい」
そういってジョージは気まずそうにリリーを見た。
「は?え?どういうことですか?」
言われた言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかる。リリーはまだ寝ぼけているようだ。
「昨日の夜のことだ、アデノフォラ家の、ご令嬢を、さらう賊が、目撃された」
もう一度ジョージが言葉を区切りながらリリーに告げる。
「昨日の夜、賊が……」
やっと言葉が理解できたリリーは叫んだ。
「そんな……リア!!」
(いったいどうしてリアが。お腹に赤ちゃんがいるのに。早く見つけ出さないと)
わがままだがたった一人の妹なのだ。ましてや妊娠中にさらわれるなんてどんなに怯えているかとリリーはリアのことを思い動転していた。
「犯人は?騎士団の手配は?すぐに助け出さないと赤ちゃんが!!」
ジョージの服をつかんでリリーは叫んだ。
「赤ちゃんって。それは……やっぱりお前の子供なのか?」
リリーの勢いにジョージは戸惑いを隠せない。
「いいえ。アルフォンスの子供かもしれないですがまだ分からなくて」
リリーはそう手短に言うとジョージを押しのけて部屋を飛び出そうとした。
「待てよ。騎士団の方で今探してる。落ち着けよ。一緒に王宮まで行こう。心配なのは分かる。お前の大事な人だからな」
「はい。すみません。取り乱しました」
「いいさ。宿屋の裏に馬車をとめてある。いくぞ」
ジョージがリリーの肩をたたきあるき出し、リリーもともに進んだ。
が、数歩進んでついてこないトリスタンの気配を探して振り向いた。
「子供。やっぱりダミアンは男なのか……アデノフォラ嬢とそういうことを……」
トリスタンは廊下の隅で自分の手を見つめて首を傾げていた。
「なんだっていうんだ?」
その姿を見て自分も首を傾げるジョージであった。




