52 王子達
リリーがオランジェリーで危うく冤罪をかけられかけていた時、王宮の王太子の住む一角でもいつもと違う光景が繰り広げられていた。
王太子アレクサンダーの自室で彼に向かいあうのは彼に瓜二つの男レオとその侍従ヨハンであった。
『帰りたいよぅ』
そう言って泣く黒髪の小さな体を抱きしめてなぐさめていたのはついこの間のことだったのに。と、思い出にふけりながら王太子アレクサンダーは目の前にいる己と瓜二つの男を見つめた。
「おねがいがございます」
アレクサンダーの部屋で片膝を床につき己を真っ直ぐ見つめる強い視線は否やを言わせないほどに強い。
「そんなにかしこまらないでも君の願いなら聞くんだが」
そう言ってアレクサンダーはふっと口元を緩ませた。強い視線が訝しげに変わるのをみて立つように身振りで促し、まずは座れと自分の対面の椅子を示す。
「いやはや我ながら真面目な顔してもいい男だなと思ってさ」
そうアレクサンダーがいうと同じ顔をしたレオが眉根を寄せた。椅子の上で居心地が悪そうに手を組む。ヨハンはそんな彼の後ろでいつものように付き従っている。
「アレク様。やはり女性はこの顔に弱いのでしょうか?」
アレクサンダーの顔をジロジロと眺めるレオ。どうにか欠点を探そうとするその視線がおかしくてアレクサンダーは喉をならして笑いをこらえた。この三年間で慣れたとはいえ、己の顔を自分で見るこの奇妙な状況は毎度おかしくてならない。
「ん?そうかもしれないが、私の場合地位も魅力的であるからな。女性が好むすべてを持っていてすまないな。まぁレオも心配せずとも地位はあるわけだからな。容姿も君は愛らしい姿だったと思うし悲観しなくても」
レオはあからさまに気落ちした様子を見せた。先程の『お願い』をしたときの瞳のつよさはどこへやら迷子の子供のように不安で瞳がゆれる。
「やはり愛らしい……ですか」
「おい。ヨハン今日のレオはどうしたんだ?」
アレクサンダーはレオの後ろのヨハンにたずねた。
「実は意中の女性に振られるのではと心配になられているみたいで」
「なんだ、そんな人がいるならなぜ報告してこない。それが例の運命の女性なのだろう?」
「レオ様はプロポーズをされたのですが、実は今日彼女の父親からあまり色よくない返事がきまして」
「?そんなことがあるのか?レオの本当の出自を知らせていないのではないか?通常の貴族なら他国とはいえ王家と縁続きになるのを喜ばないものはいないだろう?」
「ええ、それはそうなのですが……やはり本当のお姿ではないのを気にされまして」
「まぁご令嬢にしてみれば私の姿で愛したら、とつぜん黒髪の子供になったら驚くだろうな」
「私は子供ではありません!!」
噛みつくようにレオが会話に割って入る。
「我が国では13歳はまだ子供だよ。それに君の国では成人式をすませば13歳から成人だというがまだ成人式を終えていない君は子供だろう?」
道理をといてもレオは不満気な様子を隠そうともしない。気安い二人に見せるその姿はたしかに子供だった。
「元の姿に戻れなければ国に帰ることもままならないのだから、先を急がず事情を話してゆっくりご令嬢と愛を育んだらどうだろう?」
「私は早く国に帰りたい!運命の人に愛されないと元の姿には戻れません。早く結婚しないと」
「そもそもなんだが、結婚しなくてはいけないのはどうしてなんだ?愛がある二人が結婚するのはすばらしいが、結婚したから愛されるというものではないだろう?彼女が運命の相手だとしても結婚したから愛してくれるわけではないんだよ」
視線を合わせようともしないレオにアレクサンダーはため息をついた。
「そもそも我が国では十五歳になるまで結婚はできない。後二年待つんだな」
「二年も待てません!私は早く国に戻って兄上を助けたいのです」
「気持ちはわかるが、今君が危険をおかしてまで国に帰る必要はないと思うが」
「わかっています。でも……知らせが来たのです。味方が一人でも多いほうが良いでしょう?」
眉根を寄せて組んだ指をじっと見ながらレオは唇を噛み締める。苦悩に満ちた表情が彼の美しさを更に引き立てている。
その姿を見つめるアレクサンダーは思慮深い表情を浮かべていたが、はっとしたように呟いた。
「やはり私はいい男だな」
「そういうことは思っていても言うものではないですよ」
どこの国も王子というのは……とヨハンの表情が語っていた。




