25 出歯亀令嬢
「あぁ美しい人」
男の声は我慢の限界だというように震えていた。彼は女の足元にひざまずいた。
「いけませんわ」
震える声で男を拒絶する女だが逃げようとはしなかった。
「月の光を集めたようなあなたの美しい髪の一房に触れる許しを与えてください」
切なさを込めた男の瞳が女を捉えた。
「そのようなこと困ります。もうそんなふうにご覧にならないで」
女はうろたえて頭を振った。
「視界に入れていないと天界に帰ってしまいそうでまばたきをするのが怖いのです」
男は女の手にすがった。
「いけません。いけません」
男の手は大きく力強い。女の力では振りほどけない。いやいやと女は頭を振った。
「どうかあなたがここにいるという安心を。この哀れな崇拝者に与えてください」
「あぁ……」
男が女をしっかと抱きしめた。狂おしい恋心が彼の指先から女に伝わる。
女は一瞬抵抗する様子を見せたがすぐにおとなしくなり男の腕に身を任せた。
男はゆっくりと彼女の体を床へ……
そこまで言うとはぁはぁと息をつきながらシシィがリリーを見た。
「お姉さま!!どうしましょう!これ以上は無理。私、見てられないわ!!」
興奮に両目を大きく見開き、言葉では否定しているが呪いがなくてもわかるほど本音が顔に出ている。
『まさか本当に恋愛小説のような逢い引きが見れるなんて!!もっと近くで見たい!!』
フヌーフヌーと鼻息あらく興奮する姿は貴族令嬢としてどうしたものか。リリーとアンナは目配せを交わした。
先程シシィの先導でオランジェリーの裏口にまわろうとした三人だが、その途中の窓から暗いオランジェリーの中でうごめく人影を見つけ見つからないように最寄りの窓に張り付いた。
そしてその直後からシシィによる講談がはじまったのだ。アンナは慣れたものでシシィの奇行にも眉一つ動かさなかったがリリーは一瞬とまどいそして感心した。
シシィは男の声音と女の声音を使い分け切ない恋物語を二人の影に合わせて演じて見せた。
実に楽しそうなシシィに水を指すのが悪くてリリーは言わなかったのだが。
「シシィ様。あれ、二人共男性です」
せっかくの楽しい妄想に水をさされたシシィの顔が表情をなくした。
「がっっかりだわ!!」
シシィはガラス窓に傷が入るのではと心配になるほど爪を立てた。
「まあ男性どうしの逢い引きという線もなきにしもあらずですが」
口先だけの慰めを言ったリリーはすぐにその言葉を撤回することになった。
「かなり暴力的な愛の語らいですわね」
ガラスの向こうで寄り添っていた影は床の上で取っ組み合いをしていた。
激しく上下が入れ替わり振動がガラス窓にまで伝わるほどだ。
「オランジェリーを壊されても困ります。私助けを呼んでまいります。リリー様シシィ様をお願いいたしますね」
アンナが背を向けたその時、昼間の太陽を思わせる閃光がオランジェリーの中を満たした。
「な?」
「きゃぁ!!」
オランジェリーに背を向けていたアンナ以外の二人は突然の目くらましに思わず声を上げた。
「誰だ?!」
誰何の声が響いた。




