10 最悪のプロポーズ
「リリー元気ない?」
朝早い中庭で今日も今日とて麗しい美貌の青年はリリーを心配げに見つめた。
長いまつげに縁取られた美しい瞳にリリーの胸がトクンと高鳴った。
「いいえ。そういうわけじゃないんだけど」
見つめ返すことが出来ずリリーは地面に視線を落とした。
昨日結局リリーは書類の数字はあっているのに魔石の流通についてまで言及できずに仕事を終えた。下っ端がという気持ちもあるし、誰かが魔石を買い占めているならそれを見逃している者の思惑もわからないのに変な注目をあびるのは危険だと思った。
貴族社会どこで脚を引っ張られるか分かったものではない。
そもそもなんで王太子殿下の執務室にリリーが入れられたのか宰相閣下は何を考えているのか。そのせいでよく眠れなかったのだ。
目覚めてすぐにリリーが思ったのはこのまま一生布団にいたい、だった。
レオとの約束をすっぽかせばその分寝ていられるのに「また明日」と約束をしている彼女の義務感がそれを許さない。
またレオの顔はとても美しく王太子と同じはずなのに見ていて心が安らぐから会いたい気持ちもある。
一方執務室で王太子を見るときれいな顔の後ろに色々なことを考えているのだろうなとついつい勘ぐってしまうのだ。同じ顔だがやはり相性というのがあるのかもしれないとリリーは結論づけていた。
「じゃあさ、バラ園に行かない?今見頃なんだって。朝露に濡れたバラってきっと素敵だよ」
すいと腕を差し出されてエスコートの意を示されたのでリリーは反射的に腕をとった。
が、すぐに後悔した。寝不足でぼうっとしていたせいだとはいえうかつだったと内心リリーは臍を噛んだ。
2年前に精霊に誘拐されたのがバラの咲き誇る庭だったからかそれ以来バラの匂いが苦手になってしまったのだ。
(少しだけなら平気かもしれないし)
バラ園に近づくにつれバラの香りが空気にまじりはじめた。
リリーはできるだけ鼻で香りをすわないように口で呼吸した。すると今度は口のなかにバラの香りが残り胸をムカつかせた。
朝食を食べてないせいかもしれないと思ったが今日はいつもより起きれなかったのだ仕方ない。
(これはだめかもしれないわ)
リリーはレオに縋るようにして腕を取る指に力を込めた。
それに気づいたレオが不思議そうにリリーを見下ろした。
リリーの涙目を見るとはっとしたように彼女の前に片膝をついた。
「リリーが私の運命だって言ったの覚えてる?」
吐き気を抑えるためにリリーは必死で生唾を飲み込んだ。
覚えていると言えないので頷いて返事をした。
口を開けば吐く。そこまで追い詰められているのが彼女には分かった。
「結婚して欲しいんだ。君に本当の私を知ってほしい」
きらめくようなレオの美しい顔が緊張でこわばっている。
そんな美しい男性に愛をこわれているというのにリリーは絶望した。
(あぁやっぱり!!)
普通に会話はできる。姿形も文句のつけようがない。一緒にいても心地よい。
彼があまりに普通なのでひょっとしたら初対面のときの言動は間違いだったのかとリリーは思いはじめていたのだ。
なのに彼は『運命』を信じている。嘘偽り無くリリーが運命の人だと思っている。
(しんそこお気の毒な方なのだわ)
かなしみに気分の悪さが増加していく。
(こんなに素敵な人にプロポーズされるなんてきっともう二度とないのに!!)
リリーは素性の知れない男とは結婚できない。ましてや頭のおかしな男など父に一蹴されるにちがいない。
(男は顔ではないと言うけれど……)
くらくらとめまいまでした。
それになによりバラの香りと寝不足で吐き気が止められない。
リリーはえずきながら地面にしゃがみこんだのだった。
(最悪だわ)
目を閉じると天地がわからなくなった。




