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(15)顔合わせ

 ロム・ロン・ディー株式会社の用意したスタジオには、錚々たる顔触れが並んでいた。


 大御所俳優でありその熊のような図体で、歴史ドラマ系の悪役をこなす熊ヶ谷 有楽馬(うらば)。今作の『ときめきレモンソーダ』では主人公が恋するメインヒーローの父親役を担当する。


 同じく大御所の女優、数田 津祢子は年齢が六十を超えたと思えぬほどの美貌を持ち、主人公であるヒロインの母親役に選ばれた。


 そして栄えあるメインヒロイン『愛明(あいはる) 真凜(まりん)』役は、テレビでもCMでも引っ張りだこ、ウィーチューブでのチャンネル登録者数も五十万を超えつつあるタレントの宇野アンナだ。


 そして、ヒロインと対を成すメインヒーロー『伊都川(いとかわ) 恋馬(れんま)』役のおれ、沖釡空歩(そらふ)は、今ノリに乗ってる人気アイドルだ。ただのアイドルと思うなかれ、モデルをこなし、ギターやドラムなどを嗜み、果ては料理人となって数々の大物芸能人を唸らせた天才だ。


 これ以外に顔合わせに呼ばれたキャストは、どいつもこいつもくだらない奴ばかりだ。演技はそこらの大根役者よりマシだがそれだけの連中だ。なぜこいつらがオーディションに受かったのか、審査員の胸ぐらを掴んで問い詰めてやりたい。

 白く清潔に保たれた部屋のテーブルを囲って座る面々は、台本を眺めたり隣と団欒したりと自由に過ごしている。おれの元にもヒロインのライバルキャラに選ばれた女がペチャクチャ話しかけてきて鬱陶しい。邪険にしてもクールでかっこいいだのなんだの、本気で勘弁してほしかった。


 こんなクソキャストばかりのドラマなんてクソみたいな出来に決まってる。だがおれは反対に期待もしていた。なにせ、『ときめきレモンソーダ』のドラマ監督は数々の漫画の実写を成功させた逸材だ。その手腕が間近で見られると思えば、この鬱陶しい女のことも我慢しなくては。


「やぁん! 空歩さんこっち向かないと嫌よぉ。ね、ね、わたしに笑いかけて! お願いー!」


 マジでこの女鬱陶しい。


 そんな時、スタジオのドアが開けられて誰かが入ってきた。隣の女から逃れるようにおれがそちらへ目を向けると、そこには見慣れない二人組を連れて音響スタッフが入ってくるのが見えた。その二人組の男女はなぜかマスクと眼鏡、帽子で限界まで顔を隠しており、明らかに不審者である。背格好からしてかなり若いようだ。


 顔合わせ現場に顔も名前も知らないスタッフが呼ばれることはよくあることだ。そういう人たちは大体他のスタッフで、名前付きの青いカードホルダーを首から下げている

 だがあの二人のカードホルダーは違った。来賓用の緑色の紐、つまりスタッフでもなんでもない人間らしい。そして事前に外部から誰かが来るとは誰からも聞いていなかったので、あの二人は正真正銘の部外者だ。


 ただでさえクソみたいなキャストと一緒に長時間待たされているのだ。そんなところに遊び半分で部外者を入れるあのスタッフに、一言言わなくては気が済まなかった。


「おい、そこの人」


 おれは椅子から立ち上がって三人の前に立ちはだかった。足を止めたスタッフのカードホルダーを持ち上げて名前を見て、やはり音響スタッフの新人、藤咲だと確信する。


「藤咲、なにこの二人? 遅れてきたのも最悪だし、部外者を連れてくるなんて何考えてんだよ」

「ああ、沖釜さんお疲れ様です! 監督って今どこにいらっしゃいます?」

「聞けよ。なんでここに部外者がいるのって聞いてんだよ」


 相変わらず人の話を聞かないこの新人スタッフにおれのこめかみがピクピク痙攣した。だが藤咲はそれを煽るように、下から顔を近づけて笑っていた。


「え? 部外者じゃないですよー。ちゃんと監督にもアポを取ってますし」

「はぁ? おれ聞いてないんだけど。先にこっちにも話を通しておくのが筋だろ。ったくこれだから新人スタッフは気が利かない」

「あはは……ごめんなさい。次からは気を付けるので通してくれます?」

「おれが聞かされてないんだからこいつら通すわけにいかないだろ。礼儀知らずはさっさと出てけ」


 しっしっと手で払いながら言うと、後ろでマスクで顔を隠した女が急にしゃしゃり出てきた。


「アンタねぇ、黙って聞いてれば何その態度? 何様なのよ」

「ちょ、ここで揉めたらやばいって」


 隣にいた男がすぐに止めにかかるが、女は少し声を抑えながら文句を言った。


「言われっぱなしでいいわけ? こんなやつにへこへこする必要ある? あっちだって礼儀知らずじゃない」

「……黙って聞いてれば、礼儀どころか空気も読めないメス猿がいるみたいだな」

「は!? 誰がメス猿ですってこのブス!」


 おれは一瞬言われた言葉の意味が理解できなくて固まった。それからじわじわと頭が追い付いてきて衝動的に口から罵倒が飛び出した。


「お、おれをブスだと!? 目が腐ってんのか!? ざけんなよ雑魚が!」

「まぁまぁおやめなさい。彼らはお客人ですよ。そう目くじらを立てるものではないわ」


 穏やかに笑いながら割って入ってきたのは数田だった。普段であればおれだって分別を持ってこんな風に怒鳴り散らしたりしない。だがここは絶対に引けない。毎日毎日手入れしている肌や髪質、化粧、服装、まさに頭のてっぺんからつま先まで手入れをしているこのおれを、ブスと言ったのだこいつは!


「数田さん止めないでください! こいつらだけは……!」

「なんの騒ぎだーい? 沖釜君」


 襟首を後ろから掴まれて強引に引き離される。おれは歯をむき出しにしながら後ろを振り返って目を剥いた。


「か、監督!」


 丸々と太った二重顎が真っ先に目につくような顔で、監督はにこやかに目を細めていた。ほとんど禿げ上がった頭のてっぺんには、薄っすらと長い髪の毛がぐるぐると渦巻いている。そして体系に反してこぎれいな格好であり、襟首をつかむしわしわの手からは強いパルファムの香りがした。


「そっちの二人はウチの客だよ。相変わらずの狂犬っぷりだねぇ沖釜君は」


 監督がそう言うのなら、おれでも流石にこれ以上口出しできそうになかった。そして、熊ヶ谷の後ろで心配そうにこちらを見てくる宇野アンナと目が合ってしまい、闘争心があっという間に静まってしまった。

 まだこの女には言いたい事があるし、後ろに引っ付いている男も見ているだけでむしゃくしゃする。だがおれは固く口をつぐむと、まだ襟首をつかんだままの監督の腕を振り払って席に戻った。そして監督はおれのことなんてまるで何もなかったかのように部外者二人へにこやかに話しかけている。


「待ってたぞーお二人さん。さ、こっちで話そうねぇ」

「は、はい……」


 困惑しながら連れていかれる男女と、それについていく藤咲を横目に睨みつけながらおれは舌打ちした。


 あんなよくわからない連中を堂々と大事なスタジオに招き入れる藤咲も、それを受け入れている監督も腹が立つ。


「どいつもこいつも……くそっ」


 あの二人、今度会った時には絶対土下座させてやる。


 …


 ……


 ………


 監督に案内された部屋は、最初に藤咲に連れていかれたスタジオのすぐ近くにある楽屋だった。白い壁と、並べられた鏡の周辺に飾られた大量の照明で目が眩む。床の黒いカーペットは意外ともふもふとした反発力があり、足元がおぼつかなくて雲の上にいるみたいだ。


「さて、実際に遭うのは初めてだねぇ。ウチが、ときめきレモンソーダの監督の(たちばな)辰次(ときじ)だ。よろしくねー」

「は、はじめまして。僕はYUIIです。隣の彼女がキユイで、匿名で活動させてもらってます」


 雨谷が率先して受け答えをしてくれたので、小見原はお辞儀をするだけで済んだ。監督の半分裏返ったような声と女性っぽい話し方は鳥肌が立つ。体臭を隠すためか知らないが、きつい香水が部屋全体に充満して、小見原は頭痛までしてきた。


「ここの椅子に座って。藤咲さん、お茶をお願いねぇ」

「は、はいただいま!」


 パタパタと藤咲が楽屋に備え付けられた冷蔵庫から茶葉の缶ケースを取り出して準備を始める。小見原たちが座って待っている間ガシャンガシャンと騒がしい音が続いて、橘監督との間に微妙な空気が流れた。後ろでいったい藤咲の身に何が起きているのか気になる。だが監督が目の前にいる手前、後ろを見るのも気が引けるのだ。

 こういう時は何か話さなくては、と小見原がのっぺりとしたテーブルを見つめていると、雨谷が先に口を開いた。


「ええっと、橘さん、でいいですかね。すみません。いきなり押しかけてしまったので、スタジオの皆さんに迷惑をおかけして」

「ああ、沖釜のことかな。アレはまぁ、犬に嚙まれたと思って流してもらっていいよー」

「あ、はは、そう言ってもらえるとありがたいです……」


 明らかに作り笑いをしながら雨谷は肩を縮めた。それを見て、橘監督はにやりと脂っぽい顔を歪める。


「ふぅん、常識が染みついてるねぇ。カリスマ性とか全くないザ・一般人って感じ?」


 いきなりの低評価とも取れる橘監督の発言に緊張が走った。


「お、お待たせしましたぁ!」


 殺伐とした空気になった瞬間、いいタイミングで藤咲が人数分のお茶を持ってきた。目の前の置かれたお茶から立つ湯気が顔に当たって、香水の強いにおいを少しだけかき消してくれた。

 藤咲はペコペコしながらお茶を並べ終えると、俊敏に後ろに下がって置物に徹しはじめた。橘監督は藤咲に一度目礼してから、小見原たちへお茶を進めた。


「さぁ飲んで。美味しいよ」

「は、はい」

「いただきます……」


 勧められるがままマスクを外して飲もうとすると、監督がじっとこちらの顔を見ていることに気がついた。小見原が首を傾げながら見返していると、唐突に雨谷がむせながら口元を覆った。


「ちょっと大丈夫?」


 背中をさすってやると、橘監督は何か納得したように深く頷いた。


「……なるほどねぇ。顔出しがダメな理由はお兄さんの方にあるわけだぁ」

「……!」


 二人で身を硬くしていると、監督は丸い顔でニコニコと人好きのする笑顔を浮かべ、黙ってお茶を飲み始めた。


 迂闊に話しかけることもできず、小見原はつい、落ち着きなく視線であたりを物色する。白いテーブルの上には監督の持ち物らしき大きなカバンやパソコン、緑茶のペットボトルが置かれており、見慣れたものなのに全く見慣れた気がしない。それがますます自分の知らない世界に立ち行っているという居た堪れなさに苛まれた。

 

「さてぇ、二人とも楽にしてていいよ。最終面談と行こう」


 最終面接と言われて、隣の雨谷が飛び跳ねた。自分で直談判すると言っておいて何をビビってんの、と言いたいところだが、小見原もこの楽屋の雰囲気にのまれて軽口を叩ける余裕は全くなかった。


 このまま雨谷に任せきりでいるわけにはいかない。小見原はグッと勇気を振り絞ると、思い切って橘監督に声をかけた。


「あの」

「うん?」

「橘さんは私たちのこと,最初は認めていませんでしたよね。どうして急に許可したんです?」

「ほほぉ、疑ってるのかな? ここまできて」

「疑ってます。もしかしたらドッキリでも仕掛けられてるんじゃないかって思ってるぐらい」

「ふふん、これがホントにドッキリだったら、その発言でもうお蔵入りだよー、バラすタイミングも全然面白くない」


 また相手の評価が下がったかもしれない。だが小見原はもう橘監督から目を逸らそうとしなかった。


 監督の勢いに呑まれたままでいては、何も話すことが出来ずに終わってしまう。それでも相手の評価を怖がるわけにはいかない。


「言っておきますけど、私はテレビ受けなんて全く気にしていません。私が大切にしているのは面白いトークでも見栄えでもない、この人が作る曲だけ! 私はこの人のためだけに歌っているんです!」

「へぇーそう。でも歌だけでこの業界で生きていけると思ってる? 結局は金でしょ」

「さっきも言いましたけど。私はYUIIの曲を歌うためにここにいます。お金を稼ぐために歌っているんじゃないんです!」

「ははぁー甘いなぁ。そんな答えなら、じゃあ何でわざわざスタジオにまで押しかけてきたのって話になっちゃうよ」


 ぐ、と小見原は言いよどんで必死に頭を回転させる。自分の発言で根本から台無しにしてしまうと今になって気づいてしまった。これでは結局、雨谷の足を引っ張っているだけだ。

 先ほど言った言葉に嘘はない。だから取り消す気なんて毛頭ないが、これ以上橘監督を納得させられるような言葉は何一つ浮かばなかった。


「それなら、僕が答えます」


 不甲斐なさで手が白くなるほど握りしめていると、凛とした雨谷の声が部屋に響いた。橘監督は鋭い目つきを微かに見開いて雨谷を凝視した。

 雨谷はその威圧に気圧されたように身をすくめたが、すぐに背筋を正して、むしろ前のめりになって口を開いた。


「僕も彼女と同じ思いでここにいます。僕はキユイをもっとたくさんの人に知ってほしい。できれば僕の曲で一番になってほしいと願っています。ですが、監督が提示した条件では、僕らの夢は叶えられないんです」

「ほほぉ、その理由は?」

「唯一僕たちを受け入れてくれるという事務所では、僕たちの個人情報の安全までは守れないと思うんです。もし僕の個人情報が漏れてしまうような事があれば、僕はもう、音楽活動を続けることすらできなくなります。ビッグユニークミューズメントは、藤咲さんが必死に探し出してくれた事務所なのは分かっています。でも僕は、あの事務所では納得できません」


 長々と冷静な雨谷の理由を、橘は目をつぶって聞き終えた。それからため息交じりに苦笑した。


「……我が儘だねぇ」

「我が儘にもなります。僕はある意味で、キユイの歌手人生を握っている立場です。おざなりにチャンスに飛びついて後悔したくないんです。僕は、彼女を幸せにするために曲を作ってるんです!」


 珍しく声を荒げる雨谷に小見原は胸が熱くなった。小見原はただ雨谷と一緒にいられればそれで良くて、有名になるのは半ば二の次のところがあった。だが雨谷は小見原以上に一緒にいられる時間を大切にしてくれていて、そしてもっと一緒にいられる時間を伸ばすために、いろいろ考えてくれていたのだ。

 小見原よりも、よっぽど雨谷の方が将来を見据えていて立派だ。やはりYUIIは、小見原の思う以上にかっこいい。


 雨谷は大きく一呼吸入れると橘監督に深々と頭を下げた。


「僕たちはあの事務所には所属しません。代わりにドラマの第一話が放送される前までに、僕たちで納得できる事務所を探します。だからどうか、キユイのこと、よろしくお願いします!」


 熱意の籠った雨谷の声が部屋の四隅に反響した。もう監督の香水は気にならない、息をするだけでも緊張する重い沈黙がのしかかってきた。


「……面接というのは、そいつと一緒に働けるかどうかを見るためにある」


 一瞬、誰が喋ったのか分からなかった。低く重圧感のある声色は、よくよく聞いてみれば、橘監督の方から聞こえてくる。


「か、監督……」


 藤咲の小さな呟きを拾って、小見原はようやく語り続けるこの声が橘監督のものだと分かった。さっきまでのふざけたような甲高い声や口調はなりを潜め、そこには大勢の人の上に立つ風格を備えた一人の男がいた。


「お前たちは甘っちょろい餓鬼で、右も左も分からない無作法な奴らだ。交渉の仕方だってまるでなってない。藤咲よりも酷いな」


 監督は丸めた首を伸ばし、バキバキと肩を回して背もたれから体を起こした。すると肥満気味だった監督の身体はいつの間にか引き締まり、二重顎が酷かった首元がすっきりとして、彼の精悍な顔立ちがよりはっきりと見えるようになった。


「た、橘さん、なんですか?」

「はっはっは! やっぱみんな驚くか。この反応を見るのが今の楽しみでよぉ」


 すっかり別人のように変わった橘監督は、本当に骨格レベルで変わっているような気がした。いろいろと聞きたいことはあったのだが、監督はこちらの反応を全て無視して話を再開した。


「藤咲のやつなぁ、どうしても俺に認めてもらいたくて椅子に縛り付けてまで動画を見せてきやがったんだぜ。最悪な気分で初めてお前たちの動画を見せてもらった」

「な、なんてことを……」


 雨谷が顔を真っ青にしながら藤咲を見るが、藤咲はすぐに目を逸らして口笛を吹いた。下手をすればまともに動画を見る事も無く却下されるかもしれない暴挙である。

 しかし監督はそのことを気にしていない様子で、上機嫌に語った。


「俺は始まってすぐピンと来たぜ。かつてないほど巨大な原石が目の前に転がってるってな。お前たちが一流広告に載せられちまえば一瞬で人気が出るって確信を持ったぜ。だがそうなりゃ個人で管理するのは難しいだろう。そうでなくとも、個人で知名度を上げるにはかなり時間がかかる。そういう意味でもお前たちには事務所が必要だ。これから本気で歌手としてやっていくのならな」

「それで、事務所に所属することを条件にしたんですか」


 呆然としながら小見原が聞くと、監督は太い首を縦に振った。


「さっき金に興味ねぇみたいなこと言ってたがなぁ、嬢ちゃん。このドラマだって、大量の金が絡んでるんだ。全部が全部と言わないが、金のためのドラマ制作だ。大金を注ぎ込んでコネの顔色伺って、会社で媚びへつらって上手くやってんだ。そこに金なんていらねぇなんて阿保抜かすやつがいたら、皆に渡す金の価値が、あっという間になくなる。嬢ちゃんの言葉は、働く人の価値を失わせる危険な言葉だ」


 ごもっともな橘監督のセリフに小見原は顔を俯けた。


「誇りを持つのは立派だが、そのまんまじゃあ、お前たちはここでは生きていけないな。社会でだって通用しないぞ」

「そう、ですね。肝に銘じます」


 雨谷も思うところがあったのか、マスク越しでも分かるほど落ち込んだ。意気消沈する二人を監督は眺めると、席から立ち上がってこう言った。


「長々と説教して悪かったな。さぁ、話は終わりだ。さっさと立ちな」


 これで、最終面接は終わりということらしい。手ごたえは最悪だ。監督の反応と話からしてみても、きっとドラマのオープニングには採用してもらえなかったのだろう。

 小見原は泣き出したくなるのを必死にこらえながら、雨谷と一緒に重々しく椅子から立ち上がった。


「顔を上げろ。誇りがあるんだろ?」


 橘監督に言われ、小見原は緩慢な動作で顔を上げた。その拍子にまつ毛から涙がこぼれそうになるが、必死に目を開けて泣くまいと監督を見つめる。少しだけ滲んだ視界の中、監督は腰に手を当ててまたため息をついていた。


「ったく泣きそうな顔しやがって。事務所の方は俺が探しておくから、まずは肩の力を抜いたらどうだ?」

「……え」

「これから顔合わせすっから、その顔今すぐどうにかしとけよ。ま、顔隠してりゃバレないだろうがな」

「そ、それって採用ってことですか?」


 雨谷がどもりながら尋ねると、監督は不思議そうに眉を持ち上げながら大きく頷いた。


「ったりめぇだろ」

「どうして……」

「無粋なこと聞くなぁ」


 仕方がなさそうに橘監督は笑みを深めると、目元を人差し指でトントンと叩きながら言った。


「チンケな理由で特大原石見逃すほど、俺の目は腐っちゃいないぜ」


 驚いて目を見開く小見原には、その時の橘監督の瞳の中に、雨谷と同じ光が見えた気がした。


「さぁー、早く行かないと、皆お待ちかねだよぉ」


 いつの間にかまたふくよかな体形になった監督は、声の調子まで元通りにしてくねくねと体を踊らせた。もう強い香水に当てられて気分が悪くなることはなかった。

藤咲 「ねぇ監督、私が事務所探ししてる時からもう採用するって決めてたんじゃないです?」

橘監督「えぇ? それはどうかなー?」

藤咲 「わざわざこっちで事務所探してやるって言ったのも、もしかして恩に着せるためですか?」

橘監督「えー?」

藤咲 「もー、そんなに惚けるなら監督の部屋散らかしちゃいますよー?」

橘監督「あははー、一歩でも部屋に入ったら謹慎処分しちゃうぞー☆」

藤咲 「うふふー! ……ごめんなさい」

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