第20話 魔物の襲撃と貴族バレ
突然の叫び声と共に、打ち鳴らされる警報の鐘。
商隊の各所からざわめきが聞こえてくる中、真っ先に反応したのはガラシャのおっさんだった。
「行ってくる、すぐに片付けるから、お前達はここで待っていろ」
商隊の馬車が一斉に停止するや否や、ガラシャは傍らにあった剣を掴み、勢いよく外へ飛び出していく。
戦闘は、既に始まっているんだろう。開いた扉の向こうには、剣を取って魔物に立ち向かう護衛の男達の姿があった。
(あれは……ハウンドウルフ。数は七体か、結構な数だな)
彼らが相対しているのは、狼型の魔物だった。
個体としてはそれほど強くないんだが、魔物の中でもとりわけ繁殖能力と仲間意識が強く、数が揃うと非常に厄介になるという特徴がある。
それが七体。群れ一つが丸ごと襲い掛かって来たなんてことはないはずだから、この分だと近くに相当な数の群れが出来上がっていそうだ。
そういう魔物の駆除は、領主が資金を出して行わせるのが基本。ティアナには悪いが、ガラシャの言う通りあの父親が対処しなかった結果だろうな。
「大丈夫かな……?」
助けに入りたいのか、ティアナがそわそわと戦闘の様子を見守っている。
ランドール家の一員としての引け目があるのかもしれないが、気にするなという気持ちを込め、軽く肩を叩いた。
『心配するな。他の連中は分からないが、ガラシャのおっさんに関してはそこそこの腕だ。ハウンドウルフ程度に遅れは取らないだろ』
実際、遠目に見る限りでもおっさんは上手く立ち回っている。
最前線に立って体を張りながら、仲間達に適宜指示を飛ばしてハウンドウルフを分断していく手際の良さは、とても無名の傭兵とは思えない。
息子のガデルを魔法学園に入れようなんて考えるくらいだし、案外どこかの貴族家の遠縁だったりするのか?
「あ……!」
その時、不意にティアナが声を上げる。
釣られてその視線を辿ってみれば、ガラシャ達の集団から抜け出すように、件の少年が駆け出していくのが見えた。
その先にいたのは、群れから分断された一体のハウンドウルフ。
手傷を負っている様子だし、あれなら自分でも狩れると功を焦ったか? だけど……。
「ガウゥ!!」
「うわっ!?」
ハウンドウルフの反撃を受けたガデルはあっさりと弾き飛ばされ、尻餅をつく。
追い詰められた獣ほど恐ろしいのは、魔物だって同じ。弱っているからと油断するのは危険なんだが、まだ子供でしかないガデルには分からなかったんだろう。
しかも、単独で突出したせいで距離が離れ、ガデルのピンチにガラシャ達が気付くのが僅かに遅れた。
あれは、まずいぞ……!
「っ!!」
「ちょ、ティアナ!? 待ちなさいな!!」
俺がそう考えるのとほぼ同時に、ティアナがレトナの制止を振り切って馬車の外に躍り出た。
何をするつもりか早々に察した俺は、振り落とされないよう手早く肩に張り付く。
「《ライフブースト》!!」
短縮詠唱にて発動した命属性魔法がティアナの身体能力を限界以上に引き上げ、疾風となって大地を駆ける。
そして、今まさにガデルを食い殺そうとしたハウンドウルフに向け、痛烈な膝蹴りをお見舞いした。
「ギャオウ!?」
「なっ、なんだお前……!?」
「《命巡りし緑の種よ、我が剣となりて悪しきを切り裂く正義を為せ》」
ガデルからかけられる声を無視し、素早く紡がれる詠唱文。
バンッ! と地面に叩き付けられた掌から、魔法陣の輝きが広がった。
「《ツリーブレード》!!」
高速で組み上げられていく緑の魔剣が、ティアナの振り抜いた腕の延長となって空を切り裂く。
ズバンッ!! と大気が破裂するかのような音を響かせ、魔剣に切り裂かれたハウンドウルフは真っ二つになって絶命した。
「……よしっ! ガデル君……でいいんだよね? 大丈夫?」
軽く振った魔剣が魔力となって消失し、ティアナはガデルの元へ向かう。
しかし、どうにもガデルの反応が鈍い。
怪我をしたのかと思ったが、よく見ればぽーっと呆けた顔でティアナを見詰めていることに気が付いた。
おうおう、色気づくのはいいがなガキんちょ、うちの弟子はやらんぞ?
「よしっ、じゃありませんわこのおバカ!」
「いたぁい!?」
ガデルが何か反応するより先に、すぱぁーん! と小気味良い音が響き、ティアナがその場に蹲る。
顔を上げたそこには、怒った様子で腕を組むレトナの姿があった。
「貴女はもう、自分の立場分かっておりますの!? お忍びと言いましたわよね、逃げきりたかったら正体は隠すようにと言いましたわよね!? 何を堂々と魔法を使っておりますの!? あんな威力の魔法を見せ付けたら、貴族だってバレバレでしょうに!!」
「ご、ごめんレトナ! 危ないと思ったら放っておけなくて……」
つい今しがた見せた凛々しい戦いぶりはどこへやら、レトナの剣幕に押され涙目になるティアナ。可愛い。
だけどレトナよ、魔法を使うだけなら平民でもギリギリ可能性あるからな? それなのにそんな大声で暴露したら……。
「あー、お二人さん、ちょっといいか?」
二人が言い争っているところへ、ガラシャのおっさんが気まずげな様子で近付いて来る。どうやら、ハウンドウルフとの戦いは終わったらしい。
彼の様子を見て、ようやく自分の失態に気付いたのだろう。レトナが頬を引き攣らせる。
「取り敢えず、息子を助けて貰ったことには感謝するが……後で、詳しい話聞かせて貰えるか?」




