第19話 初めての馬車旅
レトナの手引きで王都へ向かうことになった俺達は、二日間の内に準備を整え、指定された馬車で無事領都ラフールから出立した。
乗り込んだのは、王国中を回りながら物資を運搬する大きな商隊に同道する乗合馬車。
そこそこ大きな商隊ということで護衛がついているために道中の危険が避けられるのと、食糧を用意せずとも途中で買えるという利便性の高さが売りだ。
ただ、やっぱり貴族が乗る馬車としては底辺も底辺。乗り心地は最悪で、さぞ辛い道のりになるだろう、と思ったんだが……。
「うわぁ、私馬車って初めて! 師匠ほら、河原に何かいるよ! キツネかな!?」
ティアナからすれば、初めてだらけの体験で楽しくて仕方ないらしい。
馬車の揺れも何のその、キラキラした目で外の景色を指差しては、はしゃいだ声色で胸に抱く俺へと話しかけてくる。
すごく可愛い……が、ここは俺が保護者として注意しておかないとな。
『ティアナ、少し落ち着け。乗ってるのは俺達だけじゃないんだぞ?』
「あ……ご、ごめんなさい」
「全く……ティアナはもう少し、落ち着きというものを覚えるべきですわ」
俺の指摘でそれに気付き、ティアナはペコリと頭を下げる。
それを見て、まず真っ先に反応したのは隣に座っていたレトナだった。
自分はファミール家の専用馬車で向かえばいいところを、ティアナと俺だけで向かわせるのは不安だからと、わざわざ同道してくれたのだ。
一応、貴族という身分を隠すためか、今はシンプルなワンピース姿。一緒に乗り込んだシーリャもお揃いの衣服に身を包み、見た目を別にすれば仲の良い姉妹に見えないこともない。
「がははは! 何、子供の初旅なんて皆そんなものだ。気にすることはないさ」
一方、ティアナの行動を好意的に受け止めてくれたのは、ガッシリとした体格の大男。
騎士装束に身を包み、傍らにはティアナの身長より大きな剣を立て掛けているのだが、その装い通りこの商隊の護衛を務める人物の一人らしい。
流れの傭兵のような真似をして生計を立てているそうで、ガラシャと名乗っていた。見た目通り、細かいことは気にしない豪気な人間みたいだな。
「なあ、婆さんもそう思うだろう?」
「アハハ、そうだねえ、子供は元気が一番さね」
そしてもう一人、大きめの外套に身を包んだ老婆もまた、気にしなくていいとばかりにしわがれた声で答えてくれる。
ニミィという名だそうで、王都に出稼ぎに出ている孫の顔を拝みに行く途中なんだとか。大柄なガラシャの隣に腰掛けているため、三人並んでいるこちらより窮屈そうに見えるが、大丈夫だろうか?
「ガラシャと言いましたわよね? あなた商隊の護衛役なのでしょう? こんなところで油を売っていていいんですの?」
そんな状態を不憫に思ったのか、レトナが直球でそう問いかける。
飾るつもりもない刺々しい物言いに、しかしガラシャは気を悪くした様子もなく豪快に笑う。
「おおっと、辛辣だねぇお嬢ちゃん。まあ問題ないさ、外は仲間が見張ってる。俺らだってずーっと気を張ってたら参っちまうからな、それぞれ交代で見張るようになってんのさ。ま、もし魔物なり盗賊なりが出たらちゃんと外に出て戦うから、心配するなよ」
そう言って、レトナの頭を乱暴に撫で回しては、「髪が乱れますわ!! やめてくださいまし!!」と不興を買っているガラシャ。
レトナが実は貴族だと知ったら、こんな風に笑ってられないだろうなぁ。
「魔物? この辺りにも出るの?」
「おうとも、魔物はどこにでも出るぞ」
俺がそんな風にしみじみと考えていると、ティアナが割と常識的なことを質問していた。
ティアナ……本当に世間知らずなんだな……。
「動物が魔力によって変質し、凶暴化したものを魔物と呼ぶからな。極論、動物が生きられる場所ならどこだろうと魔物は出る」
「へえ~、そうなんだ」
「加えて、この辺りではどうも魔物が狩られずに繁殖しちまったようでな、最近は商人や旅行者が襲われるケースが増えてるんだ。全く、領主の怠慢だぜ。ランドール家の当主は何やってるんだか、なぁ?」
「…………」
父親の名が出たことで、ティアナの表情に少しだけ影が差す。
ガラシャも、まさかティアナがその当主の娘だなんて思ってないからこその愚痴だろうけど……。
「ま、領主の愚痴なんざいくら溢しても仕方ねえか。俺らは俺らの仕事をするだけだ」
そんなティアナの変化を感じ取ったのか、ガラシャは早々に話を打ち切った。
その代わりとばかり、俺達全員に話題を振る。
「ところで、お前さん達は何をしに王都へ? 見たとこただの旅行ってわけでもなさそうだが」
「あ、それはまほうがくえむ!?」
「ちょっと、両親の計らいで出稼ぎに向かうだけですわ。大したことじゃありませんの」
レトナがティアナの口を塞ぎ、早口で捲し立てる。
そしてすぐに、ティアナの耳元に口を寄せた。
(あのですね、私達は一応貴族ということは隠してここに乗っているんですの。魔法学園なんてほぼ貴族ご用達の学校へ向かっているなんて言わない方がいいですわ)
(どうして?)
(貴族が同じ馬車に乗っていると知ってまともでいられる平民なんていられるはずないでしょう!? 余計なトラブルを招くだけですし、早く王都へ向かいたいのでしたら素直に黙っていた方が吉ですの!!)
(う、うん、分かった)
いまいち分かっていなさそうだったが、ティアナは一応従うことにしたらしい。こくこくと何度も頭を下げる。
実際、今頃ランドール家の屋敷では、俺の闇属性幻覚魔法を施した犬っころが、ティアナの代わりとして部屋で待機してるはずだけど……そんな雑過ぎる誤魔化しがいつまで持つかは分からない。
早馬で追い付かれたら目も当てられないし、出来るだけ早く王都に到着するに越したことはないな。
「しかし、この辺りの世情に疎いのですが、近頃はそんなに魔物が多いんですの? 少々不安ですわね」
素早くティアナに釘を刺した後、流れるように話題の変更。こういうあたりは流石貴族と言うべきなんだろうか?
そんなレトナを訝しみながらも、不安自体は妥当だと思ったのか、ガラシャはドンとその分厚い胸板を叩いてみせる。
「がはは! 大丈夫だ、数は数人程度だが、魔物の一体や二体に遅れを取るメンバーじゃない。みんなそれなりに場数を踏んでるベテラン揃いだしな」
「じゃあ、あの子もですの?」
「あん?」
レトナが指差した窓の外には、ガラシャとまた違う防具に身を包んだ少年の姿があった。
年齢は、十四くらいか? ティアナやレトナが優秀過ぎて少し感覚がマヒしてきた自覚のある俺から見ても、とてもベテランには見えないな。
それはガラシャも同じ意見なのか、「ああ」と納得したように頷いた。
「あいつは俺の息子でな、ガデルってんだが、戦力の勘定には入れてないから心配するな。だがまあ、素質はあるぞ、王都に着いたら魔法学園の試験に挑ませようかと思ってるくらいにはな」
「えっ!?」
まさかガラシャの方からその単語が出て来るとは思わなかったんだろう、ティアナは素っ頓狂な声を出す。
それをどこか生暖かい目で見ながら、ガラシャは続けて口を開いた。
「親の贔屓目ありきだが、魔法の腕前は悪くない。お貴族様相手にどこまで食らいつけるかは分からんが、これまでの稼ぎもある。出来ればちゃんと学ばせて、ちゃんとした騎士にしてやりてえのさ。今回の護衛に参加させてるのは、そのための予行練習ってとこだな」
『なるほどな……』
事情を概ね理解したところで、俺はティアナと一緒に窓の外を歩くガデル少年へ目を向ける。
緊張しているのか、くまなく辺りを警戒しようと無駄に意識を研ぎ澄ませている様子を見るに、さほど時間を置かずに音を上げそうだが……まあ、それも経験ってことか。
「そっか……なるほど……」
そして、貴族でない身の上で頑張ろうとする彼を見て、ティアナも何か思う所があったんだろう。その目はいつになく優しかった。
『受かるといいな、あいつも』
「うん」
レトナから小耳に挟んだ話だが、魔法学園は騎士学科と魔法学科で受ける試験が違うらしく、あいつとティアナはライバルにはならない。だからこそ、素直に応援できる。
そうやって、俺達は特に何事もなく会話に華を咲かせ、王都への行程を順調に消化していくのだが……。
「魔物が出たぞぉぉぉぉ!!」
そんな平穏な時間は、早々に打ち砕かれるのだった。




