第16話 模擬戦再び。命属性VS白炎魔法
「さあ、行きますわよ!」
「うん!」
ティアナが命属性に目覚めてから、一週間。今日は久しぶりにレトナがランドール領へ遊びに来て、いつもの空き地でティアナと模擬戦をすることになった。
以前と同じ杖を構えるレトナに対し、ティアナは無手。そのうち専用の杖とか用意してやりたいところだな。
「《白き炎よ、敵を貫け!!》」
そんな二人の模擬戦は、レトナの魔法から始まった。眩く輝く炎の槍が、ティアナに向けて飛来する。
俺がその場の思いつきで教えた白炎魔法だけど、もう魔法の固有名称すらなしで発動出来るレベルにまで使いこなしているとは。適性合いすぎだろ。
名称なしだと、咄嗟のイメージで詠唱を改変するだけで状況に合わせた臨機応変な対応が可能になる。これを使いこなせたなら相当に強いぞ。
「おっと!!」
そんなレトナの白炎魔法を、ティアナは体捌きだけで見事に躱す。相変わらず良い動きだ。
いつものように肩に張り付いてる俺が振り落とされそうになるけど、そこはまあ最低限の魔力で固定してるから問題ない。
「今度はこっちの番……! 行くよ!」
転がりながら、地面に手を突くと同時に魔法陣が展開される。
初めてのお披露目とあってか、ウキウキと興奮しているのを隠しきれないでいる弟子の姿に、俺は少しばかり苦笑を漏らした。
そうやって相手に内心を悟られるような真似は褒められたもんじゃないんだが……今回ばかりは見逃してやるか。
思いっきり、やってやれ。
「《命巡りし緑の種よ、我が剣となりて悪しきを切り裂く正義を為せ!! 緑の剣》!!」
バチンッ!! と魔力が閃光となって弾けると同時、地面から小さな樹木が生えて来る。
それをティアナが掴むと、まるで地面から生えて来た事実そのものがなかったかのように根が離れ、掌の中で剣と化す。
魔力がたっぷりと込められた、緑の魔剣。命属性初級魔法《樹木武装》だ。
「てやぁ!!」
「魔法を覚えても、相変わらず近接バカなんですのね!! 《大いなる風よ、厄災を払いたまえ。エアブロウ》!!」
生成した魔剣を手に突っ込もうとするティアナに対し、レトナが選択したのは以前と同じ、風魔法による足止め。
確かに、剣しか持たないティアナ相手に、それは有効な手に見える……けど。
今のティアナには、通じない。
「甘いよ!!」
吹き荒ぶ突風に向けて、魔剣を一振り。それだけで、《エアブロウ》の魔法を斬り裂き、自らが進む道を作り出してしまった。
流石にこれには、やられた側のレトナも目を丸くする。
「ま、魔法を斬ったぁ!? あなた何をしれっととんでもないことしてますの!?」
「えへへ、師匠が『魔剣なら魔法を斬れる。魔力負けしなければな』って言ってたから、やってみたんだ」
「こんの魔力おバカ!! しれっと人のプライドへし折ってくるんじゃありませんわ!!」
軽い調子で答えるティアナに、レトナは少しばかり涙目になっていた。
まあ、その気持ちも分かる。いくら魔剣なら魔法に干渉出来ると言っても、そんな風にあっさり斬り裂けるのは魔剣と魔法、それぞれに込められた魔力量に相当な差がないと不可能だ。
同じ初級魔法同士、ついこの間までまともに魔法を使えなかったティアナに、純粋な魔力の制御能力で上を行かれた。そりゃあ、侯爵家の娘としてずっと英才教育を受けて来たレトナからすれば悔しくて当然だろう。
「でも、負けませんの!! 《紫電よ、奔れ! サンダーボルト》!!」
「うわっ!?」
ただ、レトナはそうした悔しさをバネに力を増すタイプの人間みたいだ。素早く発動した雷魔法が、ティアナの足元を穿ち砂埃を巻き上げる。
突然視界が閉ざされ、足を止めるティアナ。そこへ再び、レトナの魔法が降り注いだ。
「《白き炎よ、降り注げ!!》」
白く輝く炎が細かい雨粒のように枝分かれし、ティアナのいる一帯を焼き払おうと迫りくる。
視界が不十分な中じゃ、さっきみたいに剣で打ち払うのは無理だろう。さて、ティアナはどう対処するかな?
「《命巡りし緑の種よ、我が盾となり守護の恵みを与えたまえ。守護の大樹》!!」
ギリギリのところで詠唱が間に合い、周囲から生えた無数の木々がティアナを守るドーム状の壁を作り出す。
大急ぎだったせいで少しイメージが崩れたんだろう、穴だらけのそれはレトナの魔法によってあっさりと崩壊し、そのままティアナへ襲い掛かる。
「わっ、とぉ……!!」
それでも、密度が下がって人が存在出来る空間が生まれたことで、どうにか全てを躱し切ることに成功したみたいだ。
ダメそうだったら怪我をする前に介入して止めるのも俺の役目だけど、当たった攻撃はゼロ、まだこれからだな。
「《溢れる生命の源よ、我が身に宿りて……》」
「《白き炎よ、敵を撃ち抜け》!」
とはいえ、やっぱり詠唱の長さが足を引っ張ってるな。
まだまだ習得したてだから仕方ないとはいえ、詠唱にかかる時間の差は、そのまま打てる手数の差になって長引くほどにのし掛かっていく。
「《無双の力を与えたまえ》」
それでも、既にある緑の魔剣で飛び交う炎の弾幕を弾きながら、冷静に詠唱を紡いでいる。
こんだけ激しく動きながらでも詠唱を途切れさせない肺活量と、迫る魔法を前にしてもビビらない胆力は本当に大したもんだ。
そして……ついに最後の魔法が完成する。
「《生命強化》!!」
自身の身体能力を底上げする、命属性強化魔法。
一気にその動きを加速させたティアナは、レトナに向かって真っ直ぐに走る。
「ちょっ、速っ……!! 《白き炎よ、壁と成れ》!!」
「でやぁぁぁ!!」
目の前に立ち塞がった炎の壁を切り裂いて、レトナの首筋へと魔剣を突きつける。
ティアナの勝利、と言いたいところだけど……。
『……はいそこまで。今回は引き分けだな』
「ええっ、なんで!?」
俺の判定に、ティアナは不満顔。
別に意地悪したくて言ってるわけじゃないから、そんな膨れっ面するな、可愛いだけだぞ。
『お前、炎の中に突っ込んで、服が軽く炙られてるじゃないか。ちゃんと魔法の中心点を切り裂けてない証拠だ、レトナが模擬戦用に加減してなかったら火傷してたぞ。その分減点だ』
「むむむ」
『レトナも、同級の魔法をぶつけ合わせたら勝てないのは最初に分かってたんだから、最後は防御じゃなく攻撃魔法を使うべきだったな。ビビって判断を誤るのは悪い癖だ、気を付けろよ』
「うぐぐ、分かりましたわ……って、私はビビってなどいませんわ!!」
うがーっ!! と叫ぶレトナの姿を見て、ティアナと俺は顔を見合わせ笑い合う。
すると、直前まで憤慨していたレトナが、訝しげな表情でこちらをじとりと睨む。
「ところで、ティアナと先生の雰囲気が何やら以前と違いますが……命属性とやらを作った時、何があったんですの?」
「別に何もないよ」
『そうそう』
実際は、魂の融合なんてとんでもないことしでかして、今もその影響で極短距離なら魔法なしの意志疎通が出来たりするんだが……あんまり言いふらすことでもない。
ふーん? と未だ何かしら疑っている様子のレトナだったけど、ひとまずは納得したのか「まあ、いいですわ」と話題を変えた。
「ティアナが自分の魔法を無事に習得出来たのなら、それで構いませんわ。中級魔法は完成しているんですの?」
『魔法陣はほぼほぼ出来上がってるな。後は最後の微調整と、いつでもパッと使えるように反復練習するだけだ』
「そう。入学試験までさほど時間もないことですし、精々急ぐといいですわ。その上で、手伝えることがあるなら言ってくだされば力になりますわよ」
「ありがとう。レトナは優しいね」
「ふふん、ファミール家は西部貴族の取りまとめがお役目ですもの、これくらいは当然ですわ」
髪をかきあげ、優雅に微笑む。
貴族にはロクなやつがいないと思ってたけど、レトナは良い子だな……。
「それじゃあ、模擬戦で汗かいたことだし、帰って風呂入ろう! レトナも来る?」
「いいですけど、先生は入っちゃダメですわよ!」
『いや俺だって別に一緒に入ろうなんてしてないから』
「この前は突入してきたではありませんの!」
『あれは犬っころのせいだろ!?』
「二人とも変なの。みんな仲良く入ればいいのに」
「『お前(貴女)はもう少し恥じらいを持て(ちなさい)!!』」
「??」
全くこっちの言いたいことを理解していないらしいティアナへと二人がかりでお説教を食らわせつつ、その場を後にする。
だからこそ、気付かなかった。
空き地の外に、そんな賑やかな俺達をじっと見詰める、不穏な眼差しが存在したことに。




