第17話 命属性中級魔法と無慈悲な通告
『さて……行くぞ!』
「頑張れ、師匠!」
いつもの部屋の中、ティアナの声援を受けながら、俺はゆっくりと呼吸を整える。いや、ぬいぐるみの体で息なんてしてないんだけど、そこは気分だ。
そうして意識を集中して魔法陣を展開。詠唱を紡ぎ出す。
『《交わり重なった混沌の果てよ、創世の女神の名の下に、魔なる源へ回帰せよ。混沌分離》!!』
発動したのは、ティアナと魂を重ね合わせるのにも利用した融合魔法、その応用技。俺がぬいぐるみの姿になって以来、密かにずっと研究していた魔法だ。ティアナと魂を重ね合わせたことで一気に必要魔力の問題がクリアされ、無事に使えるようになった。
それを、テーブルの上にある“とあるモノ”へと行使する。
その効果はと言えば……。
『……よしっ、成功だ!!』
「わわっ、本当にスープが魔力に分解されてる……!」
食べ物の魔力化と、魂への吸収、それだけだ。
これで俺も飯が食えるぞ!! ひゃっほぉい!!
えっ、何をくだらないことに時間使ってんだって?
飯は大事だぞ飯は。体力作りにもなるし、心の安寧にも繋がる。つまり、飯に拘るのは魔法使いにとっては修行そのものなんだよ!!
『んぐんぐ……』
「どきどき……師匠、どう?」
料理から分解された魔力を魂で受け止める俺に、ティアナがそっと問いかける。
それに対し、俺はふっ、と内心で笑みを浮かべ……その場にがっくりと崩れ落ちた。
「わわっ、師匠、どうしたの?」
『味が……味がしなかった……!!』
いや、ある意味当たり前だよな。料理として纏まってそこにあるからこそ美味いのであって、それを素材どころかそれより更に細かい魔力にまで分解して、味なんて分かるわけない。
それでも……!! 他の五感が機能してるんだから、こうすれば味覚だって機能するかも、って思ってたんだよ!! いいじゃないか期待くらいしたって!!
そう思っていたら、テーブルに倒れ込んだ俺の体を、ティアナがそっと抱きしめてくれた。
「元気出して、師匠。大丈夫、師匠なら絶対に食べられるようになるよ」
『ティアナ……そうだな、こんなことで俺は諦めない。絶対に飯を食えるようになってみせる!! その時は、ティアナにも俺の料理食わせてやるよ』
「えっ、師匠って料理出来るの?」
『おう。流石に今は味見も出来ないから、やるつもりないけどな』
どんだけ料理上手だって、百年も経った世界で味見なしで料理なんてしたら、どんなゲテモノになるか分かったもんじゃない。
いや、案外上手くいくかもしれないけど、調整も利かない体で半端な料理を出すのは俺のプライドが許さん。
「そうなんだ、楽しみだなぁ。出来ればたっくさん食べれる料理にしてね」
『おう。というか俺の趣味は置いといて、お前は大丈夫なのか? 今日はあの父親に練習した中級魔法を見せつける日だろ?』
レトナとの模擬戦から数日が経った今日。中級魔法をばっちりとマスターしたティアナは、ついに父親へその成果を披露することになっている。
もう何度も成功させてるし、よっぽど大丈夫だと思うけど……苦手意識や緊張のせいで、普段は簡単に使える魔法が全く発動しなくなるなんて珍しくもない。
ティアナに限って、とは思うけど、だからってメンタルケアを怠っていいわけじゃないからな。そこは師匠である俺が気を配ってやらないと。
「うん、大丈夫。師匠といっぱい練習したもん、もう目を瞑ってたって発動出来るよ」
『ティアナがそれをやると、関係ないものぶっ壊しそうだからなぁ、やめてくれよ?』
「ああっ、師匠そんなこと言うの!? ひどいっ!」
ぷくーっと頬を膨らませ、少しばかり強めに俺を抱き締めるティアナに、「悪い悪い」と平謝りする。
うん、いい感じに緊張も解れてるな。これなら問題なさそうだ。
『じゃあ、そろそろ行くか?』
「うん……!」
大きく頷いたティアナは、俺を抱いたまま屋敷の外に出る。
向かった先は、ランドール家お抱えの私兵がよく訓練をしているという練兵場。
ティアナが魔法を披露するって話は、父親であるクルト以外にも大体伝えてあったはずなんだけど、興味がないのか誰一人として見に来た家人はいなかった。
「来たか、ティアナ」
「お父様……」
ただ一人、クルトを除いて。
……意外だな、いつも娘に興味無さそうにしてるこいつなら、仕事だなんだと理由つけて遅れるかと思ったんだけど。少し偏見が過ぎたか?
「何をしている、私は忙しいんだ、やるならさっさとしろ」
「は、はいっ!」
嫌味口調は相変わらずのようで、急かされたティアナは位置につく。
部屋を出る時は平気そうだったけど、ここに来てやはり緊張しているのか、小さく手が震えていた。
『ティアナ、大丈夫か?』
「うん、大丈夫。行くよ……!」
心配になって声をかけるが、ティアナは自力で覚悟を決めたようで、一度ぐっと拳を握り締めて気合いを入れる。
そして、満を持して広げた掌を正面に突き出した。
「《命宿りし緑の種よ、其は大地に根付く守護の大樹、生きとし生ける者達へ恵みをもたらす者なり。その大いなる実りを刃と成し、我が宿敵を貫きたまえ》!!」
緊張のせいかやや早口になりながらも、噛むことなく正確に紡ぎ出される詠唱文。
それに合わせて掌の先に魔法陣を描き出すと、そのまま勢いよく地面へと叩き付ける。
「《大地の槍》!!」
命属性の魔力が地面へと注ぎ込まれ、亀裂が走る。
亀裂を広げ、大地を砕きながら一本の大樹が屹立し、生え並ぶ枝が急激に成長する本体を支えるように周囲一帯の地面を刺し貫いていく。
命属性中級魔法、《大地の槍》。対個人戦闘用の初級魔法より一段上の威力を誇る、広域破壊魔法だ。
「っ……!!」
ここまでの物とは思ってなかったのか、クルトの表情が驚愕に歪む。
その表情がどこか憎々しげに見えるのは、これまでバカにしてきた娘が見せた才能にビビってるからか? ふふん、精々恐れ慄け。
これが、お前が無能と蔑んだ娘の本当の力だ。
「ふぅー……! どうですか、お父様……! これで、魔法学園にも通えますよね!」
やりきった達成感からか、どこか清々しい表情で問い掛けるティアナ。
実際、今の魔法は文句なく中級と呼べるだけの威力があった。
魔法学園の合格基準を正確に知っているわけじゃないが、これなら問題ないだろう。というか、ティアナで落とされるんだったらもはやドラゴンと戦えるレベルの人間じゃないと受からないんじゃないか?
「……くっ」
そんなティアナを前にして、クルトは苦渋の表情を浮かべる。
一体どうしたのかと、戸惑う俺やティアナを前に、こいつは……
「ダメだ、認めん」
そう、言い放った。
「えっ……ど、どうしてですか!?」
「いくら中級魔法が使えたと言っても、たった一属性。それでは学園に行ったとしても、嘲笑されるのがオチだ」
「そんなの、実力で覆してみせます!! レトナとだって、今はちゃんと互角に渡り合えるようになったんですよ!? だから……」
「くどい!! いいか、お前はこの屋敷にいろ、分かったな!?」
ほとんど一方的にそう言い放ち、クルトは屋敷の中へと戻っていってしまう。
あまりにも理不尽で道理のない言い分に言葉が見付からず、その背中を見送ることしか出来なかった俺の耳に、小さな呟きが漏れ聞こえる。
「どうして……お父様……」
ぎゅっと俺を抱きながら震えるティアナに、今の俺はただ、黙って寄り添うことしか出来なかった。




