3章 俺がアイツらぶん殴った
一応初めてとなる、星光さん視点の回となっております。
墓周りの掃除を終え、線香を立てる。
彼女にいろいろな思いを伝え、光正と交代する。真実も手を合わせ、皆一護への挨拶を終える。
二月十一日、俺らの親友である兎川一護の命日だ。二年前、彼女は学校の屋上から飛び降りて、自殺した。その瞬間を見たのは俺らの中では誰もいないが、別れのメールが着た直後に現場に駆け付けたのは、俺だった。
親友の体は肉片となって地面に飛び散っており、周りには血の池が生成されていた。のちに二人も現場に着き、そのおぞましい風景は俺らの目に焼き付けられ、今でもよく思い出す。あの時のイメージが浮かび上がってしまったのか、真実が青ざめ、震え始めた。直後、彼女は口を押え、トイレに向かって走っていった。
「なあ、星光、お前はどうやって乗り越えた?一護の死を。」
「乗り越えてなんかないさ。今でも、よく夢に出るよ。」
「そうか、お前でもそうなんだな。」
三人の中に刻まれたもの、それは後悔の気持ちだった。どうして一護の重荷を一緒に背負ってやれなかったのか、どうして彼女が苦しんでいることに気付いて上げられなかったのか、悔いても悔やみきれない。特に俺は、一護の最後の話し相手になった。彼女の異変に気付いたのはその時で、すでに手遅れだった。彼女に託された妹の面倒はしっかり見ているが、それでも罪の気持ちは消えない。
「とりあえず、降りるか。真実も心配だし。」
「そうだな。」
そう言って光正が彼女の荷物を持ち、墓地を離れようとしたとき、ある人に声を掛けられた。
「あの、一護のお友達さんですか。」
そこにいたのは、長い黒髪に青色の瞳、整った姿かたちの女性だった。端麗な彼女は色鮮やかな花を抱えており、俺ら同様にお墓参りに来たようだ。一護にも如月にもあまり似ていないが、なぜだか犬石さんに少し似ている気がする。彼女は誰なのだろうか、少なくともこの日に墓参りに来るということは、一護の知人だろうが。
「はい。あなたは?」
年上の女性に対して相応しくない口調で話す光正に反対に、彼女は丁寧な言葉で返した。
「一護の母だったものです。犬石紫苑と申します。」
犬石?嫌でも、彼女は一護の母。でも、言われてみれば兎川は父の苗字だし、まさか…
俺が困惑している間に、光正が彼女の前まで距離を詰め、問いただし始めた。
「なんで一護を置いて逃げたんだよ。あんたのせいで一護がどれだけ苦しんだか知ってんのか?」
「やめろ、光正。お前は分かっているだろ、一護はお母さんを恨んでなかったことを。」
「うるせえ、黙ってろ。」
光正は、たとえ理解していても、感情を抑えられない人で、怒りの感情に関しては他の感情の数倍コントロールが下手だ。殴りかかる彼を阻止すべく、強引に彼女から引き離す。
「離せ星光、お前に俺を止める権利はねー。
「そうだとしても、場所をわきまえろ。一護が今のお前を見て、どう思う?」
俺がそういうと、彼は次第に抵抗の力を緩め始めた。力の抜けた光正の体を支え、気難しそうな顔をしている彼女に対して、彼の代わりに謝る。
「申し訳ございません。俺らは、一護と仲良くさせてもらっていた同級生です。」
「そうでしたか。と言うことは、一護がどう死んだか…」
「はい、知っています。彼女が死んだ後ですが、全部知りました。」
「娘と一緒にいてくれて、ありがとうございました。彼のいう通り、私は彼女をひどい目に合わせてしまいました。本当に、申し訳ないことをしました。皆さんにも嫌な気持ちにさせたでしょう、申し訳ございません。」
そう言って彼女は、墓を区切る砂利道の上で膝をつき、深々と頭を下げた。大の大人が高校生に土下座をするなんて、彼女も相当後悔しているのだろう。さっき俺は、一護が彼女のことを恨んでいないと言ったが、彼女は信じていないだろう。彼女の誤解を解くためにも、少し話がしたい。
「頭を上げてください。俺らも、娘さんを救ってあげられなかったですし。もしよければ、この後お話しできないでしょうか、下のカフェで待っているので。」
「私は一護のために何もしてあげられませんでした。彼女にできる償いは、全てしてあげたいと思っています。なので、お願いします。」
彼女は再び頭を深々と下げた。俺らが去るまで立ち上がりそうにないので、この場を立ち去ることにした。
「俺らはすでにお線香立てさせてもらったので、お先に下で待っています。」
真実をピックアップしたのち、下のカフェへと降りた。今日は普通に三人で行動しているが、一年を通してこいつらと一緒にいるのは、この日だけだ。昔はこんなこと想像もできなかったな。
「とりあえず、忙しい時期なのに来てくれてありがとう。最後に三人でこれてよかったよ。」
元から三人で少し話す予定だったので、一護のお母さんが来るまで彼らの現状を聞こうと思った。
「俺も真実も、二次試験はもう終わった。時間はあるし、この日は特別な日だろ。」
「そうだな、悪かった。お前は去年から進路は変わってないのか?」
「ああ、だが、性に合わなかったよ、有名大学の奴らは。やっぱり大学に行くのはやめる。」
「せっかく受験勉強頑張ったのに、もったいないぞ。」
「確かに、もったいないな。でも、もうどうでもよくなったよ。」
「そうか。」
光正は、学校の成績でいつも上位だった。昔は俺ら四人組がトップを独占していたぐらいには、皆勉学に励んでいた。ただ、そんな日々はそう長くは続かず、四人の輪はどんどん崩れて行った。それでも、光正と真実は、大学進学の道を選び、再び努力することにした。
「真実は、去年は志望校決まってなかったが、どうしたんだ?」
「瀬戸と同じ大学にした。」
「そうか。彼とはどうなったんだ。」
「今年に入って話してない。」
「そうか。」
志垣瀬戸、俺らの同期で、昔真実が付き合っていた相手だ。しばらくは仲良くしていたのだが、去年、犬石さんと関わった後、別れたらしい。
「なあ、お前、犬石六海って、知ってるよな。」
「もちろん。」
「実はさ、如月が彼女連れてきて、俺らが面倒見てるんだ。」
「そう。如月ちゃんもお姉さんに似たね。」
「ああ。それでさ、頼みがあるんだよ。」
「いじめを止めてほしい、そういうことだな?」
「ああ、頼む。」
俺らの学校の上下関係、いわゆるスクールカースト、これを作り上げたのは光正だ。その後、彼が男子のナンバーワンに立ち、女子側は真実が牛耳るようになった。二人は人をいじめたりはしないが、生徒を支配している立場である。ので、二人の言うことは皆従うし、俺の関係者に手が回らないようになっているのも二人がそう伝えているからだ。
「分かった。直接会った方が良いだろうし、この後学校によるよ。」
「すまないな、面倒ごと頼んで。」
「謝るのはこっちだよ。アタシの監督不行き届きだ。」
「それ言ったら、押し付けた俺が悪い。元凶は俺だし、あとで俺も学校による。」
「ありがとな、光正。」
そう、いじめなんて、彼らは望んでいない。少し前の彼らと違い、丸くなった二人は、昔四人で楽しくやっていた時期の彼らの面影がある。思い返せば、最初は真実を除いた三人のグループで、光正が彼女を引き入れて仲良し四人組になったのだった。懐かしいな、まだ崩れ始める前のあの時期が。
俺と一護は入学当初の席が近く、お互い馬が合うことから入学して一週間ぐらいで友達になった。お互い得意科目が違い、勉強でそれを教え合い、お互いを高めあう関係になった。気づけば俺は一護と一緒にいないことの方が少なくなっていた。そんな中、一学期の中間考査、わずか二点の差で俺が学年一位、一護が二位となった。三位が光正で、勉強を通して友情の輪が広がり、三人でいることが増えた。中学一年生が友達を作るのに特別な理由は必要なく、成績が高い、という共通点だけで話は始まり、お互いを認め合う。幼いころの友情関係は、単純なものだった。一学期の間は真実との接点はクラスが違うことも相まって皆無だった。彼女と関わり始めたのは、入学してから半年が経ってからだった。
その日、いつも通り放課後残って三人で勉強していて、光正がトイレに行くと言って教室を出て、しばらくの間帰ってこなかった。心配した俺と一護は探すことに決め、教室を出て隣のA組を除くと、彼がA組の男子数人と喧嘩を始めていた。俺と一護が割って入ったおかげで大事にならずに済み、連中はすぐに帰っていた。教室に取り残されたのは俺、一護、光正に加え、机の上で涙目になっている真実だった。
「ほら、取り返してやったぞ。」
一対多の喧嘩であざだらけになっていた光正が、握っていたボロボロのノートを彼女に渡した。ノートの表に“吉田真実 自習ノート”と書いてあった。脳が発達しきっていなかった当時の俺は、あまり状況を理解できず、何があったか真実にストレートに聞いた。
「何があったの?」
今思えばデリカシーの欠片もない接し方だが、十三歳なんてそんなものだろう。もじもじして何も答えない彼女を、俺と一護がまじまじと見つめていた。
「あいつらが吉田さんのこといじめてたから、俺がアイツらぶん殴った。」
明後日の方向を向いて彼が言った。今思えば照れていたのだろうが、当時の俺はそんなこと考えてもいず、話を進めることを優先していた。
「そっか。吉田さん、なんでいじめられてたか、分かる?」
「私たちにできることがあったらするよ?」
空気を読む、という行為が一切なされないまま、俺と一護は質問を続ける。
「あ、あの、べ、勉強、」
当時の真実は大の人見知りで、喋るのも得意じゃなかった。そんなところに、冷静になった光正がこっちに寄ってきて、彼女のノートを無断で開いた。
「ぅあ、あぅ。」
もはや聞き取れないレベルの声を出す真実にかまわず、三人でノートの中を拝見する。
「うわー、凄い量。」
一護の言う通り、そのノートはぎっしりと計算式や赤ペンで書かれた漢字などで埋め尽くされており、当時の俺も結構驚いた。
「吉田さん、毎日一人で残って勉強してるんだ。親に通知表見せたら、学年で四位だったことを怒られて、それからずっと一人で頑張ってる。そんな吉田さんをいじめる奴ら、俺は許せなかった。」
「うん、それは許せないね。」
「そうそう、よくやったよ、光正君。」
その後の流れははっきりと覚えていないが、何故か四人で勉強しようということになった。頭が固くなった俺では、どうしてそういう展開になったか、考えても出てこない。多分幼いゆえの言動のおかげで、仲良くなったのだろう。
そんなこんなで、真実とも仲良くなった。彼女のご両親は、いわゆる“詰め込み教育”をモットーに娘を育て、勉学に対してはものすごく厳しかったらしい。習い事もたくさんさせられ、彼女は友達と遊ぶ時間がなく、あのような性格だった。しかし、俺らといる時間が増えるにつれ、少しずつ話すことが多くなっていった。
光正は元から怒りっぽい奴で、あまり変わっていないが、真実はあの時とかなり変わった。それは俺らの影響ではなく、英才教育の性でグレてしまったからなのだが。俺らは皆、いつでも大人によって人生を振り回されて来た。そんな俺ら四人は、二人を除き、もうすぐ大人になっていく。
一通り話し終えると、一護のお母さんがカフェに入って来た。彼女を見た真実はあからさまに動揺して、すぐ帰ると言い始め、荷物を片付け始めた。
「二人とも、今日はありがと。星光、もしかしたら今日がアンタに会う最後のになるかもしれないけど、卒業式まで生きてたら、三人でどっか食べにでも行こ。それじゃ。」
俺らの返事を待たずに歩きだし、一護のお母さんに不自然なまで深く頭を下げ、しかも焦っていたはずなのにやけに長い一礼をしてから、走って出ていった。
「お前はどうする?」
「俺は残る。でも、お前が主に喋れ。」
「それが賢明だろうな。」
こうして、未だ不明な点の多い一護と如月の母との会話が始まった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。三年生組(仮)のちょっとした過去話を含めた回となりました、いかがでしたでしょうか。真実ちゃんの名前が、フリガナをつけないと“しんじつ”と読めてしまうので、一応毎回フリガナを付けました。正直ブサイクな分になりますが、自分で読んでいても間違えて読むことが多々あったので、つけることにしました。名前は皆拘っているので、手間がかかってはいますが、後悔はしていません。
特に多く語ることは無いので、それでは。
バカがばれる裏話:“詰め込み教育”のことを“押し込み教育”と間違えて覚えており、念のため調べたら違うものが出てきて、“ゆとり教育”から逆引きしたという(最初からそうしろ)。




