残された者たち
「黒フードの男の姿が、どこにも確認できません!」
「探せ! まだ近くにいるはずだ! 精神系の魔導で姿を晦ませた可能性も高い。知覚系の得意な者はすぐに動け!」
ショウとルシアが驚愕で叫んでいたその一方、先ほどまでショウ達がいた現場では、魔導警察の面々が慌しく現場一帯を捜索していた。
無線機を通じて、研究所の外と中を徹底的に捜索する様子はまさにプロ。数多くの魔導関係の事件を解決してきた彼らの実力が伺える行動力だ。
…もっとも、今回に限っては無駄と言わざるを得ないのだが、そんなことを彼らが知ることはないだろう。
「……で? な~んでここにお前さんがいんのかねぇ? 勇?」
「うっ……」
今まで無線を通じて指示を出していた服の腕部分に青い刺繍をした男が、邪魔にならないようにと部屋の隅にいた勇に歩み寄った。
「ちょっと、神楽君。この人、知り合いなの?」
いくら魔導警察であるとはいえ、見た目は黒に統一された完全武装の男だ。おまけに顔も隠されていて見えない。
そんな男を円が警戒するのは当然だった。
「う、うん……うちの道場に来てた人なんだ。ほら、厳さんも。その格好じゃ警戒されちゃうよ」
「お、それもそうか」
勇に言われて初めて気づいたのか、悪い悪いと謝りながらも厳と勇に呼ばれた男は顔を隠していたヘルメットを脱いだ。
「武久 厳だ。こいつのとこの爺さんには世話になってな。所謂兄弟子ってやつなんだわ」
よろしく、と無精髭を生やした顔を見せたのは中年くらいの男。
魔導警察ということもあって鍛えているのか、かなり逞しい体つきをしていることもあって、熊のようだ、と円は思うのだった。
「で? 話を戻すが、なんでこんなところにいるんだ? こんなしけた場所に、まさかデートでもしに来たのか? 彼女がかわいそうだろ」
「なっ!? そ、そんなわけないでしょ!?」
「そうだよ。それに、彼女に失礼だよ」
おっさんのおっさんぽい言葉に、対照的な反応を示す二人。
そんな様子を見た厳は、悪い悪いともう一度侘びをいれた。
「まぁでも、大方予想はつくさ。勇が勝手に突っ走ったんだろうさ。それに嬢ちゃんが巻き込まれたってとこだろうよ」
「うっ……そのとおりだから何も言えない…」
「まるで見てた様な言い方ね」
「まあな。これでもこいつとの付き合いは長いからな。どんな性格してるかはわかってるつもりだ」
まぁ、そんなところが気に入ってるんだがな、と付け加えた言葉に、勇はうれしそうに顔を綻ばせた。
貴腐人達が見れば実に喜びそうな現場である。
「ま、そんな世間話は置いといて、だ。あの黒フードについて何か知ってることがあれば教えてくれ。顔とかわかるなら尚良しだ」
表情を仕事モードへと切り替えた厳。
事実、彼らが黒フードことショウと接した時間は僅かであった。
しかし、勇と円の二人は話もし、更には戦闘まで行っているだ。この二人から情報を得ようとするのは当然の事だと言える。
「残念だけど、顔は終始フードで見えなかったよ。声で若い男の人ってことは分かったんだけど…」
「……あと、かなり強いわ」
「…うん、そうだったね。手加減もされてた」
思い出すのは、二人がかりでもまともに戦えなかったという事実。しかも、男がまともな攻勢に出たのは勇を蹴り飛ばしたあの一撃のみ。それもカウンターだ。
「っ……勇がそこまで言うのか」
「うん。少なくとも、強化系は僕よりもすごい。というよりも、素の身体能力が僕の強化と同等だったんだ。まともに強化を使ったのは、僕を蹴り飛ばした時ぐらいじゃないかな」
「…は?」
淡々と先程の戦闘を振り替える勇。円は、そのことを思い出して表情を曇らせた。
しかし、その話を聞いた厳は、信じられないといった様子で思わず声を漏らした。
「おいおい、勇。いくら相手が強かったからといって、表現が少し大袈裟過ぎないか?」
「厳さん。大袈裟なんかじゃない、紛れもない事実だよ。皇さんも見てたしね」
「…嬢ちゃん、これは本当なのか?」
まるで嘘だと言ってくれと言わんばかりのその表情に、円は首を傾げるのだが、実際勇が言ってることは事実であるため頷いて肯定の意を示す。
すると、嘘だろおい、という呟きと共に厳が天を仰いだ。
「……ねぇ、ちょっと。そこまでのことなの?」
「ん? なんだ嬢ちゃん。彼女なのに、勇のこと知らねぇのか?」
「彼女じゃないわよ!! それより、どういうことか説明して」
全力の否定に思わず気圧された厳は、一度勇に視線をやる。
その視線に気づいた勇は、別に構わないといった様子で頷く。
「あぁ~……勇の実家が、道場やってるってのはさっき言った通りなんだが、代々こいつの家系ってのは強化系統を得意としてるんだ」
曰く、強化系統に限るなら他の追随を許さない一族。
曰く、その中でも勇は歴代最強とも言える使い手であること。
曰く、それ故に強化の魔導は段階毎に力を抑えていること。
曰く、この剣型のデバイスも強化系統の補助に特化した特別な物であること。
等々、ショウがいれば、どこの主人公だよ!? と突っ込むこと間違いなしのてんこ盛り設定である。
「まぁ、強化系統に才能が振りきってるのか、その他の系統はほとんど使えないみたいだがな」
「あはは…厳さん、気にしてること言わないでよ」
「……なんでそれで四級なのよ…」
「ほら、魔導師のランクって、使える系統の数が重要視されるでしょ?」
「まぁ、あの制度は勇みたいに一つに特化してる奴には不利だわな」
「デバイスも関係ないしね」
二人の会話を聞いて、眩暈がしそうな円であったが何とか踏みとどまった。
なるほど、確かに、勇は強いのだろう。しかし、だからといって負けて仕方ないという理由にはならない。
改めて、勇へのリベンジを誓う円であったが、今は関係ないのでその思いは胸の奥にしまうことになった。
「勇。今回は何段で使ったんだ?」
「二段だよ。使ったのは、蹴りを受けた一瞬だったけど、それでも押しきられた」
「…嘘……ではなさそうだな」
普段から使用している強化は一段。しかし、その一段でも他者を圧倒できる力がある。
勇の最大解放は三段。そのうちの二段でも太刀打ちできないとなると、かなりまずい。
「ったく、どんな化け物なんだよ…」
あえて言おう。化け物であると
結局のところ、相手がかなり手強い者である、ということと、若い男であるということしかわからなかった厳であったが、情報感謝する、という言葉を残して現場を去った。
当然と言えば当然であるが、目的の男も見つからず、更にはその痕跡すらも発見できなかったのだ。
厳曰く、黒フードの男についてはこれからもその捜索が続くだろうとのこと。
最後に、いくら事件に出くわしたからといって首を突っ込むな、と怒られる勇であった。
忘れていたので、一応補足説明をば。
魔導警察の面々が前回の最後に放った銃弾は殺傷性の低い即効性の麻酔弾。これにより、相手を無力化、拘束するわけですね。
説明が足りず、申し訳ない